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魔物退治

 昔々あるところに魔女によって眠らされてしまった、美しい姫がいた。

 姫を目覚めさせるには、城に住むとても大きな魔物を倒さなくてはならない。だが、その魔物はとても強く、姫を助けようと果敢に挑戦する勇者達を悉く灰へと変えてしまった。

 そんな城に、数年ぶりに姫を救うために勇者が現れた。現れたのだが……。

「ちょちょ!? なんで俺が一人で挑んでるの!?」

「お前、自称勇者。俺一般市民。どう見ても俺は、お前に守られる立場」

「姫救いに行こうと言ったのはどこぞのどいつだ!」

「ドイツはもっと西だ」

「そのドイツちがう!!」

「気にするな。姫は俺がもらってやる。だから思う存分、殺って殺られてこい」

「お願いだから後半の漢字変換は変えて!」

 半泣きで魔物の炎から逃げているのは、自称勇者(と言っても、子供の頃の夢であって、今は立派な農家の跡取り)の青年。魔物に立ち向かう聖剣の代わりにその手に握るのは、毎日手入れを欠かさない鍬。熟年度はどの武器にも負けないが、攻撃力はどの武器よりも弱い悲しき相棒だ。防具は、祖父が使っていたというさびれた甲冑。だが、祖父は彼よりも二十センチも背が高かったせいか、ぶかぶかであってないという始末。

 魔力はあるが、使える魔法は花を咲かすだけ。今も混乱で魔力を奔出しているせいか、草木が一本もない城で彼の周りだけ色鮮やかな花が咲いているという、メルヘンなのかKYなのかわからない状況が炸裂している。

 一方、彼を無理矢理この城に連れてきたのは、自称一般市民の少年。泣きながら魔物から逃げている青年を横目に、ちゃっかり張った防御結界の中でちゃぶ台出してお茶をしている姿を見ると、青年に恨みでもあるのではないかと思ってしまう。が、これが少年の通常運転なのだから、空笑いしかできない。

 一般市民といいながら、実のところ、勇者でも倒すのがきついと言われるドラゴンを一人で欠伸一つで退治し、攻めてきた魔王を片手で封印してしまう凄い人物だったりする。だが、魔王を封印し、人々が称賛している中で、彼は欠伸混じりに言ったのだ。

「俺はもう他人のために魔力はつかいませーん。他力本願で人の脛ばりばり齧りながら生きてきまーす」

 宣言の通り、彼は古い杖一つ残して、全ての装備を売り払い、青年の住んでいる村に住み着いた。装備を売ったお金でだらだらし、どんなに頼まれても、他人の為には魔力は使わずごろごろする。

 勇敢な勇者から、駄目人間になった少年への見切りは、とても速かった。最初は、勇者が来たと持て囃してた村人だったが、彼の駄目さを見て、一人、また一人と離れていき、忘れていった。それから、数年。彼の事を気にしているのは、青年だけだろう。

 そんなお人よしの青年に、少年は恩を仇で返すようなことしかしていないのだが。

「助け! 死ぬ死ぬ死ぬ!!」

「だいじょーぶ。人はそう簡単に死なないから」

「今まさに魔物に喰われそうな人に言うセリフかそれ!」

「あーホントだ。ぱっくりいかれそうになってるね」

「茶飲んでないでどうにかしろ!」

「だって俺、人のために魔法使わないって決めてるし~」

「だー! わかったよどうにかすればいいんだろ!」

「分かってるなら、俺に頼っちゃだめだよ」

「あーもー」

 そうだった。こいつは、どんなに助けを求めても助けてくれないんだった。それを思い出した青年は、軽く脱力したが、ぶんぶんと首を横に振ると、今自分の甲冑を口で掴んでぶら下げている魔物を見た。とりあえず、この羞恥プレイの状態から脱却しなくては。

「いい加減離せ!」

 暴れてみるが、甲冑ががしゃがしゃいうだけでなにもなし。首辺りを掴まれているせいか、呼吸がし辛いのだろう。酸素不足で視界も徐々に滲んでくるし、魔物が歩くたびに空中ブランコに乗ってる状態になるせいか、平衡感覚までおかしくなってきた。このままじゃ、本気でぺろっと食べられてしまう。

