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「あの、わたし秋のデビュタントの時、どうすればいいんですか」

「そんな堅苦しい言葉を使わなくて、いいのよ。シャリアなんて他所では丁寧なのに、自宅だと途端に我儘娘だったもの」

ニコニコと笑っている祖父母が朝食の席で言う。

クラウスの立場は、あっという間に使用人たちに認知されていた。

そして、使用人たちの苦労を知っている少女が、さりげなくしている、使用人が困らない手段などで、評判は良かった。

例えば、食事の時間はほとんど一定にしておくことなどだ。

食事は皆で一緒に取れるようにすること。

それから、衣装であれこれ文句をつけないこと。

使用人たちの仕事が終わってから、掃除された部屋に入る事。

小さく小さいものたちは、意外と貴族たちが考えない部分であり、使用人たちは

「こちらの苦労をわかってくれる、素敵なお嬢様」

と口々に言いあっていた。

そして彼女の、素直な称賛なども評判がいいのだ。

掃除されていて、きれいだなと思えば言うし、温室の花々が素敵ならそういう。

褒める部分は惜しげもなく褒めるところも、使用人たちの“自分たちはほかの家とちがう”という誇りに見事に一致していたのだ。

少女がただ、当たり前に思われている事は普通、当たり前ではないと知っている、ただそれだけの事でもあったのだが。

さて話題を戻し、朝食の席で問いかけた彼女に、養父や養母があ、という。

「そうだな、嫁さん、どんなドレスを手配しているんだい」

「新しいドレスはこれからは作れないわ。それもこの家の格に合うだけの物なんて。だからおばあ様の物の大きさを調整して、うんと素敵な物にしようと思っているの」

「まあ、わたくしが着ていたあれを? あれは花嫁衣装に並ぶと言われたものだから、誰が見ても文句は言わせないものだものね。孫に昔の衣装を着てもらうのは、いつでもうれしいものだわね」

「クラウスは髪の色が不思議な魅力を持っているから、お前の衣装も違った雰囲気で着こなしてくれるとも」

彼等の会話から、なるほど、自分はおばあ様の物を調整して着るのだと理解した。

上流貴族の中で、家族の着ていたものを作り直して着る。

それは持ち主の格が高いほど、それを着る事も許されたという子供の立場をあらわにするのだ。

祖母は昔、その名前を大陸中に知らしめるような美女であり、賢女だったのでその人の衣装を許されるというのは、すごい事だった。

「それにしても、不思議な髪の色だわ。どこにもないもの。緑が混ざる金の髪なんて」

「新しい髪が生えてくるほど、その色がはっきりしていて、毛先になるほど透き通っていくから、痛んだ髪の毛がなくなったらそれは、見事なものだろう」

「金の髪よりずっと、あなたに似合う色だもの。瞳の色と似ていて、沼姫のようだわ」

「沼姫……?」

聞き慣れない単語を聞き返せば、祖父が言う。

「動き出せばだれよりも美しい、と言われた古い古い沼の主の事だよ。図書室にその話があったはずだ、探してごらん」

「はい」

最近、自由な時間になると図書館か温室に入っているクラウスは、うれしい事を隠さないで頷いた。

こうして、本の事を教えてもらえる事だって、楽しいのだ。

家族としてはばかることなく、会話が出来るって素晴らしい。

「今日は採寸をするから、この時間になったらこの部屋に案内してもらってね」

指定された部屋に行くには、使用人が案内してくれるそうだ。

このお屋敷って本当に広い、と少女はまた実家との違いを感じた。



「わあ、素敵な衣装」

「とっておきなのよ、お母様はシャリアお姉様以外の娘が生まれなかった事と、シャリア姉様が違うデザインのドレスを着たいといった事から、このドレスを着直してくれる子供がいなかったの」

