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化猫一門  作者: くるねこ
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海外妖怪の迎え

  海外妖怪の迎え


 残暑通り過ぎた秋の頃、妖怪横丁では宴会騒ぎが夜通し行われていた。横丁の再建で離れた妖怪も戻り花町も大盛況。化猫一門は横丁の奪還に大いに貢献したと言うことで招待され、銀虎と卵はただ酒にありついている。

 再建開始当初は酒呑童子に嫌悪していた連中も再成が進むにつれその嫌悪も薄れ今では酒を進めている様子。

「悪いな。禁酒してんだ。」

「今日ぐらいいいじゃないですか。」

「そうですよ。茨木童子さんもいませんし」

「でもな…」

何てやっている。

 白灯は酒呑童子が席を離れたのを見て追いかけた。

「どうした?」

声を掛けようとしたら逆に声を掛けられてしまった。

「いや、でもいろいろとありがとう。って言ってなかったから」

「何の話だ?」

開いた部屋に入る。窓のちょっとした段差に腰を掛ける。窓の外には提灯の明かりがいくつも見える。一階や隣の部屋、いたるところでどんちゃん騒ぎの声が聞こえる。

「特訓とか合戦に加勢にも着てくれたし」

「俺はなんもしてねえよ。それにお礼を言われることもしてねえ。それにそっちには迷惑かけっぱなしだからな。」

持ち運びできる煙草盆を広げ煙管を咥える。

「なあ、兄弟。この世界をどう思う?」

月を眺め煙管をふかす隻眼の鬼とはどこかの絵から出てきたような姿だ。

「さあな。でも、面白いところだとは思うよ。ここに来てよかった。あのまま人間でいたらつまらない人生だったよ。そうだろ、兄弟。」

笑いながらそういうと、部屋に卵が入って来た。

「お前らも飲め!」

といて酒を置くとコロコロ転がって行ってしまった。

「何やってんだあいつ?」

そういいながら徳利と二つのお猪口の乗った盆を引き寄せる。

 お猪口を持ち、酒を入れると白灯と酒呑童子は腕を交わらせ一気に喉の奥に流し込んだ。

「辛っ!」

そういうと笑われた。


 時間を忘れて飲んでいるともう朝が近づいていた。

「おい、そろそろ帰ってこい。朝飯だぞ。」

鬼頭が迎えに来た。

「ここに泊まるからよい。」

「そうじゃ、そうじゃ」

「もう朝なんだよ。」

鬼頭に気付き白灯だけが帰り支度をする。鬼頭もあがり、銀虎を担ぐ

「まだ飲みたいんじゃ!」

「センリさんが朝食に毒盛る前に帰って来てください。」

それを聞くと暴れていたのがピタリと止まった。卵を白灯が抱え

「それじゃあごちそう様。なんかあったら一門に言いに来て」

と言って靴を履こうと振り返ると鬼頭の背中にぶつかった。

「先生?」

避けて横に並ぶと目の前にはマントを来たオールバックの男。白粉でも塗ったかのような白い肌に牙の生えた口もと、これぞ吸血鬼である。

「あれ?」

だが思い出してみれば鬼頭も吸血鬼、そもそも日本にはいないような妖怪というか、モンスターである。

「どういうこと?」

と隣に聞くと

「それはこっちが聞きたいところだよ。日本に何しに来たんだよ?」

自照ぎみに笑いながら聞く。

「お迎えに上がりました。」

「ふざけんな!」

銀虎から手を放し吸血鬼の襟を掴む鬼頭。

「先生、落ち着いて、どういうことだよ⁉」

白灯は混乱して聞くも

「そうですよ。そう怒らないで」

と挑発されてしまう。鬼頭はそのまま店の外にでた。

 「どういうことだ。俺には用はないはずだ。」

「それがですね出来てしまったんですよ。用事が」

呆れているんです。そんな様子で言う吸血鬼。

「城に早くお戻りください。貴方様の血がなければボスは死んでしまいます。」

「自分のエゴで捨てて置きながら今更遅いんだよ!」

鬼頭はコウモリの剣を取り出す。それで相手を斬るも相手もコウモリになり、避けられた。

「今晩また伺います。それまでに決めておいてください。」

コウモリの姿で満ちた丸い月に向かって飛んで行ってしまった。


 一門に戻り銀虎の酔いが覚めたところで話の席が始まる。

「今更何で海外妖怪のやつらが来たんじゃ?」

「間もなくボスである父の目覚めの時期なんだと思う。もしくはもう目覚め餌が手に入らない状況にいると言うことかもしれない。」

「それにおぬしが必要な理由はなんじゃ?」

鬼頭は頭を掻く。

「一部の吸血鬼に皮をかぶり直すことで長い間生き続ける集団がいる。吸血鬼はもとが死人とは言え別の形の命がある。命の時間は永遠だが体はそうはいかない。」

「それで皮を替える。と、それにおぬしが選ばれたのか?」

また頭を掻く。

「産まれたときはそんな予定はなかった。何せ鬼女のハーフ。純血種じゃないから父の命には合わないと考えられて城からも早々に母と追い出された。何らかの理由でストックが切れた、もしくは皮ではなく血を求めていると言うこと」

「血?」

白灯が聞く。

「吸血鬼は家族形態で活動しているところが多い。目覚めの一滴って言って力があればあるやつほど長い眠りにつき、目覚めたときの飢えは半端ない。一滴なんて言わず一人分吸い尽すのが当たり前なんだよ。皮を放されても、血を吸われてもいくら吸血鬼とは言え死ぬんだよ。」

