大天狗の襲撃
大天狗の襲撃
マフラーや手袋をする生徒も見られるようになった十一月の中頃、今年は記録的は寒波が来たのだとニュースが言っている。
「白灯様、そんなに笑わなくても、乙女が泣いちゃいます。」
「い、いや……乙女は仕方ないよ。でも、でも、河村のそれは…酷い……!」
「もういいッス…」
乙女が全身いたるところにカイロを張っているのは体が水でできているのだから凍りたくないという物だろう。だが、河村に至ってはそう言った心配はない。なのにマフラー、手袋、帽子までは良い、耳は寒い。だが、その上からさらに耳あてをして、マフラーの下にはタートルネックの長袖にネックウォーマーまでしている。セーターも二重で、コートも着ている。足元はスエットの上に制服のズボン、そしてその上にさらに内側にファーのついたジャージを履いている。もちろん足元は普通の靴下をもう何重にしたかは解らないぐらい重ね、しかも毛糸の靴下まで重ねて履いている。そしてこれまた内側にファーのついた長靴を履いて学校に行っているのだ。少し温めのお茶を入れた水筒も欠かせないらしい。
その姿で現れたために白灯は笑いが止まらずにいるのだ。
「確かに、毎年思いますがそれはやり過ぎじゃないですか?」
「カイロは火傷するんス。重ね着するしかないんスよ。」
乙女に反論する。だが、二人そろって
「うわっ、雪男、こっち来ないでほしいッス!」
「出たです!」
と雪男を避ける。本人は慣れているという様子で特に気にしていなかった。そこに玄関が開く。
「おはよう。どうしたの……フっ」
待ち合わせ場所に来るのが遅いため天子がコンとイズナを連れて一門に来た。だが、目の前の河村につい、笑ってしまう。
「もう行くッス! 先行くッス!」
そういって先に歩き出す河村、それに続いて一同が歩きだす。
真子と人子はお揃いのフード付きコートに上からマフラーを巻かれている。あまり寒さを感じないためセンリの趣味である。保育園には運動靴を置いてあるためビニール製のブーツらしい長靴を履いて登園している。空はつい先日、乙女と買い物に行き、駄々をこねた結果この時期には珍しいカタツムリの刺繍の入った防寒着一式を買ってもらったようで合羽よりもコートで過ごしている。コンとイズナの白いコートは天子とおそろいである。
「そう言えば去年雪だるまが通ったのかと思ったあれ、河村君だったんだね。」
天子が思い出したように聞く。
「冬になるとあだ名が雪だるまになるッス…」
「本物が近くにいるよ。」
園良が雪男を河村に近づける。全く何も話さない獏は冬眠寸前の様子で園良に手を引かれている。
河村は雪男が近づくと一目散に走って、先に校内に入って行った。
遅刻指導をしていた鬼頭は
「……どうした?」
と不思議そうな顔で見ていた。
学校に入れば暖房がついている。だが、三年のある一クラスだけ今年は暖房が壊れてしまったらしいという話が教室に入ると聞こえてくる。
「雪男だな。」
「そうですね。」
「夏は冷房が異常事態で運転ストップしたみたいだし、雪男が学校来ていいことないな。」
「仕方ないですよ。」
各々席に着き、防寒着を脱いでロッカーにしまう。
朝の学活中、
「天道どうした?」
鬼頭が出席を取っていると気付く。そういえば朝から見てないような。そんなことをつぶやきながら
「ああ、家の用事で今日は来ないそうです。」
正確には家にいなかっただけなのだが、
「そうか。あいつ進級できっかな?」
義務教育の中学生に単位があるような言い方をしないでほしい。だが、心配になるぐらい天道は休みが多い。陽一のように学校には入院しているという理由があるわけでもない。ちなみに陽一は本当に入院ではなく京都で修業中なのだという。ちょくちょくメールをしてくるが修業もきついらしい。
天道は最近たびたび学校を休む。朝食の席からいないときもあったり、朝食後自分で学校に連絡しているときもある。事情はよくわからないが天狗としての役目があるのかと思い、白灯は聞かずにいる。
学校が終り、保育園に迎えに行く。ジョルマの退勤時間とかぶったため共に家路に着く。
「そう言えばあの子も烏天狗なんですってね。『妖怪』って本当にたくさん種類あるのね。」
最近ちょくちょく見かけないとジョルマまで天道を気にし始めた。
海外では他の種族同士が関わることは非常に少ないのだという。しかも幻想的な生き物も多くその数は希少、知名度があってもレッドデータものなのだという。日本とは根本的な産まれ方が違うという理由もあるだろう。
「そう言えば魔女ってなんなの。何ができるの?」
今のところほうきで飛んだり、服を一瞬で変えたりするのは見たことあるがよくわからない。
「そうね、錬金術をもっと便利にした感じかしら、だからなんでもできるわよ。それこそ、死人を死人として生き返らせたりもね。」
イメージでは紫のドロドロした液体の入った年期の入った鍋をかき混ぜているイメージがあったがおとぎ話の中だけのようだ。
「でも、最近は魔法を使わなくても便利な世の中になったわよね。産業革命なんてもので私達は森を出たけど、その身を隠すのに現代は不便しないわ。」
狼人間も言っていたことと意味は同じだろう。技術の進歩や多くの人間が知識を持つことのできる時代だ。それにより狼人間のように体格がずば抜けてよい者を怖がられることも減った。吸血鬼のような血色の悪い人間も世界にはいろんな種類の人間がいるとわかったことで不審に思うものはいなくなった。美人過ぎることで処刑された多くの魔女たちだがそれも今では仕事にできる時代だ。
「でも、便利になった一方でなくなる場所もたくさんありました。」