部屋に入って目に入ってきた衣装は、単なるアンティークとはケタの違うものだった。

格が上である事や、見事さはたしかに結婚衣装と並ぶだろう。

「ただ、ティアラのデザインは同じにするとよくないわね。何かなかったかしら」

「お前の物じゃいけないのかい?」

「この子には似合わないし、このごろ流行の髪型には合わないもの。ドレスは間違いないものだから、それに違和感がなくて、この子にぴったりな物がいいんです」

ドレスに見とれている当事者の脇で、二人の女性が話し合っている。

クラウスはドレスを見つめ続けていた。

優雅なラインと今どき滅多にお目にかからない精緻なレースの白さ。ちらりちらりと光を受ける布地の中に縫い込まれた煌く糸。

白と色が限定されているデビュタントドレスの最高の物にちがいなかった。

実家では、用意すらされなかったものがそこにあって。

綺麗な物が大好きな少女が、くるくると周囲を回って全体を眺めてうっとりとする、それ位素晴らしいものだった。

「それにしても、この子の体の曲線は、わたくしが当時頑張って調整していた曲線によく似ている事。これならそう直さなくても、見事になるわ」

「お母様の時代は、胸を潰してお尻も潰しましたものね」

「凹凸がもてはやされるこの頃よりも、清楚な印象が大事だったのだよ」

女性使用人たちが着つけて見ている間、それを確認し指示を出す二人の会話だ。

クラウスからすれば、胴体が少し緩いし、胸は少しきつかったが。

これ位の誤差はちっとも苦しいものではないため、このままでも十分見られる姿のような気がした。

だが。

孫娘および、養女をあっと言わせたい二人はその誤差を直すように指示を出していく。

「これならほかの家に、貧相な養女だなんて言わせないわ」

「そうそう。どこの家だか知らないけれど、みじめな妃候補を王族とのつながりにしたくて養女にした、なんて噂を流すようなのも、何も言えないわ」

「あの、そんな事を言われているんですか!?」

まさか他所の妃候補を貶めるために、そんなでたらめを流すなんて。

仰天した少女に、女性たちが言う。

「これ位の噂なんて、足の引っ張り合いをしたい奴らにとっては当たり前よ。クラウス、覚えておくといいわ。足を引っ張りたい輩は、些細な事を重箱の隅をつつくように探して、大げさに言いふらすの。でもそう言うのは、眼に物を見せてしまえば黙るしかないのよ」

現実がその噂を吹き飛ばすものならば、言い出した方がみじめになるだけなのである。

そういった貴族社会の事をまた一つ、少女は教えてもらった。




「お嬢様は本当に、色々な事を王宮で極めましたね、教える事がありませんよ」

「そんな事ないです。皆さんとお話するほど、自分の狭い世界を実感します」

本日三人目の家庭教師との会話の後。もう晩餐も終わり、彼女が自宅に戻るためその馬車を見送っていたクラウスは、闇の中たたずむ誰かに気付いた。

「誰? この屋敷に御用事?」

門の向こうとこちらなので、門番もいる。しかし呼びかけたのは訳がある。

時折緊急の使者が、水を求めて屋敷の前まで来るためだ。

「お嬢様、様子を見てきますね。お前はこっちにいろ」

「了解了解」

門番の片方が誰かの方に行き、もう一人の門番とクラウスが残される。

玄関までほんの数歩であり、大声をあげれば室内から誰かが飛んでくる。

そんな場所でちょっと待っていれば。

「まったく、ちょっと警戒心が弱いな、このお屋敷は」

不意に門番がくつりと笑い、クラウスの方を見たのだ。

「こんばんは、クラウス」

少女はそこで門番をきちんと見て、あっと小さく声を上げた。

「プロ―ポス」

呼びかけた名前は小さく、大声をあげてはいけない気がした少女の勘は正しい。

「調子はどうだ? ここの養女になったって聞いてから様子を見に来たんだ」

「って事は、いつも門番をしているわけじゃないんだね」

「まあ、そうだ。時々知り合いだから交代させてもらっている。それもこれも、クラウスの近況を少しくらいは知りたいからだ。許してもらいたい」

唇に艶のある笑みを浮かべた、王子とよく似ていながら決定的に違う面差しの彼が少し、顔を下に向けて彼女に言う。

「わかるわかる、友達の近況って心配な人ほど知りたいよね。そうだ、フィフラナさんとも知り合いなんでしょ?」

「腐れ縁」

「フィフラナさんはどうしてるかな」

「家で実力を発揮しているらしいな。烈女っぷりがすごすぎて噂にすらできない。真実が常識を上回るのはああいう時だろうな」

「フィフラナさんだもんね」

くすくすと笑った少女は、また並ぶだけで浮足立つ心に気付いていた。

隣に立つだけで幸せ。

その現実の意味はきっと、世界一大事な事の一つだ。

「さて、お嬢様。夏の宵は思ったよりも気温が下がります。お部屋にお戻りになられては」

「また会える?」

またさよならだ、と気付いた彼女の問いに、美しい男は秘密を囁く。

「月がきれいな夜に、温室なら」

そう言って瞬間、手に触れて唇を当て。握ってするりと離す。

そうするともう、彼は門番の空気しかなくなり、その時もう一人が旅人を連れて戻ってきた。

「このあたりのお屋敷に、手紙を頼まれていたらしい。渇きがひどくて水を求めているそうだ」

「じゃあ門番の詰め所に行きましょう。そんなに渇いているなら、早く水を差し上げたい」

「冷えてきますので、お嬢様は中に。あなたは気付いてくれたお嬢様に感謝した方がいいですよ、この闇の中だ、私たちはあなたを行き倒れにするところだった」

「お嬢様、ありがとう」

微笑んだ旅人が詰め所に行く。

クラウスは名残惜しく思いながら、プロ―ポスに視線を向けた後、言う。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」