「だから、離せって言ってんだろ!!」

 怒りに任せて体を振った瞬間、持ってた鍬が思い切り手を離れた。それは、まっすぐと魔物の目に飛んでいくと、ぶすりと眼中を割いたのだ。思わぬ激痛に、魔物は悲鳴に近いうめき声をあげ、のたうち周り始めた。

 瞬間、青年は解放された。が、そこは地上数十メートルの空中。小さい頃、勇者に憧れていたとはいえ、今はただの農家の人間に、受け身を取れという方が無理な話で。

 案の定、彼の体は、受け身も取れず、硬い地面へと急速落下を始めたのだった。

(これは本気で死ぬ!)

 そう思った瞬間、脳内を沢山の記憶が廻っていく。淡いの初恋。親との死別。豊作祭り。少年と会った日。少年が無理矢理押し付けてくる魔物退治を涙ながら逃げ回った時の事。

 いい思い出はもちろん。嫌な思い出もつらい思い出も彼の脳内を巡っていた。けれど、普通なら嫌な記憶に入るであろう、少年との死に物狂いの魔物退治は、何度も死にかけたが、決して嫌なものではなかった。

(なんだかんだで、楽しかったもんな)

 小さい頃、勇者に憧れた。けど、自分にそんな才能はなくて、大きくなればなるほど、その思いは強くなり……ある日、きらきらと輝いていたそれを無理だと切り捨てた。農家も村での暮らしも充実してた。けど、心のどこかで切り捨てたはずの夢のかけらが、たまに少しだけ輝く事があって、それがとても懐かしく感じると同時に少しの後悔を生んでいた。

 そんなある日、現れた彼。憧れの姿が、自分の理想が目の前にいる。その興奮は、今でも鮮明に思い出せるほど、強烈なものだった。

 しかし、そんな理想は少年と会って数分で粉砕したわけで。この死に物狂いの魔物退治が、彼が俺を引き離そうと、見切りを付けさせようとしている行為だってことは分かっていた。それでも、青年は彼に会うことをやめなかった。どうしてと言われると答える言葉はない。けれど、もしかしたら、少しでも少年に憧れの自分を重ねたかったのかもしれない。

「馬鹿だな、俺」

 例え、彼がこんな事をせず、勇者らしく振舞っていたとしよう。だとしたら、自分は果たして、こうやって彼の横で笑ったり、怒ったり、世話を焼いたり、魔物退治したりしただろうか? きっと、遠巻きに見るだけで、声もかけずに終わっていただろう。

「そっか、あいつは、俺に勇者とはなんなのかを教えてくれてたのか」

 きっと彼は見切りを付けるために、魔物退治に自分を連れて行ってるわけじゃない。かといって、面倒だから、後ろにいるわけじゃない。

 きっと、勇者とは、魔物から人々を守るのはこういうことなんだと言葉じゃなくて行動で示したかったんだろう。

「今頃気付くなんてな」

 床が近いのが分かる。このまま、自分は全身を強打して、あの世に行くのだろう。

 けど、そうなる前に、少年に言いたかった。


 夢を見させてくれて、ありがとう、と。


『清らかな水の精よ。制約の元、今我の前で聖なる力を解放せよ』

「わっ!」

 青年が死を受け入れようとした直後。凛とした声と共に、彼の体を透明な膜が包み込んだ。衝撃を全て吸収し、柔らかく自分の体を受け止めるそれが、水の精が作る見るの膜だと気付くのに少し時間がかかったのは、この状況を青年が未だに呑み込めていないせいだろう。

「この馬鹿!」

「いた!」

「なにさりげて死のうとしてんの!? 馬鹿だね。あぁ、馬鹿だってね。馬鹿だ馬鹿」

「バカバカ言わないでくれない」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い。俺が助けてなかったら死んでたんだぞ!!」