ガタンっと廊下で音がする。ふすまを開けると小鳥が銀虎の食事として作られたお茶漬けを落しそうになり一緒にいたギギがギリギリキャッチしたところであった。

「すみません!」

焦って謝り続ける。

鬼頭は小鳥の頭の手を乗せると

「大丈夫だ。」

そういって部屋を出ていった。


 白灯も部屋に戻った。卵がいびきをかきながら寝返りを打っている。

 休日の今日、午後から白灯の部屋に河村、多々良、園良、獏が集まり宿題を進めていた。

「あのさ、先生と小鳥っていつから一緒にいるの?」

白灯が聞くと誰も知らないという顔をする。

「それがどうかしたんスか?」

「ん、いや、なんでない。ちょっと気になっただけ」

「なら本人に直接聞いてきたら?」

園良に言われるも今の小鳥に聞いて答えてもらえるだろうか。そう思いながら宿題の手を進める。


 鬼頭はどこかへ出かけ捕まらず、小鳥もなかなか見つからないまま夕方になった。真子と人子、空に遊ぶのは終わりにして家に入るように言うため庭に出る。三人を捕まえ逃げるように家に入るのを見送ると縁側に小鳥が一人でいるのを見つける。

「そろそろ冷えて来るぞ。」

そういうと大丈夫。と言って無理やり笑顔を見せる。

「妖怪は風邪ひかないもん。」

小鳥はしばらく庭の池を見ている。

「隣いい?」

うなずかれ座って庭を眺める。

「何かいるの?」

「いない。水の下にはいるけど上には何もいない。月影くんは今朝、先生を迎えに来た人をみたんでしょ?」

まさに吸血鬼といった雰囲気のドラキュラ伯爵。横丁の雰囲気には不釣り合いながらその存在感は威圧的で不気味なものであった。

「ああ、うん。先生以外の吸血鬼、始めてみたよ。小鳥はいつから先生といるの?」

小さく、マスク越しの口が動く。

「ヴィラドと合ったのは百年と少し前、江戸時代の頃かな。私、気が付いたら妖怪になってた。スリを繰り返す女の末路。妖怪になってもスリは続けた。でもスリをしたところで人間には見えないからお金に替えられない。堂々盗みをして飢えを凌いで暮らしてた。でも、それも何年も立つと人間に姿を見られるようになっちゃったの。そうなると盗みはすぐにばれるし、妖怪の気配って人間と違うから人が多いところに行っても避けられちゃう。もう飢え死ぬだけって時にヴィラドに拾われた。」

珍しく小鳥が長い話をする。しかも自分のことを、それをだた黙って聞いていた。

「丁度開国や戦争が始まったところだった。彼は貿易船に乗り込んで密航して来たみたいで、祖国で父親に捨てられ鬼女のお母さんと二人で生活してたけどエクソシストに払われてしまって一人で旅をしていたんですって」

小鳥は鬼頭の話をするときどこか遠くに視線を向けていた。

「それからずっと一緒に生きてきた。月影くんのお父さんと出会ったのはそのすぐ後で、しばらくここでお世話になったの。百々目鬼なんて横丁でも雇ってくれるところはないからすごく助かった。そのあと少しして結婚の話が決まって私は一人一門を出たの。せっかく幸せになれるのにスリのいる家なんて嫌でしょ?」

「そんなこと」

今の小鳥はよく知っている。スリなんてもうしないと言うことも

「だから、またここで生活するって話が出たとき、彼は私を皆の部屋から話したんだと思う。」

そういうわけではないだろうが、小鳥の解釈も鬼頭の過保護さも、二人の関係の裏目に出るものだ。

「はじめに外出て生活しようって決心したとき、ヴィラドとも別々に暮らしてた。でも」

好きなのだと気付くと妖怪も人間も変らない。

「先生がとる行動って全部小鳥のためなんだよ。別に小鳥をみんなが嫌がるとかそういう理由は一ミリもないよ。これは言い切れる。小鳥が先生に抱く気持ちも同じように先生も想って動いているんだよ。」

 その後もしばらく話していると玄関から声がした。

「こんばんは」

女性の声であった。白灯は小鳥と玄関に向かう。するとそこには

「魔女?」

というよりもSMの女王様が魔女の帽子とほうきを持っているような姿で白灯はどうしようか悩んでしまう。

「……えっと…なんのご用でしょう…?」

「ヴィラドいるでしょ?」

今更だがヴィラドとは鬼頭の名前である。

「あ、はい…」

小鳥に目配せして呼んできてもらう。

 数秒で走って現れた鬼頭は

「何でいるんだよ⁉」

「嫌ねえ、せっかく日本なんて陸の孤島に来てやったのにそんな言い方しなくていいじゃない。兄妹でしょ。」

鬼頭は頭を抱えながらも家に上げる。

 「日本茶って意外とおいしいのね。この羊羹とかいうのも」

ギギが不思議そうな顔をして運んできた茶菓子を食べながら言う。

「どういうことですか?」

「俺もよくわからない。」

と言って鬼頭を見ると、溜息をついていた。小鳥は魔女を気にしている。

 「ああ、おいしかった。こんなおいしい物があるんなら送ってくれたっていいじゃない。住所変わったらメールしてるでしょ?」

「今度大量に送ってやるよ。それより何しに来たんだ。お前は今回のことには関係ないだろ!」

鬼頭の拳が机に強めに叩きつけられた。

「酷い、たった一人の妹をお前だなんて、ジョルマ寂しい!」

「いい歳して何してんだよ!」

何処からか出したスリッパで叩いた。するとポンっと煙が立ち、姿が消える。そして

「で、この子が愛しの小鳥ちゃん?」

ギギの目の前に顔があった。

「あ、いえ、私ではなくこの子です。」

小鳥の肩を掴む。

「やっぱり、こっちの子な気がしたんだけど何か警戒されてるから…」

「近づくな!」

小鳥に生首の状態で近寄るジョルマを鬼頭が離す。

「いいじゃない未来の妹よ。未来の方が長いんだから」

いつの間にかお茶をすすって元の位置にいた。魔女というよりマジシャンのようだ。

 しばらくお茶をすすっているも

「本題だけど、あの陰湿吸血鬼、あたしのところにも来たのよ。」

「お前は無理だろ。」

二人だけで話が始まる。

「確かにあたしには無理な話だわ。だから、貴方を説得してほしいって言って来たのよ。でも、あたしも貴方が嫌がっているのは知ってる。だがら、違う種の女に産ませた子供に今更何の用って聞いたらあいつ、なんていったと思う?」

