傍観者
大石悠真は傍観者であった。
各地で発生している事件や事故を、遠くから眺めていただけである。決して自らは手を出そうとしない。
犯罪者側にも、それを防ごうとする側にもつこうとはせず、ただ黙って見ているだけ。
確かに、向こう側の世界への扉を開いたのはユウマである。キッカケは作った。そういう意味では、一番の当事者ではある。だが、それ以降は一切手を出していない。
ガチャリ…と音がして、1人の女性が部屋の中へと入ってくる。奈々瀬ひとみだ。
「ユウマ~!まだ、こんなとこに引きこもってるの?」
部屋の中に、ヒトミの声が響く。ふんわりとした、どこか間が抜けたような声だ。ヒトミのしゃべり方は、幼稚園児の女の子を思わせる。
けれども、彼女もまた、別の世界では強大な魔力を秘めた魔女の1人であった。こちらの世界にやって来てから、その力を使うことはほとんどなくなってしまったけれども。
ここは、都内にあるマンションの1室。ユウマは魔力を使って、各地で起こっている出来事を監視しているのだ。向こう側の世界からやって来た者や、こちら側の世界で新しい能力に目覚めた者などに目星をつけ、「何かおもしろいコトをやってくれないかな?」と、日々、見張っているのであった。
「そんなに退屈なんだったら、自分で行動を起こせばいいのに。前みたいに」
ヒトミの提案に、ユウマはゆっくりと首を横に振る。
「駄目なんだよ、ヒトミ。それじゃあ、駄目なんだ。そんなコトをしても、前と同じ。同じコトの繰り返し。ただ、舞台を変えただけに過ぎない。繰り返しはツマラナイ。繰り返しは退屈なもの」
「そういうものかな~?」
「そういうものさ」
「あたし、ユウマが何かするっていうんだったら、また手伝うよ。なんでもする。前みたいに『世界を滅ぼしたい』っていうんだったら、それに協力するし、仲間だって集めてくる」
「いいんだよ、ヒトミ。そんなコトしなくていいんだ。人々の自由にさせておけばいい。無理に介入する必要はない。人は自然に成長していかなければ。誰かに言われて、無理矢理に能力を伸ばす。そういうのは長続きしない。実際はどうあれ、本人はそう思っていなければ、長くは続かないものなんだ」
「なんか、ツマンナイの。あたしは自分で行動する方がいいな。見てるだけはツマンナイ。女優は舞台の上に立たないと」
「ま、そうだね。その気持ちもわかる。でも、こうして遠くから眺めているってのも、意外と楽しいものだよ。少なくとも、今はまだ…」
「今はまだ?じゃあ、いずれは何かやるのね?行動を起こすのね?」
「ま、その可能性もある。でも、そうならない可能性もある。全ては流れしだいだよ。誰も大きな流れには逆らえはしない。世界を動かし、歴史を形作る巨大な河の流れには。それは、このオレだって例外じゃない。オレにできるのは、その流れが小さな内に方向を変えてやることくらいさ」
けれども、ヒトミはすでにその話を聞いていないようだった。
「わ~、楽しみだな♪早く、その日が来ないかな~?」などとはしゃいでいる。
その様子を眺めながら、ユウマはふぅとひとつ、ため息をついた。
「やれやれ…まったくもってやれやれだ…」
そうつぶやくと、再び世界の様子を監視する作業へと戻った。