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反転世界の狂える獣(後編)

 花畑のフルールがこの国に潜入した。

 それは、最も恐るべき脅威が忍び寄る事を意味していた。


 この世界には多種多様な職業がある。その中でも、ハンターと呼ばれる職業は危険とされている。


 海を飲むほど巨大な海竜リヴァイアサン、燃え盛る業火を吐くファイヤードラゴンといった低級モンスターであればまだいいのだが、ゴブリンやスライムなどの恐ろしい魔物になれば危険度は増す。

 しかし、そのスライムハンターですら絶対にやりたくないという最も恐ろしい職業、それこそが――。


「農家だ……」


 王は両手で寝ぐせまみれの髪をかき乱し、凶報に震えあがった。

 農家はこの世界で最強クラスの職業である。ジャガイモを作る事は一国を支配するに等しいとまで言われる。その農家の中でも、さらに上位が「お花屋さん」である。


 美しい花を一目見れば、その醜悪さに人々は顔をしかめ、目が潰れてしまう。

 そしてその花から漂うかぐわしい香りは、人間の平常心をかき乱し、精神に異常をきたす。

「花畑のフルール」は、この世界を美しい花で埋め尽くそうという狂った思考で動く異常者であり、世界最高峰のテロリストとして名を馳せている。


「おい王さん! あのバケモンに加えて、フルールまで来やがったぞ! マジでどうすんだ! おい!」


 非常事態であるが、鍛え抜かれた精神を持つ兵士は王に丁重な挨拶をする。

 王は絶望のあまり天を仰いだままだったが、ついにある決断を下す。


「白豚騎士団を出動させろ!」

「し、白豚騎士団を!?」


 傍に控えていた大臣は仰天した。白豚騎士団――それは、選ばれた者のみが所属出来る、王国で最も優れた集団である。それを一人にぶつけるというのだから、驚くのも無理はない。


「やかましいわ! 万が一あいつとマサヤが組んだら……おお、想像するだけで恐ろしい。パークの危機なのだー!」


 こうして、王の伝令が発動された。報告に来た兵士は、踵を返し白豚騎士団の元へと駆けていった。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その頃、マサヤはしょんぼりとした表情で、城の片隅に腰を下ろしていた。


「何でみんな俺の事を嫌うんだろうなぁ……俺、何か悪い事してるのかなぁ」


 マサヤは皆に好かれようと一生懸命頑張っているのだが、何か手伝いをしたり、城の清掃などを始めるとすぐにプロレスラーのような男が飛んできて、罵声を浴びせてくるのだ。


 郷に入りては郷に従えというが、この城はあまりにも荒みきっている。

 もしかしたら、何か恐ろしい魔物のようなものがいて、それでみんな心を病んでいるのかもしれない。


「そうだよな……俺は、俺に出来る事を一生懸命やるしかないか」


 マサヤは気合を入れ直し、より一層いい事をしようと決意を新たにした。その次の瞬間、マサヤの耳に悲鳴が聞こえた。それほど遠くではない。声のトーンからして若い女性のようだった。


「な、何だ!? とにかく、誰か困ってるなら助けないと!」


 マサヤは慌てて立ちあがり、全速力で悲鳴のした方向へと駆け出す。崩れかけた城壁を曲がると、その正体はすぐに判明した。


「ついに追い詰めたぞクソアマぁ! もう逃げられねぇぞ!」

「い、嫌……! 来ないでください!」


 マサヤの目の前では、全身をフルプレートで覆った屈強な兵士が、数十人で一人の少女を取り囲んでいた。異様な光景ではあるが、それよりもマサヤが驚いたのは、その少女の美しさだった。


 ゆるくウェーブの掛かった金髪はまるで金糸(きんし)のように輝き、頭には色とりどりの花で作られた花冠を着けている。全体的に小柄で、まるで絵物語の妖精のようであった。


「ま、待って下さい! そんな小さな女の子をどうしようって言うんですか」

「げぇっ!? マサヤ!?」


 男たちは少女の包囲に夢中で、後ろから恐るべき化け物が迫っている事に気付いていなかった。目の前にもテロリストがいるのに、後ろから狂獣。まさに前門の虎、後門の狼状態だった。