「きっと、君は助けてくれないと思ってたし、死の覚悟はしてだんだけどな」

「そんな簡単にするな阿保!」

「馬鹿の次はアホ!?」

今日は特に扱いがひどいような気がするのは、気のせいではないだろう。何故、此処まで罵倒されなきゃいけない。自分は、死にかけたんだぞ。そう思って不機嫌顔で少年の顔を見た青年は、次の瞬間ぎょっとした。

「な、なんで、泣いて」

「泣いてない!」

「泣いてるだろ」

「好きな人が死にそうになって、泣かない奴はいないだろとんちんかん!」

「と、とんちんかんって……え? 好き?」

「……っ!」

 沈黙が落ちる。どさくさに紛れて、少年に告白されたような気がするのは、気のせいか。いや、彼の顔が真っ赤なところを見ると、どうやら本気らしい。青年は、ため息を吐き出すと、彼のためにとはっきり伝えた。

「ごめん。俺、そういう趣味ないから」

「は?」

「確かにさ。お前美人だけど、男だし。幾ら構ってくれるのが俺だけだとしても、恋はきちんと異性にしないさい」

「お前に説教せれるとムカつく」

「俺は正論しか言ってない」

「なら、お前の正論に付き合ってやる」

「え? んぅ!」

 青年は、瞳を丸くした。思い切り押し倒されたと思ったら、その勢いで少年にキスをされたのだ。自分の体温と違い、少し高めの温もり。柔らかな唇の感触。実がファーストキスな彼にとって、脳内ショートを起こさせるのには、充分過ぎる働きをしたらしい。

 だが、青年の驚きはこれだけではすまなかった。

「え?」

 少年の体が一瞬、力強く光ったかと思ったら、そこには、美しい少女が立っていたのだ。

「ど、どういうこと?」

「これが俺の真の姿」

「真の姿?」

「俺は元々この城の姫で、魔女が『男の方が妄想しやすいから』とかいう意味不明な理由で、不老と性転換の呪いをかけられてたんだよ。そんで、愛するの王子様とのキスが呪いを解くカギだったってこと」

「だって、姫が寝てるって」

「それは、誰かが勝手に噂をして広まっただけ」

「この魔物は」

「魔女がふざけ半分でおいてった。大丈夫。俺の言うことはきちんと聞くから」

「それじゃ、あの勇者伝説は」

「あれは本当。こう見えても、俺は結構長い時間生きてるから、魔力とかそういうのは人の数十倍強いし」

「……」

 思わず青年は、額を押さえた。まだ混乱しているが、つまりの所、自分は彼……じゃなかった、彼女の呪いを解く為に、引張ってこられただけということだろうか。

「呪いとけて良かったですね、姫」

「うむ! これで堂々とお前の横に立てるぞ」

「え?」

「異性同士なら、恋していいんだろ?」

「それは、そうだけど」

「俺はお前が好き。だから、お前も俺を好きにならないといけない」

「なにその無茶苦茶理論」

「今までの試練をクリアしたお前には、きっと達成できると信じてる」

「ちょっと待って。あれって姫救うための試練だったの!?」

「お前は謙遜してるが、勇者の素質あると俺は思ってる。じゃなきゃ、俺が好きになる前に死んでるだろうし」

「俺、死ぬ前提だったの!?」

「お前は、数々の試練を乗り越え、姫の心も手に入れた。これを勇者と言わず何という」

「……」

 なんだか、変な方向に話が進んでいる気がするし、いまいちこの状況についていけてない青年。けれど、目の前ににこにこと笑う少女の顔を見て嫌な気がしなかった。きっと、彼女と共に行く先で見る世界は、今まで以上に輝いている事を知っているからだろう。

「しょうがないから、付き合ってあげるよ」

「なんでお前が上から目線」

「なんとなく」

「俺は姫兼勇者なんだから、敬え」

「はいはい」

 ぽんぽんと彼女の頭をなでながら、青年はそっと自分の魔力で咲いた花をさす。花を咲かすという魔法が使える青年だが、実は一種類しか咲かすことが出来ないのだ。そんな彼が咲かせられる花は、とある不思議な現象を起す。

「(この花、贈り主が贈り相手にどんな感情を向けてるかで色が変わるんだよな)」

 青年は笑みを浮かべる。

 視線の先。少女の髪にささった花の色は……。





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