ギギが天を見ながらいう。山に神はいなくなり、魑魅魍魎も消えた。森や川にいた妖怪もその地がなくなったことで姿を消した者も多いという。
「そうだな。一門に入っていなかったことで園良達も苦労してたって言うぐらいだからな。」
そんな話をしていると家に着く。
問題が起きたのは翌日の朝のことであった。
「白灯さん起きてくださいです!」
乙女の声で目が覚める。時間を確かめてからゆっくりとした動きでメガネもかけずにドアを開ける。
「どうしたんだ。まだ四時だぞ?」
起こしに来た乙女も寝間着であった。
「大変なんです。天道が!」
そういわれたところで可笑しな気配に気が付いた白灯は天道の部屋に向かった。
「何があった⁉」
ふすまを開けたそこには小鳥とギギに包帯を巻かれ、手当てを受けている天道がいた。
「それが、意識がないため事情はまだ、鬼頭と猫に情報収集をお願いしています。」
天道の体は斬られたような傷は無く、ほとんどが打撲や擦り傷。だが、打撲は素手のほか棒状のもので殴られた痕跡もある。少ないが爪か何かで引っかかれた傷もあった。
この日は鬼頭に伝え白灯は学校を休んだ。
天道が目を覚ましたのは昼を過ぎた頃だった。この時期にはまだ早い、雪が降り出した頃だった。
「う、ん……」
「天道、大丈夫か?」
部屋の机を借りて鬼頭に言われた勉強中のことだった。
「白灯、さん……?」
「ああ、そうだよ。水、飲むか?」
体が痛むのか、顔をゆがませながら起き上がった。ペットボトルを渡すもその手には力が入らない様子、口元までペットボトルを近づけゆっくりと傾かせる。
「ありがとうございます。」
「それは良い。何があったんだ?」
白灯に聞かれると天道はうつむいて黙ってしまった。そこにまたもスパーンっとふすまを開けて銀虎が入ってくる。
「お前、天狗やめてきたのか?」
その問いに肩が震えた。
「天狗を辞める?」
銀虎が白灯の隣りに座る。共に卵も入って来た。
「今、お前を天狗どもが探し始めたという情報が入った。直ぐにここにも来るだろう。天狗が天狗を探すなど、そうそうにあることではない。何があったんじゃ?」
だんだんと瞳に涙をため始めついには一滴、手にまかれた包帯に染みて行った。
「申し訳ありません。」
体が痛みぎこちない動きだがゆっくりと頭を下げられた。
「それでは解らんだろ。」
「……俺は、俺は大天狗の命令で化猫一門に潜入して、その動向を逐一報告していました。」
ゆっくりとした動きで土下座に変わって行く。
「それは気付いていた。なぜ、それが今更天狗どもと裏切ってここに戻ってきたのじゃ。」
「間もなく、妖怪横丁が天狗に襲撃されます。天狗は妖怪を一掃するつもりです。俺がここで問題を起こせばだんだんと早まってきていた予定を一時的にも止められるんじゃないかと思って……でも、申しわけありません。あいつ等は逆に俺を始末するために作戦をさらに前倒しにして着ました……。」
悔し、そんな様子で天道、銀虎は腕を組む。
「それでその襲撃の結構日は?」
「今夜の十時です。予定では花火などで天から襲撃した後、逃げられないように入り口を閉じ、各所に火を放ち、火あぶりにするつもりです。」
銀虎は立ち上がる。
「天狗にばれんように知らせろ。付喪神は蔵でよかろう。犬神の老いぼれもここに連れてこい。後の者は火に強い者、水が扱える者を残して現世に来るようにな。」
「待って祖父ちゃん。」
白灯が銀虎の服の裾を掴む。
「ただ現世に出すだけだとそれこそ天狗の標的になる。酒呑童子と稲荷、あと海にも伝えてそこで匿った方がいい。童子屋敷なら地下牢を使わなくても結構な人数が入る。」
「なら、あいつ等にも連絡入れろ。」
開けたままのふすまから鬼頭が入ってくる。
「学校は?」
「外を見ろ。消防から帰宅困難になる前に生徒を帰すよう言われてな。あいつ等は今風呂だ。ヒュメルディー達が使っている洋館の周りはあいつ等が結界を張ってる。日本の物とは違う。ジョルマの力も借りれば万全だろう。」
魔女とはどこまでのことができるのか不思議である。
すぐに狐に茨木童子、多々良、狼人間が集まり事情を話す。
「わかりました。協力しましょう。」
「こっちからは消火隊を送るよ。」
この中で同盟ではない酒呑童子一門と海洋妖怪。拒まれたら妖怪を全員横丁から出すことができなかっただろう。
「よろしく、洋館には鬼頭とジョルマ、小鳥が行って」
「俺も行くのかよ?」
「もし、これが搖動で狙いが現世に出てきた妖怪だったらまずい。横丁なら祖父ちゃんもある程度動ける。」
実は銀虎、あまり一門の敷地を出ることができない。直ぐに戻って来れるところならまだしも遠くには行くことは難しい。それは貉組の長になると決まっている銀虎の留守を狙って他の組、他の一門が攻撃を仕掛けてくる可能性があるのだ。それが無いように銀虎は鬼頭や乙女が残っているとき以外は外出を控えている。
「索冥と太白に結界の強化を命じてあるからな。入り口付近ならいられるじゃろ。稲荷の方も結界は強めておけ」
「はい。」
イズナが頷く。
「横丁にはもう知らせてある。入り口をいくつか開いて迅速に避難を完了させてくれ。」
白灯の言葉に皆が散る。
蔵には直接入り口を開き付喪神たちが直接入ってくる。一門内に犬神の元長が一番に火車によって運ばれてくる。それに続き、湖の近くにいた妖怪たちも出てくる。
稲荷には小さな妖怪たちが集まっていく。敷地が一番狭いための処置だ。体の大きな者は海や童子屋敷に行くよう伝えている。
花町を中心に遊女や若い衆たちが洋館に急ぐ。お互いを不思議なものを見る目になってしまうのは仕方がない。