ジョルマはもったいぶっている。

「『ボスが死んだ。』ですって」

「は?」

鬼頭が頭を掻きながら聞き返す。

「あいつは俺に俺が戻らないとボスが死ぬって言ってたぞ。意味が解らないんだが?」

「その言葉の意味は少し違うのよ。ボスが死ぬって言うのはボスの席が空いたってこと、つまり死んだのよ。ボスの席が空席だと他の種からの攻撃に耐えられなくなっちゃう。ボス=城って事覚えてるでしょ?」

「ああぁ……」

項垂れる鬼頭。

「だが、そこは俺じゃなくてもいいはずだ。ほかに純血種はいる。そもそも俺は純血種ですらない。」

「そうなのよね。意味が解らない。あたしにまで声をかけるなんて、あいつからしたら他種は敵、その敵の子供、いつクーデターなんて起こされるか解らないからね。だから早々に追い出されたって言うのに何が目的なのやら」

そういって立ちあがるジョルマ。

「もう来たか。」

「どうしたの?」

白灯が聞くと

「陰湿吸血鬼のお出ましよ。」

とウィンクした拍子にハートが飛んでくる。それをギギが急いで手で払う。

 「夜分に失礼します。」

聞き覚えのある声に白灯が玄関に向かう。

「おお、これはこれは、今朝は失礼いたしました。こちらの坊ちゃんだったとはつゆ知らず、ヴィラドを迎えに参りました。わたくし、吸血鬼のヒュメルディーと申します。」

なるぼど、陰湿吸血鬼にはぴったりの名前だ。

「悪いが彼を渡すつもりはない。お引き取り願えますか?」

「おやおや、そちらがどういう状況か、ご存じ無いようで、この建物、包囲されているんですよ。」

一門を囲む壁に沿って殺気が満ちていた。

「うちの警備も舐めないでもらいたい。」

遠くで猫の威嚇する声が聞こえる。化け猫たちが何か見つけ交戦に入ったのだろう。

「月影」

鬼頭が玄関までジョルマ、小鳥とともに現れた。

「話は俺がする。部屋戻ってろ。」

といわれるも

「家の中で何かされても困るので俺も同席します。」

そういって

「ギギ、お茶。」

と声をかけ、客間へ向かう。

 「おい。家に上げるってどういうつもりだ?」

「このまま帰らせて家に乱入なんてされても困るじゃん。」

「だからってな…」

客間に通し、ギギがお茶を持ってきたところで外での交戦音が止んだ。

「そちらもおさげください。」

「こっちのは警備なので下げるも何もあれが仕事です。」

そういうと笑われた。

「そうですか。そうですか。ヴィラドもジョルマも随分とこちらには過剰評価されているようですね。あの女狐の言うとおりと言うことか。」

「女狐?」

鬼頭が聞き返す。

「ああ、夏の終わりに我々の城に女狐が訪ねてきた。丁度ボスが亡くなった翌日のことだったよ。お前の居場所を教えてくれた。特にヴィラドが目障りだから必要なら連れ帰ってくれという話だった。あの時は急なボスの死に適当にあしらってしまったが世界各地にいたはずの吸血鬼が皆行方不明。ボスの血もお前らのみとなった。」

