池袋の街。火災発生
それから、数年の時が経過した。
最初、人々は世界の扉が開いたことを知らなかった。気づきさえしなかった。扉は、それほど大きくはなく、人ひとりがどうにか通り抜けられるといった程度の大きさしかなかったからだ。見た目は、いたって普通の扉にしか見えなかった。
いや、それ以上に“人々の無関心さ”が原因だったのかもしれない。
みんな忙しい。誰もが自分の生活で精一杯なのだ。世界の端っこにある1枚の扉になど、誰が興味を示そうとするだろうか?
だが、やがて、1人の人間が扉の存在に気がついた。そうして、ひとり、またひとりと向こう側の世界へと出かけていった。逆に、向こう側の世界からやって来る者も現われた。
2つの世界は、徐々に混ざり合い、融合していく。
*
ウ~~~~~~~~~
消防車のサイレンが響く。池袋の街。14階建てのビルの前だ。
1階から3階までは、アミューズメントパークが入っている。大きなゲームセンターだ。
「下がってください!は~い、下がってくださ~い!危険ですから近寄らないでくださ~い!」
野次馬たちをかき分けて、防火服に身を固めた消防士数人が、ビルの中へと突入していく。ビルの内部では、あちこちで火の手が上がっている。
外からは、数台の放水車による消火作業が始まっていた。
巨大なホースからまかれる水が、空中に何本もの弧を描く。暑い夏に庭木に水をやる時、ホースで水をまく要領。アレの巨大ヴァージョンだ。
野次馬の1人がつぶやく。
「最近、多いよな。火事だとか、通り魔だとか」
隣の男が、あいづちを打ちながら答える。
「そうそう。物騒な事件が増えたよな。なんだろうな?たまってんのかな?ストレス」
「そりゃあ、こんな世の中だ。ストレスくらい誰だってたまるさ。オレだって、嫌んなる時くらいある。何もかもブチ壊したくなる時だってある。『こんな世界、滅んでしまえ!』って、な。けど、ほんとにやるか?」
「実際にやったら、おしまいだよな。人生、そこで終わり。」
「けど、つかまってないんだろ?犯人。あっちこっちで起きてる事件の多くは、犯人がつかまらずじまい。今も警察が追っかけ回してるって話だぜ」
「時間の問題さ、そんなもの。いずれ、お縄になる時が来る。必ずな。そんな危険をおかしてでも、やりたくなるようなコトかねぇ?」
奈々瀬ひとみは、そんな野次馬たちの会話を、人混みに混じって聞いていた。
心の中で、こう思いながら。
「なぜ、こんなコトになったのかしら?これが、あの人の望んだコト?望んだ世界?これじゃあ、前の世界と同じじゃないの。それとも、この先にまた平和が訪れのかしら?」
ヒトミは、30歳をちょっと越えた長髪の女性。でも、見た目はもっと若く、20歳そこそこに見られることも多い。
「混乱と安定。2つを繰り返す。その2つを繰り返しながら、人々は…そして世界は進歩していく。それが、あの人の理想…」
今度は、声に出して言っていた。
ヒトミのひとりごとを聞いて、横に立って消火作業を眺めていた野次馬の1人が「え?」と、小さく声を上げる。
「あ、いえ。なんでもないんです。気にしないで」
そう誤魔化すと、ヒトミはそそくさと、その場を立ち去った。