三びきの子ぶたと方舟
※メガホッグという豚は実在します
昔々ある所に、三匹の子豚が住んでおりました。
子豚たちは、それぞれワラの家、木の家、レンガの家に並んで住んでいました。
子豚たちは仲良く暮らしていましたが、ある日、森から悪い狼がやってきました。
「へっへっへ、子豚ちゃん達を食ってやるぜ。まずはワラの家からにするか」
狼は大きく息を吸い込むと、自慢の息でワラの家を吹き飛ばしてしまいました。
「おうワン公。いきなり何さらしてくれとんじゃボケ」
「えっ」
崩れたワラの下からはい出してきた子豚を見て、狼はびっくりしました。
なにせ、その子豚は体長2.5メートルを超え、全身にタワシのような剛毛が生えていたからです。
それもそのはず、彼はただの豚ではなく『メガホッグ』と呼ばれる巨大な種族だったのです。
メガホッグは家畜化されて巨大化したブタと、野生のイノシシとの混血で、豚の巨体とイノシシの戦闘力を持っていました。体長は最大で4メートル、体重は500キロを超える怪物です。ロシアでは535キロの個体が捕獲されたほどです。
それに対して、狼のほうは大型のもので体長1.5メートル、体重は50キロほど。ゴリラの平均体重は150キロ、ヒグマのオスで300キロと考えると比較しやすいでしょうか。
これはもう、狼が怯えるのも仕方ありませんね。
「てめぇ……いきなり人の家を吹き飛ばすなんて、さてはドロボーだな?」
「えっ、あっ、違っ!」
狼はしどろもどろになり、後じさりしました。
もちろん、目の前にいるのは子豚です。子豚だからまだ2.5メートルしかないのです。
けれど、その子豚の口には、10センチを超える鋭い牙が生えていて、狼など骨ごと噛み砕けそうでした。
「う、ウオォーンッ!」
狼は逃げずに勇敢に立ち向かいました。漢には戦わねばならない時があるのです。
「ふん、雑魚が」
「ギャイン!」
けれど、狼はやはり尻尾を巻いて逃げ出すべきでした。体重差五倍以上の相手からパンチを食らってはたまったものではありません。狼は強烈な子豚の右ストレートを食らい、きりもみ回転しながら空中を舞い、頭から草むらの上に落ちて意識を失いました。
「死にな。豚野郎」
それでも、ワラの家を吹き飛ばされた子豚の怒りは収まりません。白眼を剥いてひっくり返っている狼に、とどめを刺そうと近付きました。
「うるせぇぞ! 末猪、何を騒いでやがる」
「あ、兄貴たち。このワン公がよぉ、いきなり俺の家を吹き飛ばしやがったんだ」
金槌のような蹄が狼に振り下ろされる直前で子豚は動きを止めました。騒ぎを聞きつけた木の家とレンガの家の兄たちがやって来たのです。
「うう……お、俺は一体……ひぃっ、化け物!?」
それと同時に狼は目を覚まし、恐怖に毛を逆立てました。彼を囲むように、巨大な岩のような三匹の子豚がいたのだから無理もありません。
「す、すみませんでした! 全部俺が悪かったです! 許して下さい!」
「ごめんで済んだら警察はいらねーんだよ」
「でもよぉ、狼の息で吹き飛ぶような家を作ったマッチョにも責任はあるぜ?」
「惨猪の兄貴の木の家だって手抜き工事じゃねぇか。いいんだよ! 家なんて雨風が凌げりゃあ」
「防げてねぇじゃねぇか」
「仏猪兄貴までひでぇな。俺は被害者だぜ?」
軽口を叩きながら子豚達はゲラゲラと笑いましたが、真ん中で正座させられている狼は生きた心地がしませんでした。どうやら、この兄弟たちは、ワラの家の子豚の名はマッチョ、木の家の次男がサンチョ、そして、レンガの家に住んでいる長男はブッチョというようです。
「さて、ひとしきり笑った所でワン公を処刑するか」
「ヒイッ! 許して! お願い! 何でもしますから!」
「まあ待てよ。マッチョは血の気が多くていけねぇ」
そう言ってマッチョを制したのは、長男のブッチョでした。マッチョより二周りは大きく、針金を編み込んだような剛毛は、猛獣の牙など簡単に弾いてしまいそうでした。ブッチョは屈みこんで、狼と目線を合わせました。その迫力は凄まじく、よく気絶しなかったものだと狼を褒めてあげたいですね。