鬼頭はギギの耳元で

「城に来たのが宝玉だったか情報を集めろ。」

ギギは部屋をいそいそと出ていった。

「女狐に心当たりが?」

「まあな。こっちの国では厄介者だ。それが何でそっちに俺の事を言いに行ったかも予想はつく。掌で踊っている状態だぞ。お前、そういうの一番嫌いだったろ。」

「産まれて間もなく出ていかされたわりによく覚えているものだな。」

とまた笑った。

「ボスの座につけるのは代々その血を受け継ぐ者のみ。魔女のジョルマは別としてお前しかいないのだよ。」

「お断りだな。」

「そう言われてもな。跡継ぎがいないと消滅もあり得る。」

「無くなれあんな組織。とにかくもう帰れ、俺達にはもう関係ないことだ。今更調子よく出てくんじゃねえよ。」

ヒュメルディーはまた後日来る。そういってこの日は帰って行った。

 鬼頭は溜息をついて小鳥の横に寝そべった。

「意味わかんね。」

「私はずっと一緒にいるからね。」

小鳥はそういって鬼頭の頭に触れた。



 翌日。日曜日だからいいものの

「小鳥ちゃん、買い物一緒に行きましょう。お姉さんなんでも買ってあげる。」

「ああいう大人について行くなって昔習っただろ。家でおとなしくしてろよ。」

「なにそれ酷い!」

「うるさい。とっとと帰れ」

なんて会話が小鳥の部屋から聞こえてきた。

「何してるの?」

「あ、月影くんおはよう。」

もう慣れた。そんな雰囲気の小鳥である。

「乙女が探してたよ。」

「うん、そうなんだけど…」

この状況から抜け出せない。と言った様子。白灯が小鳥と喋っている間も何やら二人は言い合いが続いている。

「こっそり行っちゃえ、ばれないよ。」

と小鳥の手を引いてその場を離れた。

 「あ、どこに行ってたんですか?」

玄関への廊下の途中乙女と出くわす。

「先生の妹さんに掴まっちゃって」

白灯が替わって説明する。

「ギギが言ってた女ですか?」

朝食の順備中にでも話題に出たのだろう。

「うん。天子は?」

「もう来てますよ。それじゃあ、冬服買ってくるです。」

「気を付けてな。」

玄関で手を振って見送ってやる白灯。少しして

「小鳥ちゃんは⁉」

とジョルマが来た。

「乙女たちと買い物だよ。鬼やら犬神やらのせいで荷物壊されたり、燃やされたりしてるからね。」

「ずるい。あたしも行く!」

とジョルマはいうもののその恰好でうろつかれるのも問題なため

「普通の服に着替えて!」

そういうとすこし拗ねた顔をされるもその辺は魔法で一瞬で変わる。だが、

「ほうきで飛んだら意味ないんだよ…」

玄関を出てすぐにほうきに跨り小鳥を追いかけて行った。不審者に見えない分マシではあるが奇妙な光景ではある。

 鬼頭が頭を掻いて現れる。困ったことがあると頭を掻く、考え事があると顎を掻いてしまうようだ。

「お前、将棋できるか?」

「は?」

いきなり何言われるかと思ったができる。というと鬼頭の部屋に向かい、縁側に将棋盤を置いて順備を始めた。

「先行いいぞ。」

パチンッ、パチンッと木と木のぶつかる軽い音がする。

 中盤まで全く会話がない。白灯はなんで組織を継ぐのが嫌なのか聞こうと口を開こうとすると

「お前はよくやるよ。」

将棋の話か。顔を上げると鬼頭は将棋盤を見たままであった。

「長がいきなり後を継げって言いに来たんだろ。」

自分の聞きたかったことを逆に聞かれてしまった。

「そう言えばそうだった。でも、元の生活をしていてもつまらなかったし、今はこっちに来てよかったと思ってるよ。妖怪については何も知らなかったけどね。」

「卵が喋っても不審がらないんだもんな。」

あれは小学生の時から一緒だったせいで不審に思う前に好奇心が勝ったのだ。

 「先生はなんで嫌なの?」

鬼頭は頭を掻く。

「先生じゃなくていいぞ。」

「え、じゃあ、鬼頭さん?」

「変だな。呼び捨てでいい。何だったら名前でいいぞ。ボスはお前だ。」

鬼頭の桂馬がパチンと置かれた。

「名前って特別なんじゃないの。生徒はともかく顔見知りのギギですら苗字で呼んでる。その中でも祖父ちゃんと祖母ちゃんは別として、鳥だけは名前だし。」

「ただの癖だよ。百年も一緒にいるからな。」

「それだけ?」

「ああ、それだけ…」

そうではない。そう言いたげな語尾である。

「じゃあ、なんか優越感があるから鬼頭って呼ぶ。学校ではちゃんと先生って呼ぶから」

「おう……お前、満月って知ってるか?」

鬼頭が話を替えてきた。

 「満月って、夜の、それともお菓子の?」

「人間だ。魑魅魍魎を瞳に宿した月影家からすると因縁の相手だな。二百ぐらい前に生きていたって言うから俺は知らないが、お前の母さんの先祖だ。」

白灯は鬼頭を見る。鬼頭も白灯の目を見る。

「お前の怒りや焦り、そう言ったものがお前の中にいる満月を呼びだしちまってる。」

白灯は一瞬の視界のゆがみを感じメガネ越しに片目を抑えた。

「どうした?」

聞かれたところでおさまった。

「いや、なんでもない。なんでその人が俺の中にいると思うんだ?」

「一番初めに出てきたのは酒呑童子の時だ。お前の記憶にない部分、あいつがお前の体をのっとっていた。龍刀も前の持ち主は満月だった。」

龍刀は今、部屋に置きっぱなしの状態。酒呑童子の時や犬神の対戦の時のような緊急を要するとき以外は抜かないように卵に言われている。

「あの刀に呑み込まれるかもしれない。そういわれるようになったのは満月が呑み込まれ姿を消したのが始まりだ。」

「卵やギギを入れたのとは違うの?」

「あれは刀を持っている人間じゃないからな。飲み込まれる危険は少ない。逆に酒呑童子の時、あいつはお前の優しさで出来た刀だと言って酒呑童子を刺した。本人に傷がなくても蜘蛛は確実に殺した。お前も刀に呑み込まれる、もしくは入れる可能性がある。だから特訓では入れる方法から段階を組んでお前の意志で使えるようにしようと思ったんだ。」

鬼頭は近くの机から煙草を取り出し咥えた。

「あれ、煙草吸うんだ。」

「小鳥にはいうなよ。」

煙を吐き出す。

「だが、お前はあの時予定していたことを何段階も乗り越えてケロベロスを一撃でやっちまった。」

白灯は大将戦のことを思い出す。あの時は天子のこと、仲間を捨てるようなことしたこと、虎太郎の言動に怒りがこみ上げ自分でもうまくコントロールが出来ていなかった。

「あの時もその満月が出てきてたかもしれない。意識はあった。喋ってたのも俺だ。でも刀を持っていたのは俺じゃなかったかもしれない。俺の気持ちをくんだ誰かが動いていたような気がする。」

パチンッと駒を置く。

「って、話がめちゃくちゃ逸れてるよ。」

「良いだろ。俺の話なんて聞いて何が楽しいんだよ?」

「楽しいってわけじゃないよ。一門を抜けられたら困るけど、家のことでもめられてると気になるんだよね。」

周りに家庭事情がガタガタの者が多い。天子しかり、乙女しかり、ギギや昨日は小鳥のことも聞けた。獏や園良の事もある。家庭事情じゃなくても何かしら抱えている者も多い。

 「小鳥から俺が日本に来たときのこと聞いたんだろ?」

「聞いたって言っても小鳥のことをね。先生のことは助けてくれた人ってしか聞いてない。」

煙草の先端が赤く燃えていく。

「俺が産まれたのはルーマニアの山奥だ。狼人間が多く住んでいる森で、人間はいなかった。入ればその狼人間に食われるっていわれてたからだ。だが、狼人間は人間に会うことを嫌ってる。出くわしたときに逃げるのはあいつらの方だ。そこに迷い込んだのが鬼女の母さんだった。」

