第3話 森の主との邂逅
「水の気配だな」
しばらく森を直進しながら何時間たっただろうか。
弱い殺気を振りまきながら歩くと、それだけで弱い獣は凱に近づこうとはしない。それでも凱に襲いかかってくる獣は、凱の実験台になって命を散らしていった。
そんなときだ。
凱の鋭敏になった感覚に水の匂いがヒットした。
「とりあえず水は大事だからな。休憩がてら飯にするか」
ぶら下げて歩いていた鳥を見ながらそう呟くと、水の気配に向かってダッシュ。
木々の隙間から青く透き通った水面が見えた。
「おお、こりゃあ立派な……」
僅かに開けた木々の隙間から陽光が差し込み、水面をキラキラと光らせる。
幻想的で美しい光景が凱の目前に広がっていたのだった。
「妖精とか、湖の女神とか出てきそうな雰囲気だな。斧でもありゃあ投げ込んでみるところなんだがなあ」
金銀の斧が手に入るかも知れないが、生憎持ち合わせがない。
「どれ、ちょっと検分してみるか」
透き通った水を掌に掬うと、僅かに口に含む。
「うん、毒や食あたりの心配はなさそうだな」
安全を確かめると、ぶら下げていた鳥を手に取り羽をむしり始める。
指や爪に闘気を込めると、まるで良く研がれた刃物を使っているかのように簡単に鳥を切り分けてしまう凱。
木の枝を鋭く尖らせると、それを串代わりにして肉を貫く。
「後は火だな」
闘気を練ると、ファイヤー波〇拳を意識して薪に発射。みるみるうちに火勢が強くなっていく。
「便利だな、必殺技」
炎に鳥串をあてながら、肉に火が通るのを待つ。
肉の焼けるいい匂いが辺りに漂い始める。
「醤油か、せめて塩コショウがあればなあ……」
その時だ。
ガサリと音をたてて茂みから何かが現れた。
「ほう……」
そこから現れたのは、純白の巨大な虎であった。
額に一房の深く青い毛束。
そして、同じ色の一対の瞳。
敵意は感じられないが、じっと見つめる青い瞳が何かを探るように凱を射貫く。
「なんだ、食いたいのか? 少しなら分けてやるぞ?」
張り詰めた空気を凱の間延びした声が台無しにした。
ちょうど良く焼けた鶏串を一本手に持つと純白の虎に向かって差し出す凱。
虎は微動だにせず凱をじっと見つめている。
「もしかして生の方がいいのか? まだ焼いてないヤツもあるけど……」
そう言いながらまだ火に当てていない鶏串を差し出す。
『我に向かってそのような事を宣ったのはお主が初めてだ』
「喋った!」
鈴を鳴らしたような、透き通った可憐な声が響き渡る。
『喋った、だと……?』
「やっぱファンタジーすげえ。虎も喋るぜ。しかもめっちゃアニメ声だ」
ファンタジー世界のファンタジーっぷりに感激する凱。
『まさか、お主、我のことを知らぬのか?』
若干困惑しているような響きが虎の声に混じる。
「知らん。というか、この世界のことすら何も知らん。腹が減っていたんでな、水の気配に誘われてここまで来た。もしかして飲んじゃまずかったか?」
片手に焼けた鶏串、もう片手に生の鶏串をもって首を傾げる凱。
どうみても馬鹿丸出しだ。
『この世界、だと? まさかお主、渡界者か?』
「渡界者? 良く分かんねえが、少なくともこの世界の人間じゃねえよ」
肩をすくめる凱。
それを見ていた虎がのそりと前に出る。
「なんだ、やっぱり食うか?」
『渡界者。漂流者。転移者。世界を変革する者。まさか我が実際に相見えることになるとはな』
声に剣呑な響きが混じる。
『今この世界に変革の必要は無い。お主に恨みはないが、ここに迷い込んだが運命と諦めてくれい』
「何が言いたいんだ?」
『許してくれとは言わん。済まんが死んでくれ』
きらりと青い瞳が光った。