視線は瞬間だけ重なった。重なってくれる事に安堵した。

その日の夜は、なんだかよく分からないけれど、とても幸せな夢を見る事が出来た少女だった。

それから数日、ドレスは着々と完成し、銀色である事がルールであるティアラの方も宝石商のとっておきが手に入るらしい。

「その時に、妃候補という事を言わなかったの?」

「別に候補とかいう無駄な箔がなくとも、宝石商とは信頼関係が築けているからね」

「不必要な箔もあるんだよ。そのせいで無駄な事も起きやすいからね」

妃候補だから立派な物を求める、という事と。

大事な娘だから、立派な物を用意したいという事は。

大きな差があるらしい。主に他人が感じる人間的な心として。

「人間味のない人間には、人がつかないからね」

「そうなんだ、あ、チェックメイトだ」

養父と盤上遊びをしていた少女は、かちゃんと駒を置く。

「まったく、クラウスはこう言う物も強いんだなあ。これなら陛下の遊び相手も立派に務まるくらいだ、あの方は盤上遊びに目がないからね」

強い娘に笑う養父。負け越しだった。

そんな和やかな会話の合間に、クラウスはひょいと報告書を手に取った。

「父様、やっぱりイザベラ様が一番有力なようですね」

「あの方は歴史こそ浅いが、それ以外に欠点がない令嬢だからね」

「ですよね。あとはマリア様、アンジェリカ様。どこもそれこそ名前が知られている家で。……ガラスの靴の意味があったのか疑問を感じるような顔ぶれに感じる」

「デビュタントを済ませれば、辞退も認める方針にした王宮は正しい。お前もなりたくないなら、デビュタントの後に辞退すればいいよ。デビュタント前の少女を囲うのは、教育が成果を発揮する可能性が高いからかもしれないが」

「えっとそれは、純粋なうち、世間を知らないうちに刷り込んでおいた方がいい習慣が多いから?」

「王妃の立ち振る舞いは、小さい頃から教えておいた方が無意識のうちに動けるという事もあるさ」

新しく駒を並べ始めた養父の言葉だった。

「そういうもの? お話の中だと、身分が下の王妃様とかよくあるロマンチックな案件なのに」

「大変だぞぉ」

楽しそうに笑う養父が続けたのは。

「今までの世界と全く違う、常に命を狙われ続ける世界だ。いろんな意味で、本物の命、名誉という命、矜持という命、人格という命。最初からそれらが当たり前の環境にいた人間は平気でも、それがない世界からやってきた人々はあっという間に心を殺される」

「夢物語はあくまでも、夢物語なんだね」

お姉ちゃん……もうこの家の子供だから、自分はキララをお姉ちゃんと考えるのもいけないのかもしれないが。

キララのあこがれる世界は、あこがれているだけの方がずっと幸せなのかも。

「それとも私の娘は、そう言うのを前提でも王妃になりたいかい、だったらそのための援助もするけれど、せっかくできた可愛い娘が早々に嫁に行くなんてさみしいなあ」

「行かないよ!」

クラウスの声は思った以上に必死な物、だった。

勘違いされてほしくない、という事がよく表れた声。

「父様と母様と、おじい様とおばあ様の所に、まだ、居たい」

家族の名前を呼んで、一緒に過ごす事がこんなに幸せなのだ。

それをあっさり手放したりなんて、しない。

「居させてください」

少女の過去の痛々しさを思わせる瞳に、養父は手を伸ばして頭を撫でた。

「もちろん。私の娘に相応しい、いい男が現れなければ絶対に他所へはやらないとも。少なくともお前が、その男に誰よりも幸せにしてもらえる保証がなければな」

撫でる手の温かさと大きさと、泣き出したくなるほどの安心感。

クラウスはくしゃりと顔を歪めて、うれしいけれども笑い方がへたくそ、と言った調子の顔になった。

「旦那様、お嬢様、お茶の支度が整いましたので用意させていただきました」

静かに銀のワゴンを運んできた女中が言う。

「ああ、もうそんな時間か。お茶が終わったらクラウスはお勉強だったな、つい楽しくて盤上遊びに熱中してしまったよ」

「旦那様はあといくつかの書類の決裁などがありましたよ」

「ありがとう、バトラー」

「いつもありがとうございます」

親子は似る、とよく言うが。

使用人たちに、何の抵抗もなくお礼を言う二人は、親子になって日日が浅いのに、十分親子のような雰囲気があった。

……もともと旦那様の性格と似た部分があったのだろう、それか。

執事バトラーは内心で考える。

少女が周囲の空気に溶け込むのがとても速いからなのか。

それは信じられないほどの美点でもある。

どんな環境にも適応できる、というのは外交官などが欲する才覚の一つなのだから。

いつまでもよそ様のような空気でいられる方が、気分が悪い事も多いのだから。



クラウスは、その夜ちらちらと外を確認していた。

「お嬢様、お外の何が気になるんでしょうか」

「月がきれいかなって思って」

「そうですねえ、今日はひと月に二度満月になる、珍しい日ですし、綺麗かどうかが気になるのはわかりますが」

家庭教師が微笑みながら、月の動向が気になってしまっている少女に教える。

「今日は抜群にきれいなはずですよ。そうそう、お嬢様のお部屋のベランダでしたら、少し見に行くくらいは大丈夫でしょう。でも夏がそろそろ終わりますから、上着を忘れてはいけませんよ」