日が暮れてしばらく、避難はほとんど終わった。一門の中ではギギ達がおにぎりを作って妖怪に配っていた。
一門の近くで多々良に呼ばれてきた海洋妖怪が待機している。
「乙女と河村、雪男もこっちに入ってくれ。あと、悪いんだけど火車もいいか?」
「もちろんです。」
せっかく再建された横丁を壊れるわけにはいかない。できるだけ火が来る前に止めなくては、消火隊と共に白灯と銀虎は横丁に入る。
天狗が化猫一門に近づいているという報告は今のところない。
横丁はすっかり閑散としていた。誰もいないのだから仕方ない。
「火車は悪いんだけと誰も残っていないか見てきてくれ。」
「了解です!」
そういって荷台を引いて走って行った。
「じゃあ、私は上から様子を見てくるです。」
乙女についてきた空が傘を広げ宙へ跳ぶ。
「時間までしばらくある。様子を見ながら待機だな。」
白灯たちも横丁内を見て回る。
時計を確かめながら歩き回るも天狗の来る気配はまだない。だが、
「誰だ⁉」
隠れてはいない。だが、目の前に突然現れた人物に龍刀をむけるとあっさり両手を上げ持っていた札をぱらぱら落とす。
「陽一?」
「……寿命が縮んじゃったじゃんか…」
冷や汗をぬぐいながら陽一は言った。刀を納め、何故ここに居るのか聞くと
「現世にほとんどの妖怪が出てきているって連絡が有って今、陰陽師も人手不足だから、修業中の俺もこうして駆り出されちゃったんだよね。」
その言葉に白灯は急いで聞き返す。
「他の陰陽師も横丁にいるのか⁉」
「いや、ここに入れるのは妖怪だけだから、人間の彼らは入れない。だから俺がいるんだ。」
陰陽師の阿部家と言えば阿部清明から続く家。本家といくつかの限られた分家のみが阿部の名を名乗っているが清明の母・妖狐の血を強くひいているのは本家のみ、そのためごく限られた陰陽師だけは妖怪横丁に入る事が出来るのだとギギに以前説明を受けていた。
「お前、本家の人間だったのか…」
「いや、正確には本家から見放されて分家の養子に入ってるんだ。」
「じゃあなんで?」
そう聞くと切なく笑って説明してくれた。
本家だった陽一の母は何者かに襲われ子供を妊娠、父親が結婚したばかりの夫なのか、襲って来た人物なのか解らないまま出産。だが、産まれた子供は父親はおろか母親にも似ていないと言うことから産まれてすぐに分家の養子に出されたらしい。
だが、成長するにつれその力は本家の陰陽師を超える者であった。妖力を巧みに操り、その姿はまさに
「清明の再来なんていわれてね。今じゃ、ちやほやされてるよ。俺は俺で居たいんだけどな。」
虎太郎の時と話が似ている。そう思いながら
「俺はそういうのよくわからないけど、陽一が替わりたくないと思うんならそのままでいればいいと思うよ。」
そういうと少し驚いたという顔をするも
「ありがとう!」
と言って抱きつかれてしまった。ギギが初めて会ったときに見習いレベルだろうと言っていたがそれは力を巧妙にコントロールして抑えていた結果。妖怪にも気付かれないほどの能力を持っているというあかしだろう。なのだが、
「うぎゃっ!」
すこしマヌケな性格はそのままのようだ。
「おっと、こんなところに人がいるとは思わなかったです。」
乙女が陽一の上に着地したのだ。いきなり重くなったからだろう陽一は尻餅をついて倒れてしまった。抱き上げられた空をおろし、乙女は白灯の隣りに立つ。
「……で、どうだった?」
「はい。避難は完了です。ですが天狗の気配は全くです。」
「…そういえば、なんでこんな大がかりなことしてんの?」
陽一がここに来た理由を思いだし説明する。
「天道がな…。で、こうなったわけね。」
殺風景な横丁を見て言う。そこに火車に乗った河村は走ってくる。
「天狗が着たッス!」
白灯は時計を確認する。
「まだ早いだろ!」
「ここじゃなくって、一門にッス!」
それを聞き走ってくる火車に飛び乗る。
「乙女はそのままここで待機だ。天狗が来たら海のやつらと協力して消火と捕獲を頼む!」
「了解です!」
と、乙女は返事をするも隣にいる人間を見て溜息を着く。
「何でお前は残ってるですか?」
陽一は一瞬のことに何があったか解らず唖然としていた。
「いや、これは不可抗力だから」
とぼとぼと歩きだす。
白灯は入り口に戻ってきた。
「祖父ちゃんは⁉」
「先に行っておる!」
卵が待っていてくれたようだ。急いで入り口を通り一門に戻るもそこでは
「天道満を拘束した。今から城に戻る。」
と無線のようにも見える木板が話しかけているところであった。天道の部屋がある位置の屋根には大きな穴が開いている。天道もグッタリとしていて動かない。
「待て!」
白灯は叫ぶも無視され飛んで行ってしまった。
「索冥と太白は何しておる!」
その声にギギが飛んでくる。
「申し訳ありません。術式か何かを掛けられたようで、ですが他の妖怪たちは無事です。何故、天道だけ…」
「とにかく結界の補強じゃ。色龍会にも報告を上げて置け」
そういうと横丁の入り口に入ろうとしていた。
「祖父ちゃん! 俺より先に来てたんだろ。なんで見てただけなんだよ。天道が連れてかれたんだぞ!」
「解っておる。だが、本人も解っていたことだ。鬼頭のコウモリに後を負わせておる。これで天狗の住み家も解るだろう。その間、横丁を守るのが先決じゃわい。」
卵を抱えている手に力が入る。
「絶対に居場所がわかったら助けに行くんだな。」
「当たり前じゃ。わしの一門からガキを連れ去ってったんじゃ。その落とし前はきっちり返してもらわんとな。」