「ふうん。要するにあれか、殺し合いだな?」
焼けた方の鶏串を一息で口に詰め込み、もしゃもしゃと咀嚼して飲み込む凱。
ぶわりと凱の身体から闘気が物理的な圧力を持って迸る。
『な、なに……?』
「いいぜ。大歓迎だ。ここまで来る間の獣じゃ物足りなかったからな。お前は奴らとは違うようだからな。楽しめそうだ」
先ほどまでの間が抜けたような気配は鳴りを潜め、命のやり取りを日常にするものとしての素顔が現れる。
常在戦場。
生死がかかっているのが当然の、狂った戦闘者としての本性が剝き出しになる。
純白の虎が気圧されたかのように後退る。
2mの凱に、6mの白虎が押されている。
『お、お主、人ではないな!?』
「人だよ。だいぶイカれてるけどな」
軽く手を振る凱。
「おお、良く避けたな」
『舐めるなよ。我とてこの魔の森を治めるものぞ!』
大きく跳びすさったそこには一本の木の串が突き立っていた。
もし白虎が避けなければ、前足は地面に縫い止められていただろう。
「そんなアニメ声で凄まれてもなあ……」
『訳の分からんことを!』
一瞬で彼我の距離が零になる。
ゴッという音がして衝撃が地面の草を揺らす。
『う、受け止めただと!?』
前足の強力無比な一撃を、交差させた両腕で受け止める凱。
そのパワーでずり下がった足が地面に二本の線を描く。
「やるね。闘気無しじゃあ腕は持っていかれたな、こりゃ」
嬉しくて堪らないというように歯を剥いて笑う凱。
戦争とは違う、効率を忘れて戦えることが心底楽しいという顔だ。
『お主は一体……』
呆然として呟く白虎。
「オレか?」
ニヤリと笑う凱。
「オレは凱……いや、ガイだ。世界最強の男(予定)だ!」
異世界に送り込まれた日本人「凱」は、たった今この時、この世界での「ガイ」になったのだった。
戦いは熾烈を極めた。
白虎も森の主というだけあって、ガイの攻撃を時にはかわし、時には受け止め、致命傷を器用に避ける。
その爪牙による攻撃だけではなく、明らかに魔法としか言えないような超常の手段でもってガイに攻撃を加え続ける。
「面白いな! それは魔法か!」
『魔法の存在も知らぬくせに、それを防ぐというのか!』
ガイはガイで、自らの力を徐々に解放していくようにギアを上げていく。
拳打蹴撃に加え、漫画的な必殺技の数々を織り交ぜる。
『お主のそれは魔法ではないというのか!?』
「魔法でなどあるものか。これは必殺技だ!」
『どう違うというのだ!』
「オレがそう決めたからだ!」
『出鱈目だ!?』
この世界で初めての魔法vs漫画的格闘技のぶつかり合いは激しさを増していく。
「これもかわすか!」
振り上げた拳の軌道に沿って真空波が打ち出され、一直線に森を破壊しながら駆け抜ける。
その隙を縫うようにして、白虎が間合いを詰め、咆哮と共に魔法を発動する。
「喝っ!!」
闘気を盾や鎧のように展開し、その魔法を防ぐガイ。
ガイには分からぬ事ではあるが、この世界の常識を根底から覆すような技だ。
『防いだだと!?』
驚愕の叫びを上げる白虎。
「隙有り!」
低く沈み込んだ体勢から体ごと打ち付けるようなアッパーで白虎の体が浮く。
そこから跳び膝蹴りで更に浮かせると、重力を無視したような空中コンボ。
最後にとどめとばかりに飯綱落としだ。
ズシィンと重い音が辺りに響き渡る。
『……我の負けだ。殺せ』
「いい死合いだったぜ。ありがとうよ」
ぐったりと地面に倒れ伏す白虎にとどめを刺さんとガイが拳を振り上げたときだった。
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