第4話 獣人、もしくは幼女は異世界のお約束
とりあえずチュートリアル終了って感じですか。
『マッテ……』
『マッテ。ヌシサマヲコロサナイデ……』
か細いがはっきりと聞こえる声で誰かが願った。
振り下ろされようとしたガイの拳がぴたりと止められる。
「なんだ?」
『やめろ、お前達……』
ぐったりと白虎が呟く。
湖の上にふわふわと発光する何かが漂っている。
よく見れば、ぼんやりと光るのはいわゆる「妖精」というもののようだ。
『ヌシサマヲコロサナイデ……』
「妖精……湖の精ってヤツか」
ふわふわと漂いながら白虎の周りに集まってくる妖精たち。
『やめろ、お前達。我は負けたのだ』
『ダメ……。ヌシサマガイナクナッタラ……』
『モリガメチャクチャニナル』
「どういうことだ?」
妖精たちの言葉に疑問を感じて、ガイが白虎に訪ねる。
『それは……』
白虎が言うには、この森は「魔の森」と呼ばれる大陸の西の果てにある大森林で、凶暴な魔獣たちが済む超危険地帯なのだそうだ。
「ここに来るまでに散々殺っちまったけど、大したことなかったぞ?」
『我を打ち倒せる人間などいるわけがない……はずだったのだ、お主に会うまでは。この森に足を踏み入れるのは全てを諦めた自殺志願者か命を賭けて何かを為さんとする者だけだ』
例えば、先刻実験台にしたゴリラもどき。
本来ならあの一匹で街が一つ壊滅してもおかしくないレベルなのだ。
この森の主である白虎など地球の基準で言えば戦略級兵器である。
国など簡単に滅ぼしてしまえる、そんな恐ろしい存在だ。
「ふうん。お前、結構凄いヤツだったんだな」
『お主に言われても滑稽なだけだな』
「違いない」
くくっと喉を鳴らすガイ。
要するに、この白虎が森の魔獣共に睨みを効かせているために、危険な連中が人里を襲いに行かないということらしい。
人間たちからは超危険区域として認定され、滅多なことでは近づきもしない場所なのだそうだ。
「そうなのか。じゃあ、お前殺さない方が人間にとってはいいんだな」
『我はただ単にバランスを保っているだけだ。ちょっとしたことで天秤は揺れるしバランスなどあって無きが如きものよ。そこまで気を遣うほどのもではない』
「いやいや、少なくともこの森の側の人の領域は壊滅するだろ」
『人にも強き者はおろう。お主ほどでは無かろうがな』
「褒めても何も出ねえぞ?」
その間にも妖精たちはふわふわと漂いながら白虎の周りに集まってくる。
「随分と妖精たちに好かれてるんだな」
『水は大切だ。お互い様だ』
『ヌシサマヲコロサナイデ』
『カワリニワタシタチガナンデモスルカラ』
白虎の周りに壁を築くかのように群がる妖精たち。
それぞれから感じる力は微量なものに過ぎないが、数が集まるとなかなか馬鹿に出来ないものだ。
「そうは言ってもなあ……。そうだ、コイツの代わりに誰かが森の主を引き受けてくれればいいんだよな?」
『ヌシサマヨリツヨイカタハイナイヨ』
『確かに我を打ち倒すような魔獣はこの森にはおるまい。お主が新たな森の主になってみるか?』
ちらりとガイを見る白虎。
「よせやい。こんなところで一生を終える気はねえよ」
『だろう。この森が安住の地となるような者がいれば良いのだがな』
「動かないヤツがいいよな。樹木とか岩とかな……。まてよ?」
ガイが白虎に群がる妖精たちを見る。
「なあ、虎」
『何だ、人間』
「この湖の精にお前の力を譲り渡すことは出来ないのか?」
『何?』
その時、ガイの頭をよぎったのは、良くマンガである「オレの力をお前に託す」的な光景だった。