 しかし、それはマサヤも同じだ。相手は竜の鱗で出来た鎧や武器を軽々と使いこなす猛者共。それが何十人もいるのだから怯むのも無理はない。

 だが、マサヤは怯えきっている少女を放っておけるタイプの人間ではなかった。


「その子が何をしたのか分かりませんけど、平和的に話しあいましょうよ」

「んだとぉ! 平和的に話しあうだと!」


 兵士の一人がドスの利いた怒声を浴びせる。マサヤは思わず一歩引きそうになったが、精神力をフルに動員し、何とか平静を保っていた。


(こ、この野郎……やっぱり頭おかしいぜ!)


 一方、兜で表情が隠れてはいたが、怒声を浴びせた兵士たちは全員冷や汗をかいていた。このマサヤという異世界人は狂っている。


 何かあるたびに「平和的に話しあう」とか「みんなで仲良くしよう」などと暴力的な解決を真っ先に提案するのだ。まるで、闘争が無ければ生きていけないような狂戦士だ。


 そして、ここに居るのは竜鱗の鎧や身の丈ほどの大剣を振り回す一般兵士かいない。フルール一人だけなら何とかなるが、マサヤが加わってきてはとても対処しきれない。


「ち、ちきしょう! 野郎ども! 撤退だ! 白豚騎士団に状況を報告するしかねぇ!」


 兵士たちのリーダーは、やむを得ず撤退を宣言する。このまま二体の怪物を相手にしては無駄死にと判断したのだ。兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように走り去った。


「な、何だかよく分かんないが、説得が効いたのかな?」


 マサヤは状況がいまいち分かっていないが、兵士たちが特に武器を振るう事も無く去っていた事から、自分の誠意が通じたとほっと胸を撫で下ろす。そして、震えてしゃがみこんでいる少女に、ゆっくりと歩み寄った。


「君、大丈夫かい? 特に怪我はしてないみたいだけど」

「え、あ、ありがとうございます……」


 近くで見ると、本当に美しい少女だ。

 人を外見で判断するのはよくないと分かっていはいるが、この王城に住まう女性は控え目に言って、ハンマーで顔面を強打したオークのような人間ばかりだったので、マサヤは久しぶりに目の保養が出来た。


 それに、こうして優しく「ありがとう」と言われたのは久しぶりだったので、マサヤは胸が熱くなった。


「申し遅れました。私の名前はフルール。その、助けていただいてありがとうございます。ええと……」

「ああ、俺の名前はマサヤって言うんだ。俺は何もしてないよ。それより、何で兵士なんかに囲まれてたんだい?」


 なるべく少女を怯えさせないよう、マサヤは極力優しい声で話しかける。すると、フルールは少し口ごもった後、小さな声で語り出した。


「その……お花を植えていたんです。この城はとても汚いでしょう?」

「うん、そうだね」

「え!? マサヤさんもそう思うんですか!?」

「そりゃそうだよ。この城は汚いし、みんないろんな意味で乱暴すぎる」


 久しぶりにまともな人間に会えた感動で、マサヤは率直な意見を述べた。


「にしても、たかが花を植えてただけであんなにムキになるなんて、どうかしてるよ」

「たかがって……マサヤさんは何とも思わないんですか!?」

「え? うん。すごくいい事なんじゃないかな?」

「え、ええっ!?」


 フルールは目を見開いた。一体、この男は何なのだ。目の前で破壊行為が繰り広げられているというのに、全く気にする素振りが無い。それどころか、自分の活動を全肯定している。


「あ、あなた、ひょっとしてすごく『いい人』ですね?」

「いや、別に普通だと思うけど」


 フルールは絶句した。一体どこが普通なのか。普通なら、花を植えている人間を見たらそれだけで恐怖に震えあがるというのに、この男はニコニコと笑みを浮かべている。少なくとも、花屋並の実力者である事は間違いない。