銀虎の頭に雉虎柄の耳が見える。するとだんだんその姿を四足歩行の大きな猫に変わって行った。
「銀虎も久々に本気出すようじゃな。」
白灯の腕から卵が抜け、その後を追って行った。
横丁に戻るとそこは土砂降りであった。近くで座っている河村と空に声をかける。
「なにこれ?」
「事前消火ッス。みんなで先に建物を濡らして置けば火の周りが遅くなるって話になったんス。それで」
「ああ、なるほど。乙女に任せて正解だったな。」
雨の中を進む。すると近くの木の根元に銀虎と卵が座っていた。いきり立ってきたのだがこの雨では何もできない。それが猫だ。
数分して止んだ雨。それからしばらく待ったものの、日付が変わり、朝日が昇って来ても天狗は来なかった。
「天道のことがあり、向こうは作戦を替えたのかもしれんな。」
「そうだね。みんなを横丁に戻そう。いつまでも現世じゃ慣れてないやつらの体に悪い。」
現世と横丁の妖気は海や童子屋敷ほどではないが強い。そこが慣れている妖怪からすると現世は息もしにくいだろう。
遅い朝食もそこそこに海外妖怪の洋館から戻った鬼頭とジョルマに様子を聞く。
「天道はどうしてる?」
ジョルマが水晶を覗いている。
「牢屋に入れられているみたいね。なんか手足と首につけられているけど、なにかしら?」
鎖以外につけられているそれは天眼石や虎太郎の使った首輪とはまた違うものだろう。
「また脱走されたら面倒だからな。ここから出ると吹っ飛ぶようにしているみたいだな。」
「なら、早く助けに行かないと、天道が気付かない可能性もある。」
だが、それを鬼頭に止められる。
「まあ、待て、あいつもそこまでバカじゃない。それにお前一睡もしてないだろ。半妖なんだからその辺はしっかりしろ。」
「小鳥の次は俺かよ…。」
そういいながら白灯は自室に戻る。鬼頭はどういう意味か解らないという顔をするためジョルマが
「過保護だって言ってんのよ。私も寝るから、ヴィラドも仮眠ぐらい取りなさいよ。半分しか吸血鬼じゃないんだから」
楽しそうに笑いながらそういって朝食の席を離れた。
白灯は天道のことが気になり結局昼過ぎには目が覚めてしまった。
「白灯起きた。」
「白灯学校サボり。」
「仕方ないだろ。それよりお前らもサボりだろ。」
そういうと首を横に振る。
「怪我した。」
「だからお休み」
そういう真子と人子の手首には包帯が見える。
「どうしたんだこれ⁉」
そういって袖をめくる。
「天道見てたらドーンって」
「天井ドーンって」
天道が連れて行かれた時に部屋にいたようだ。だが、一門のみんなは術式に合っていたと言っていた。
「お前ら動けたのか?」
頷いて答える。白灯はベッドから出て天道の部屋に向かう。
廊下まで室内の物が飛んできていた。ふすまも壊れ、天井も無い。
「戻ってくる前に修理終わるかな。」
そうつぶやきながら部屋を見渡す。歩き出すと紙を踏みつけてしまった。それを拾い上げると『白灯さんへ』という封筒であった。中を開け確認すると手紙が一枚。
『この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。このご恩は一生忘れません。短い間でしたがお世話になりました。』
短くかかれた手紙の字は震えていた。ペットボトルもまともに持てないのに、無理をして書いたのだろう。そして手紙の一番下には『追って来ないでください。』と小さく書かれていた。
「追ってくんなって言うんだったらこんな手紙書いてんじゃねえよ。」
紙がグシャッと音を立てる。
白灯は部屋に戻り着替えて腰に刀を射した。
「気が早いんじゃ。」
開けっ放しとなっていたドアから銀虎が入ってくる。
「でも、あいつが待ってんだ。助けに行かないと」
「解っておる。わしは横丁とのことがある。毎度のことだが行けぬ。ギギや鬼頭を連れて行って来い。こっちはなんとかなる。」
そういうと銀虎の背後からギギ、鬼頭、そして乙女たちが顔を出す。
天狗の城天空城は童子屋敷もある地獄と現世の間にある。
「俺も手伝うよ。」
横丁から乙女とともに戻ってきた陽一も準備万端といった様子であった。
童子屋敷を経由して天空城へ行くことになったが屋敷に入ってから一番に目に入ったのはなぜかジョルマ。
「何してんの?」
「だって、置いてくんだもん。だから、こいつらも連れてきた。」
ジョルマの後ろから数人の狼人間が出てくる。
「ヒュメルディーはどうした?」
「陰湿吸血鬼なら洋館に残ったわよ。あれほど天狗を目の敵、みたいに言っていた割にこういう時参加しないって変な話よね。」
背後の狼人間も頷く。
「これで全員か?」
奥から酒呑童子と茨木童子が出てきた。
「ああ、でも、地獄の手前なんて行けるの?」
「途中の道に出なければいい。城に入ってからも敷地の外にでなければいい。簡単な話だろ。」
にやりと笑う酒呑童子だが
「簡単な話過ぎて逆に心配だよ。なんで出れないんだ。天狗は普通に通れるのだろ?」
「天狗はな、だがアレは外道だ。道を外した存在、道を外すと輪廻の輪からも外れて元の世界にも、どこの世界にも行けなくなる。」
仏教の教えでは死後七日目に三途の川を渡る。死んだその日を一日目として四九日かけ七人の神の裁判を七日置きに行う。それにより生前の罪に合わせ六道輪廻のどの世界に行くのかが決まる。この六道の世界に行けない死んだ山伏が道を外れ天狗になるのだという。六道のうちの一つ、地獄道に隣接してあるのが多くの獄卒も混ざっている童子屋敷なのだ。
「入り口も無く始めてここに来たときはいくしま童子に案内されてきたんだろ。あれも道を外れないためだ。」
