第8話 辺境の都、アナトリアへ
ウルスラ一行は、生きていた襲撃者を縛り上げて運ぶ手はずを整えると、反転して領主の館のある辺境伯最大の街アナトリアを目指すことに。
「結局まともに生きていたのは三人か。まあ、残った方だな」
「そうなのだ! 全滅させなかっただけ偉いのだ!」
「威張れることじゃねえよ。オレもハクも、もう少し手加減覚えねえとなあ」
襲撃者の乗ってきた馬を戦利品としてせしめたガイ達は、馬に揺られていた。
もちろんハクはガイの前、股の間に収まるようにしてご満悦である。
「お二人は仲が良いのですね」
馬車の窓を開けてウルスラが声を掛けてくる。
現状、馬車とガイ達の馬が併走しているのでそういう芸当が可能なのだ。
「そうだろう!」
「まあ、命のやり取りをした仲ではあるな」
「え……?」
「襲いかかってきたのはハクだな。殺しに来やがった」
「仕方ないことなのだ! これも森の掟なのだ!」
唖然とするウルスラ。
「そ、それなのにそんなに仲良しなのですね?」
「別に恨み辛みで殺し合った訳じゃねえ。手打ちになればそれでお終いだ」
「今はハクはガイのモノなのだ! 一生着いていくのだ!」
「着いていくっつーか憑いてくるっつーかだな」
「ハクが死んでも一緒なのか! それもいいな!」
「願い下げだっつーの……」
何処までもポジティブなハクにため息をつくガイ。
それを見て笑うウルスラ。
「とりあえず館に戻った時に親父さんが無事だといいな」
「え……?」
「襲撃者がもしその兄たちの差し金なら、連中が報告しにこない場合は強硬手段に出る可能性もあるだろう?」
「そ、それは確かに。ですが、父上も兄たちなどにはそう簡単にやられはしません」
「強いのか?」
「はい。普通の兵など十人かかっても勝てません」
「だから毒か。卑怯極まりないな」
「その通りです!」
「これが戦場なら何でもありだが、さすがにこういう状況でそれは嫌いだな」
戦場、つまり戦争では一部を除くほとんどの手段が正当化されるとガイは考えている。無差別殺戮兵器、要するに核ミサイルとBC兵器以外だ。
「まあ、魔の森の最前線である辺境守護に任ぜられるくらいだ。そう簡単には辺境伯とやらもくたばらんだろう……」
「はい。父上はそうそう簡単にやられはしません!」
そうだといいなと心の中で思いながらも全く表情には出さないガイ。
「解毒の魔法を使うような魔法使いはこの地にはいないのだ?」
ハクが不思議そうな顔で首を傾げる。
「ハクちゃん、そうした回復系統の魔法を使える人はそうそういないんですよ。ハクちゃんがそれほどの使い手なのに顔も名前も知られていないのがむしろ不思議ですが」
「ハクは森からでてきたばかりだからな!」
「どういうことですか?」
「ハクはガイに倒されるまでは魔の森の主をしていたのだ! ガイに負けて殺されるところを、主の役目を交代できたから恩返しにガイに一生着いていくことにしたのだ!」
「???」
ウルスラは目が点になっている。
困ったのか、ガイの方をじっと見つめてくるのだが、ガイとしても全て事実なのでイマイチ注釈を付けてやる気にもなれず、結果として肩をすくめるだけになってしまった。
「……と、とりあえず、回復系統の魔法使いは貴重だと言うことです」
「そうなのか! ガイ、聞いたか! 貴重なのだ!」
「分かった、分かったから暴れるな」
ハクが喜びを全身で表現するので慌てて押さえるガイ。
もちろんお約束でハクを抱きしめる形になってしまったのはご愛敬というものだろう。
一方その頃。
アナトリアの街にある領主の館のある一室では。
「そろそろ奴らから報告があっても良い頃ではないか?」
「街からあまり近いところでは具合が悪い。3、4日程度のところで仕掛ける手はず。明日明後日の内には報告が聞けるのではないか、兄上」
「ふん。まあ、ウルスラの護衛程度の腕では追っ手を倒すことは出来まい。とりあえず吉報を待つとするか……」
件の兄弟が悪巧みについてこそこそと話をしているところであった。