「そこまでじゃあ! クズども!」

「な、何だ!?」


 不意に背後から大量の気配を感じ、マサヤは慌てて振りかえる。すると、マサヤとフルールの周りには、ずらりと兵士たちが並んでいた。だが、ちょっと変だった。


 兵士たちは皆ぶくぶくと太っており、半袖短パンを着て、豚にまたがっていた。まるで豚の上に豚が乗っているようだ。


「あ、ああ!? まさか白豚騎士団が出てくるなんて!」

「白豚騎士団? 何それ?」


 緊張感のないその出で立ちに、マサヤは首を傾げた。先ほどフルールを取り囲んでいた恐ろしい兵士たちは、白豚騎士団とやらの後ろの方に控えている。


「知らないんですか!? この王国……いえ、この世界でも最弱とされる者達で構成された騎士団ですよ! ああ、もうおしまいだわ」

「ちょっとよく意味が分からないんだけど」


 フルールは最恐クラスのテロリストではあるが、白豚騎士団相手では勝ち目は無い。何せ、相手は一日中食って寝て、だらだらと過ごし越え太る厳しい修行を乗り越えた精鋭の集まりだ。

 この国で豚に乗れる名誉を得られるのは白豚騎士団のみ。位の低い騎士たちは甲冑に身を包み、白馬や白虎に乗るのだ。


「ふうふう、君達を止めるため、我々が集まったのでおじゃる。これ以上の善行は見過ごせないでおじゃる」


 白豚騎士団の中の一人が、串焼き肉をくちゃくちゃ食べながらそう呟いた。

 彼こそ、白豚騎士団のリーダーであり、過去最弱と言われた男――メンチである。


「俺達が何をしたっていうんだ。たかが城を綺麗にしたくらいで」

「たかが、たかがだと!?」


 狂獣マサヤの噂は白豚騎士団にも届いていたが、噂通り、いや、噂以上に狂っているとメンチは驚いた。清掃活動や植林という善行を「たかが」で切り捨てるとは、この男の邪悪さの底が見えない。


(仕方ないでおじゃる。こちらも全力で相手をするしかないでおじゃる)


 この邪悪な獣たちを倒すには、全力を出すしかない。

 メンチはそう判断し、豚から転がり落ちた。ちなみに、普通の降りるのではなく、豚からは転げ落ちるのがこの国の作法である。


 メンチは太った身体を苦労して立ちあがらせると、マサヤの前に歩み寄り、片手を差し出した。


「いやー、今日はあなたにあえて光栄でございます。お近づきの印に、是非握手を願いたい」


 メンチは、マサヤに握手を求めた。マサヤはきょとんとしているが、後ろに控えていたフルールは青ざめた。


(あ、あれは白豚騎士団の奥義……シェイクハンド!)


 握手(シェイクハンド)――それは最強の奥義である。相手に敬愛の念を込め、手を握る事でいい人エネルギーを相手の体に直接叩きこむのだ。白豚騎士団最弱であるメンチの握手は、スライムですら蒸発させると言われている。


「マサヤさん! それを受けては駄目よ!」

「えっ? 何で?」


 一方、マサヤはちょっと嬉しかった。さっきまで肉を食っていたし、なんか脂ぎっているという点を除けば、相手から好意的に握手を求められたのはこの世界で初めてだった。


「いえいえ、こちらこそ。是非仲良くして下さい」

「うっぎゃああああああああああ!?」


 マサヤは笑顔で、何のためらいもなくメンチの手を握り返した。絶叫したのはマサヤではなくメンチの方だった。圧倒的いい人パワーを持つメンチの握手を真っ向から受け、それをはるかに凌駕するいい人パワーを逆に叩きこんだのだ!


「そ、そんな……!? あのメンチが一撃で!?」


 フルールは目の前に広がる光景を呆然と眺めていた。信じられないが、のたうち回っているのは、王国最弱の白豚騎士メンチだ。一方、マサヤは平然としている。苦しむ素振りすら見せない。


(ば、化け物だわ……)


 フルールはもう声すら出ない。ただ、このマサヤという男が、世界を滅ぼすに値する力を持っているという事実だけが理解出来た。


(あれ? 俺なんかしたっけ?)


 一方、マサヤはただ困惑していた。相手が丁寧に挨拶をしてきたので、こっちも握り返しただけなのだが、その途端に何故か目の前のデブが地面を転がり回っている。一体何だというのだ。


「あ、あの、大丈夫ですか?」

「ぐわあああああああ!」


 握手により大ダメージを受け致命傷を受けたメンチに対し、マサヤはさらに優しい言葉を掛けるという追い打ちを掛けた。なんたる外道!