なるほど、と白灯は納得する。現在屋敷と一門は横丁への道のように入り口で簡単につながることができる。
「じゃあ、ジョルマ達はどうやってきたの?」
「細かいことは気にしないで、それよりも天道ったらピクリとも動かないせいでさっき牢屋から出されてね。処刑台になんか運ばれちゃってるから早く出発した方がいいわよ。」
そんな一大事をさらっと言わないでほしい。
「鬼頭、場所はわかってんだな?」
「ああ、天狗の住処なんてあんなちょくちょく場所の変わるもん、追跡する身にもなってほしいぜ。」
と言いながらも一匹のコウモリが体から分離する。
天狗の城は亡者をせき止める役目がある。脱走する亡者は時期によって通る場所がなぜか代わるらしい。そのため城も場所をかえて対処しているのだという。
「こいつの向いている方向の先に天空城はある。道は酒呑童子に任せる。」
「じゃあ、こっちだな。逸れんなよ。」
そういって歩き出すのについていく。
その頃横丁では火事により多くの妖怪が現世に逃げ出してきていた。
「落ち着いたと思ったらもう来よったんか。」
「小鳥ちゃんは真子たちと奥に隠れてなさい。」
銀虎とセンリが大きな猫の姿で天狗に襲い掛かる。錫杖で追い払われるもそれを爪で斬り、天狗に牙をむける。
「索冥と太白はまだか⁉」
「今行きます!」
二人のそろった声とともに大きな人間が姿を現す。妖怪の混ざった二人は短時間であればその力を強めより強い結界を張ることができる。
二人が合唱のポーズを取ると同時に天狗は何かに押されるように一門の外へ飛んで行った。
「しばらくはこれで持つじゃろ。横丁の消火隊はどうじゃ?」
「火はもう消えた。でも、天狗には逃げられた。」
雪男が報告にくる。
「被害は抑えた。まあ、良しとしよう。センリ、稲荷の状況を見てきてくれ。向こうも大変じゃろうからな。いくら天狐の長といえどまだ未熟じゃ。」
「そうですね。」
そういってセンリは山猫の姿で宙を蹴って飛んでいく。
童子屋敷を出てしばらく歩き続けるもこれと言って風景が変わるわけではないためどの程度進んだかは白灯たちにはよくわかっていない。
「陽一、具合悪かったりしないか?」
「え、ああ、問題ないよ。雲の上よりこっちの方が体はなじみやすい。」
「陰陽師がそれでいいんスか?」
白灯と陽一、河村が並んで話し出す。
「もともと天界になんて陰陽師は用事無いからね。どちらかっていうと滅した亡者を地獄に届けることもあるし、こっちの方が本能的に慣れているのかも」
つまり、行き方は知らないが地獄に行くこともあると言うことだろうか。
そんな話をしていると酒呑童子に肩を叩かれた。
「横丁が天狗に襲われたらしい。鎮火はしたが屋敷や海に行った連中以外は現世で待ち伏せていた天狗に捕獲されたみたいだ。何とかそっちの長が天狗を追っ払ってるみたいだがな。」
木板を携帯電話のように扱う。
「そう、ならいいんだけど、ところで、それってどういう仕組み?」
木板を覗き込むながら聞く。
「俺とあいつの愛でつながるんだよ。」
「天狗も使ってたよ。」
真顔で冷たく返す。そこに鬼頭が
「お互いの血を雑ぜてしみこませたもんだよ。世界でも使われている方法で血の交わりがお互いの血に声を届ける。血液は体中を回っているから骨振動で鼓膜に届いて聞こえるんだ。昔は理論も知らずに使ってるやつらも多かったからさっきの酒呑童子みたいに耳に当てる癖のあるやつもいる。」
「悪かったな。」
そういって懐に木板をしまう。
「携帯はここや横丁では使えないからなアレが今でも使われてるよ。」
「電波無いもんね。」
するとコウモリが突然暴れ出す。
「どうしたんだ?」
「城が近いな。天道の様子はどうだ?」
ジョルマに聞く。
「処刑台に括り付けられているけど今のところを変化ないわ。首輪はないけど」
水晶を見ると人柱のように一本木に縛られているのが見える。
「場所は解るか?」
「そうね。真っ暗だから室内っぽいけど松明の明るさしかないから解らないわ。でも近くに天狗の姿はないみたい。」
「なら、とっとと乗り込んじまおう。ほとんどが現世で妖怪を狩ってるのかもしれねえからな。」
酒呑童子が急ぎ足になるのについて行く。
しばらくして到着したのはまるで平安時代の貴族の屋敷のようなところであった。そこに隣接するように石造りの建物が背後にある。
「タイムスリップした気分。」
「白灯からするとそうだろうね。でも俺達からすると懐かしい建物だよ。」
と園良がいう。ああ、こいつの年齢も解らなくなった。もう百年単位を乗り越え千年以上前だ。
建物は『天空城』というだけに宙に浮いているのかと思ったがそういうわけでもなくちゃんと地面がある。
門番の天狗を気絶させ、ジョルマが取り出したロープで縛り動けないようにした。
「がらがらだね。」
陽一が見渡しながらいう。
「ああ、今のうちだな。」
「待て!」
突然の声に白灯はジョルマを見る。だが声の主は彼女ではない。
「ここじゃ」
そういって出てきた場所はジョルマの帽子の中だった。
「そんなとこで何してんだよ。いないと思ったんだよな。」
「お前がわしから離れるのが悪い。」
卵がぷんすかぷんすかしながら白灯の肩に乗り移るも、その背中には
「こいつのせいで肩コリじゃ!」
鵺が乗っていた。さらにその上にジョルマの水晶玉が乗っているため大中小の三段団子が乗っているようだ。よくそれが帽子の中に納まっていた。肩こりを起こしそうなのはジョルマのほうだ。
「何でまた鵺まできてんだよ?」
「知らん!」
機嫌の直らない卵のため乙女に鵺を渡す。だが、それはすぐに河村にパスされる。鵺も満足げにその頭の顎を乗せる。
