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本郷さんと白石さん  作者: 馬場未知瑠
14/14

「さようなら、白雪姫」(14)

 それは、今から数時間前のことだった。


「白石!そこに、本郷もいるか?」


 署内の内線電話を受け取った白石は、声の主の第一声で相手が誰だか解った。本郷に警部をつけない女性は一人しかいない。辻井だ。


「あー、本郷さんならちょうど5分ほど前に帰宅しましたよ」


「すぐ呼び戻してくれ」


 そう言うが早いか、ガチャリ、電話は切れた。あまりにも乱暴に切られた電話に、白石は数秒の間、受話器を持ったまま固まっていた。プーッ、プーッ、という独特な機械音が微かに聞こえてきて、白石は我に返った。

 受話器を置くと、ズボンの右のポケットからスマートフォンを取り出した。素早く画面を操作すると、本郷に電話をかけた。


「ああ、雪くん。どうかしたの?」


 呼び出し音が空しく響くだけかと思っていた白石は、受話器の向こうから声が返って来て慌ててスマートフォンを耳に当てた。どうせすぐに出ないだろうと思っていたので、机の上で呼び出し音を空中に響かせていたのである。耳にあの甲高い機械音が響くのが、白石はあまり好きではないのだ。


「雪くん?」


「ああ、すみません。本郷さん、今どこですか?もう地下鉄乗りました?」


 ガヤガヤ、と耳元で聞こえる周囲の音に、地下鉄の到着を告げるアナウンスが聞こえた。


「いや、改札を通る前だよ。どうしたの?」


「辻井さんから連絡がありました。すぐ戻ってください」


「流石華くんは仕事が早いね。すぐ戻るよ」


 そう言うが早いか、本郷は踵を返して歩き出した。

 通話が終わると、白石は心底安心したような声を出して机に突っ伏した。帰っていたら自分が車で迎えに行かなければならないところだったからである。5分で出て行ったと言うことは、5分で戻って来られるということだ。

 その間に本来ならば本郷がやらなければならない書類仕事でも進めておこうと、白石は自分のデスクのパソコンと睨み合った。


「雪くん、お待たせ」


「遅かったですね」


「飲み物買っていたら遅くなったんだ。はい、君の」


 そう言って本郷が手渡してきたのは、ホットの缶コーヒーだ。それもブラックコーヒーの無糖である。それ自体は珍しい物ではないのだが、彼が買ってきた銘柄は地下鉄の駅の改札前には置いていないものだ。


「ああ、ありがとうございます。辻井さん待っていますよ」


「うん、だからこれ飲んじゃってから行こう」


 本郷はそう言いながら、自身の持っている缶を傾けた。当然のようにホットのココアをすすっているが、帰って来ながら飲んでいたのだろう。缶の傾き加減からして、もうそろそろ彼の分は無くなるようである。

 白石もプルタブを起こすと、缶を口につけた。外側の温もりとは対照的に、中身は温い。むしろ、ほぼ冷たかった。五分で戻って来られる道のりに十五分もかかっていれば、妥当な温度だろう。


「おっそい!!」


 飲み物を飲み終えた二人が科学捜査研究所に辿り着くと、棒付きキャンディーを噛み砕きながら辻井が吠えた。


「ごめん。それで、何が解ったの?」


 本郷の上辺だけの謝罪の言葉に、辻井は奥で作業していた近藤を呼び寄せた。近藤は奥にある作業部屋から顔を出すと、前回同様にキーボードをガチャつかせた。黒髪に黒縁眼鏡は相変わらずで、よく解らない柄のセーターの下にネルシャツを着ている。ズボンはだぼだぼだが、今日はカーキ色だ。

 そんなダサい柄のセーターはいったいどこで売っているんだ、と白石は呆気にとられたが、前に一度彼に問いかけた際に、


「え?可愛くないですか?オシャレじゃないですか?」


 と、チャラチャラした文系男子のようなノリで返されて以降、白石はその事に踏み込む事はやめていた。


「それで、何が解ったんですか?」


「ああ、これを見てほしいんだ」


 辻井がそう言うと、近藤は液晶に映像を映し出した。左側に大槻カホの遺書が、右側に彼女の直筆のメッセージカードが並んで表示されている。メッセージカードにはそれぞれ、


「もうつかれました。カホ」


「お誕生日おめでとうございます。今日があなたにとって、ステキな一日になりますように カホ」


 と、書かれていた。


「共通の文字は、「う」と「つ」と「か」と「ま」かな。「か」は、片方は「が」だけど、「゛」を増やした程度で、人の字のクセは変わらないんだ。ああ、後は「カホ」もか」


「ふーん」


 本郷は鼻を鳴らしながら、お決まりの手帳に暗号を書き記している。


「で、それぞれの共通の字だけを取り出して、重ねると・・・」


 辻井の言葉に誘導されるようにして、近藤は画面に平仮名の「う」と「つ」と「か(が)」と「ま」、カタカナの「カ」と「ホ」だけを浮き上がらせた。画面の上でスルスルと映像が移動して、それぞれの字が画面の中央に大きく表示されて重なった。

