29 僕は親友に恥ずかしい思いをさせに来た訳じゃない!
はぁっはあっはあっ……。
息を切らしながら健のマンションに着いた僕は焦る気持ちを押さえきれずに、チャイムを鳴らす。
ピンポーン……ピンポーン……
何度目かのチャイム音の後、扉の開く音が聞こえる。
扉が開かれるのと同時に僕はすぐに頭を下げた。
「ごめん、健‼︎ 僕が悪かった‼︎ 本当にごめんなさい‼︎」
僕は殴られる事を覚悟で頭を下げた。
「…………」
健からの反応がない。
(やっぱり、すごく怒ってる⁉︎)
と、思ってた所に予想外の声が聞こえてくる。
「…………残念だけど〜、健じゃないよ〜私」
「へっ⁉︎」
声に驚いて顔を上げると、ものすごい美人が目の前に立っていた。……健のお姉さんだった。
「さ、早希さん⁉︎ あっ⁉︎」
驚いて大声を上げてしまう。
マンションの通路だと気付き慌てて口元を押さえる。
「ふふふっ……久しぶりね〜俊ちゃん。……何だかちょっと見ない間にずいぶん男らしい顔つきになったんじゃないの〜、ふふっ」
早希さんはいたずらっ娘のような表情で片目を瞑り、僕をからかってくる。
よく見てみると、料理中だったのか片手にはおたまを持っていた。
「い、いえ、そんな事は……それよりも忙しい時にすみません!」
「あら〜いいのよ〜別に。何か健に話しがあるみたいだけど……」
少し困ったような表情で、僕にそう言ってくる。
(……すごく怒ってて早希さんに、僕が来ても会いたくないって言ってたりして……)
…………あ〜、やばすぎる⁉︎
「……相当機嫌が悪そうでしたか?」
「う、う〜ん、どうだろう? 慌ててたような気はしたけど〜、ふふっ」
困った顔で答える早希さん。
「と、とりあえず、こんな所で何だから上がってよ! ささっ、どうぞ〜」
「すみません。お、お邪魔します〜」
そう言って中に入れてもらう事にした。
中に入ると、早速いい匂いがしてくる。
やっぱりご飯を作っている最中だったようだ。
「あっ⁉︎ 俊一君はご飯て食べてきたの?」
「い、いえ、まだです」
「良かった〜……それなら一緒にどうかな〜」
「い、いえ⁉︎ おかまいなく! 用事を済ませたら帰りますんで」
や、やばいやばい。キッチンでも覗いているように見えたかな。
「もう! 遠慮なんかしなくていいってば!」
…………う、う〜ん。
僕は少し考えた後、断わり続けるのも悪いと思いお言葉に甘える事にした。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えます」
「うん‼︎」
満面の笑みで頷いてくれる早希さん。
(う〜ん、健はどうしてこんな素敵なお姉さんが苦手なんだろう?)