「ありがとう」

そうか、今日の月は抜群にきれいなのか。

約束が守られる日があるなら、きっと今日だとクラウスは判断した。

しかし。

温室に行けないのならば、自分が約束を守れないようだと思う。

彼女は、家族にいらない心配をかけたくない。夜中に温室に一人で行くなんて、きっとだめだ。

でもプロ―ポスには会いたい。すごく会いたい。

中々葛藤がある事柄だった。

晩餐も終わり、眠る支度も整えた少女は、まだ未練がましく外を眺めていた。

理性がまだ残る少女は、家族に心配をかける事が出来ないでいる。

唇を噛み、小さく呟く。

「ごめん、プロ―ポス。いけないね」

会いたいと言い出したのは自分なのに。

ついうつむいたその、一瞬。

ばっと目の前の窓が外からの風で開かれ、彼女に影がかかる。

「無茶を言って悪かった、こちらが悪いのは間違いないな」

一言それらが、彼女の頭上から注がれた。

顔をあげればそこには。

身軽な衣装の、平民にしか見えない姿の。

しかしそれらでも絶対に、平凡とか凡庸とか、目立たないとか、魅力がないとか。

言えない青年が窓枠に膝をついていたのだ。

「……うそ、どうやってここに?」

近付いて声を潜めて問いかけると、彼がまた楽しそうに唇を緩める。

「会いたかったから柵を上っただけだ。なにせ月がいっとう綺麗なのだから」

「月がきれいだと、わたしに、会いたくなるの」

「俺の性分のせいか、日向の華よりも、月の下の雑花と言われそうな相手の方が好きなんだ」

「うわ、意外とひどい言い方だ。雑花なんて」

「言葉をよく聞いてほしい、言われそうな、と言っているだけで、事実雑花と言っているわけじゃない」

「じゃあわたしはどう見えているの」

「笑うなよ」

一声置いたプロ―ポスが、断言する。

「真夜中の陸の星」

「……あー、あの時あなたが言った蛍の例えだ、確かに蛍は月がきれいだと見たくなるよね、真っ暗闇よりも、世界が少し藍色がかった方が、蛍きれいだもの」

でも、と言いながら気づいたクラウスは片手を振って否定する。

「わたしそんな綺麗な物じゃないと思うなぁ」

「ほらそうやって否定する。だから言いたくなかったんだ」

ふてくされた声の癖に、表情は心底愉快そうに笑っている男。

月明かりの中の、燃え盛る炎の瞳は心底見事だった。

「でもプロ―ポスとは、いつでも会いたいよ、わたしの方は」

「……本当か?」

「嘘言ってどうするのここで」

彼女が呆れれば、彼が思案したように手を顎に置く。

「……だったら、こっちもまともな時間に顔を合わせられるように、努力する。……そちらのデビュタントはこの秋のパーティだったな」

「そうそう、あと二週間。最終調整かな。ティアラを扱う細工師さんの方に注文が多すぎて、届くのぎりぎりなんだって知らせが入ったから」

「じゃあ、このプロ―ポス、約束をしたい」

「なに? できる事?」

「デビュタントパーティで、かならず、挨拶をすると」

「わあ、ほんと? 絶対だよ、絶対! そうしたら友達って父様と母様に紹介させてね?」

彼女の笑顔に、相手が虚を突かれた顔をした。

「俺を、友達と紹介しようというのか?」

「だって友達でしょ?」

こんなにも胸が温かくなって、幸せになれる相手が友達ですらないなんて、あり得ない!

