こんにちは、魔女さん①
青年は、今後悔していた。何故後悔しているのか? それは、目の前にある建物のせいだろう。
騒音被害で訴えたら、百パーセント勝ちそうなひっきりなしに落ちる雷。蔦がびっしりと覆う家壁。煙突から上がる、不気味な色の煙。時々怪しく光る窓ガラス。入ってくるなというオーラだだ漏れの玄関。
帰りたい。激しく帰りたい。今すぐ回れ右をして家に猛ダッシュで帰りたい。そう心の底から願う青年だが、残念ながら帰れない。彼の用事はこの今にも動き出しそうな家ーー魔女の家に用があるのだから。
「こんな家って知ってたら、絶対森の奥まで来なかった。そうすれば、あの魔物に追っかけられなかったし」
「あれはじゃれてただけだぞ」
「どこがじゃれてるだ! 頭からかぶって喰われかけたんだぞ俺は! 見ろよこの歯形、甲冑被ってなかったら、俺の頭蓋骨は陥没で済まなかったからな!」
「脳の穴が開いたら、新たな能力に目覚めたかもしれないぞ」
「そんな、日常生活に支障の出そうな代償を払った能力なんて欲しくない」
そもそも、自分は農業やってるだけで充分だったのに。なんで、こんな勇者もどきなことをしているのか。ふと貧しくても充実した日々を思い出し、若干青年は遠い目をした。
こんな事をしてしまうのは、今自分の横にいる少年のせいだろう。
この少年、実はかなりの魔力を持った勇者だったりする。その噂や伝説は、この国では知らない人がいないくらい有名なものだ。そんな彼が、青年の村に来たのは数年前。彼は勇者が来たと目を輝かせる村人に向かってこう言ったのだ。
「俺は今後一切他人の為に能力はつかいませーん。他力本願で他人の脛をばりばり齧って生きてきまーす」と。
少年は有言実行を果たし、今では彼を心配するのは、青年のみになってしまった。そんな、少しの非日常が混じった青年の生活は、とある日ぐるりと色を変えることになる。
少年が突然言い出した姫救い。その過程で、少年が実は魔女の呪いによって男になった姫であるという事実を知ることになったのだ。
だが、次の日になると、何故か呪いは元通りに。その原因を探るため、青年は今日、少年と共に魔女の家に来たのだが、今激しく前言撤回したい気分になっている途中だったりする。
「やっぱり俺帰るわ。話は一人でしてよ」
「今頃何言ってるんだ。もう魔女にはお前と一緒に行くって言ってある」
「俺は昨日の貝があたって寝込んでるって言っといて」
「散々火を通してた奴が何言ってんだ。それに、魔女はお前が来ることをとても楽しみしてるみたいだ。見ろあの雷を。あれは、魔女がの気分が高揚したときに起きる興奮雷だ」
「興奮で雷発生させるとか、色んな意味で凄すぎだろ」
「この前は、感動で大雨起こしてたぞ」
「なっ! あれのお陰で干ばつ被害抑えられたんだぞ!」
「なら、感謝しなきゃな」
「お礼言いたいのに言いたくない、このジレンマどうすればいいんだ!」
青年の叫び声に雷鳴が重なったのであった。