健の部屋の前にくる。
早希さんに聞いたら、健は帰ってくるなり自室に籠もって出て来ないとの事だった。
一緒に行こうかと言われたが、それは遠慮した。
(今回の健との事は僕が悪いんだから、僕1人で解決しないとね)
トントントンと部屋をノックする。
………………。
何回ノックしても返事がない。
仕方ないので、ドア越しに声をかけてみる事にする。
「け、健。話しがあるんだけど……」
「………………」
「け、健!」
少し強めに声を掛けてみるも返事がない。
どうしようかとドアノブを回してみる。
するとガチャッとドアノブが回る音がした。
(開いてる……)
僕は勝手に入る訳にはいかないので、早希さんに事情を話し、一言断りを入れてから健の部屋に入る事にした。
久しぶりに入る健の部屋の中は真っ暗だった。
確か僕の部屋とそんなに変わらない広さだったと思うんだけど。
部屋に入って真正面に置いてあるパソコンのモニターだろうか? その明かりだけがついている。
そして、部屋の主は……いた! 健の背中が目に入る。どうやらパソコンをしているようだった。
少し慌てながらも、記憶では足元や周りにはゲームや漫画の本が散らかっていたような気がするので、僕は踏まないように足元に気をつけながら歩いて健の元まで進む。
そして、僕はすぐに声をかけた。
「け、健‼︎ 今日はごめん‼︎ 僕は……とんでもない勘違いをしてしまって‼︎ 本当にごめん‼︎」
「…………」
「むしのいい話しだとは思ってるんだけど、許してほしいんだ‼︎」
や、やっぱり相当怒っていますか……。
「け、健……」
情けない声を出しながら、僕は健の背中を見上げる。
……あっ⁉︎ よく見てみると、健の耳にヘッドホンがかかっているのが見えた。
(よ、良かった〜……無視してる訳じゃないんだ〜)
そんな事を考えながら、もう一度伝える為に、僕は健の肩に手を置いた。
ようやく健が気付き椅子ごとくるりとこっちに振り向いたのだが、そのモニターの明かりに照らしだされた健の格好を見た僕は心底驚き叫んでしまった。
「ぎゃああああ〜〜〜⁉︎⁉︎」
そして、今度は目の前で叫ぶ僕を見て健が叫ぶ。
「うおおおおお〜〜〜⁉︎⁉︎」
そして、僕達の叫び声を聞いた早希さんが慌てて部屋に飛びこんで来た。
「ちょっと⁉︎ すごい叫び声が聞こえてきたけど、二人共一体どうしたの⁉︎ って何でこんな真っ暗なのよ!」
そう言って早希さんは部屋の電気のスイッチを押そうとした。
「早希さん⁉︎ 電気つけるの待っ……」
が、遅かった。
早希さんは電気をつけてしまう。
「何言ってるの? 点けないと真っ暗…………」
早希さんは健の姿に驚いて、目を大きく開けてビックリしている。
…………何てこったい!
「ちょっ、姉貴⁉︎ な、何勝手に人の部屋に入ってきてんだよ⁉︎ しかも電気まで勝手に点けて! そ、それに俊一、お前まで……来たんなら来たって言えよ‼︎ それにいきなり大声出すんじゃねーよ⁉︎ マジビックリしたじゃねーかよ‼︎」
えっ⁉︎ ええぇ〜〜〜⁉︎⁉︎ そ、そこなの⁉︎
どうやらまだ自分の格好に気付いてないのか、そんな事を言ってくる。
「け、け、け、健‼︎ し、下……」
僕ははっきりと言えずに指摘する。
「あん? 下って……俊一お前何言って……………………いいっ⁉︎⁉︎」
ようやく気付いてくれた健は慌ててパンツやズボンを履き直す。
そう……何故か健の下半身が丸出しに近い状態だったのだ。
健のその行動に、何と無くいたたまれない気持ちになり、部屋の中はし〜んと静まり返る。
パソコン画面から…………おそらく椅子から勢いよく立ち上がった時に、ヘッドホンの線が抜けたからだろう。 女の子の声が聞こえてきた。
「け、健……早く……きて……お願い」
と女性の声が流れてきたのだった……。
「ごめん‼︎ まさか……そう言うタイミングだったなんて思わなかったし……本当ごめん‼︎」
あの後早希さんは、一言もつっこまないで部屋を後にしたのだが……。
何故か部屋を出て行く際に見た時の早希さんの横顔はどこか微笑んでいたような気がした。
もしかしたら、あまり気にしてはいないのかも? それなら、健にとってはまだ良かったのかなと思えたのだが……。