ファンタジー世界なんだからそのくらい出来るんだろう程度の発想だ。
『……』
「できねえの?」
黙り込んだ白虎に問いかけるガイ。
『……出来るかもしれん』
真剣な声で言う白虎。
「じゃあやれよ。お前らもコイツの命が助かるんならそれくらい引き受けろよ」
『デキルナラヤル』
「ほら、決まりじゃねえか。さっさとやれよ」
『簡単に言ってくれる……』
のそりと体を起こすと、その青い目を閉じて集中し始める白虎。
白虎を中心にして魔力が渦を巻くようにして集まっていく。
「小宇宙が……」
ぼそりと呟くガイ。さすがにルビはふれない。
渦を巻いた輝く力が小さく圧縮されていく。
「誰が受け取るんだ?」
『ワタシガ』
他のものより僅かではあるが大きな個体がふわりと前に飛び出す。
圧縮された力がふわふわと空中を漂っていき、妖精に吸い込まれていく。
瞬間、弾けるスパーク。
「おお、変身した……」
力を受け取った妖精が、巨大化していた。
背中から透き通った羽を二対生やし、身長が100cmぐらいになった素っ裸の幼児が湖の上にゆらゆらと浮かんでいる。
『コレガワタシ……?』
巨大になった自分の体を見て、驚きの声を上げる妖精。
『我の持っていた力の大半はその妖精に受け継がれた。魔の森に住む魔獣たちには後れを取ることはあるまい……』
力を引き継いでしまったからか、白虎はぐったりと地面に倒れ伏している。
今にも死にそうだという様子でも無いが、かなりの疲労感だ。
『スゴイ……。コンナニチカラガアフレテイル……』
ぶつぶつと呟きながら魔力を練り始める妖精。
『コレナラ……。コレナラバ……』
ぶつぶつと呟きながら怪しく目を光らせる妖精。
「力の暗黒面に呑まれたか……」
『やはりな……』
「知ったような口をきくね、虎」
『想像を超える力を手に入れたものの末路などこんなものだ』
「仕方ない。躾は大人の役割だ」
ガイが軽く一歩踏み出そうとした時、魔力弾が撃ち出される。
直撃。
『ハハハ! ヒトゴトキガ……ア!?』
妖精の頭部が弾けるようにのけぞる。
首が変な方向に曲がっているが、命に別状は無いようだ。
さすが不思議生物である。
「オイタが過ぎるぜ、ガキンチョ。大体、元々の力の持ち主がオレに敵わなかった時点で劣化コピーのお前がオレに敵う訳が無かろうが。頭悪いな」
魔力弾の巻き上げた土煙が晴れた後には、まるで無傷のガイ。
闘気によって自らの身体を硬化する、金剛勁とでも言おうか。
こきこきと首を鳴らしながら無造作に足を踏み出す。
『コノッ!』
「おっと」
魔法を放とうとした妖精の出鼻を挫くかのように見えない拳打を繰り出し、技の出掛かりを潰していくガイ。
繰り出そうとする魔法の悉くを叩き潰され、ダメージだけが蓄積していく妖精。
それが何十回と繰り返された頃には妖精の心はぽっきりと折られていた。
言うなれば、必殺技の出掛かりを弱パンチ、弱キックで止め続けられた状態だ。
『モ、モウユルシテ……』
ぼろぼろになった顔で涙ながらに哀願する妖精。
「オイタが過ぎるとこういう目に遭うんだぜ?」
妖精の顔を鷲づかみにすると、容赦なく地面に叩きつけるガイ。
『それくらいにしてやってくれ……。その妖精も骨身に沁みただろう』
体を起こしながら白虎がガイに向かって頭を下げる。
「お、そろそろ起きられるようになったかよ」
『うむ。それなりに魔力も回復したからな。さすがにその妖精には敵わぬだろうが、活動するには十分だろう』
「そいつは良かった。命拾いしたな、妖精」
ぽいっと無造作に妖精を投げ捨てるガイ。
妖精は地面にうずくまって丸くなり、ぶるぶると震えている。
