妖怪対戦夏の陣
妖怪対戦夏の陣
海辺に比べ盆地は気温が上がりやすく蒸し暑い。すっかり特訓の疲れは取れたものの対戦は明日から始まるという今日。雲の上へ一度行ってみることになった。
「天子ちゃんも小鳥も、危なくないか?」
「もとは人間として暮らしてたから天界の近くは大丈夫なんだって」
卵に事前に聞いていたらしくついてくる気満々であった。
銀虎の手配で朧車が一門に着いた。
「これで行けるのか?」
「はい。ですが雲の上まで絶対に外に首や手などを出しちゃだめですよ。鳥や妖怪にぶつかる可能性がありますので」
車から顔や手を出すなと言うことだろう。
数台に分れ朧車に乗り込み発進。すだれの隙間から外が見える。度々すごいスピードの何かが通り抜けて行った。
「向こうはゆっくりでも、こっちはこれで猛スピードですからどちらかというと私達より外にいる者が危険なんですよね。」
空の交通網、障害物はこっちのようだ。
出発して数分。以前の乙女もそうだったが意外と早くついてしまった。
「ここが雲の上です!」
辺りを見渡しても自分達しかいない。雲海とはよく言ったものだ。
「何で立てるんだ?」
雲の上に立っている不思議を聞くと
「妖怪はめったに着たがりませんが妖力があれば雲の上で生活するのに問題はありません。雲自体が空気中の塵などを核にしていますが大きな雲の一部は妖気を核にしているんです。普通の雲にも妖気の混ざるところが何処かしら一つはあるのでどの雲も妖怪なら問題なく歩けます。」
と説明しながら歩きだす。
「あそこですかね?」
「多分そうです。あそこだけ人工的に固められてますから。」
ギギと乙女は何を見ながら言っているのか解らない白灯と天子だが目の前にやたらと分厚い雲があるのだけは解る。
「えっと、説明書によればですね…。」
対戦表と共に届いたという紙を乙女は開く。
「やっぱりメインはあそこですね。約二百×三百のグラウンド半分ほどの雲のフィールドです。」
グラウンドの大きさがよくわかっていない。
「各対戦の対戦者席が左右にありまして、観戦席がその後ろにあります。」
ギギが紙を覗きながら言った。
その後少し雲の上を歩き回ることになった。
「でも、確かに妖気をあまり感じないけど、意外と大丈夫だな。」
園良がだんだんと薄くなっていく。
「そうだね。」
いつの間にか獏の四足歩行。
「案外行けるもんなんスね。」
河村はいつも通り河童の姿である。
「多々良とハチは?」
「平気。問題ない。」
「そうですね…」
大丈夫ならいい。
「見てみて」
天子が言った。
「こっちの方があたし狐になりやすい!」
とハイテンションである。耳や尻尾が出てきたと思ったら手足、続いて全身が白狐に変わった。ひょこひょこと雲から飛び上がっては雲に体を隠している。
「天子は天孤の種類ですからね。雲の上でも問題ないんですよ。きっと」
狐の多くは天に昇り妖力を得ると妖怪になる。それがいい物か悪い物かで善孤や悪孤となってしまう。
雲と同化しそうな白キツネが一足先に朧車に乗り込んだ。それを追いかけてみんなで戻って行った。
一門に戻るとセンリがせっせと着物を用意していた。
「白灯には前に渡してあるでしょ。これはみんなの分よ。」
銀の糸で織られた着物であった。
「そう言えば馴染みの呉服屋があるんだって言ってたな。」
そういいながら廊下を進んでいった。
遠足前の子供の様に落ち着いて寝れなかった白灯はすこし目の下に隈を作って朝食に現れた。
「これでそろったな。お前ら、今日から対戦じゃ。気を引き締めえ向かうのじゃぞ!」
と銀虎のいう声が頭に響く。
対戦は昼から、と言うことで朝食後は皆順備に取りかかる。白灯ももしもの時に備え酒呑童子の時にも着た着物に刀を射し順備をする。
玄関に向かうとギギを始めハチ以外は全員、思い思いに着崩した着物姿であった。
「小鳥も来るのか?」
鬼頭と現れた小鳥も着物姿であった。
「うん。念のために」
もし相内となった場合は翌日に別々に指名された者同士が対戦する。学校にいる一門の妖怪はあと小鳥と雪男のみ。雪男なら戦えることを知っているが小鳥が指名されては不安しかない。
「大丈夫。相内にだけはしないから」
そういうとマスクの下で笑ったのがわかった。
朧車に乗り込む。
雲の上に着くと
「天子ちゃん⁉」
先に天子がコンとイズナを連れてきていた。
「やっぱり、何も言わずに来たんだね。」
天子には今日の出発時間を伝えていない。
「同盟の一門の対戦に無関係のように呼ばないとはどういうことだ!」
