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こんにちは魔女さん(完結)

「さぁさぁ、ようこそいらっしゃい。お茶をどうぞ」

「は、はぁ」

 なんとか魔女の家に入った青年だが、未だ慣れずかちこちになっていた。

 外見が外見だから、中も変な動物のホルマリン漬けやら、恐ろしい薬草とか、どろどろの紫色とかの不気味な色をした液体が入った窯が火にかけてあったりするのかと思った。

 だが、意を決してドアを開けた瞬間、そんな恐ろしい創造など簡単に払拭されてしまったのだ。

 光が入るように切り取られた窓。窓が開いてるのか、優しい萌黄色のカーテンが、風に吹かれてはらりと揺れていた。その光を存分に吸い込み、柔らかく部屋の中へと放つ白い壁。顔が映りそうな程、ぴかぴかに磨かれた床。大切に使われていると分かる机と椅子。机の中央には色鮮やかな花が綺麗に飾られている。部屋隅には、大きな釜と薬に使われるのか、戸棚に様々な薬草や木の実の入った瓶が所狭しと置かれているが、どれも不気味ではない。

「なにこのギャップ」

「魔女の家は外と中が別にあるからな」

「本当はもっと村の人とも仲良くしたいのだけど、なかなかなれなくて」

「いや、きっとあの外見直したら、あっという間に人で溢れますよ。はい」

 心の底からそう思いながら、青年は魔女が出してくれたお茶を一飲み。……うん。美味しい。

「(それにしても、魔女がこんなに美人だとは思わなかったな)」

 カップ越しに青年は、ちらちと魔女を見る。

 鎖骨辺りまで伸ばされた、ゆるふわカールの亜麻色の髪。カーテンよりも少深い色をした緑の瞳。柔らかそうな桃色の唇に、触ったら吸い付きそうな乳白色の肌。普通に歩いていたら、男に声を掛けられそうな程、美人だ。

 少年が不老になる前から生きているとなると、青年の数倍、いや数百倍生きている可能性がある。けど、どこからどう見ても、自分よりも年下か、同年代に見える。きっと、少年のように不死の術でもかけているのだろう。

「なんか、俺だけ、置いてかれてる気分」

 年が進めば進む程、成長し、老い、死んでいく。それが当たり前の事。自然の秩序だ。だが、こうもその秩序に逆らってる人が一人二人と自分の目の前に現れると、自分の方がおかしいのではと思えてしまう。

「なら、君も不老になる?」

「……は?」

 なんか、目の前の美人がとんでもないこと言いませんでしたか?

「だって、今が絶頂期よこの方。かなり美形だし。このまま留めておいた方が、姫ときゃっきゃする時にも私の妄想が膨らむし」

「え、あの」

「あ、けど、もう少し経った後に混じるであろう渋い感じも、捨てがたいわ。ダンディーおじさま×姫少年。それも最高に萌える! いや、反対もありかも!!」

「あ、あの~」

「諦めろ。魔女がああなったら、暫く妄想の海から戻ってこない」

「……なんなの。本当に。それに俺美形じゃないし。あんたの方がどう見ても美形じゃん」

「そうか? 俺は、お前の方が美形だと思うが」

 青年は思わず少年を見た。冗談だろという思いを込めて。だが、視線が交わったのは、本気の目の彼で……思わず頭を抱えたくなった。

「俺のどこがどう美形なんだよ」

「一回湖顔を映して見ろ。それに、村の女の子がよく言ってるぞ。『顔も良いけど、なにしろ、あの面倒見の良さが良い。あんなだらけ勇者じゃなくて、私達に世話を焼いてくれればいいのに』と」

「それなら、俺もお前のを聞いてるぞ『絶世の美少年で、すごい魔力があってかっこよすぎる。あのだらけ具合は最初は面倒だから嫌だなと思ってたけど、なんか最近甘えっ子だと思うと可愛く見えてきて、お世話したくなる』って」

「俺は、お前以外に世話などされたくない」

「俺だってお前だけで手一杯だよ」

 ーーピッ!