「まあ、河村に何かあったら鵺頑張れよ。」
というと耳を劈くような声で鳴く。
「最近鳴けるようになってうるさいです。」
乙女は一足先に城に入っていく。それを追って白灯たちも城に入る。
しばらく廊下を進むも天狗に出くわすことは無く、気配もない。
「逆におかしいね。」
獏が部屋を確認しながらいう。
「そうだな。三手に別れよう。鬼頭とジョルマ達は外の石造りのよくわからないやつ見てきてくれ。何かあったらコウモリ飛ばして、この中は酒呑童子と俺の二手にわかれて見よう。酒呑童子には獏と園良、乙女が、俺の方には河村と陽一、ギギが着く。何かあったら知らせてくれ、こっちは鵺を鳴かせる。
「じゃあ、雨を降らすです。」
「オッケー。先に上から見てくるわ。」
そういうとジョルマがほうきを取り出し跨ると飛んで行った。その後を鬼頭と狼人間がおっていく。
城の中を東西に分かれて散策に入る。
白灯たち西側はどうやら私室なのか客室なのか解らないが着替え途中の着物が乱雑に散らばっていたり、筆や紙、おもちゃが転がっていたりする部屋を散策していた。
「ねえ」
陽一が着物から何かをつまみだす。
「これって、蜘蛛の糸だよね。なんでここに?」
まさかこれもまた女郎蜘蛛の仕業か。だが、天狗たちに操られている様子はなかった。天道にも蜘蛛はついていなかった。
違う部屋を見る。女だろうか長い白髪が何本か落ちている部屋や短い黒髪が落ちている部屋もあった。
「なんか探偵見たいッスね!」
「そんなこと言っている暇があるんなら何か見つけてくれ。」
ギギが黒髪の見つかった部屋の押し入れを開ける。
「これは……!」
雑に置かれた服を持ち上げる。
「あれ、それってこの前虎太郎が来てたのと同じ物じゃないッスか?」
白灯が近づき受け取る。
「俺にもそう見える。」
「虎太郎?」
陽一が聞き返す。
「ほら、対戦中に審判らしきことをしていた人狼だよ。」
対戦を観戦しているが試合のインパクトがありすぎてよ陽一の記憶から抜けているようだ。
「そいつが今回のことにからんでるの?」
「でも、天狗がお尋ね者の虎太郎を自ら城に置くッスか?」
「鬼頭の話だと、吸血鬼を人狼が襲ったときに天狗が手を貸していたって話だ。」
宝玉とのかかわりを臭わせる虎太郎。それを陰陽師同様その動向を追っている天狗が身近に置くことが不思議でならない。だが、この生活感のある部屋からして共存していたのは確かである。
「女郎蜘蛛といい、虎太郎といい、ここで何をしていたんでしょうか。宝玉とのかかわりもよくわかんないのに、厄介ですね。」
白灯はギギと向かい合い話をしている。
「ん?」
陽一が白灯の持っている服を掴む。
「この匂い……」
何か思い当たるという顔をする。
「どうした?」
「いや、なんか、嗅いだことあった気がして、なんだろう。母さんが持ってた物な気がする。」
ここで陰陽師とのかかわりが出てくると本当に厄介なのだが
「気のせいかな。」
と簡単に捨てた。次の部屋、次の部屋と見て回る。奥に行けばいくほど重要な天狗の部屋なのか整頓され、調度品も飾られている。
「ここ、天道の部屋じゃないッスか?」
本棚を見ると中学の一年の時に使っていたという教科書が並んでいる。机には見覚えのあるストラップのついた携帯。陽一からもらった物だ。つまりは天道の携帯の可能性も高い。
河村が教科書を一冊取って名前を確認する。
「あれ、でも天道は天道ッスけど、名前がちがうッス。」
そこには天道靜と修正機で書き直されていた。
「どういうことだ?」
天道が天狗を止めることと何か関わりがあるのだろうか。そこに
「他人の部屋をぶっじょくするとはいい趣味だな。」
とふすまの先に誰かが立っていた。
乙女たちは執務室だろうところを見つけるも特に何か見つけることもできず途方に暮れていた。
「どうしたもんですかね。」
「園良何してんの?」
獏が薄れていく園良を見て聞く。
「ん、この下に何か空間があるみたいなんだけど、階段が長くてね。」
「下?」
酒呑童子が畳を剥す。するとそこには扉のような物があった。
「地下と言えば牢屋ですかね?」
「暗いところに居るみたいだし天道を探すんならこの中もだね。」
と、言うことで入ってみることにした酒呑童子たち。
階段を下り始めてしばらくすっかり暗くなってしまった。夜目の効く妖怪だがその妖怪ですら見えづらい闇。
「どこまで続くんですか?」
「もう少し行くと床があるみたい。でも真っ暗で…あ、灯りが見える。」
「ばれないように容姿見てこい。」
すっかり園良の姿が消えた。全身煙となって様子を見に行っているようだ。
乙女たちもようやく床に足を着ける。
「何かいるみたいだけど、気配は寝てるよね。」
「その独特の表現、意味わからないです。」
乙女が先導して灯りに向かうと
「ストップ!」
と、園良が出てきた。
「何があったんですか?」
「天道いた?」
「居ないけどあれはやばいよ!」
園良があわてるのは珍しい。乙女は部屋を覗く。すると
「ヤバいです。引き返して白灯さん達に知らせるです。」
だが、
「あの女!」
同じように覗いた酒呑童子が出ていこうとするもそれを止める。
「女郎蜘蛛を目の敵に思うのは解りますが今はこのことを知らせるのが最優先です!」
その言葉に酒吞天童子は動きを止め冷静になろうと座り込んだ。
「雨を降らせます。」
とはいうものの地下室のため雨が降っているかは解らない。
その頃鬼頭は出くわした虎太郎と剣と爪を交わらせていた。
「また会えるとは思わなかったよ。」
「あの時の借り、きっちりかえしてやんよ!」