「さて、狼さんよ。あんたも何か理由があって弟の家を壊したんだろ? 人間は悪党だらけだが、動物に悪い奴はいねぇ。俺ぁそう信じてんだ」
ブッチョは面倒見のいいお兄さんでした。なので、口より先に手が出る弟達より、だいぶ理性的なのです。
「実は……これには深い訳がありまして」
ブッチョに促され、狼は自分の事を語り始めました。狼には奥さんと、お腹をすかせた五匹の子供がいました。けれど、環境破壊や森林伐採、それに異常気象などで餌が取れなくなり、食べる物が無くなって悪事に手を染めたというのです。
「なるほど。そりゃ可哀想にな。だがよぉ、だからってドロボーはいけねぇぜ? 大体、親父がドロボーしてる姿を見て育った子供達が、立派に育つと思うかい?」
「そうですね。申し訳ありませんでした。ああ、俺は一体どうしたらいいんだろう……」
ブッチョに諭され、さめざめと泣く狼を見て、家を壊されたマッチョでさえも可哀想に思いました。確かに、動物達にとって、人間による環境破壊は切実な問題だったのです。
「なら、うちに来いよ。うちはレンガの家だから頑丈だし、お前らが住むくらいのスペースは余ってるからよ」
「えっ! 本当にいいんですか!?」
「ああ、こんな時代だからこそ、助け合って生きていかねぇとな。明日、奥さんと子供を連れてくるといい」
「ありがとうございます! ああ、神様はいたんだ!」
狼は涙を流しながら、ブッチョに深々と頭を下げ、森へ帰っていきました。
「さすがブッチョの兄貴、器が違うぜ!」
「照れるからやめろよ」
マッチョとサンチョは長兄ブッチョを褒めましたが、ブッチョは照れくさそうにそっぽを向きました。
◆◇◆◇◆
翌日、狼は奥さんと子供達を自動車に乗せてやってきました。狼の奥さんはとても綺麗な白い毛皮を持っていましたが、ぱさぱさで、とてもやせ細っていました。子供も似たり寄ったりです。
そんな彼らを三匹の子豚は優しく迎えてやりました。特に、マッチョは甲斐甲斐しく狼達の世話を焼き、子供達もすっかり彼らになつき、子豚と狼は親友になりました。
「なぁ兄貴、狼達が来てにぎやかになったのはいいけどよぉ、ちょっと家が狭くねぇか?」
ある日、次男のサンチョがそんな事を言いました。
ワラの家を吹き飛ばされたマッチョは木の家に住ませてもらっていて、ブッチョのレンガの家も、狼夫妻と五人の子供も育ってきて、大分手狭になっていたのです。
「そうだなぁ。最近は天災も多いし、レンガの家でも安全とは言えねぇなぁ」
「俺達も金を出すからよ。家を建て替えようぜ」
そうして、三匹の子豚はレンガの家と木の家を売った金と、倒壊したワラの家の保険金で、最新式の鉄筋コンクリートの家を立てました。将来的に家族が増える事も考え、家の大きさは戦艦大和くらいにしました。最近は物騒なので、もちろん防犯カメラとセコムも付けました。
「これだけ頑丈なら何があっても大丈夫だな」
ブッチョは森の建築家――匠のビーバーに頼んで作ってもらった自慢の家を見て、満足げに頷きました。しかし、サンチョがこう言います。
「いや、念のため、食料や水の備蓄もしといたほうがいいんじゃねぇかな」
サンチョの提案はもっともですが、そこにマッチョが口を挟みます。
「だがよぉ、俺達だけでどうやって集めるんだ?」
これは大変な問題でした。彼らは巨体による圧倒的なパワーはあれど、長距離を移動するのは苦手なのです。そうなると車に乗って人間の街まで買い出しにいくしかありません。
けれど、三兄弟は誰一人、運転免許を持っていませんでした。それ以前に、体重400キロを超えているので、普通自動車に三人乗ると間違いなくパンクしてしまいます。体格的に乗れないのです。
「そんじゃあ、俺が行ってきますよ」