一本吸い終わりもう一本火を付ける。

「鬼女って言うのは妖怪だ。女の鬼そのまんまだ。人間に見つかり、物珍しさから捕獲されたらしい。日本からサーカスに売られ、そのサーカス団の見せ物にされていたのを逃げ出して、人間の入ってこない森に逃げたっていってた。はじめは吸血鬼とも狼人間ともかかわらずにいたらしいが親父に見つかって城に住むようになり、俺が産まれた。」

途中いろいろと端折っているようだが聞かないでおこう。

「ヒュメルディーには隠していたみたいだがさすがにすぐばれてな。ジョルマは俺が産まれた三日後に産まれた異母兄妹だ。城を追い出された時はあいつの母親も一緒だった。しばらく四人で生活してたがエクソシストに追われてな。母さんが殺されちまった。ジョルマ達と魔女の里に向かってる途中だったんだが、俺は一人で密航することにしたんだ。あの国どころか、吸血鬼に狼人間、悪魔や妖精と呼ばれる生物、そういった者がいないところに行きたかったんだ。それで日本にたどりついた。大西洋から船で南から回って、インドとかにも行ってみた。そのまま歩いて中国まで北上してまた船に乗って」

日本にたどり着いた。そう言った瞬間鬼頭の顔が笑顔になる。小鳥と合えた。そういうことだろう。

「それなら学生なんてやらせないで一緒になっちゃえばいいのに」

と言ってパチンッと打った。

「甘いな。王手だ。」

「あ、やられた…」

そういいながら寝そべった。どっちに甘いのだろうか。

「腹でてるぞ。ほら、もう一回するぞ。」

すいすいと将棋盤の上の駒が動かされる。

「今度はそっちが先行か」

またパチン、パチンッと音がする。

 「そう言えば、白虎にも同じこと言われたな。」

「何を?」

「とっとと結婚しろってな。別にその時はただ妹が増えたって思ってただけだったんだけとな。」

「先生って、ノロケに入るとゆるゆる、駄々漏れなんだね。」

そういったら微妙な顔をされた。

 「そういうお前はどうなんだよ。稲沢が好きで、柳が一様婚約者で、雨宮に告白されているのを保留にしてるんだろ?」

ギギのことはともかく天子や乙女のことまで

「小鳥だな。」

その辺りの話は身内だからこそあまり知られたくないところである。

「心配してたぞ。」

ちゃかされる。

「こっちは気にしないでください。ちゃんと自分で考えて答え出しますんで」

その後何戦か繰り返すも一回も鬼頭に勝つことが出来なかった白灯。

 「二人ともこんなところに居たんですか?」

ギギが今日は数種類の果物をまたもたらいに入れていた。庭の奥にある柿の木や無花果の木から取ってきたのだと言って運ぶのを手伝わされた。

「丁度よかった。みんな出掛けてしまったので収穫大変だったんですよ。腐る前に採ったはいいんですが運べなくて助かりました。」

ギギはたらい二つ、間に板を挟んで重ねている。白灯と鬼頭は同じように間に板を挟んだ状態で三つ重ねている。

 「ただいまです。」

玄関に近づくと乙女の声がした。

「お帰りなさい。あ、天子さん。おすそ分けするのでまだ帰らないでください!」

そういうと急いで台所に向かって行った。

「明日学校帰ったら手伝うって言ったじゃないですか。」

乙女がそういいながら靴を脱ぐと白灯からたらいを一つ取る。

「小鳥の部屋に持って行くですから先に行っててください。」

と言って先に台所に向かって行った。

「お邪魔します。」

天子がそういって上がって行った。

「手伝う?」

「いや、それよりあいつは?」

ジョルマの姿が無い。

「ジョルマさんなら荷物が多いから先に部屋に戻ってるって言ってたよ。」

そんな話をしていると

「ジョルマちゃんはここですよ!」

と後ろから抱きつけれた。

「零れるだろ!」

「あら、そんなこと言うと羊羹あげないわよ。」

有名な和菓子屋の紙ぶくろを見せながらジョルマが言う。

「ジョルマさんたら羊羹ばっかり買ってたんだよ。」

「本当、この国のお菓子っておいしいわね。しばらくここにお世話になってるからもっといろんなところ行きましょう。お姉ちゃんなんでも買ってあげるから」

ついて行ってはいけないお姉さんである。

 台所にたらいを持って行くと、そこでは乙女も買っていたのだろうギギと羊羹を切り分け、端をつまみ食いしていた。


 夕飯の席、昨夜から今日の夕方までまた横丁で飲んでいた銀虎がジョルマに気が付き滞在を許可、そのジョルマは今、銀虎に酒を注いでいる。

「銀虎さんいい飲みっぷりですね!」

「こんな別嬪さんに進められたら止まらんのう!」

グワッハッハッ。そんな笑い声をあげている。それを冷ややかな目で白灯は見ている。

 「祖母ちゃん、今日自治会でよかったね。」

「すぐばれるだろうけどな。」

自治会は会議の後、飲み会になる。日曜の夜とはいえメンバーはほとんど定年を迎えた人物たち、いつ飲んでも次の日に響くことはない。そういう日を狙って花町や横丁で飲んだくれる銀虎だが、それは翌朝の二日酔いでセンリにすぐばれるのだ。今回もきっと、ジョルマがいることを知っているセンリは明日の朝食に銀虎だけ白米とすまし汁だろう。

