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神殺しの受付嬢

 四月、春の息吹が芽吹き、人々の暮らしも切り変わる時期。

 サチコもまた、四月から新社会人になったばかりの人間である。

 サチコは町役場の受付担当となったが、今、社会人としての洗礼を受けている最中だ。


「お客様! きちんと整理券を取って待って下さい!」

「何だと!? お客様は神様だろ!」


 サチコはいきなりのモンスターの登場に狼狽した。目の前で激昂している老人は、あろう事か整理券を無視し、いきなり窓口に突っ込んで来たのだ。もちろん、他の客をすっ飛ばしてである。


「それに何ですか、このコキュートスの住民票って!?」

「役所に申請するのに本籍の謄本が必要なのだ! だが、地獄の最下層まで戻るのは面倒だろう?」

「うちは市役所ですから、コキュートスならコキュートスの役場に行っていただかないと……もしくは郵送などがありますが」

「地獄にそんなものがあるわけないだろ! 頭おかしいのか!」


 頭おかしいのはそっちだろジジイと言いたいところだが、言えないのが受付嬢のつらい所だ。

 経験豊富かつトークの上手い人間であれば、この老人をなだめる事が出来たかもしれないが、サチコは新人であり、また、コミュニケーション能力もそれほど高いわけではない。


 ――なので、ついこんな事を言ってしまった。


「あのですね。お客様は神様と言いますが、だとしたら他のお客さまも神々になりますよね? 他の神様のご迷惑になりますので、整理券を取ってお待ちいただけますか」


 とにかく、朝一でこの爺さんが喚いているので他の客をずっと待たせているのだ。とりあえずこいつを何とかしなければならない。

 だが、サチコの言葉に対し、爺さんは鼻で笑った。


「他の神々だと? ふん、所詮ただの低級だろう。いいだろう。そこまで言うなら私の本当の姿を見せてやろう……」


 老人がそう言うと、突如あたりに黒い霧が立ち込める。その霧が老人を包み込む。


「な、何ですか!? 火事!?」

「馬鹿め。そんな生ぬるいものではないわ!」


 地獄の底から響くような声が霧の中から響き、徐々に晴れていく。そして、完全に霧が晴れると、そこには漆黒に輝く体を持つ。コウモリのような翼と二本の巨大な角を持った悪魔が立っていた。


「な、何ですかあなたは!?」

「我が名はサタン……地獄の主にして神。絶望をまき散らし、憎しみを()む者なり……」


 先ほどまでの猫背の老人の姿はどこにもなく、目の前には、身長2.5メートルはあろうかという恐るべき邪神のみがいた。


「さあ、これで我が神であることが分かったであろう。とっととコキュートスの住民票を渡すのだ」

「くっ……! 新米とはいえ私はお役所の受付嬢! なんとしても整理券通りに並んでもらいます!」


 そう言うと、サチコはおもむろに机の下の防犯ブザーを押した。これでセコムがやってくるはずだ。だが、サタンはそれすらも見抜いているようだった。


「馬鹿が! セコムのボタンを押してもここに来るまでに数分は掛かるだろう。それまで、人の子である貴様に何が出来る」

「私には何もできないかもしれない……でも、ここで退く訳にはいかないのよっ!」


 サチコは受付の引き出しを引っかき回す。中にはホチキスやハサミといった事務用品と、聖剣エクスカリバーがしまわれていた。


「セコムが来るまで、これで持ちこたえるしかないわ!」


 サチコは机の引き出しから聖剣エクスカリバーを引きぬいた。エクスカリバーは数十年前から事務所に引き出しに刺さっていたのだが、引き抜けなかったのだ。


「ほう……聖剣が貴様を主と認めたようだな。いいだろう、多少は遊べそうだ。来るがよい!」

「はああああああああああっ!」


 気合一閃。サチコは受付の机を足場に跳躍し、エクスカリバーを振りおろす。サタンはそれを片手で受け止める。すかさずサチコは着地し、距離を取る。


「若い割になかなかやるな。貴様、剣士か?」

「学生時代にファンタジーの乙女ゲームをやっていたのよ」


 サチコはファンタジー系の乙女ゲームを好んでプレイしていた。そして、その中には攻略対象に剣士や騎士が沢山いたので、サチコはそこで剣術を学んでいたのだった。


「勇ましい事だが、所詮、人は人に過ぎん! はあああああああっ!」


 サタンが全身に魔力を溜め、一気に解き放つ。それは魔力による広範囲の爆撃であった。


「きゃあああああああああっ!」


 サチコはきりもみ回転をしながら数メートル吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 聖剣エクスカリバーの加護により致命傷は免れたが、魔界の神であるサタンの一撃は、サチコを戦闘不能に追いやるのには十分であった。

 ちなみに建物は特殊なカーボンで出来ているので無傷である。


「クックック……貴様はただの人間。聖剣があろうが、この私にかなう訳が無いだろう」

「ううっ、やっぱり、私はただの受付嬢でしかないのか」


 サチコは事務所のロッカーに寄りかかるようにして、なんとか立ちあがる。だが、聖剣は今の一撃でへし折れており、サチコ自身も全身の激痛で今にも意識を失いそうだった。


「さあ、命が惜しくば、早くコキュートスの住民票を私に渡すのだ」

「そんなものは……無い!」

「ほう? いいだろう……ならば死ね!」


 そこら辺の市役所でコキュートスの住民票なんか手に入らないのだが、それはそれとして、サタンは全力の一撃をサチコに放つようだ。


「おねえちゃん! がんばれー!」

「そうだ! そんなクレーマーに負けるな!」


 サタンが攻撃を放つ一瞬前、そんな言葉がサチコの耳に届いた。だが、闇の波動は容赦なくサチコを呑みこむ!


「フハハ! 終わりだ」

「それはどうかしら!」

「な、何だと!?」


 驚いたのはサタンの方だった。確かにこの人間を殺せるだけの一撃を放ったはずなのに、サチコは平然と立っていた。よく見ると、先ほどまで負っていた傷も治っているし、折れた剣も元通りになっている。


「な、何故だ!? 何が起こったというのだ!?」

「サタン、あなたさっき『お客様は神様だ』と言ったわよね? そして、私はこう言った。『他の神々の迷惑になる』とね」

「な、ま、まさか……!?」

「そう。ここで待っているお客様……神々が私を助けてくれたの。日本には八百万の神様がいるのよ!」

「馬鹿なあぁぁぁ!?」


 サタンは叫んだ。だがもう遅い。サチコは聖剣を構えると、疾風の如くサタンに飛び掛かる。その速度はもはや人間を超えている。そう、神ですら対処できない程に。


「お客様は神様! 私は今、神殺しとなる!」

「ぐわあああああああああっ!?」


 聖剣の一振りがサタンを切り伏せる。まさに紫電一閃。サタンはよろめきながら膝を付いた。


「フッ……どうやら私の負けのようだな。私は地獄へ帰るとしよう。ついでに住民票も貰えるしな」

「そうね。地元でやったほうが手数料も少なくていいわよ」

「だが、覚えておくがよい。人がこの世にいる限り、絶望が生まれ、それを糧として私が再び現れる事を……」


 そう言い残し、サタンは灰と化した。

 サチコは近くにあった整理券を一枚取り、その灰の中に投げ入れた。


「次に来る時は、ちゃんと整理券を取って待っている事ね」


 こうして、多少のトラブルはあったが、市役所の業務は滞りなく進められた。

 ちなみにサチコは駆け付けたセコムによって、銃刀法違反で警察へと連行されたが、それはまた別の話である。

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