そこに現れたのは同居している狼でした。彼は普通免許も持っているし、体重も軽いので運び屋としては最適なのです。この提案に、三匹の子豚は大歓喜しました。
「すまねぇが狼さんよ、頼んだぜ」
「いやいや、こんな時代だからこそ、助け合って生きていかないと」
そう言って、狼と子豚達は固い握手をしました。狼は街へ車を走らせました。夕方になると、自動車にたっぷりと食料や水を詰め込んだ狼が戻ってきました。
「チッ、人間の野郎ども、俺が狼だからって足元を見やがって」
狼は吐き捨てるようにそう言いました。動物が人間の街に買い物に行くと、動物税を掛けられるのです。
「気にすんな。なぁに、そんな人間どもはそのうち天罰が下るさ」
狼は予定よりお金が掛かった事を気に病んでいたようですが、長男ブッチョはそう言って笑い飛ばしました。こうしてしばらく経つと、鉄筋コンクリートの家の地下室には、食料も水も、ついでに本やゲーム機等が使いきれないくらい溜まりました。
◆◇◆◇◆
ブッチョの言っていた事は現実になりました。
「浄化じゃ! 浄化じゃ! 全てを洗い流して世界を浄化するのじゃ!」
空のかなた、金髪碧眼の幼女が、何度も浄化、浄化と狂ったように叫んでいるのです。ロリババアみたいな口調で喋る彼女は神様の一人でした。地上の人間の薄汚さにうんざりした彼女は、全てを洗い流すことにしたのです。
本当は地上の清らかな心を持つ人間だけは残す予定だったのですが、いちいち探すのが大変だし、何をもって『清らかな心』と判定するかと神様会議で質問攻めにされたので、「じゃあ全部消します」という流れになったのでした。
「クリーンインストールじゃ!」
彼女がそう叫ぶと、天から滝のような雨が降り出しました。雨はいつまでも止まず、人間達の文明はどんどん水の底に沈んでいきました。
「いやー、すげぇ事になってんなぁ。やっぱり鉄筋コンクリートの家にしといてよかったぜ」
「やっぱり最新式は違うよな」
ノアをはじめとする人間達が物凄い勢いで流れていくのを、子豚達はホットココアを片手に防犯カメラで見ていました。神の洪水の威力は凄まじいものでしたが、最新式の鉄筋コンクリートの家はびくともしません。たまに生き延びた動物達が流れついてくると、子豚達は回収して家で預かる事にしました。
「俺のターン! 黒コスト2払って『暗殺』を発動! このモンスターを破壊する!」
「対抗魔法発動! ディスペル!」
外に出られないので、人間達が阿鼻叫喚の大災害に流されている間、子豚の家ではカードゲームが流行しました。速攻型が人気でした。
それからしばらく時間が経ち、動物達の間でカードゲームのブームが去って来た頃、丁度世界を浄化する雨は止みました。世界中が湖のようになっていましたが、最新式の鉄筋コンクリートの子豚の家だけは無事でした。最新式だったので。
「なんか豚とか狼とか残ったけど、人間は全滅したし……ま、いっか」
とりあえず上司に報告する体裁は整ったので、ロリババア神は生き残ったデータをエクセルで表にして、人間生存率が「0」である事を資料に纏め、会議の資料を作成しました。こうして世界の浄化は終わりました。
子豚たちは雨音が聞こえなってから、家に逃げ込んできた鳩に偵察を頼みました。しばらくすると、鳩からモールス信号が入りました。
「・-・・・ --・ ・- --・・ ・・ 」
三匹の子豚は、送られてきたモールス信号を解析します。
「ええと……お、り、い、ぶ。オリーブだ! オリーブがあるぞ!」
オリーブの樹がある! 子豚達は水が引いた事を知り、久しぶりに外に出ました。数カ月ぶりに出た景色は様変わりしていて、薄汚い人間達の街は全て消え去っていました。
「ほらな、言っただろ。いつか人間達には天罰が下るってな」
ブッチョはそう言って、にやりと笑いました。
こうして、動物達(ただし人間を除く)の楽園は完成し、末長く幸せにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。