そんな気持ちの少女の言葉に、男がひどく甘ったるい幸せそうな顔になった。

「その言葉のいちいちが、うれしいと心底思う。誓おう、このプロ―ポス、絶対にクラウスとデビュタントパーティで顔を合わせると」

胸に手を当て、仰々しく誓った男とその後、くだらないさんのくるわのおいしいものの話で盛り上がり、友達と公認されたら一緒に行こうとまた約束をして、二人は別れた。




そして来るべき当日、この日のために家族全員に美容法を行われていた少女だ。

何しろ彼女の髪の毛は痛み過ぎて脱色したような金の髪、その部分を短く切ったためにやや髪の毛は短めというハンデが出来ているのだ。

そんな分ほかの部分はもっと綺麗になってほしい。

そんな家族の心づかいもあって、少女は鏡に映る自分が、今までの自分とは大違いであるような気しかしなかった。

「だからクラウスにはこちらの雰囲気の化粧がいいわ」

「そうしたらお前、クラウスに求婚者が多発するだろう! もっと穏やかな目立たないのにしようじゃないか」

「乙女のあこがれの筆頭、デビュタントパーティで目立たないなんて乙女心が分からない人ね! お母様も何か言ってやってくださいな!」

「わたくしはクラウスが早く嫁に行くのは寂しいわね。息子の側よ」

「……まあ、はやばやとお嫁に行かれたくないのは私も同じですけれど……もう! ではお前たち、この路線でいってちょうだい!」

「はい、奥方様!」

ドレスに身を包み、最終調整のため身動きが取れない少女は、そんなにぎやかなやり取りが終わったあたりで、問いかけた。

「本当に、わたし、自分じゃないみたい」

「そうだろうねえ、今までの金髪の自分とは大違いそうだからね」

祖母が言う。少女の地毛は本当に、翠がかった独特の色味なのだ。

その、誰もが一瞬振り返るはっとする色彩。

それと少女の、一見すると平凡と呼べそうなのに、瞳の不思議としか言いようのない色彩が重なり合うと、少女の目鼻立ちの平凡さは一気に、神秘的な物に変わるのだ。

平凡な顔、という物が些細な要素で、様々な物に化けるといういい例だった。

色が珍しくなる、ただそれだけが少女のまとう雰囲気を平凡な少女ではなくするのだ。

いいや。

孫娘を見つめていた先代夫人は言う。

「もともとクラウスは、立ち振る舞いが並の令嬢でも歯が立たない位見事、だったものねえ。痛んだ髪の毛や肌といったものが、それらを隠していただけで」

先代夫人は、自分の若い頃の衣装を着た少女に、微笑んでしまう口元を隠せない。

「ほんとうに、わたくしが着ると妖艶と言われてしまった衣装だけれども。乙女らしい清楚な雰囲気になったこと。マッリーア。これでティアラが届けば完璧だわね」

「ですねお母様」

二人の女性がはしゃぎながら言いあっていたその時だ。

いきなり廊下の方が騒がしくなり、女性使用人が飛び込んできたのだ。

それもノックも忘れていて、相当に慌てていた。

「しつれいいたします!!!! いま、大変な、大変なっ!!」

「クロエ、落ち着きなさい。何があった?」

当主の言葉に、クロエという彼女が息を切らせながら、使用人にあるまじき状態で言う。

「今、細工師たちの使者が来て……なんと……」

息も絶え絶えに、彼女は叫んだ。

「お嬢様のティアラが、出来上がっていないと言ってきたのです!」

「何だって? 注文は何日も前にしていただろう。日数からして間に合う計算だったはずだが」

祖父が懐の手帳を取り出し、確認しながら言う。

「この家の注文をないがしろにするなんて、あってはならない失態だわ、一体何が細工師の工房で起きたというの?」

「とにかく、使者はまだ帰っていないのだろう。ここに連れてきなさい!」

養父の言葉は、クラウスの着替えが完全に終わっているが故の発言だ。

おそらく、クラウスだけが蚊帳の外になる不安を味わせたくないのだろう。

「ただいま連れてきます!」

クロエがまた去っていく。ほどなくして現れた使者は、もう顔面蒼白、今にも倒れそうな状態だった。

「どうして我が家の注文の品物が完成していないんだい」

勤めて冷静に話そうとする養父。

後ろで、只ではすませないという雰囲気がにじむ養母。

表情から機嫌が分からない祖父母の雰囲気もあり、使者はしどろもどろに説明した。

いわく。

「つまりお前の話をまとめると、妃候補たちの注文が殺到し、妃候補としての注文ではない我が家の注文が後回しになり続けた結果、という事か?」

「ま、まことに、まことに、おゆるしを……!!」

使者は使者でしかないというのに、土下座せんばかりに謝っている。

「何とかパーティまでにと急いでいたのですが、どうしても間に合わず……」

細工師たちも慌てふためきながら、今日までに完成させようとしていたらしい。

だが間に合わなかった、らしい。

「何故細工師の一人も謝りに来ない」

祖父が静かに問いかける。その静けさが余計に恐ろしい物を含んでいる。

「細工師たちは、完成した品物を順々に梱包して、注文した家のお使いに渡しており……どうしてもここに来られず……」

使者は死にそうな顔である。

おそらく、自分が受けるべきではない怒りを、間近に受けているからだ。

クラウスも、家族の怒りを受けたくないと思う現在なのだから。

「まことに、まことに、まことに」

それしか言えない使者だ。

使者に怒りをぶつけても仕方がない。

「お前、細工師たちにこれ以降取引がない事は伝えておけ」

たった一度の失敗と思うかもしれない。

だが、貴族の一生を左右するデビュタントパーティに関する一度の失敗だ。

それを許す姿勢は、この家がとる姿勢ではなかった。

「……つたえ、ます」

怒りから切り殺されないだけ運がいい、と察したらしい。

使者はもはや倒れる寸前のような状態で、去って行った。

門の外までは、使用人たちが見送ったらしい。