争奪戦ではまさか虎太郎が乱入してくるとは思わず油断していたという鬼頭だが、しばらく動けない体にされたのは確かだ。力は互角か、虎太郎の方が上だろう。
「ジョルマは天道を連れて一門に帰ってろ!」
「え⁉」
今現在暗い石造りの壁の向こうで天道の一番近くにいるジョルマ、その縄をほどいている。だが、そんなジョルマを狼や人狼が襲う。それを邪魔されないよう狼人間が薙ぎ払っているのだから可笑しな光景だ。
「でも、あたしが抜けてあんたどうするのよ!」
「すぐに戻ってこい。五分ならもつ!」
「無理言わないでよね!」
救助した天道をほうきに乗せジョルマは飛び出す。
「三分で戻るわよ!」
空中にジョルマが開けた時空の穴に入っていく。この穴は横丁の入り口とは違い時間をも移動できる。だが元いた時間に正確に戻るにはそれなりの技術と経験、そして魔力が必要なのだ。ジョルマは魔女界では一・二を争う天才魔女なのだ。こう見て、
ジョルマは急いで一門に戻る。
だが、そこで見たのは天狗と大猫の争いだった。
「ジョルマさん!」
小鳥が家の奥にあたる墓の近くの小屋から出てくる。
「どういうこと?」
そこにはボロボロの索冥と太白、真子たちが居た。
「一門全体を囲うには私達の力が持ちません。戦えない者たちはここに匿っているんです。」
「ヴィラド達は⁉」
小鳥が心配気に聞く。
「その前にこいつ。」
天道をほうきから下す。
「あいつなら大丈夫よ。私もすぐ戻らないといけないの。」
そういって小屋の戸を閉めた。再びほうきに跨り戻る。
鬼頭はジョルマが居なくなった事で体中に傷が増えていた。
「あの子に守ってもらってたの?」
「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえ!」
剣を突きつけるもそれは簡単に折られてしまった。折れた剣はコウモリとなって鬼頭の手元に戻る。
「便利だねそれ、でも、その子達も随分ボロボロだよ。」
生きた剣なのだ。コウモリたちは鬼頭が虎太郎の攻撃を防ぐ度に傷ついて行く。だが、このコウモリも鬼頭の一部。鬼頭本人にもダメージが出ている。動きの鈍って来たコウモリは剣の形に戻るのが遅い。その間に虎太郎の牙が鬼頭の首を狙う。
「危ない!」
間一髪と言ったところだろうか、ジョルマのほうきが虎太郎の口に銜え込まれる。
「小鳥ちゃんが心配してたわよ。」
その言葉に鬼頭のコウモリが動き出す。ジョルマのほうきがミシミシ音を立て折れそうだ。
「早く帰って安心させてあげなさい!」
ほうきが折れるのと同時に鬼頭は虎太郎の口目がけ剣と突き刺した。刺された体は地面に倒れ込む。だが、虎太郎の体は黒い煙を上げ、灰となって消えた。
「酷いな。口の中普通刺す?」
天道が括り付けられていた柱に虎太郎が立つ。
「お前達、撤収だ。」
人狼たちが狼人間から離れていく。
「もうここには用はない。またね。」
そういって姿を消した。茫然と虎太郎の居たところを眺めていると
「ヒィーヒィー!」
鵺の鳴き声が響いた。
「白灯たちか!」
ジョルマは持っていた折れたほうきを捨て、新しい物を取り出すと鬼頭を連れて鵺の声がする方向に向かう。。
白灯は龍刀を抜き、ギギも愛刀を構え相手の錫杖と交戦していた。時々陽一の札が飛んでくるが大天狗には効果がない様子であった。
「卵!」
刀に卵を入れる。重みのある刀を振り回すのはきついが細い刀では折れる可能性がある。
天道の部屋から押し出され庭に出る。そこでは雨が降っていた。乙女たちの方でも何かあったのだろうと考えるも助けに行ける状況ではない。
「二人は乙女たちの方へ行け!」
「ダメッス。大天狗に二人でなんて、俺を入れるッス!」
河村が突然言い出したことだが何か考えがあるのかと卵を出す。
「何をしておる!」
「河村!」
「はいッス!」
河村が卵に変わって刀に入る。すると重みはないがとても丈夫そうな刀と小手が現れた。
小手で錫杖をガードしながら刀で攻撃する。
「河村が役に立ってますね。」
「ああ、これなら!」
錫杖の先端を切り飛ばす、ギギも刀が脇腹に入る。
「うぐっ」
苦しそうな声を上げる。大天狗はギギを素手で投げ飛ばした。その動きで胸に蜘蛛の痣があるのが確認できた。
だが、酒呑童子の時は満月が蜘蛛を追い払ってくれた。今の白灯にその方法を知る由はない。
『なに、弱気になってる。』
突然の声に体の中に感じる存在に気付く。
「満、月……!」
『ごちゃごちゃ考えるな。守りたいものが待ってんだろ。』
その言葉に背中を押される。刀から河村を出す。
「え?」
本人は出されたことに驚いているが今は目の前の大天狗だ。
刀をまっすぐその胸に突き刺し、抜いた。血は出ることなく、刀には蜘蛛が刺さっていた。
「白灯!」
ジョルマと鬼頭が下りてくる。
「一人でやったのか?」
「いや、今回は河村のお手柄だ。」
そんな風には見えない。そんな視線を送る鬼頭。
「それより乙女たちだ。行こう。」
襲いで東に向かう。
一室の床畳がが剥されていることからここだろうと入っていく。
長い階段を下りきると乙女たちが居た。
「この先の部屋に女郎蜘蛛と白髪の女がいるんです。もしかして宝玉なんてことは…」
上の部屋に合った着物の持ち主だろうか。そう思い部屋を覗く。
中では女郎蜘蛛が白灯たちに背を向けた女性に必死に話しかけている様子だった。
「ずっとああなのか?」
「はい。こっちにも気付かないぐらいなので相当あの女が大事何ですよ。きっと」
水を渡したり食べ物を食べさせたり、確かに大事なのだろうが相手の白髪の女は全く微動だにしない。まるで寝ているか死んでいるようだ。