珍しくイズナが怒っている。
「だって、ここに居るだけで何が起きるのか解らないんだよ。」
「それでもみんなが傷つくところを待ってるだけはつらいよ。」
そう話していると火車に乗った集団が現れた。
「天子、なんでそっちにいるんだよ。俺の応援してくれるんだろ?」
そんな約束していない。天子の顔にそう書かれる。
「神田」
白灯はひょんひょん跳ねながら手を振っている人物に声をかける。
「なんだ。お前居たんだ。小せえから見えなかった。でもな、そんなやつの話も俺はちゃんと聞いてやるぜ。俺は器が広いんだ。」
格好つけながらいうも
「俺より小せえだろ。バ神田が」
「うるせえ、クソ猫どもが、組の長の言うことを聞かねえからこういうことになってんだろ。俺様が大きな懐を持っていたことを感謝しろ。じゃなかったら今頃クソ猫一門なんてけちょんけちょんのぼっろぼろになってんだからな。」
言い方がガキである。俺様なんていっているし
「それは今からお前らがなることだろ。」
多々良とハチが前に出る。
「行け、大首、大蝦蟇!」
「うるせえんだよガキが!」
どうやら付け焼刃の仲間のようだ。神田の頭上を飛び越える大首だが顎が神田の後頭部にぶつかった。ぶつけられた本人は頭を押さえて涙目だ。それを狛犬が心配気に見ている。
そこに一人の人物が突然フィールドに現れた。
「ちょっと待った。まだ開始の合図も対戦の説明もしてないよ。」
何処に隠れていたのか、それとも姿を消せるのか男が現れた。歳は鬼頭よりも若いようだが妖怪の見た目と年齢が一致しないことは乙女やギギで解っている。
「気を付けろ。あいつが虎太郎だ。」
鬼頭が耳元でいう。
「君が白灯だね。初めまして弟くん。そっちは親戚くんでいいかな?」
白灯を見た後に神田を見る。
「お前なんか知るかよ。俺様は長なんだぞ。もっと言葉使いに気を付けろ。」
「ああ、それは失礼したよ。でもこれが僕だから気にしないで」
どちらかというと次期長の神田よりも長の孫である跡取りの位置にいるのは虎太郎だと思うのだがなぜ長につかなかったのだろうか。
「それじゃあ、先鋒のルール説明をするよ。まあ、死んだら負けってだけなんだけどね。死って言っても妖怪だからそう簡単に死ねないけど、あと場外でも今回は失格だから」
何て簡単な説明。虎太郎は白灯と神田を交互に見て意見がないかを確認すると
「それじゃあ始めようか。」
その声に多々良とハチがフィールドに向かって歩き出す。
「二人とも、気を付けろよ。」
というと多々良は白灯の前に戻り大きな手を頭に乗せてきた。
「すぐ終わる。」
そういって入って再び歩き出す。白灯たちも対戦者席と観客席に入る。
「両者全員そろったところで用意、始め!」
虎太郎の合図で多々良とハチは巨人の姿に変わる。その姿で多々良が大蝦蟇をハチが大首を蹴り飛ばした。
「マジで蹴った!」
河村だけが口に出しただけで皆同じことを思いつつ唖然となる。一度目の蹴りで大蝦蟇は多々良の足に引っ付いてしまい、大首もハチの脛に噛みついて掴まっている。
それを掴むと思いっきり投げた。
「さすが砲丸投げ校内最高記憶です。」
多々良を見ながら乙女が言う。
「ハチさんも多々良くんといいコンビみたいですね。」
「と、いうよりあの二人の若干のやる気のなさ」
「やっぱり昨日の風呂場のアレは作戦会議だったんだ。」
各々が感想の述べる中振り回され蹴飛ばされ放り投げられ目が回った大首と大蝦蟇は簡単に場外となり相手の神田しかいない観客席に投げられた。それにより対戦者席に神田が移動する。
「勝者化猫一門。明日は次鋒の対戦です。解散」
あっけなく終わった。
白灯はフィールドに出る。
「お疲れ」
「あっけなかったですね。」
ハチが言う。
「作戦の勝利。」
と真顔でピースする多々良。
犬神の席では
「あいつ等もういらない!」
「そうだな。」
「処分してくる。」
狛犬が観客席かにいる大首と大蝦蟇を一口に呑み込んだ。
白灯はその様子を見ていた。
「あいつ等、何したんだ⁈」
「使えないやつはいらないってことだろうな。」
「酷い。」
鬼頭とギギが睨むようにその様子を見る。
「何で…」
白灯は何故そんなことをするのか。そうする必要がどこにあるのか。付け焼刃の仲間とはいえ、一門は一つの家族だ。その家族を処分するということが理解できなかった。