使用人の一人が、手の中に塩をつまみ、投げつけているのをクラウスは窓の外から目撃してしまった。

「さて、お前。何か代わりになりそうな物は手持ちであるか?」

「銀の飾りはいくつかあるけれど……このドレスにそんな地味な銀のティアラだなんて!!」

「わたくしの物は少しばかり、型が古すぎて流行おくれ過ぎるしねえ」

当主が妻に問い、ギネビアが頭を抱える。

クラウスもどうしよう、と思ったが。

「あの、わたし、あるならそれで……」

大丈夫、と言いかけた少女に、養父が言う。

「何とかできないか、今から家じゅうの宝石箱を調べるから、待っていてくれ」

「そうね、家じゅうのなら何か、そのドレスに負けない物が!」

家族が慌てて外に出ていく。

「お嬢様はとりあえず、少し何かお召し上がりになりましょう。顔色が悪いですよ」

それを見送るクラウスに、使用人たちが椅子とお茶の用意を始めた。

そんな、家じゅうの宝箱を開ける大騒ぎは、延々と続いている。

そろそろ髪の毛もきちんと結い上げなければ、パーティに間に合わないという時間になってきたため、クラウスはもう何でもいいと思い始めていた。

憧れていたものに、あこがれていた白いドレスで参加できるだけ素晴らしいのだから。

いつまでも戻ってこない家族に、言おうと立ち上がった矢先の事だったのだ。

「これをお嬢様に?」

「はい、とあるお方からのお届け物です」

「今忙しいというのに……!」

廊下の方がまた騒がしくなり、一つの贈り物が少女の元に届けられた。

「なんだろう、こんな時に」

意味が分からなくなりながらも、その箱を開けた少女とそして、それを見た使用人たち。

「当主様たちを呼んできます!」

使用人の一人が、それを見て言い、大急ぎで部屋から出て行った。

「これなら間に合いますね!」

「良かった!」

「でもいったい、どなたからなんでしょう!」

使用人たちの喜ぶ声を聞きながら、クラウスも箱の中身を信じられない、と見つめていた。





それは壮麗というほかはなかった。

小国マチェドニアは、近隣諸国よりはるかに歴史の長い国である。

歴史が長いという事は、それだけで周りよりも立場を上にする事が出来る。

そしてその格式は群を抜いているのだ。

その証拠がこの、壮麗華麗な宮殿の大広間にあると言ってよかった。

目を引くだろう黄金の飾りつけ。床は豪奢な色のついた大理石を、惜しげもなく使った作り。どこもかしこも鏡のように磨き立てられて、照明の光を反射している。

数代前に改築をした宮殿は、もともと持っていた美しさをさらに増した。

窓からは美しい星々が見え、さらには宮殿の自慢の庭も照明のおかげかぼんやりと見えている。

デビュタントのパーティだというのに、そこには多くの貴族がひしめいている。

それはやはり、今回のデビュタントのパーティには、多くの妃候補が出席するためだろう。

十数人は下らない妃候補たちの中の、半数近くはまだデビュタント前だったのだ。

つまりそれだけ、ガラスの靴を履いた令嬢がいたという事でもある。

本当にそのガラスの靴は、キララのために用意された妖精の靴だったのだろうか?

そんな疑問を呈する人間は、今の所はいなかった。

デビュタントの少女たちは皆、華麗な純白の衣装を着ている。

各々、自分にあった、そして自分の魅力を引き立てるドレスを身に纏っている。

そして各自が用意するデビュタント用のティアラもまた、様々なデザインだ。

銀で作る事が一般的なそれらは、シャンデリアの灯りにきらきらと輝いている。

とにかく豪華な飾り達だ。

銀という条件ならば許されるそれらは、ダイヤモンドやエメラルド、ルビーなどの宝石が所狭しとはめ込まれている。

技巧も凝らされており、細工師の工房がどれだけ必死にそれらを作ったのかがうかがえた。

これだけの物を同じ時期に注文されたら、一つくらい間に合わない物があってもおかしくないかもしれない。

そんなぎらぎらとした飾りで頭を飾り、目立とうとする少女たち。

その中でも、一際目を引く少女が一人。

デビュタントの少女たちが悔しさに歯がみし、同じデビュタントの若者たちが目を奪われる美貌の少女だ。

もしかしたら、すでにそれらを経験した男女も、彼女のあまりの眩さに目を奪われているかもしれなかった。

彼女は煌く黄金の髪を、さりげなく結い上げていた。丁寧な整え方をしたその髪は、銀製のティアラを載せると一際映えている。

肌を見せない白いドレスは、同じ色の絹糸でつややかに刺繍が施されている。

白い長手袋にそっと入っているのは、彼女の鮮やかな青色の瞳と同じ、青の刺繍だ。

長い睫毛に縁どられた瞳は大きく、彼女の可憐な花のような魅力を存分に発揮している。少し涙眼のうるんだ瞳は、照明で星のように瞬いている。

肌の色は当然、雪のように白い。染められた唇は徒花。近年の流行である、薄めの紅色で染まっていた。

彼女は色彩以上に、美の女神に事のほか寵愛されたような容姿をしていた。

並みの美少女ではない。

あの娘はどこの娘……と誰もが目を止める美少女は、父親が同伴者だった。

父親はそれなりに見られる男性だ。すらりと伸びた身長と、どこか弱そうな物腰と。

髪は娘と少し違う、褪せた金髪。瞳は灰色。肌の色はどこにでもある色味。

そして彼は貴族の誰もと同じように、胸の辺りに家の紋章を施していた。

エリカの尖った葉を抱く狼。

彼は中々領地を離れないと言われている、ギースウェンダル辺境伯その人だった。

なるほど、彼の秘蔵の娘があの美少女か。

誰もがそれに納得をする。彼が大事に隠している、前妻の娘は誰もが知っているのだ。

悪い噂も少々あるが。

あれだけの美少女であれば、あの辺境伯が隠しておくのも頷ける。

そう納得できるだけの美貌の少女は、一人。

はて。

そこで若干数の人間が疑問に思う。

ギースウェンダル家が出した妃候補は二人。

あと一人、使用人だという娘はどこに?

