虎の威を借る狐を狩るバイオゴリラ
昔々ある森に、凶暴な虎が住んでいました。森の王である虎にとって、全ての生き物は獲物に過ぎません。そんなある日、虎は一匹の狐を捕まえました。
虎はさっそく狐を食べようとしましたが、その時、狐がこんな事を言いました。
「私は百獣の王として神に任命されているのです。もしもあなたが私を食べれば、あなたは神罰を受ける事になるでしょう」
「馬鹿な事を言うな、お前のような貧弱な奴が、神の獣である訳がない」
虎は狐の言葉を鼻で笑いましたが、狐はさらに続けてこう言います。
「なら、ほんの少し私の後を付いてきてください。神獣である私の姿を見れば、他の獣は震えあがって逃げ出すでしょう。もし嘘なら私を食べても構いません」
そう言われ、虎は少しだけ余興に付き合う事にしました。するとどうでしょう。狐の言った通り、森の獣たちが狐を見て逃げていくではありませんか。
「ほら、言ったとおりでしょう? 私は神の獣なのです。ハッハッハ!」
「SUGEEEEEEEE!!」
狐の威光を目の当たりにし、虎は狐を尊敬のまなざしで見つめました。もちろん、これは全て嘘です。動物達は狐を見て逃げたのではなく、その後ろにいた虎を恐れて逃げたのです。
ですが、ただ一頭、逃げ出さない獣がいました。
「オマエ コノモリノ オウ ナノカ?」
「な、なんだあいつは!?」
狐は驚きました。目の前に現れた生物は、この森で見た事のない動物だったからです。それは――研究所から逃げ出したバイオゴリラ!
バイオゴリラとは、バイオゴリラ細胞を埋め込まれたゴリラの事である。六本の剛腕と、緑の瞳を持つ恐るべき獣で、ジャングルを暴力で傷つける者に対しては、それ以上の暴力をもって制裁する。
たまにそうでない者も理由なく制裁する。これ以上知りたい場合は、「バイオゴリラ bot」などで検索するのが吉である。
狐と虎はバイオゴリラを初めて見ましたが、針金を縫い合わせたような真っ黒な剛毛。そして、全身を覆い尽くす、はち切れんばかりの筋肉を見て、只者ではないと一目で分かりました。
「コノモリ オレ シハイスル ジャクシャ エサニナレ!」
研究所を破壊して逃げ出したバイオゴリラは、本能の赴くがままにこの森へ辿り着き、支配しようとしているようでした。そして、バイオゴリラにとって、弱者は全て己の糧なのだ!
「くっ……い、いけっ! 虎! でんこうせっかだ!」
「ピッカー!」
すっかり狐の手下になり下がった黄色と黒のしましま模様の獣が、トレーナーの指示通りバイオゴリラに電光石火の一撃を叩きこむ! 人間などやすやす引き裂いてしまう先制攻撃がバイオゴリラを襲う!
「ヌウウッ!」
「な、何ィッ!?」
だが、狼狽したのは虎だった! バイオゴリラの腕を食いちぎる勢いで噛んだというのに、天然の鎧である剛毛と、そして筋肉に牙が食い込んで抜けなくなってしまったのだ!
「レンゾクパンチ!」
「グルォォォォォーーーーーッ!?」
次はバイオゴリラのターンだ! 噛みついた腕から牙が抜けない虎に対し、残り五本の腕で連続パンチを叩きこむ! 5かい当たった! 虎は倒れた!
「ジャングル チカラツヨイヤツ イキノコル!」
悶絶しながら地面に倒れた虎を放り出し、バイオゴリラは六本の腕で勝利のドラミングをしました。そして、腰を抜かしている狐に視線を向けました。
「ツギハ キサマダ」
「ひいぃっ!」
狐は後じさりしながらバイオゴリラから逃げようとしますが、緑色に輝く瞳で睨まれると、恐怖のあまり目を逸らす事が出来ません。このままでは、虎の二の舞を踊る羽目になります。
「ま、まま、待って下さい! わ、私は百獣の王として神に任命されているのです! もしもあなたが私を食べれば、あなたは神罰を受ける事になるでしょう!」
ジャッカル……ではなくて狐は、お得意の話術でバイオゴリラを懐柔しようとしました。しかし、それはあまりにも無謀というものです。
「カミ カンケイナイ! ジャングル チカラコソスベテ!」
そう、バイオゴリラにとって神の使いも神罰も関係ありません。己の肉体に宿る魂と圧倒的暴力を、敵に対して全てを注ぎこむ。それがバイオゴリラの生き様なのです。
「じ、神通力を使うぞ! これは神の力だ! 私がこれを使えば、天には暴風が起こり、大地は裂け、海は荒れ狂い、八百万の神々の怒りが……!」
「ナガイ ヒトコトデ シャベレ!」
「うっぎゃあああああああああああああ!!!」
セリフの長い狐をバイオゴリラの拳が粉砕! あわれ狐はぺしゃんこになってしまいました。もしも狐がカエルだったら、Tシャツの中で生き残れたかもしれませんが、残念ながら根性が無かったのでそのまま昇天しました。
自称神の獣である狐は、サブカル系の店で売られていそうな変なTシャツのプリントみたいになりながら、地面にめり込んでその生涯を終えました。
「見事だ……バイオゴリラ殿」
「トラ イキテイタカ」
小賢しい狐が死んだのと同時に、気が付いた虎が声を掛けました。流石は森の王者である虎。バイオゴリラの拳を食らって大分ダメージは受けていますが、命に別条は無いようです。
「どうやら、俺は狐の野郎に騙されていたらしい。俺の目を覚ましてくれた事を感謝する」
「フッ ソンナツモリハ ナイ」
バイオゴリラは本気で殺すつもりで虎を殴っていました。しかし、それでも虎は耐え抜いたのです。バイオゴリラはちょこざいな手を使って生き伸びる生物は大嫌いでしたが、強者には敬意を払うのです。
「俺はどうやら傲慢になっていたようだ。森の王であるという驕りによって、あのようなクズに利用されてしまった。バイオゴリラ、今からあんたがこの森の王だ。だが、いつまでも王でいられると思うなよ。いつかお前を倒し、再びこの俺……虎が君臨する日を、震えながら待つがいい」
「イイダロウ ジャングル チカラツヨイモノ イキノコル」
そうして、虎は負けたにも関わらず、何故か清々しい気持ちで森の奥へと消えてきました。永遠に勝ち続けるゲームに何の楽しみがあるのでしょう。虎は今、バイオゴリラという仇敵を見つける事が出来たのです。なんと幸せな事でしょうか。
それはそれとして、森の王として暴れ回っていた虎に加え、バイオゴリラまで戦線に加わったせいで、他の動物達はより恐怖に震えることになりました。いつだって被害を被るのは弱い立場の者なのです。
ですが、虎とて絶対的な強者ではありません。むしろ、現在絶滅が心配されている動物なのです。虎の骨や牙は漢方薬になり、美しい毛皮を狙う愚かなる人間共が後を絶たないのです。そんな希少な動物を利用しようとした狐に、まさに神罰が下ったといえるでしょう。
もしも、あなたが虎を密漁しようと考えているなら、それはやめたほうがいい。虎を狙っているつもりでも、物陰で緑色の瞳があなたを狙っている事は間違いない。密林の王者バイオゴリラは、ジャングルを侵す者には、慈悲も容赦も持ち合わせていないのだ。
――ありがとう、バイオゴリラ。