「さようなら、白雪姫」(3)
2人は行きつけのカフェを訪れると、二人がけの席に腰掛けて、メニューも見ずに注文を言った。正確には、
「ランチセットにココア、ハンバーガーセットにコーヒーでよろしいですよね?」
と、笑顔を浮かべた馴染みの店員自らが、オーダーを言ったというほうが正しい。ランチセットもハンバーガーセットも週替りで、今週はランチセットがサンドウィッチにサラダとスープ、ハンバーガーがデミグラスソースのチーズバーガーにポテトとオニオンリングである。どちらも先ほどのオーダーのとおり、飲み物がつくのだ。
注文を終えると、本郷は先ほど現場に行く前に読んでいた本―――ではなく、今日の事件の概要などをメモしたノートを開いた。てっきり読書がはじまると思っていた白石は、出しかけたスマートフォンをしまう。いつもは本郷が読書をしている間にパズルゲームなどをして時間をつぶしているのだ。
「何か気になることでもありましたか?」
「いえ。うん、そうなんだ」
いつものお決まりのポーズをしながら、本郷はさらに続ける。
「雪くん。君は今回の件をどう思う?」
「どう、って、そうですね・・・」
そう言いながら、白石はテーブルに左肘を付くと、その手の甲に顔を乗せた。
「自殺、じゃないですか?短いとはいえ遺書もあるし、凶器の包丁も見つかっています。何より防御爪がないじゃないですか。争った形跡が無いんですよ。これって決定的じゃないですか?」
「んー。そうなんだよね。ぼくも同じ考えなんだ。ただ・・・」
本郷はそう言って右手で下唇を弄んでいる。目線は机に置かれたメモ帳へ注がれているが、彼意外そのメモ帳の内容を解読することは不可能だ。けっして字が汚いと言うわけではなく、単純に彼の中で事件のあらましが暗号化されているのだ。その暗号が文字になっているため、付き合いの長い白石にもチンプンカンプンなのだ。
「何か腑に落ちないことでも?」
「どうやって木ノ本瑞樹は家に入ったんだろうね?」
「そりゃあ、彼女の証言どおり鍵が開いていたからじゃないんですか?」
「何で鍵が開いているんだろうね。いくら彼女が男性とは言え無用心じゃないかい?室内の様子から見れば、大槻カホが仕事以外でも女装をしていたことが解る。つまり、あの部屋の住人は、傍から見れば女性なんだ。大槻カホ自身も、その自覚はあったと思うよ」
あれだけ可愛らしいしねー、と続けながら、本郷は腕組みをやめてセルフの水を口へ運ぶ。思ったよりも冷たかったのか、口に含んでから目を丸くしていた。
「自殺なんだったら、これから死ぬのに戸締りなんて気にしませんよね?」
白石が首を傾げると、本郷は驚いて顔を上げた。
「そう?ぼくならむしろ、しっかり施錠するね。うめき声が外に漏れて、それを聞いた誰かが室内に入ってくる、ってことも考えられる」
「はー・・・確かに、そう言う考えもありますね」
いつもミステリー小説を読んでいる本郷らしい発想だな、と思いながら、白石もセルフの水に口をつけた。いつもと少し味が違う気がするのは香り的にレモンだろうか、と思いながら白石はコップを置いた。
「自殺未遂、なんてことになったら格好悪いじゃないか。まあ狂言自殺ならそれでいいんだけど」
「はあ・・・えっ、じゃあ、本郷さんはこの事件を他殺だと思っているんですか?」
机上に身を乗り出しながら、白石はそう返した。その白石に視線を送ることなく、本郷はメモ帳を睨み付けている。
「どう見ても自分で刺した傷に見えるんだけどねぇ」
「そうですよ。先に遺体を確認していた刑事にも話を聞きましたけど、最初部屋に来た時は、包丁に手をかけていたそうです」
「え?そうなの?」
「はい。包丁をこんな感じで持っていたそうですよ」
そう言って白石は、自分の身体の前で親指を上にするように、両手でゆるく握り拳を作って見せた。
「なるほどね・・・」
そう呟いて、本郷は唇を尖らせた。
「何か、まだ不満ですか?」
「うん。スマートフォンを使いこなす今時の若者が、もっと楽で、確実で、痛みを伴わない自殺方法を、インターネットで検索しなかった事のほうが不思議だ」
確かに、と白石は思った。
大槻カホの死亡推定時刻は、彼と木ノ本瑞樹との無料通話アプリでのメッセージのやりとりの時間から見て、午前2時から彼女が部屋を訪れる一〇時半までの間だ。詳しい死亡推定時刻は検死の結果を待たねばならないが、それが解った所で事件が進展するようには感じられなかった。
白石はじれったさを堪えるように、再びレモン水を口に含んだ。レモンだと解ってしまえば、そのスッキリとした味わいは、言い知れぬ喉のつかえをも取り去って行く。
「本郷さんは誰が犯人だと思うんですか?」
ガラスのコップを傾けながら、白石は問いかけた。
「そうだね。まだ断定は出来ないけれど、第一発見者は疑うべきだ」
「え?木ノ本瑞樹ですか?」
「断定も否定もできないけどね。でも、第一発見者を疑うのは当然のことだ。それに、彼女の証言にはあいまいな部分が多い。そうは思わない?」
「そうですね。親友が死んだにしては落ち着きすぎているし、かといって冷静さを装っているにしては歯切れが悪い」
白石がそう返すと、本郷は深々と頷いて手帳を閉じた。
「そうなんだ。ただ、証拠がないからね」
本郷が右の内ポケットにミステリー小説と共にノートをしまうと、白石が言葉を返そうとする前に料理が運ばれてきた。白石は上司の言葉に疑問を覚えつつも、ハンバーガーを頬張った。