実の妹を手に掛けることを良しとするその品性、犬畜生にも劣るとガイなら断ずるであろう。
欲にまみれた人間というのは最低である。
「余計な真似をせねばいい思いもさせてやろうというものを」
「仕方あるまい、カイン。父のように古い考えに凝り固まっていてはどうにもならぬ。新たな体制には不要だ」
「確かに。我らの新たな辺境伯領には百害あって一利無し。兄上の言う通り」
そう言いながら兄弟はワイングラスを傾ける。
「新たな辺境伯領に」
かけらも恥じる様子もなく乾杯する兄弟であった。
「あれが辺境伯領の街、アナトリアです!」
街を見下ろす小高い丘の街道からウルスラが指を差す。
その先には、石造りの防壁にぐるりと囲まれた街が。
「そんなに大きくないんだな」
「そ、それを言われると……」
遠慮会釈無いガイの言葉にがっくりと肩を落とすウルスラ。
とはいえ、中世ヨーロッパ的な都市の概念から言えば、十分に大きな街といって差し支えない大きさだ。
「冗談だよ。このくらいの文明レベルなら十分な大きさだ」
「か、からかわないで下さい」
このくらいの文明レベルなら、という言葉に多少引っかかりを覚えたのは事実だが、恥ずかしさがそれを上回ってしまったウルスラ。
「どれくらいの人が住んでいるんだ?」
「大体一万人と言ったところでしょうか。魔の森に対する守備兵を兼ねていますので、専業、兼業含めた戦士の数が多いのが特徴ですね」
「ふうん。こんな辺境でもそれなりに人がいるんだな」
科学の代わりに魔法が存在する世界であるから、現代と同じ基準で考えるのは間違っているのだろうが、「辺境」と呼ばれる地域に立派な街があるのは違和感を感じるところだ。
「ここまで来ればもうすぐです。急ぎましょう!」
「そうだな」
道中、捕虜にした襲撃者に色々と聞いてみたが、何も話そうとはしない。
護衛の男たちが何やら拷問紛いのことをしていたが、それでようやく「頼まれた」ことを白状した。
残念ながら、例の兄弟が絡んでいる証拠は出てこなかった。
当然ながら悪巧みをするようなヤツが自分から表に出てくる訳は無い。
「とりあえずこの襲撃者を犯罪者として引き渡してからだな」
「お嬢様の命を狙ったのだから死罪でしょうがね」
「領主の娘を狙ったんだから当然と言えば当然か……」
何か使い道は無いかとガイは考えているようだが、さて。
「まずは父上の様子を見に行かなくてはなりませんね」
「そうだな。最優先はそれか」
「急ぎましょう!」
馬を急がせると街の入り口にある門へと到着した一行。
「止まれ!」
槍を構えた兵士の誰何の声。
「私は領主の娘、ウルスラ。大人しく通しなさい」
「こ、これはウルスラ様。失礼致しました。どうぞお通り下さい」
慌てて槍を下ろし、頭を下げる兵士達。
「いえ、役目として当然のことです。ご苦労様。これからもよろしくお願いしますね」
「はっ!」
兵士達に見送られながら街に入る一行。
「好かれてるんだな、お嬢さん」
「そうだと嬉しいのですが。領民に好かれるのも必要なことですから」
「違いない」
国民に好かれない指導者など害悪でしかない。
一行はひとまず警備兵の詰め所へ向かうと、襲撃者達を引き渡すことに。
辺境伯の体の不調を治すために中央へ向かおうとしたところ、不審な者たちに襲われたところを返り討ちにし、こうして捕らえて戻ってきたことを説明すると、兵士達も驚いた様子だ。
「可能なら背後関係を調査して欲しいのです」
「全力を尽くします!」
そう言ってビシッと敬礼する兵士。
なかなかいい面構えである。
「ふむ。なかなか訓練された兵達だな」
「はい。ここは辺境です。魔獣から人を守るための最前線ですから」
「少しは期待してもいいのかね」
「え?」
ぼそっと呟いたガイの台詞が良く聞こえなかったのだろう。
ウルスラが聞き返すが、ガイは「なんでもねえよ」と言って曖昧に笑うだけだった。
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