「ま、待って下さい! それ以上やったら死んでしまいます!」

「はい?」


 マサヤはメンチを助け起こそうとしたが、それを止めたのは悪逆非道のフルールだった。国家テロリストとして自分も悪である事は自覚していたが、マサヤの暴虐は、フルールですら目をそむけたくなるものだったからだ。


 メンチは白眼を剥いて気絶したが、誰も助け起こそうとしなかった。この国では放っておけば人間が回復するというのもあるが、何より、怪物マサヤに誰も近寄りたくなかったからだ。


 王国最弱であるメンチが一撃でボロ雑巾にされたのを目の当たりにした他の兵士たちは、黙って道を開けた。この化け物は人間がどうこうできるレベルではない。生物としての格の違いを見せつけられたのだ。


「何だかよく分かんないけど、通してくれるみたいだから行こうか」

「は、はい。ありがとうございます」


 まるで海を割るモーゼのように、マサヤが一歩進むたびに人波が引いていく。フルールもそれに付き従い、二人は何の苦も無く城門の所まで辿り着いた。


「ええと、ここが出口みたいだけど。君一人で大丈夫かな? よければ送っていくけど」

「あ、あの! お願いがあるんです!」


 城門を出ると、フルールは吐息が掛かるほどマサヤに顔を近付けた。ほのかな甘い香りにマサヤはどきりとしたが、何とか平静を装った。


「頼みごと? 俺に出来る事なら手伝うけど」

「本当ですか? 実は私……いえ、私達には仲間がいるんですけど、マサヤさんも来ませんか?」

「仲間?」

「はい。私達、世界をお花畑にして、みんなを幸せにしようとしているんです。でも、なかなかメンバーが集まらなくて」

「俺なんかが入っていいのかな?」

「マサヤさんじゃなきゃ駄目なんです! マサヤさんみたいないい人を、私、ずっと探していたんです!」


 フルールは大きな声でそう言い切った。マサヤは少しだけ悩んだが、結論はすぐに出た。


「うん。いいねそれ。世界を花畑にする。素敵じゃないか。俺もそれ、手伝うよ」

「本当ですか!?」


 マサヤの返答を聞いて、フルールは表情を輝かせた。笑うと本当に愛らしいなと思いつつ、マサヤも笑う。

 あの城でひどい扱いを受けているより、前向きにまっすぐ生きているこの子に協力したいと思うのは、マサヤの価値観では当然であった。それに、この子の仲間なのだから、きっと「いい人」たちの集まりなのだろう。


 城門からもう大分離れていたが、それでも、兵士や王に至るまで、多くの人間がマサヤとフルールを見つめていた。風に乗って「バンザーイ!」とか「また遊びに来いよ!」などといった罵声が聞こえてくる。


「俺の頑張りも無駄じゃなかったのかな……」


 城の中では散々な扱いだったが、皆、マサヤとフルールに応援やエールを送ってくれているのを見て、マサヤはようやく救われた気持ちになった。だから、マサヤは笑顔で手を振り返す。


「色々ありましたが、お世話になりました! またいつかお礼に来させていただきますね!」


 何だかんだ言いつつ、異世界で彼らは彼らなりに世話をしてくれたのだ、いつか彼らに恩返しをしよう。そう心に刻み込み、マサヤはフルールの手を引いて城を去っていった。


「え、えらいこっちゃ……この世の終わりや……」


 それと同時に、国王を始めとする城の者達は絶望に打ちひしがれた。あの狂った獣は、ついに檻を破って世界へと飛び出した。しかも、国家テロリストのフルールを連れて。


「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」


 誰かがそう呟くのが聞こえたが、それは、この場に残った全員を代表しているようだった。

 去り際、マサヤは笑顔で「またいつかお礼に来させていただきます」と丁寧に話していた。

 奴はきっと帰ってくる。恐るべき善人達を引き連れ、この城を幸福で満たすつもりだ。


 それほど遠くない未来、異世界より召喚された狂える獣の猛攻撃が始まるだろう。

 王たちは、ただその時を待つ事しか出来なかった。

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