 食後の後片づけに追われる女勢を横目に風呂へ向かう男勢。湯船に並んで浸かっている。

「なんか、いいね。」

「何が?」

園良はつぶやいたことに白灯は聞き返す。

「猫又遊女でもあそこまで露出しないよ。」

「ここにはいない大人の女だな。」

獏まで加わって変なことを言い出す二人。

「そうッスね。」

「うるさい河村。」

「酷いッス!」

賛同しただけで酷い言われようである。そこに多々良も湯船に入ってくるとお湯が一気に浴槽から流れ出す。

「海ではあれ以上見るよ。」

「それって人型?」

「ヒトデ型?」

「……微妙なところ」

海ならばそんなものだろう。水中で布を着ているのは邪魔で仕方ない。鱗で皮膚が見えなくては園良と獏が求めるものでもない。

 「でも、魔女だからあれが本当の姿かはわからないよ。」

というと、

「夢を壊すな!」

「そうだ!」

いつもの二人に早く戻れと思う白灯であった。



 月曜日になり

「それじゃあ行ってくる。」

「行ってくる。」

「行ってくる。」

白灯に続いて真子と人子がいう。

「行ってらっしゃい。あのバカによろしくね。」

鵺を抱きながらジョルマは手を振って集団を見送る。

 鬼頭はというと、いつも白灯たちよりも先に出ているのは確かなのだが今日は一段と早く小鳥と出て行った。


 学校の授業中いつにもまして適当で不機嫌なのが伝わってくる鬼頭。

 六時間目の授業が終わり教室に鬼頭がやってくる。

「今日の連絡はない。さいなら」

それだけいうとすぐに教室を出て行った。事情を知らない生徒は唖然で、知っている白灯たちは苦笑いものである。

 学校を出て保育園に向かうと

「待ってたわよ!」

と大きく手を振る人物。

「あれ、ジョルマがなんでいるの?」

白灯は数メートル手前でいったん止まる。

「ヴィラドの様子見るついでで仕事探し。長期滞在の時はそうした方がいいってセンリちゃんに言われたから」

エプロン姿に朝とは違って動きやすい服装のジョルマ。胸には『じょるませんせい』と書かれた名札をしている。

 白灯は溜息をつきつつ園内に入る。

「ジョルマ楽しい。」

「ジョルマ面白い。」

と真子と人子がよってきた。

「そう、ならよかった。でも、保母さんの資格持ってるのかよ?」

ジョルマに聞くと

「ないけど勝手に作って提出したらなれたわ。ばれなきゃいいのよ。ヴィラドだって教員免許なんて偽造だし」

小鳥に確かめるよう視線を送ると

「妖怪だから仕方ないよ。」

と言われた。まあ、これで一日家にいるわけでもないのだから鬼頭の機嫌も少しはよくなるだろう。



 それから数週間。意外とジョルマの仕事ぶりはいいようで保育園に子供を預けている母親たちともずいぶんと仲良くなっているようだった。鬼頭機嫌が少し戻ってきている。

 だが、大事なことを忘れている。ジョルマが着たのはそもそもヒュメルディーが原因。そのヒュメルディーの目的は鬼頭を吸血鬼のボスにすること、そうなると化猫一門にはいられない。日本からも出ることになる。そうすれば小鳥も悲しむ。小鳥だけじゃない、みんな寂しいだろう。一門としても大事な仲間、家族である鬼頭を本人の意思に背いて連れて行かれるのは気持ちのいいものではない。

 再び休日のこの日、ジョルマは休日出勤。乙女たちはセンリと買い物へ、園良たちは横丁に出かけている。銀虎も卵と昼間っから花町、猫たちも掃除が終わり昼寝の時間だろう。家の中は静かである。白灯は今日も縁側で鬼頭と将棋をしている。鬼頭が強いのか、白灯が弱いのか一度も勝てていない。週末になると剣道の稽古よりも今は将棋をしている時間の方が長いだろう。

「ほら、王手だ。」

「また負けた!」

このやり取りはいったい何回目だろうか。風が吹き、髪が揺れる。

「はっくしゅんっ!」

秋も終わるだろうこの時期に縁側で、しかも窓を全開にした状態のまま将棋に熱中すること数時間。すっかり体が冷えていた。

「茶、入れてやるよ。」

「ありがとう」

部屋に置いてあるポットからお湯が急須に注がれる。

 「ほら」

そういって出されたお茶をすする。

「そういうところはまだ人間だな。」

「仕方ないじゃん。半分は人間なんだから」

白灯がそういうと鬼頭は黙ってしまった。

「どうかした?」

「……その半分人間ってのなんだが少し違うんだよな。」

何時かの満月の話を思い出す。

「目に魑魅魍魎を宿らせた人間はもう妖怪なの?」

「いや、人間だよ。分類上はな。だが、その魍魎に宿らせる経緯についてはこの家で知ってるやつは少ない。」

「経緯…」

 鬼頭の話によれば満月の妻も妖怪だったらしい。魑魅魍魎とは魑魅と魍魎、二つの存在を指すもので両方とも鬼ではあるが神でもある。

 魑魅は山の神、山が発する瘴気により人間の顔に獣の体をした人を迷わせる妖怪の姿になる。

 魍魎は水や水沢の神で、山にある木や石、草などから生まれる精霊のようなもの。だが、その正体は人を化かせ、死肉をむさぼる鬼なのだという。姿は魑魅とは異なり子供で綺麗な髪に紅い瞳、耳が長いのだと言われている。二つとも山の中に多く存在し、共に生活していることから魑魅魍魎として一つの存在として現代では認識されている。

 その魑魅魍魎は満月の妻を、その家族を守っていたのだ。何年も、何百年も、それこそ日本が出来たばかりのときから山を、水を守っていた。


 鬼頭はお茶をすすりながら灰皿に煙草の灰を落とす。

「満月の妻は天女、もしくは天神の可能性があった。」

「乙女もだけど、天女って妖怪に入るの?」

将棋の駒を元の位置に戻していた手が止まる。

「まあ、一様な、妖怪が神になることもある。本題はここからだ。」

 魑魅魍魎がいる山は今ではもうない。神と言える存在が居なくなったのだ。山は汚れ、魑魅魍魎の力では神のいなくなった山はもうどうしようもなくなってしまっている。その始まりは開国による日本の発展以前から原因はあった。神殺しをする人間がいたのだ。それが満月だ。