「「……ぴ?」」

 聞きなれない音が聞え、二人は音の聞えた方に視線を向けた。視線の先には、頬を紅潮させ、荒い息を吐きながら、なにか細長い物を持った魔女。さっきの耳慣れない音は、どうやら彼女の持った物から発せられたものらしい。

「魔女、なんだそれは」

「え? これは人の音声を記憶して、再び流せる魔法道具よ」

「つ、つまり……さっきの俺とこいつの声を記録したってことですか?」

「うん! もう、二人ったら、イチャイチャしちゃってこのこの!」

「いちゃいちゃなどしてない」

「もう! 姫ちゃんは本当に無自覚なんだから。でも、出来れば彼を罵ってくれると最高だとお姉さんは思うのよ!」

「お願いだからこれ以上、こいつに変な恋愛知識植え付けないでください!!」

「いいじゃないですか。慣れれば快感になるわよ」

「そんな快感欲しくない!!」

 少年も少年だが、魔女も魔女だった。本来の目的から大幅にへし曲がった話の内容に頭痛と腹痛を感じてしまうのは、気のせいではないだろう。とりあえず、話の内容を、ここに来た理由を話さなければ。

「あの、魔女さん」

「はい?」

「実は、こいつの呪いを解いて欲しいのですが」

「無理よ」

「……」

 即答。まさかの即答。しかも笑顔でウインク付きときた。

 一筋縄ではいかないとは思っていたが、こうもすぐに拒否されると正直凹む。

「なぜだか、聞いても良いですか?」

「何故って、性転換は彼女のお父さんの願いだったからかな」

 青年は耳を疑った。性転換が父親の願い? 少年も初めて聞いたのか、驚きで言葉を失っているように見えた。

「どういう、事ですか?」

「……。この際だから、すべて話すわ。姫ちゃんのお母さんは病気がちでね。姫ちゃんを産んだ後、すぐに死んじゃったの。争いを嫌った彼女のお父さん、この国のかなり昔の王様は、それ以降妃を選ばなかった。だけどね、この国では男以外は王様になれないのよ。だから、王様は姫ちゃんが赤ん坊のうちに男の子にしちゃおうって言って、私に依頼したのよ。自分の娘を王にしたいから、性別を男に変えてくれないかって」

「……」

「それなりの報酬を戴いたし、姫ちゃんは絶対美少年になるって分かってたから、私は魔法を彼女に施したわ。けど、そこで思わぬ事故があったの」

「事故?」

「……私が魔法をかけた直後、この国を狙ってる魔女の刺客が来てね。私の封印を呪いで上書きしたの。死ぬ呪いと、怠惰の呪いと、更なる性転換の呪い。しかも、どれも強くて解除は不可能だった。だから、死ぬ呪いには、不老の呪いを、怠惰は、私と初めてキスした人の近くにいる時だけ本来の性格に戻る呪いを、性転換は、愛する人とのキスをしてから一晩だけ解かれる呪いをかけ直すことしか出来なかったのよ」 

「そ、んな」

「魔法に呪いにさらに呪い。三重に魔法をかけられた姫ちゃんの体は普通の人なら許容できない魔力を貯蔵できるようになったの。それが、姫ちゃんの莫大な魔力の正体」

「けど、それじゃ、なんであんな勇者伝説が」

「それは、本来の姫ちゃんの性格のせいかな。姫ちゃん本当は、真面目で、他人の為に頑張り過ぎる性格なの。どんなに呪いで上書きしても、本質までは変えられない。苦しむ人々を見て、姫ちゃんの根本の本質が大きく揺り動かされた結果、怠惰の呪いがありながらもあういう事が出来たってこと」

 青年は、言葉を失ってしまった。知らなかった。そんな、事があったなんて。こんな、絵物語みたいなことに巻き込まれた被害者が今自分の目の前にいるなんて。

「俺……」

 その後の言葉が出てこない。なにか言いたいのに、心の中で言葉が紐のようにぐちゃぐちゃに絡まり、何を発したいのか、何を伝えたいのか、まとまった言葉にならない。

「俺はっ!」

 少年の為に何が出来るのだろうか?

 俯き、思わず握りしめていた手に誰かの手が重なる。はっとして青年が顔を上げると、そこには、少年が。唇は笑みを浮かべているのに、その瞳は諦めと絶望に濡れていて、何故だか分からないが体の奥から熱いものが溢れてくる。

「呪いは、解けないのだな。それなのに、巻き込んで悪い。……やはり、誰かに関わるべきではなかった。俺はここに残る。今までありがとう」

「な……!」

 沸騰しそうな程の熱が一瞬で冷めた。少年が何を言っているのか、青年には分からなかった。

 今、自分は、別れを切り出されたのか? さようなら。と。

「……ふざけるな」

「え?」

「ふざけるなと言ってんだ! このアホ勇者!!」

 力に任せて隣に座っていた少年を押し倒す。前で魔女が悲鳴? を上げてるような気がしたが、今の青年の耳には入っていなかった。

 椅子から転げ落ちる様に床に彼を倒したせいか、自分も色々なところを打って、体が痛みを訴えてくる。けど、それよりも心の方が痛くて、苦しくて、辛くて……。一瞬で吹き返した熱は雫となって青年の瞳から零れ落ちた。