「一門によってはそういう掟のあるところがあるんです。化猫のように銀虎さんやセンリさんの一言で入門できるところもあれば地獄のようなところに落とし、そこから這い上がってくる能力があれば入門、無ければ死、そんなテストをするところもあるます。一門を抜けるのも殺されたり、ああやって他の妖怪の一部にされたりすることもあるです。だからこそ化猫のように時々問題を起こされるというもとも少ないんです。純一門に比べ混合一門ではそういう手を取るところも多くあるです。」
乙女が白灯を見ながら言った。
「だから俺達も一門に入ってなかったって言うのがある。純一門の無いやつもいるんだ。そういうやつは混合一門に入るんだが規則や掟のあるところは妖しいからな。断っているとブラックリストに乗るんだよ。だからタイミングを逃すと入れないんだ。」
珍しく獏が真剣は口調で言った。
「帰って祖父ちゃんと話がしたい。」
白灯は足早に朧車に乗り込んだ。
翌日。この日は河村と天道と言うことで銀虎と卵、猫たちが数名観戦席についていた。
「俺、そんなに信用無いッスか?」
「信用って言うより心配?」
二人をフィールドに見送る。
相手の人面犬はいるもののぬりかべの姿はない。
「あれ、彼はどこだい?」
虎太郎が聞く。
「目の前にいるだろ。バカじゃねえの?」
神田に何を言われても笑顔の虎太郎である。
「一瞬でも姿見せてもらえないと判定しにくいからさ」
「仕方ねえな。ぬりかべ」
呼んだところで反応はない。
「おい、ぬりかべ!」
もう一度呼ぶと観客席の辺りから風が吹く。それにより神田が前のめりになり一回転した。
「おいガキ、まだあいつフィールドの入ってすらないぞ。」
人面犬がいう。昨日の二人もそうだが見た目どうしても中学生には見えない。
「ほら動けよ!」
風がぬりかべの息だとわかり狛犬と神田が透明の物体を押す。すると
「うわっ!」
いきなり壁がなくなった。そして呆れた様子で大きな平たい顔の犬がフィールドに入って来た。神田は観客席に寝転がっている。
「それじゃあ、対戦二日目は次鋒の戦い。ルールは死ぬまで武器の使用は禁止ね。」
と言うことで早々に天道から数珠や錫杖を取られてしまった。
「マジかよ…」
「ドンマイッスよ。」
「お前に言われたくねえよ!」
言い合いが始まってしまった。
「それじゃあ始め!」
用意もなく始まった。
「べらべらしゃべってんじゃねえよ!」
人面犬が河村の首に噛みついた。
「きゃあぁ!」
天子が口を手で押さえる。
「河村!」
隣りにいる天道も焦る。
「あ、問題ないッスよ。」
そういうとジワジワと体から粘液出す。
「ゔえっ!」
人面犬が急いで離れた。
「臭っ!」
天道までもが鼻を押さえる。
「酷いッスね。でもこれでぬりかべの位置も解ったッスよ。」
ぬりかべも人面犬も匂いに鼻を押さえる。
「でかした!」
天道が翼を広げると羽が舞う。それが人面犬の口に詰め込まれていく。
「天道やりすぎるな!」
「解ってます!」
白灯の声に軽機よく返事をすると天道は一瞬でその場から姿を消した。
「油断してんじゃねえぞ。」
ぬりかべであった。大きな石のように固い体で突進されたのだ。
「天道!」
天道が攻撃れたことで羽は動きを止め
「ふざけんな!」
人面犬も復活した。そして二人で天道に向かって行った。
「危ないッス!」
ぬりかべに突進され体勢を立て直そうとしている天道にさらに突進しようとしている人面犬を止めるため河村は天道の前に立つ。
パリーンっ、カラカラっ
「河村!」
軽い物の砕ける音がした。天子はもう声も出ない。
天道に河村が倒れ込んだ。天道はその体を抱きかかえ宙に飛んだ。
「おい、しっかりしろ!」
揺すると
「あれ…空飛んでる⁉」
そっちに驚いていた。それには白灯もホッと胸を撫で下ろす。そういえばあの甲羅は着脱式であった。
「冷や冷やさせますね…」
「戻ってきたら殴ろう。」
「うん。」
ギギ、園良、獏は心にそう決めた。
「皿だけ守ってろ!」
と言って天道は人面犬に向かって河村を投げつけた。その結果二人そろって伸びてしまった。
天道はぬりかべを探す。だが透明になれる能力が厄介である。そこで伸びている河村を回収。フィールドの端に降り背中で河村を隠す。その後ろにはさらに白灯たちがいる。
「ハクシュンゾウショウコンチュエ‼」
何か天道が言っているが早いせいか、それとも聞き取りにくい言葉なのかよくわからなかった。だがそれによりなぜかぬりかべは姿を見せ、しかも倒れている。犬神の対戦者席も狛犬やふらり火、火車が目を回していた。
「え、なんだよ。どうしたんだ?」
神田は何が起きたのか解らないという顔をしている。