「油断しているだろうから今のうちだ。酒呑童子と俺で行く。鬼頭は下がってていいから、園良と獏はあの人が何かしてきたときはお願い。そうだ、天道は?」
ここに居ないと言うことはどこだろうか。
「天道ならもう見つけて一門に連れて行ったわ。じゃなかったらヴィラドがなんでこんなにボロボロなのよ。」
確かにそうだった。
「じゃあ、ジョルマとギギで入り口見張ってて天狗がこのスペースに入ってきたら動きにくい。」
「わかりました。」
ジョルマのほうきに二人跨り階段を上って行った。
「俺は右から行くから左から回って、あの女が捕まっているのか仲間なのか解らないから今はまだ何もしないで」
「わかった。」
そういうことで白灯は女郎蜘蛛の正面に身をかがめて回る。園良の煙で隠れたその姿は確認しにくい。
白灯が先に女郎蜘蛛に向かって走り出す。女郎蜘蛛は驚き立ち上がるもそれを背後から酒呑童子に刺される。
「お前らっ、うっ…!」
「これで恩は返したぜ!」
皮肉に顔をゆがませる。刀を抜かれた女郎蜘蛛は血を流し倒れた。
園良が煙で押さえつけていた白髪の女だが目の前で女郎蜘蛛が死んだにも関わらずピクリとも動かない。女郎蜘蛛が死んだのことを園良が確認した。
「この人、どっかで……」
顔を覗き込むと鬼頭やジョルマほどではないが若い女性だった。
「え…」
「嘘…」
「マジっすか?」
園良に獏、河村までも驚いた顔をしている。
「空音、先生……?」
乙女が近づき顔を確認する。
「空音先生って天子ちゃんのお母さん…」
行方不明になってからずっとここに居たのか。それとも度々移動していたのか解らないがその顔には全く覇気がない。死んではいないが瞬きする目に白灯たちは移っていない。
そこに
「白灯様、天狗が戻ってきました!」
ギギの声であった。酒呑童子が空音を抱え階段を駆け上がる。
一階に戻ると目の前に大天狗が居た。
「迷惑をかけた。」
先ほどとは雰囲気が違う様子であった。
「女郎蜘蛛が死んだことで糸が解けたんスかね?」
河村が小さな声で言う。
「いや、操られていたのは大天狗だけだろ。ほかの天狗はそれに従ってたに過ぎない。」
そういうと大天狗は膝を着いて
「その通り、今回の件、せがれともども迷惑をかけ申し訳なかった。目が覚めこいつらに命令した記憶の無い部分が多くあることに気付いた。あの女狐と協力などしなければこんな事にはならなかったのだが…」
他の天狗も頭を下げる。
「宝玉のこと教えてくれないか。あと、この人のことも」
宝玉が天空城に来たのは約二年前のことだという。突然共に妖怪を滅ぼそうと言い出したのだという。そこから妖怪を徐々に排除していくよりも一気に殲滅した方が有効だという話になり、まずは化狐と化猫の妖怪が人間として通うことになる中学に同じ年ごとの天狗を入学させることから始まった。
その後貉組の長の話が出たため化猫に潜入させるため次期長に接触させる。入りたいといえば簡単に入れる一門だ。潜入は簡単なはずだったがなかなかうまくいかなかった。そこで同じ中学生としている天道に任せたところなぜか一門に入れたことに驚いたのだという。そこからは天道に逐一報告させ期を伺っていたのだという。
だが、天道がだんだんと報告を怠るようになったため問い詰めると一門の雰囲気に飲まれていたことに怒りすぐに戻ってくるよう言うも反対された。それにより力ずくで抑えるも逃げられたのだという。作戦は漏れ出している。そのため横丁襲撃を延期し、天道の捕獲を先にした。そうすれば天道を追ってくるだろうと思ったのだという。
もちろんその通りに白灯たちが動くためその隙に横丁を攻撃、化猫一門にも攻撃する理由と機会が出来たためこの際一掃してしまおうとするも失敗。
こうして白灯たちに助けられている状況のようだ。
空音に関しては宝玉が連れてきてからずっとあの様子で世話係の女郎蜘蛛と虎太郎以外は一階で長い白髪が見つかった彼女の部屋には入れず、何故連れてこられたのかなど知っている者はいなかった。
白灯たちは一門に戻った。空音を寝かせ乙女と小鳥が天子に伝えに向かった。
家の中を見渡す白灯だが溜息しか出ない。雪の積もった庭にはふすまやら窓やら畳やら、家財道具が飛び出している。家の中も天井が壊れ、雪が積もっている。その中、雪男が雪だるまを一人作っていた。
「何があったの?」
「銀虎が本気出したんじゃろ。センリ、温い酒を出してくれするめもな。」
そういわれたセンリも少し怪我をしている様子であった。
「まあ、稲荷は結界が強いから天子ちゃん達は無事でしょうからそんなそわそわしてないで、みんなにお茶配って来て頂戴。」
台所で渡された大量の湯呑を持って怪我人のいる部屋に向かう。今日もウサギは大活躍である。
湯呑を渡し切り、台所に戻ろうとすると玄関が勢い良く開いた。
「大変です!」
「天子たちがいないの!」
白灯は急いで靴を履き稲荷神社に走る。
神社には人っ子一人、妖怪一匹いない。
稲沢家に向かう。
「天子ちゃん?」
声をかけるも狐一匹出てこない。靴を脱いで上がり部屋の中を確かめるも友孤も愛孤も聖狐もいない。
「どうなってんだ?」
一度様子を見に来ているセンリに話を聞くため家に帰る。
「祖母ちゃん!」
「はあい?」
エプロンで手を拭きながら台所から出てくる。
「稲荷に誰もいないんだけど⁉」
「そんなことないわ。あたしが行ったときにはみんな結界を張るのに忙しそうにしていたもの。天子ちゃんも頑張っていたわよ。」
「どうした?」
奥から銀虎も出てくる。
「稲荷が物家の空なんだよ!」
化猫一門総出で稲荷へ行くもやはりそこには狐はいなかった。