 満月は人間でありながら妖怪に育てられ妖刀を使いこなしていた。その剣術に敵う人間などおらす、次第に妖怪すら敵わなくなっていった。戦う相手がいなくなり標的に選んだのが神であった。『神殺しの満月』その名が江戸から全国に広がるのは早かった。猫を連れた、いつも赤黒い着物の男。その男が通ったことは一瞬でわかる。生臭い匂いが漂うのだ。乾ききらない血の匂いが染み付いた着物は洗うことは無かったらしい。

 満月は一人の神を見つける。その神を切り刻んだところで出てきたのは幼い神であった。魑魅魍魎に守られた幼い天女。しばらく亡き神の家に居座っている間に情が移ったのか幼い天女を殺すことはせず、そのまま共に生活するようになった。その幼い天女が数年後満月の妻となるのだ。


 白灯は鬼頭の顔をジッと見たまま動かない。すっかりお茶も冷めてしまった。

「鬼頭はなんでそんなこと知ってんの?」

「これでも調べたんだよ。気がかりになっていることがいくつもあるからな。」

そういってさらに煙草を吸いだす。


 天神の屋敷で人間は年を取らない。二人はいつまでも共にいるつもりだった。だが、そんな生活の終わりは突然やってきた。

 巷では自称満月が溢れていた。満月の真似をして人斬りをする者も多くいた。江戸から離れた麓の村にもそんなやからが多く集まって来ていた。それは本物の満月が姿を消して早十数年、世間では神に返り討ちにあったと思われていた。そのため最後に訪れたこの山の神を殺した者が本物の満月になれるといきり立っているのだ。

 そんなことになっているとはつゆ知らずの妻は突然乱入してきた者たちに一瞬で斬りつけられ、殺されてしまったのだ。満月も刀を出す余裕なく何か所も刺された。顔面を貫通する傷もあった。

最後の力振り絞り妻を抱き寄せた満月の目が血で染まる。恨みに手が震える。妻の顔に満月の頬を伝った赤い涙が一滴、二滴と落ちていく。満月の高まる憎悪と憎しみ、恨み、そう言った感情が魑魅魍魎に影響を与えた。満月は傷口から魑魅魍魎を取り込み、山を下りた。麓で神殺しに宴を開く連中をバッサバッサと斬って行った。満月は再び猫を連れて人斬りとして旅を始めたのだ。


 「殺された当時、奥の部屋には子供がいたって言われてる。それが満月の子孫で鬼灯まで続く血だ。」

再開された将棋にまったく集中できない話である。

 「満月とうちの関わりが出てこないんだけど」

王手を指されまた白灯の負けである。


 人斬り満月再来。そんなことを言われ始めているある日、一門の者が満月に遭遇して斬られたのだと駆け込んできた猫がいた。その猫も満月が連れている黄色い瞳に紅い白目をした白猫に怪我を負わされていた。

 当時の長は色龍会に報告、妖怪総出で満月を討ちに行くことになった。その先頭に立ったのが化猫と犬神の連合軍だったのだという。まだ若い銀虎と犬神の長が率いていた。結局、満月は刀に呑み込まれ姿を消した。満月の死を聞いた子供達は化猫一門を末代恨み続けると言って姿を消したのだという。共にいた猫もその子供達が連れて行った。その日は酷い雨の日でそれから数日は止むことがなく、戦場の血も一滴残らず流れていき、近くの川が泥と血の濁流になったのだという。


 将棋は止めにしてただ庭を見ている白灯と鬼頭。

「その猫が柳だ。白虎がどうやったかは知らないが説得させて一門に入れたんだ。」

日が沈み始め池の水面に月は見え始めた。

「持っていた妖刀が龍刀なんだろ。それはどうなったんだ?」

「いつの間にか墓から持ち去られてた。色龍会の方で回収したのかもしれねえな。」

「そのお墓って?」

「庭の奥にあんだろ。デカい木、あれの中だ。気が付いたときには木に呑み込まれてたらしい。」

そっか。そう答え寝転がる。自分の中にいる存在、時々感じるその存在の過去を知ってこんなに気分が沈むのかと思っていた。決して目の前に居るわけでもない。近い血縁でもない。死んだ仲間の話でもない。にも拘らずこんなにも心締め付けられるのはその血が自分の中に流れているからだろうか。魂を感じているからだろうか。溜息が漏れる。

 白灯は勢いよく起き上がる。

「ありがとう。」

「何がだよ?」

いきなり礼を言われ何のことか解らないって顔をされる。

「俺が不安に思ってるから調べてくれたんだろ。ジョルマが来たり、学校があったりするのに調べてくれてありがとう。」

「俺は一門のためにしたんだ。ああ、後雲外鏡とのことも調べた。」

「雲外鏡?」

なにか関係あるのかと体勢を直し、座る。

「始めてお前が満月に変わった時、雲外鏡とかかわりがあるような事を言ってたんだ。どうやら、それには雨宮が関わってるみたいだけどな。」

「乙女が…」

乙女まで満月とかかわりがあったのか。そう思うと何か心に引っかかる。

「満月は神殺しをしていたころから時々、死んだかのように眠りこける時があったらしい。何が原因か解らないが、連合軍に遭遇する少し前にも眠っていたのを人間が見ている。その隣に雨宮の姿があったっても記述に残っている。傘を差した可笑しな髪色の綺麗な女性は天女の様だったと書かれてた。絵も載ってたから間違いないだろう。」