その疑問は解消されないまま、デビュタントのためのワルツの準備が始まった。

そんな中。

一番遅れて、デビュタントする少女とその家族だけが通る事を許された扉から、おそらく最後の一人が入ってきた。

誰もが、遅刻寸前の少女を笑いものにしようとそちらを見て、そして。

絶句した。



白い衣装の、花の精。

そんな言葉が頭をよぎる少女だった。

一見して周りと違い過ぎるデザインの衣装だった。

それを笑いものにできないのは、少女の世界から切り離されたような、息をのむ空気に相応しかったからでしかない。

断じてそれが、次代を超えて見事な衣装だったからではない、とデビュタントする少女たちは自分に言い聞かせていた。

凹凸を目立たないようにするシルエット。すっきりとした胴体と流れるようなドレープと、それでいて首まで覆う布地の繊細さ。

袖は緩めに作られており、その袖がかすかに透けるような生地である事ももう、流行のぴっちりと体の線を全て出す風潮と違う。

それらにちりばめられた銀色のビーズたちの輝く事。

そしてそれらが輝きながら際立たせる、その少女の理解しがたいほど見事な体の動かし方。

ドレスだけでもそうなのだ。立ち振る舞いだけでも人ではないような気がして来る少女なのだ。

その少女がさらに、人々の目を集める理由はその、被るティアラにあった。

そのティアラは、美しい垂れさがる花や、咲き誇る花、ひっそりと存在する花、などの。

あらゆる花を使用して、作られていたのだ。

台座は銀なのだろう。シャンデリアの灯りにそれらが煌き、台座の存在も知らせてくる。

そしてその煌きが、花々の色やみずみずしさ、光と影を際立たせた。

ティアラは花が主体であるのに、ドレスの品の良さや清楚さを否定しない。

翠のような髪がティアラをひときわ美しく見せ、そして少女の髪も美しく見せる。

それを頂く少女の顔は柔らかく微笑み、瞠目するほどティアラやドレスに気後れしていない。

彼女がそういう微笑みを浮かべているからか、彼女を飾るどれもこれもが、彼女を引き立たせ、彼女の清楚さや純粋さ、そして花のような華やかさと神秘性を示していた。

「あんなティアラ、花を飾っただけじゃない」

どこかの令嬢が小さく言う物の、その生花の冠に敗北している宝石の飾りのティアラに、嫌気がさす己を理解していた。

「あの家は……ドルヴォルザード公爵家……」

その少女が腕を借りている男性の胸に飾られた紋章は、鵠に百合の花。

このマチェドニアでも屈指の大家だった。

「養女をとったと聞いていたが」

「その養女もこの時期にデビューするのか」

「すごいな……」

言葉が次々に聞えてくるものの、デビュタントのワルツは止まらない。

その少女と公爵も、その音楽に合わせて踊り始めた。

ファーストワルツを踊る人間以外の誰もが、その二人に注目し続けている状態になっている。

だが二人は視線にひるみもしない。公爵は当たり前だが、少女の肝の太さも相当に違いなかった。

そして誰もが息をのむ、ファーストワルツが終わって、人々は呪縛から解き放たれたように、息を吹き返したように雑談を始めた。

ワルツを踊っていた人々も散っていく。

後は縁を作りたい相手とのダンスを踊ったりするのだ。

色々な人間が、ドルヴォルザードの二人に話しかけたく思い、しかし出来ないでいる。

挨拶位は出来るのだが、なんとなくそれ以上の会話を続けられないのだ。

彼等の雰囲気のせいかもしれない。

王族に近い、気高いものがある公爵と、花の精のような養女。

世間話が出来るならば相当だったが。

一人の少女が、そんな二人に近付いてきた。

「あ、キララ様」

その少女に気付いたクラウスは、彼女に向かって微笑んだ。

「キララ様、お久しぶりです、白いドレス、すごくお似合いですね」

邪気のない笑顔と、本心からの喜び。

それが感じ取れないわけが、ないのに。

「どうして」

キララと呼ばれた少女が、彼女を見て言う。

「どうして、あなたばっかり」

「……キララ様?」

「……なんでもありませんわ、一目見て安心しましたの。より良い所に行けたようで」

「はい」

キララの言葉の裏に隠れた、嫌味や蔑み。

皮肉などに、気付けないわけがなかった少女だったが。

笑顔で頷いた。

何を言っても、姉を悲しませてしまうと思ったから以外の、何でもなかったが。

クラウスの余裕のある対応が、余計にキララの器量の狭さをあらわにさせていた。

キララが震えていると。

一つ、開きそうになかった扉が開いた。

その扉は、王族が出入りする扉とは反対に作られたものであり、よほどの事が無ければ開かなさそうな扉だったのだが。

それが、内側から開いたのだ。

まるで誰かがやってくるように。

そして実際に、一人の男が姿を見せた。


第一に、彼は闇よりなお深い黒のマントを翻していた。まさに闇。まさに夜。

そんな絶対的な色は、もしかしたら女王の緋色に染めて白テンの毛皮をつけたマントよりも価値がありそうだった。

マントの裏打ちは目もくらむような紅に冬色の魔法陣。雪のきらめきの燐光が目を奪う。

男はそんなマントを、純白に輝く白金の飾りで留めていた。白金の飾りも荒涼とした雪景色を思わせる宝石が嵌め込まれている。しゃらしゃらと涼しげな音を立てる宝石の垂れ飾りも同じ色だ。