「まずい所を……まずい奴に……見られてしまった……」
健は先程から、茫然自失になり独り言のようにブツブツとつぶやいているような状態なのである。
「け、健……あ、あんまり気にしないで」
気にするに決まってるのに、言葉が見つからない為に余計な事を言ってしまう。
「馬鹿野朗! さ、さすがにこの俺でも気にするに決まってるだろう⁉︎ しかもよりによって姉貴に見られるなんて…………あ〜、マジ消えてぇ〜〜」
こんなに頭を抱えて動揺している健を……おそらくこの先も見る事はないだろう。
「で、でも、その早希さんなんだけど、どこか微笑んでいたような気がするんだけど……そ、それに……僕達はまだ若いんだから‼︎ 色々あるよ」
僕はグッと親指を立てる。
「親指を立てるな⁉︎ 全然良くねえ‼︎ それよりも……ぐはっ⁉︎ マ、マジか? マジで姉貴笑ってたのかよ‼︎」
な、何か、健の身体が震えているような気が……。
「そ、そんな風に見えたような気がしたんだよ」
「……ふっ、もしそうなら……いや、考えるのはやめておくぜ。悪い事って言うのは考えれば考えるほど際限なく起こりそうだからな。だから…………忘れる! 俺は忘れるぞ‼︎」
うん、確かに分かる。それは分かるんだけど……今回の事は部屋に鍵をかけておけば良かったような気が……って、開けてしまった僕が言える言葉でもないか。
「で、俊一! こんな恥をかかせてまで俺に会いに来た訳だから余程の事があるんだろうな〜、あぁ⁉︎」
「も、もちろんだよ!……健、今日は本当にごめん!……ごめんなさい‼︎」
僕は土下座する勢いで謝る。
………………。
少し間が空いた後
「…………そこまで謝られて悪いんだけどよ……一体何の話しだ?」
困ったようにこめかみの辺りを指で掻いている。
僕は今朝の事、立花さんの事について話す事にした。
「……訳なんだ! 本当にごめん!」
僕は説明した後、もう一度謝った。
「…………お前は」
健の拳がぷるぷると震えている。
僕は殴られる事を覚悟する。
「お前と言う奴は、んな事で俺の神聖な部屋にあの猛獣を入れるきっかけを作ったと言うのか〜〜〜⁉︎⁉︎」
………………………へっ?
「…………はい? お、怒ってないの?」
「い〜や、怒ってる! めちゃくちゃに怒ってる! だが、今日のお前との事じゃねえ! あ〜〜くそったれ!」
そう言って床をドンドンと叩く。
「ちょっ、健⁉︎ 下に住んでる人から苦情がくるよ!」
「くっ⁉︎ た、確かにそうだ」
ここは二階なんだから。
「な、何か色々ごめんね」
健は僕をキッと睨んでくる。
「全くだぜ! 何だってんな事ぐらいで慌てて来るんだよ! 確かに、あの時は何であいつは怒ってるんだ! って思ってイラっときたけど、んな事でいつまでも怒ってるかよ!」
ふんっと腕組みをして僕にそう言ってくれる。
「そ、そう。それなら良かったよ」
僕はほっとして胸を撫で下ろした。
「お……お前ってやつは……くっ! ふぅ〜、もういいわ。んで、どうすんだよ?」
髪の毛をクシャクシャと掻きながらそう聞いてくる。
何の事か分からなかったので、逆に聞き返す。
「え? 何が」
「いや、立花との事だよ。告られたんだろ?」
何だ、そんな事
「もちろん…………付き会うよ」
一瞬別の女の子の顔が頭をかすめたけど、それをかき消す。
「……………………そうか」
な、何⁉︎ 今の長い間は⁉︎
「え、何でそんなにガッカリしたような顔してるの⁉︎」
「いや、ガッカリはしてねーよ。……俺には関係のない話しだからな」
なら、どうしてそんな眼で僕を見るかな〜。しかも、含みのある言葉だし。
「まあ……どっちにしろこれでハッキリするだろうよ」
「……えっ?」
……何が? と聞き返そうとしたのだが……。
「まあ、どっちしろ頑張れよ! 応援してるぜ!」
そう言って健は僕の肩を叩いてきたので、聞くタイミングを逃してしまう。
「……あ、ありがとう」
気になる言葉だったが、この時の僕は健の言葉にただ頷く事しかできなかった。
次の日、僕は立花さんに自分の今までの思いを伝えて付き会う事になる。
…………自分がとても愚かな人間だと言う事に気付かずに。




