秋葉原。通り魔事件
日曜日の午後2時。
秋葉原にある繁華街は血みどろになっていた。通りは、まるで現代アートのごとく、殺された人間の血で塗りたくられている。真っ赤なペンキを、通りという名の巨大なキャンバスにぶちまけたみたいに。
「キエエエエエエエエエエエエ」
と、その中央で男が奇声を発する。周りには、かつて人間であった肉の塊と、まだ人間ではあるが全身血みどろで息も絶え絶えの者が存在する。そうして、生きている者は、その場から逃げ出そうと路上を這って、必死に男から遠ざかろうとしているのだった。
そこにトドメを刺す奇声男。手にした鋭い刃物によって。
「クケケケケケ!復讐だ!これは、復讐だ!誰も認めてくれなかったこの世界に対する!ボロ雑巾のように扱ってくれた世界に対する!惨めに生きさらばえてきた、このオレによる復讐だ!」
遠巻きに、その様子を眺めている警察官たち。
あちこちに配置された警官は、建物やゴミ箱などの陰に身を隠しながら、男に近寄るチャンスをうかがっている。
「男は、複数の武器を所持しているようです。刀のように長い刃物をそれぞれの手に装備しております」
トランシーバーを使って、1人の警官がそのように報告している。
が、刃物ではない。爪である。奇声男が手にしているのは、刃物ではない。両の手の爪が異様に発達し、長く、鋭く、強固に進化したものであった。
その10本の爪を使用し、息も絶え絶えの通行人たちを惨殺して回っているのである。
「は!わかりました!」と、警官がトランシーバー片手に返答をする。
その後、腰にした銃を引き抜くと、心を落ち着けるかのようにこうつぶやく。
「射殺許可がおりたか…けど、実戦で使うのは初めてだな。うまく、撃てるのか?」
やがて、合図と共に銃弾が発射される。
まずは1発。奇声男が立っている側の地面に向けて。
チンッという音と共に銃弾は地面を跳ね、遠くへと消えていった。まるで、水切り石のごとく。川に向って少年たちが石を投げ、川の表面を跳ねて飛んでいく光景を見たことがあるだろう。アレだ。
「もう、やめろ!やめんと、次は本当に当てるぞ!」
拡声器を使って、大きな声が犯人に向って届けられる。耳にツ~ンとくるような、わずらわしい声だ。
すぐに、長く鋭い爪を持った男から返答がある。
「知るかっ!終わりだよ!オレの人生は、もう終わり!こうなっちまったら、何もかもおしまいなんだよ!もう取り返しがつくかッ!!」
わずらわしい拡声器の声が返ってくる。
「そんなコトはない。まだ、いくらでもやり直しはきく。武器を捨て、投降しなさい」
それを聞いて爪男は一言。
「バカがッ!!」
ダッ!と爪男は地面を蹴り、警官の1人に向っていく。
次の瞬間、複数の銃声がほぼ同時にした。
ダ~ン!ダン!ダ~ン!と、あちこちから銃声が何度も聞こえ、銃口から弾が発射される。その内のいくつかは見当違いの方向へと飛んでいき、いくつかは、走り来る男の側の地面を跳ね、いくつかの銃弾が男の体へとめり込んでいく。
「グヘエエエエエエ」と、叫び声を上げ、爪男の動きが鈍る。
「確保だ!確保しろおおおおおおおおお」
警官の1人がそう叫ぶと、一斉に爪男の周りに警察官が集まってくる。そうして、全員で飛びかかろうとした瞬間…
ゴオオオオオオオオオという音と共に、強風が吹き荒れた。
遙か遠くから眺めていた近所の住民は、後にこう語っている。
「竜巻ですよ。アレは、絶対、竜巻だった。この大都会の真ん中に、突如、竜巻が巻き起こったんです!」
一陣の風が吹き抜けると、爪男の姿は消え失せてしまっていた。あとには、ただ爪男と被害者たちによって描かれた血の現代アートが残されているのみであった。