着ている衣装はやはり黒い。黒に銀の刺繍と、氷色の飾りと勲章。

その衣装からわかるのは、その男が間違いなくデビュタントの参加者ではないという事だ。

そうやって衣装を見た後に顔を見れば、誰もが息をのむ。

険しい顔だ。人はそう称するだろう。彼は険しげに見えてしまう表情をしていた、気難しそうなと言えば聞こえのいい、有体に言うならおっかない顔だ。

作りはいっそ柔和だというのに、その表情が彼を厳しくたくましく、一癖あるように見せている。

それでいて仰天するほど美しい。逞しさと美しさは両立するのか。野卑と優雅は同居するのか。そんな、見る人の見方によってさまざまに映る顔だ。

そしてその顔を見ればもう、眼をそらせない、その瞳のせいだ。

その顔にはまる瞳は、自ら発光しそうな紅蓮。燃え盛る炎が具現し、魂の燃え上がるさまを人々に移しているような、そんな瞳だった。瞳はわずかに笑っている。

どうしたらこんな男が出来上がるだろう。そんな、硬質な強さと寒気さえ感じさせる整い方だった。

その胸元には、雪色の燐光を纏う乙女の横顔。乙女は目隠しをしている。その紋章が示す階級はたった一つだ。

「夜の君……」

誰かが呟いた。呟き、ありえないと首を振った。夜の君。そう呼ばれてしまう、王族に最も近くもっとも遠い存在。

だが。

ありえない。夜の君は表側にはほとんど出てこない。事実、代替わりをした時も貴族社会に顔を出さなかった。

だが、いるのが現実だ。

貴族たちは静まり返った。その中を、一人彼は優雅にあるく。闊歩する。道が開くのが当然だという調子で、なにも違和感がない調子で。

そして彼は、女王の前で際立った一礼をした。思わず、それに女たちは顔を赤くする。男ですら顔が赤くなるものが多数いた。

「これはこれは陛下。ご機嫌は麗しくないようだ」

社交辞令も何のその。女王にそんな口を聞いていいのか。

誰もそんな事を思えない。彼はそこを支配していた。

女王はつまらなさそうな顔を少し、緩めた。

「お前がここに来るなど、どういう風の吹き回しじゃ?」

「近しい友の人生の晴れ舞台ですから」

楽しげに笑う夜の君。その顔が、王子とそっくりだと誰もがやや遅れて気付く。

「姿を現して、祝いを述べない理由がない」

余裕たっぷりに言い切る彼が、話は終わりと言いたげに踵を返す。

「まて」

女王がそんな彼を呼び止める。

「出不精のお主が顔を出すほどの友人を、紹介してもらえぬか」

「これは望外の喜び」

仰々しい言葉を言った彼が、背後を見やり、そして一人の少女に近付いた。

「クラウス、友としてあなたを、女王に紹介させていただけないだろうか」

近付き、跪き、あり得ないほど甘い声で言った男の前にいたのは、何とドルヴォルザードの花の精だった。

驚きすぎている周囲とは違った意味で、クラウスは驚いていた。

三男坊とか次男坊とか思っていた相手が、立派過ぎる姿と肩書で、思ってもみない登場をすれば誰だって、そうだろう。

そして、自分が友人と紹介されていいのか、と悩みそうになるものの。

「約束したじゃないか。友人として紹介してくれるのだろう?」

悪戯をする子供のような瞳で、彼が言ったあたりで腹が決まった。

「そうだね」

クラウスは頷き、彼の手を取って女王の前に立った。

一瞬の緊張のあと、一礼。

「こちらがおれの友人たる、クラウス嬢だ、女王陛下。自慢しかできない素晴らしい友人だ」

「こちらの方と友人を名乗らせていただきます。クラウスと申します、女王陛下」

二人の言葉が迷いなく紡がれ、女王はしばし黙ったのちに、笑いだした。

「なんと! なんと! これはすばらしい。すばらしすぎる。……よし気に入った、クラウス。お主、何か一つ望みを口に出してみよ。よほどの事でなければ、叶えてやろうぞ」

何が女王の心に響いたのか、分からない。

だがこれ幸い、とクラウスは顔を上げ、願い出た。

「わたしを、妃候補から除外していただけませんか」

その言葉で、誰もが彼女が実は、妃候補であったことを知った。

そして少女がそれを願わない事もここに、さらされた。

「その願いは二度目じゃのう、クラウス、二度も同じ願いを申し出るとは真の願い。よし、叶えてやろう。……おぬしを妃候補から除外することを、ここに宣言する!」

クラウスはここで、自分を縛っていた一番いやな物が無くなった事に、安堵した。





「ティアラは間に合ってよかった」

そんな一場面の後、クラウスはプロ―ポスと話していた。

自然と会話はティアラの事になり、

「誰かわからないけれど、贈ってくれた人に心から感謝したいよ」

と少女が笑えば、彼が笑う。

「なら、感謝してくれ」

「え、プロ―ポスが贈ったの?」

「細工師たちへの注文が過剰気味だと聞いていてな、少し調べたらクラウスの家の注文が放置されていることが分かったもので」

少し照れくさそうに言う彼が、続ける。

「最初は自宅にある物を贈ろうかと思ったが……なんだかな、似合わない気がして、生花で冠を作る職人を引っ張ってきて、自宅の庭の花で何か作れとごり押しさせてもらった。本当に似合っていてうれしい」

彼の笑顔と文句なしの褒め言葉に、クラウスは耳まで真っ赤になった。

「うう……ありがとう……すごく照れる……」

「さて、一つお願いを聞いていただけないか?」

「ここまで助けてくれた相手のお願いを、聞けないほどケチじゃない」

「なら」

彼がまた手を取り、彼女の指に口づけて囁く。

「セカンドワルツをこのおれと。踊っていただけませんか、お嬢様?」

「無論あなたなら文句は言わない」

クラウスの返答の前に、いつの間に彼女の背後に立っていたのか、養父が言う。

「友人だからな」

「ええ、友人ですから」

二人のやり取りになにか、意味がある気はするものの、真っ赤になったクラウスに気付く余裕はなかった。

そして。

「さあ、お嬢様」

こうして表立って近くに入れる事がうれしい、と空気で示す男が手を差し出し、少女はその手を取ってワルツの場にするりと足を踏み出した。

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