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本郷さんと白石さん  作者: 馬場未知瑠
9/14

「さようなら、白雪姫」(9)



 ピンヒールの音を響かせて、白衣が廊下を揺れ動く。口にくわえられた棒付きキャンディーは既に棒だけになっているのか、まるで煙草のように彼女の口で弄ばれていた。ほぼ金色に染め上げられた髪になのか、はたまたスーツのジャケットを脱いだ上に着られた白衣のせいか、すれ違う人々は次々に彼女を振り返る。その眼差しは羨望と言うよりは、自分たちと同業だとは信じたくないという表情に近かった。

 そんな視線をものともせず、彼女は捜査一課の部屋の前の壁に寄りかかっていた。


「ビックニュースだ」


 捜査一課の扉を開けて現れた白石と本郷を目に留めると、辻井はそう言いながら二人に近寄った。その登場に驚いたのか、白石は身体を強張らせた。それとは対照的に、本郷は両眉を上げて見せた。


「華くん、どうかしたの?」


「ちょっと面白いことが解ったんだ」


 そう言うが早いか、彼女はくるりと踵を返して歩き出した。振り向きながら人差し指を立てて、着いてくるよう促すように動かしている。

 顔を見合わせると、二人の刑事はその後を着いていった。


「辻井さん、お二人いらっしゃいました?」


 科学捜査研究所の研究室へ戻った辻井は、彼女の助手であり部下であり後輩でもある近藤則友(こんどう・のりとも)の出迎えを受けた。

 本人はパーマだと言い張る無造作な黒髪に、太い黒縁の眼鏡、白衣の下に着られたおおよそどこで買ったのか想像もつかないデザインのセーターを纏って、その内側には赤が基調のネルシャツが着られている。ズボンはだぼだぼのベージュのチノパンだ。この、いかにも理系男子です、と言わんばかりの見た目とは裏腹に、快活な声音だ。


「いたいた。白石がいれば、本郷を見つけるのは簡単で助かるよ。それより、準備は?」


「ばっちりですよ」


 近藤はそう言うと、手元のキーボードをガチャガチャと鳴らした。彼の指によってはじき出されたコードが、映像となって目の前の大きなモニターに映し出される。彼のいじっているキーボードが置かれている机に寄りかかりながら、残りの三人は画面を見上げた。


「これは・・・大槻カホのアパート、ですか?」


 白石の問いに、辻井は大きく頷いた。


「そうさ。このCG映像は大槻カホのアパートの外階段だ。本郷に言われて、本当に全速力で階段を降りて来たらコートが引っかかるか、検証してみたんだ」


「流石華くん。仕事が早いね」


 いつの間にこの人はそんな連絡をしていたんだ、と白石は本郷を見つめた。その視線に気が付いてか、暇だったからね、と本郷は唇を動かした。大方、白石が本郷を迎えに行くまでの時間の出来事なのだろう。そう思うと、白石は項垂れる他なかった。


「まあ、こっちもたまたま手が空いていたっていうのもあるんだ。今は本郷の事件が一番デカい山なんだよ」


「えっ、そうなんですか!?あーーー、またか・・・」


 そう言いながら白石は、片手で額を覆って天を仰いだ。


「白石、諦めろ。警部殿は事件を寄せ付けちまうんだよ」


 辻井はそう言いながら、ポン、と彼の肩に手を置いて何度か頷いていた。

 本郷の周りには、事件が多く集まる。それは果たして、このミステリー小説が大好きな警部だからなのか、たまたま彼が警部と言う役職に就いているからなのか。何れにしろ、二人が事件を解決しなければいけないことに変わりはなかった。


「失礼だな。それじゃあ、まるでぼくが事件を起こしているみたいだ」


「まあまあ、三人とも。辻井さんも、説明続けてください」


 同期の女性と後輩の男性の言葉に、唇を尖らせた本郷を、近藤が窘める。


「ああ、そうだった。それで、これが成人男性をモデルにしたCGなんだが・・・」


 辻井はそう言うと、助手に映像を進めるように促した。近藤がキーボードを鳴らすと、全速力で階段を降りてきた、表情の動かない、コートだけを羽織った成人男性の骨格の人間が、そのままコートを翻して階下まで下りきって行った。


「・・・引っかからない、ですね」


「本当だね。これ、もう少し柵のギリギリを走らせることは出来るの?」


「ああ。近藤、頼むよ」


「はい」


 近藤はそう答えると、再びキーボードをガチャガチャと鳴らした。同じ速度で階段を駆け下りてきた人物は、今度は少しばかり柵側に寄って走り下りて行った。やはり、コートには亀裂が入らない。それどころか、近付いたことによって、翻ったコートの高さが明らかに柵よりも高いことが解った。


「これって、もしかしてどんなに近付けてもコートは破れないってことですか?」


 白石の言葉に、辻井はパチンと指を鳴らした。その勢いのまま白石を指差す。


「そう。ちなみに解っていると思うが、どんなに離してみてもコートは破れないよ」


「ふーん、困ったね」


 本郷はそう言いながら、腕を組んで右手を持ち上げた。唇を弄んでいる所をみると、本当に困っているわけではなさそうだ。それは白石より長い付き合いのある辻井にはお見通しのようで、近藤を振り返ると頷いて見せた。

 三度、近藤がキーボードを鳴らすと、今度は成人女性の骨格をした人間が現れた。白石が驚きに目を瞬かせ、本郷が感嘆の声を漏らしている中、画面の女はコートを翻して走り出した。


「これって・・・」


「これが、真犯人だよ」


 階段の途中で制止させられている画面の女は、見事に翻したコートを階段の柵に引っ掛けている。映像を進めると、女のコートは見事に引き裂かれていった。

 その映像を見ながら、白石はガシガシと頭を掻いた。真犯人が女だろうが、男だろうが、長澤栄徳の白衣があればと思わざるを得なかった。あの白衣があれば、犯人に一歩近づくことが出来ただろう。


「華くん、犯人は女性の方向でいけばいいのかな?」


「うん、いいと思うよ。どうせ目星はついているんだろう?」


 本郷の問いかけに応えた辻井に、白石は我が耳を疑った。


「えっ、本郷さん。犯人、解っているんですか?」


「雪くん。捜査の時にまず疑うのは、第一発見者だよ」


 その言葉に、白石は開いた口が塞がらなかった。

本郷はいつものように辻井に後ろ手を振りながら、部屋を出て行った。まだ追い付かない思考を追いかけるように、白石は本郷を追いかけて部屋を後にした。

 この事件の第一発見者は、被害者の親友である木ノ本瑞樹だ。


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