「俺は、ただ単に農業で生活していきたかっただけだった! それはさ、小さい頃は勇者に憧れて、なりたいと思ってたよ。けど、俺の魔力じゃどう考えても無理だし、魔王を倒せるような武器も技術もない。だから、どこか輝いていた夢にふたを閉めて、現実見て、こつこつやってこうと思ってたのに!!」

 少年が来てから、全てがひっくり返った。普通に過ごしていれば絶対に会うことのない魔物と戦わされて、死にかけて。秘境に宝があるからと、これまた死に物狂いで決死の冒険をしたり。

「お前が最初から巻き込まなきゃ、こんな、死ぬ思いも、農業なんて馬鹿らしくなる達成感や興奮なんて知らなかったのに!!」

 ふたが、開いてしまったのだ。あの時、厳重に閉めたはずの箱が、いとも簡単に封を切られ、こじ開けられた。パンドラの箱に近かったその中から出てきたのは、絶望ではなくきらきらとした希望や夢で……。泣きたくなるくらい綺麗だったのを覚えてる。

 閉めたままでなくてよかった。そう思えてきたのに……。

「勝手に巻き込んでおいて、勝手に好きだからお前も好きなれって言って、そんで呪いが解けないって分かった瞬間、一方的なさよならか。随分と良いご身分だなおい」

「だから、すまないと」

「そんな謝罪いらないんだよ!!!」

 そう、青年は謝罪が欲しいのでなかった。彼が欲しいのは。

「巻き込んだなら、最後の最後まで巻き込めよ! 無理矢理にでも俺を不死にするなり、惚れさせるなりなんだりして、ずっとそばにいろとでも言えよ! 俺がお前の呪いを少しでも解いたんだろ? それなら騙してでも利用しろよ!!」

「けど、俺は」

「絶対離れないからな。お前のだらけ具合に弊癖しないで世話を出来るのは、何百年経っても俺だけだ。お前の突拍子のない死に物狂いな冒険に付き合えるのも俺だけだ! 絶対にお前の隣は譲らない!!」

「えっ……」

「俺は、呪いとかそういうのを抜きにしても、お前とずっと一緒にいたいんだ!!」

「ねぇねぇ、美形君」

「何ですか! 邪魔しないでください!!」

「私としては美味しすぎてもっとと言いたい所なんだけどね……そろそろ姫ちゃんが爆死しそうだから」

「へ?」

 改めて視線を少年に戻す青年。少年は、両手で顔を隠しているが、耳は真っ赤っかで。照れているのは、一目瞭然。

 そこで、一瞬頭が冷えた青年はふと今、自分がしたことを思い出してしまった。どれだけ恥ずかしい事を彼に向かって言ったかも。

「*?@:¥!!」

「言葉になってないわよ」

「あ、あの! えっと」

「良ければ自分で言った事聞く?」

「それも記録したんですか!? 今すぐ消してください!!」

「嫌よ。あんな熱烈な告白消す訳ないじゃない」

「やめて! あれは感情が爆発したというかなんというか!」

「あら、本心なんだ」

「だぁー!」

 何故だ。何故こうなった。人って頭に血が上ると本当に怖い。そう思い、頭を抱えてしまった青年の事を、誰かが呼んだ。え? と思い顔を上げた彼の唇を覆ったのは、数日前と同じ温もり。

 不意打ちの光に目を閉じた青年を包んだのは、慣れ親しんだ優しい香りと、暖かな温もり。

 何時からだっただろうか? この香りが近くにないと、物足りなくなってしまったのは。

「嬉しかった」

「え?」

「俺はこんな体だから、魔女以外の繋がりはもうない。だから、諦めてた。もう、他者の温もりは求めず、朽ちていこうと。そんな時に、お前は俺に手を伸ばしてくれた。嫌がりながらも、俺のそばにいてくれた。それがどんなに嬉しかったか」

「……」

「先にお前が言ったんだ。最後まで巻き込んでやる。何を言っても、もう離さない」

「望む所だ」

 青年は、平々凡々に生きていくのだと思っていた。少し貧乏だけど、それなりに満足した人生を送っていくのだと。そんな人生を手放して、進むこの道は自分が想像しているよりも険しくて、辛いことも多いだろう。たまに、あの平凡な日々を捨てなければよかったかもしれないと思うかもしれない。

「(それでも良い)」

 それでも、最後に死ぬときは、平凡の人生を送っていた自分よりも、笑顔で「あの選択をしてよかった」と言える気がするからーー。

 青年は、姫の背中に手を回すと、目を閉じる。


 これからの波乱万丈な未来に夢を馳せながら。


   

 



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