 重なりは、完璧には一致しなかった。


「面白いだろう。それじゃあ、次に行くよ」


 辻井がそう言うが早いか、画面が切り替わった。再び画面の左側に大槻カホの遺書が表示され、今度は左側にもう一枚のメッセージカードが表示された。そのメッセージカードの内容は、句読点の場所なども含めて一言一句違わず、先ほどの大槻カホの物と同じだった。ただ唯一違うのは、名前が空白であることだ。

 近藤がキーボードを鳴らす音が聞こえると、画面の中で先ほどと同じ文字が浮かび上がった。ゆっくり画面の中を移動したその文字たちが、重なっていく。

 重なりは、ほぼ完璧に一致していた。


「このメッセージカードの差出人は?」


「ああ、それなんだけれどね」


 辻井はそう言うと、近藤に視線を送った。再び画面が切り替わると、今まで大槻カホの遺書が表示されていた部分に、木ノ本の手帳の文字が映し出された。手帳のある月のページで、そこには


「カホとデート♡」


「日曜日までに頼まれていたことおわらせる!」


 等々、色とりどりのペンが可愛らしいシールと共に文字を綴っていた。

 画面の左側には、相変わらず差出人不明のメッセージカードが映し出されている。その中から、カタカナの「カ」と「ホ」、ひらがなの「お」と「と」と「に」と「て(で)」と「た」、漢字の「日」が抜き出された。

 今まで一番気持ちよく、二つの文字はすんなりと重なった。


「まさか・・・」


 白石はそこで、続く言葉を飲み込んだ。辻井が人差し指を立てて、彼の言葉を止めさせたのだ。白石が彼女の視線に誘われて画面に視線を送ると、今までとは違う文字が画面に映っていた。

 長澤の英語とドイツ語で書かれた論文と彼の手帳の文字が、そこには表示されていた。手帳に記されている英語とドイツ語は少なかったが、それでも筆記体の円の作り方や、書き終わりのハネやハライ、さらにはさまざまな点の位置が、画面に浮き出されている。当然のように、その二つの手記は一致していた。

 次に近藤がキーボードを叩くと、長澤の日本語で書かれた論文と彼の手帳の文字が映し出された。画面に表示された二つの文字は、確かにどちらもお手本のように綺麗な字ではあった。しかし、いざ重なりあったその文字がぴったりと交わることはなかった。


「どう?」


「論文の清書は、長澤じゃなかったってことだね」


「そう。それがこの件の面白いところなんだ。・・・近藤、頼むよ」


 辻井は、パチン、と指を鳴らした勢いで本郷を指差すと、近藤を振り返った。近藤は、画面の左に日本語で書かれた長澤の論文を、右に木ノ本瑞樹の手帳を表示した。表示された内容から数個の文字が拾われ、画面の上で重なり合う。

 不自然なほどにぴったりと、微塵のずれもなく文字は重なり合った。


「・・・論文の清書をしていたのは、木ノ本瑞樹・・・ってことですか?」


 白石が、ぽかんと口を開けたまま、そう告げた。


「これを見る限りは、だが・・・。本郷、どうせまだ二人の関係は洗えてないんだろう?」


「そうなんだよ、困ったね」


 そう言いながら手帳に暗号を書き記していた手を止めて、唇を弄んでいる。困ったと言うよりは、さてどう理詰めにしていこうか、と思っている時の顔だ。

 白石は再び画面を見上げた。


「もし仮に木ノ本瑞樹が彼の論文の清書をしていたなら、あの家に入ることが出来た可能性があるっていうことですよね」


「それか、原文だけどこかで貰っていたと言う可能性もあるな」


「ああ、そう言う可能性もあるね。でも、華くんのおかげで重要なことが一つ解った」


 本郷は手帳を閉じて内ポケットにしまいながら、自然な笑顔を浮かべた。

 その笑顔に、白石はまるで状況が理解できないと言うように、何度も瞬きしていた。


「何ですか?」


「木ノ本瑞樹がシロではないという事だよ」


 自分の言葉に目を輝かせて頷きながら、本郷は片手を上げて室内から出て行った。その後ろ姿は、詳しいことは明日話そう、と言っているように見えて、白石は肩から息を吐き出した。これで今日の彼のお守りはお終いである。白石は二人に床と並行になるまで腰を折って一礼すると、上に伸びあがりながら部屋を出て行った。


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