爽やかな朝
朝。爽やかな日差しと、ちゅんちゅんと囀る小鳥。天気は文句なしの晴天。農作業が捗りそうな素晴らしい天候だ。
昨日の魔物退治で熟睡していた青年は、久々の寝坊。それ程までに、体力と気力と思考能力を使ったのだから致し方ないだろう。今日くらいはゆっくりさせて欲しい。そんな彼の願いは、腹の上に突然降ってきた衝撃と問答無用で頬を往復ビンタする激痛に打ち砕かれてしまうのであったが。
「起きろ! おい!!」
「……いったいわアホ!」
「阿保はお前だ馬鹿!」
「阿保に馬鹿の上書きするな! 人が気持ちよく寝てるのに」
「寝てる暇なんてないぞ下僕!!」
「どんな格下げ具合!?」
「これを見ろ!」
「なんだよ……。あれ?」
青年は、眠たい目をこすりながら腹の上で馬乗りしている姫を見て……。ぽかんとしてしまった。
それもそのはず。彼の上に乗っていたのは。
「なんで、男に戻ってるの?」
「俺が聞きたいわ!」
美しい姫ではなく、いつも見ている少年だった。
・・・
・・
・
所変わって、青年宅の居間。美味しそうな食事を挟んで向かい合う二人の空気はとても重かった。
姫、ではなかった。少年は、頬をぶすっと膨らまし、不機嫌オーラ丸出しで黙々と食器を空にしていく。一方、青年の顔は、頬が腫れ、服から出た肌には、何故か青痣や引っ掻き傷。とどめに、後頭部には大きなたんこぶが出来ていた。
あの後、少年は八つ当たりの如く、青年の腹の上で暴れ出したのだ。手当たり次第に彼へ物を投げ、肌を引っ掻き、隙を見て逃げようとした彼の頭に置物を落っことした。お陰で青年はそのあと、昼まで気絶するという散々な目にあったのだ。
「昨日の魔物退治よりも怪我するってどういう事だよ」
「お前は俺のサンドバックだろ?」
「キョトンとした顔でとんでもない事いうな。本気で死ぬと思ったんだぞ」
「大丈夫。そうなったら、お前の心臓に電撃落としてやる。そうすると止まった心臓も動くらしいぞ。……確か」
「確か!? お前今確かって言っただろ!?」
「前例を見たことがないし。今から試す?」
「なんでそんなに痛い事してくるんだよ!」
「痛みは愛情の裏返しだ」
「俺はドМじゃない」
「ダウト」
「ドヤ顔で言うな!!」
ぐっと親指を立ててくる少年に青年脱力。もう、このままベットに潜って寝てしまいたいと思うのは、きっと正常な思考だろう。
「それより、なんでこの姿に戻ったかだ」
「実は呪いが解けてなかったとか」
「でも、魔女は愛する人とキスをすれば解けるって言ってたぞ!」
「現に解けてないじゃないか」
「うっ」
「他に何か必要なんじゃないか? 聞いてないの?」
「知らん!」
「いや、そこは胸張っていう所じゃないから」
そもそも、自分は巻き込まれているだけであって、呪いやなんやに関わらなくてもいい立場である筈なのだ。呪いなんて面倒だし、一応一時期とはいえ呪いは解けることが証明されたのだから、これ以上一般人である自分を巻き込まないでくれ。そう言って、少年を突き放せば、こんなケガや死ぬ程の思いなんてしなくて済むだろう。
けど、それでもきっと青年は少年を見捨てないだろう。
もしもそうだったなら、こうなる前に青年は少年の元からとっくに離れているだろう。他の村人と同じように。
「で、どうするの」
「え?」
「呪い」
「取りあえず、魔女の所に行こうと思う!」
「……居場所知ってるの?」
「月一回は顔出すぞ」
沈黙。いや、沈黙というよりは、空気が凍ったと言った方が正確だろう。
まさか、魔女に会っているとは思わなかった。これが、呪いを解いてもらいたくなくて、会っているだけというなら何も言わない。けど、彼は呪いを解くことを望んでいる。なのに、呪いを解いていない。しかも、何年かなら、まだ誠意が伝わっていないんだなで済むが、もう呪いをかけられて、かれこれ数千年も生きているというじゃないか。
呪い解除の先延ばしにならなければ、こうやって少年に会うことも、本当の意味の勇者というものを知ることもなかっただろう。
けれど、やはりそれ相応の死ぬ思いをしているわけで。その積み重なってきた怒りが、この発言によってどうやら爆発したらしい。
青年は、額に青筋を浮かべながらも、無理矢理表情筋を引き上げる。
俗に言う、引きつった笑みを浮かべながら、彼は状況が分からずきょとんとしている少年のこめかみに硬く握りしめた両手の拳を押し当て、力の限りぐりぐりと食い込ませた。
「あだだだ!」
「魔女に、会ってるなら、さっさと、呪い、解いて、もらえよ……!」
「解いてくれないんだ!!」
「誠意が、伝わって、ないんじゃないか? えぇ?」
「あいつは、俺が男といちゃいちゃしてるのを見るのが好きだから、絶対に自分から呪いを解かないんだ!」
「俺の死ぬ思い返せ!」
「勇者体験できたんだし、姫もゲットできたんだから結果オーライだろ!」
「お前普通に男に戻ってんじゃないかよ! それに、こんな他力本願な姫嫌だぁ!」
「男は女をおんぶにだっこするものだろ」
「俺は男女平等推進派だよ、こんちきしょう!」
もう嫌だ。こんな、めちゃくちゃ嫌だ。それなのに、こんな状況でも少年を見捨てるという選択が全く出てこない自分の精神が一番理解できない。
(本当に俺はドМなのかもしれない)
頭を抱えて呻く青年だが、呻いた所でこの状況は変わらない訳で。一度、頭をがしがしと掻き毟った後、決意のこもった瞳で少年の方を見た。
「俺も魔女の所に行く」
「元々連れてくつもりだ。お前が俺の呪いを解くカギだからな。……汗と泥臭いがな」
「おい、さりげて悪口言わなかったか?」
「褒め言葉だ」
「本当にお前、俺の事好きなの?」
「大好きだからいじめてるんだろ」
「そんな好きな子はいじめちゃうんだよねーっていう、いじめっこ精神いらないから」
「恋愛って、そういうものじゃないの?」
「……。恋愛について、もう一度お兄さんとお勉強しようか」
その後、すごく傾いた愛情表現とあの試練の発信源が魔女だと知った青年は、魔女抹殺を本気で考えたとか、考えなかったとか。