「ちゃんと役目を果たせよ。次に来た時に仕事ぶりが悪かったら首すげ替えるからな」
『ハ、ハイ!!』
地面に額をこすりつけながらの見事な土下座であった。
『さて、人間よ。我はどうするべきかな』
「何がだ?」
『お主に敗れ、力をそこの妖精に譲り渡し、命だけは長らえた。この長らえた命をどう使うべきかということだ』
「そりゃあ、好きに生きればいいさ。せっかく助かった命だ。自分の好きなように使わなきゃ損ってもんだろうよ。生きたいように生きるのは難しいだろうが、そこを楽しむのも人生ってもんだぜ?」
そう言って快活に笑うガイ。
その顔をじっと見つめると、何かを決心したように頷く白虎。
『……そうだな。それもいい。人間よ、我に名前を付けてはくれまいか?』
「名前か? 好きに名乗ればいいんじゃないのか?」
『いや。我を打ち倒したお主にこそ名を貰いたいのだ』
「うーん、そう言われるとなあ……」
腕を組んで目を閉じ、思案顔のガイ。
しばらく考えた後に、くわっと目を開いて白虎を指さしてこう言った。
「よし。お前はハクだ。それしか思い浮かばん!」
自信満々のわりには、何のひねりも無い、見たまんまの名前であった。
さすがのガイである。
『ハクか……。ハク……。うむ、良い名だ。今この時より我はハク。お主を主と定め、永久の忠誠を誓おう!』
「は? お前、何言って……」
白虎、ハクは大きく一吠えすると、その体から突如眩い閃光を放つ。
素晴らしい反射神経で目蓋を閉じ、目が眩むのを防いだガイであったが、その目が再びハクを捉えるとあまりの出来事に絶句してしまったのだった。
「お前、ハク?」
「そうだ、主よ!」
そこに立っていたのは、身の丈140cm程のほっそりとした美少女であった。
真っ白いおかっぱ頭の頭部に三角形の耳を二つぴんと立て、細長い尻尾をブンブンと振り回す。
そして何故か全裸。
まあ、元が虎であるからして変身して服を着ているのは、それはそれでおかしいのではあるだろうが。
「我はハクだ! 主よ、いや、ガイよ。末永く頼むぞ!」
そう言ってにこっと笑いながら真っ平らな胸を張るハク。
「あー。うーんと、そうか。一応メスなのね?」
ちらりと視線を下に向けて、諦めを言葉に滲ませながらガイがぽつりと呟いた。
「そうだ! ハクの体を所望ならばいつでも言うがいい! いつでも番おうぞ!」
更に尻尾をブンブンと強く振り始めるハク。
耳もピコピコとせわしなく動いている。
「いや、それはとりあえず遠慮しとく……。何故に人化?」
「それは名を貰ったからだ! それに、我のような超高位の魔獣ともなれば人化の秘術程度造作も無い事よ!」
「さいですか……」
がくりと肩を落とすガイ。
「なんだ、不満か!? 何が気にいらんのだ!?」
おろおろと不安そうな顔でガイの周りを回るハク。
「いや、別に不満はねえよ。ただ、何つーか、お約束って疲れるんだなと思っただけだ」
「お約束とは何だ。そうか、我と将来番になってくれるという約束だな!」
「違うわい!!」
何やら余計な荷物を抱えることになってしまったと後悔するガイであった。
お約束とは大層な強制力を持つものであるようだった。
「ま、コレも人生のスパイスってヤツか。思い悩んでも仕方がねえ事は受け入れる。全部ひっくるめて楽しんでやんよ!」
何かを吹っ切ったような顔をしながら空を見上げるガイであった。
こうして、後の世に伝説として語られる一人と一匹は出会ったのであった。
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