「その乙女らしき人がどう、雲外鏡とかかわってんだ?」

冷めたお茶を口に運ぶ。

「その女性はいつも傘と鏡を持ち歩いていた。絵に描かれた鏡は雲外鏡だった。満月が寝ている間はずっと鏡を覗いていたらしい。」

もし、それが乙女ならば満月が消えた日から雨が止まなかったというのは乙女が原因なのかもしれない。

 そう考えながら腕を組む。だが、これと言って自分の納得のいく答えは見つからない。

「このことは本人には聞かない方がいいだろうな。」

そういって急いで吸いかけの煙草を消し、縁側の下にあるバケツに灰を捨てる。

「帰って来た。」

そういいながら玄関へ歩いて行く。白灯は浮かない顔になるも一門の敷地内の気配に二人は駆け足になって玄関に向かった。

 「ああ、こんばんは、今日は月が綺麗ですね。それにこちらのお嬢さん方も実にお美しい日本とはいい国ですね。」

と陽気に話すのはヒュメルディーではなく彼よりも幾分若く見える大柄な男。

「狼人間までお出ましとはな」

「人間に忘れ去られた以上、外にでても物珍し気に見られないという利点が今はありますのでこうして自由に外を歩かせていただいてます。間もなくヒュメルディー様もいらっしゃいます。」

来なくていい。鬼頭の顔にはっきりとそう書かれている。

 「小鳥たちは向こうに行っててくれ。客間使う。」

「お茶持って行く。」

小鳥の声に返事を返すことなく鬼頭は客間のふすまを開けた。

 しばらくして小鳥がお茶と共にヒュメルディーとジョルマを連れてきた。そして鬼頭のそばに座る。

 「今日は何の用で着たんだ。こっちも用事があるんだが」

「ボスの座についていただければすぐにでもお暇済ますよ。貴方と」

「だから、ボスなんかにゃならねえって言ってんだろ!」

机を強く叩くため湯呑が揺れる。

「ヴィラドかりかりしないで、それに行方不明の純血種についても調べたんでしょ?」

同時にいくつも調べていたのかと思うと最近の機嫌の悪さは疲れからだろうか。

「ああ、それなんだが、全員もう死んじまってるよ。それどころか他の吸血鬼の城も狼人間も全滅だ。全部、人狼の仕業だ。」

「何故、日本の妖怪が我々を狙うんですか?」

狼人間が聞く。

「そう言えば狼人間と人狼の違いって何?」

白灯が口を挟む。ジョルマを見るも首を傾げられる。向かいに座る狼人間を見るも笑顔で首を傾げられた。

「狼人間は人間になることもできる狼だ。基本は人気のない森で魔女や吸血鬼と隣接して生きている。人狼は妊婦がオオカミに襲われることでその血が混じり生まれる。人間を主体にしているため寿命は一般の妖怪に比べたら短い。」

そういえばそんな話を以前も聞いている。

「でもなんで人狼が吸血鬼を襲うんだよ?」

「虎太郎のことはおぼえているか?」

対戦のときに随分とお世話になった相手、忘れるわけがない。

「あいつ、最後に稲沢を迎えに行くって言ってたらしいな。俺の記憶にはないんだが」

そうだ。あの時、驚きはしたがその後全く虎太郎からのアプローチはない。そういうことからあまり重要視していなかった問題だ。

「つまりあいつは宝玉とのつながりがある可能性がある。しかもさらに天狗まで絡んでくる始末だ。」

再び驚きに目を見開く。

「どういうこと?」

「人狼を手引きしたのは天狗だ。烏の姿ならどこにいても不振には思われないからな。狼や人間が歩いているより隠密に行動できる。厄介なのがそろってきたな。」

 それまで黙って聞いていたヒュメルディーが口を開く。

「つまり我々は掌で踊っていたどころか操り人形になっていたわけか。」

宝玉にとって化猫の主戦力と言える鬼頭は邪魔だろう。それが日本を離れてしまうきっかけを自分たちで作り罠に掛けようとしたわけだ。

「お前らと女狐の関係は?」

狼人間が聞いてくる。

「これと言って関係はない。ほぼ関係を断ち切っている化狐一門とは同盟を組んではいる。」

「そのボスに会わせろ。」

瞳は獣独特の物に代わる。

「関係ないって言ってんだろ。ここで厄介な真似してみろ。外にいる仲間もろとも滅ぼすぞ。」

白灯の威圧的な言葉に笑みを浮かべるヒュメルディー。

「ではこうしよう。我々もその同盟に加えてもらう。組織としての機能はボスが不在のため日本にいる間はヴィラドに指揮もらう。女狐を打ち取ったら母国で新しく組織を作るためヴィラドはいらなくなる。どうだ?」

「わかった。」

白灯の返事に鬼頭は驚きの顔を見せる。

「正気で言ってんのか。あいつ等に危険があるかもしれねえんだぞ?」

「もちろん同盟を組むのに条件がある。化狐一門の長には絶対に近づかないこと、その拠点がある稲荷神社には絶対に立ち入らないこと、狐は戦闘には加わえないこと、鬼頭の言うことは絶対だということそれを守ってもらう。こっちの目的は宝玉さんを捕獲することにある。無駄な争いは避け、時が来るまで動くな。」

 そこにスパンっとふすまが開く。

「何勝手に話を進めておるんじゃ。」

開けられたふすまの前で仁王立ちである。

「別にいいだろ。俺だって次期長としての権限がある。」

「いつの間にそんなこと覚えとんじゃ。同盟には反対せん。事情が事情じゃ。だが、覚えて置け、この同盟も狐との同盟も両方ともお前の首を絞めているものなんじゃからな。」

真剣な瞳と瞳は交差する。そこに

「いやあ、さすが極道。親子の間でもそれだけ火花散るとはいいですね。」

「変なもんの見過ぎだぞ……」

 これにより海外妖怪との一時的な同盟が結ばれた。



 翌日、同盟のことを体育館二階の飽き部屋に集まった昼食メンバーに教える。

「だから、何かして来たとかあったらすぐに教えてね。」

「うん。なんか迷惑ばかりかけちゃってごめんね。」

「悪いのは虎太郎たちです。天子がそんな顔しないでください。」

「そうッスよ!」

問題が一見落着とはいかないものの落ち着いたところであった。

 だが、問題がもう目の前に来ていることにまだこの時は気付くものはいなかった。天道意外は

「……おかしい、予定よりぜんぜん早いじゃねえか。どういうことだ…。」

そんなつぶやきが誰かの耳に入ることは無かった。


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