天道が膝を着いた。
「な、何したんだ?」
白灯も何があったのか解らずフィールドを見つめる。
「多分、天狗の能力…」
多々良も何か影響を受けたようで頭に手を添える。
「どういうこと?」
それには多々良に変わってギギが説明してくれた。
「天狗とはもともと人間です。そのためこの空間の効果は受けていないと思います。先程の呪文はおそらく目の前にいる相手を失神させる能力でしょう。天狗はそう言った力を身に着けながら修業して大天狗を目指すんです。彼はまだ新米と言っていましたがあれを使えるのは少なくとも百年の修業が必要だと聞いたことがあります。」
ギギが天道を疑う目で見る。それを白灯は止めた。
「いい、天道は俺達に背を向けている。それは俺達には力が及ばないようにしているからだ。」
「そうですが…」
ギギは反論しようとするも白灯に意見できず黙る。。
「それに河村を本気で心配していたみたいだからな。今はこのままでいよう。」
確かに白灯は天道の行動が気になるところがある。性格に似合わず空気みたいに存在感がなかったり、そのせいでいつ居るのかいないのか解らなかったり、ある意味学校に来ることの少ない阿部より厄介だ。家でも食事の時以外ほとんど部屋にいる。時間は決まっているためこっそり外出されていてもわからない。一門は広い。誰がどこで何をしていようと気にする者はきわめて少ない。何せ猫たちは基本自分に割り当てられた仕事が終れば昼寝に入る者がほとんどなのだ。白灯は天道を疑うつもりはないが日常的なことからそうなるのは仕方ない。そう考えながらフィールドに視線を戻す。
「な、何があったんスか⁉」
意識の戻った河村が息を整えようとしている天道を支える。
「どうしようか?」
虎太郎がいう。
「一定時間目を覚まさないようなら失格にしてはどうだ。」
銀虎が虎太郎に聞く。
「そちらさんはこの意見どう思う?」
「ダメだ。それじゃあこっちが負けちまうじゃねえか!」
「そういうルールだからね。猫さんがとどめを刺せばいい話なんだけどその気がないみたいだし、ここは日が暮れるまでに目が覚めなかったら失格。どちらかが目を覚ませば再開でいいかな?」
白灯はうなずぐ。だが
「ダメだ。ダメったらダメったらダメ!」
と駄々をこねる。それを止める役目だろう狛犬は頭を振って気を取り戻そうとしているもうまくいっていない様子。
「虎太郎、審判はおぬしじゃ。わしの意見など無視して判決を出せる立場じゃろう。」
「だって祖父ちゃんの意見だし、まあ、血なんて繋がってないんだけどね。」
白灯は虎太郎を見た。
「それじゃあ判決。化猫一門の勝利。明日は中堅だからよろしく。」
一番に姿を消した。
「なんだったんだ?」
白灯は銀虎を見るも溜息をついているところであった。
朧車で一門に戻り天道と河村の手当をしている間、白灯は銀虎とセンリのいる部屋に向かった。
「なんじゃ?」
縁側で卵とするめを食べている銀虎。センリは着物の解れを直している。
「昨日も対戦終わってから着ただろ。」
そういって隣りに座る。
「今日は見に行ったから報告は良いぞ。」
「報告もそうだけど、虎太郎について教えてよ。血は繋がってないってどういうこと?」
銀虎は煙草盆を引き寄せ煙管を咥える。
「白灯は人狼の産まれ方は知らんのだな。」
「産まれ方?」
銀虎が言うには人狼は決してオオカミと人間の間に産まれたわけではない。一種の狐付と同じなのだ。妊娠した女性がオオカミの妖怪に襲われる。その時に爪で引っかかれると可能性が、噛みつかれれば確実に産まれる子供は人狼になってしまう。犬神の長の娘はそれを解っていたため白虎の子供ではない。もう、違うのだと言いたかったのかもしれない。もともと人狼として産まれてしまったことで親に捨てられた子供を多く育ててきたという長の娘。自分の子供も育てる決心をしたのだが犬神の血におそらく化猫血、そしてオオカミの血の混じる虎太郎には随分と手を焼いたようだった。
「そんな風には見えなかったけど」
「一門を出てから何かあったのだろう。父親が誰であれ、今はうちの者だ。対戦がどういう結果になろうと一度返ってくるように言わんとな。」
口から煙を出しながら言った。
対戦三日目。
「ごめんください。」
と朝から客が来た。
「あれ、陽一じゃん。どうした?」
顔を洗いに行くところで玄関に向かった白灯はそこに居る人物に驚いた。
「いろいろ聞きたいこともあるだけど、第一目的は宿題をもらいに来た。」
それを聞き白灯は
「忘れてた!」
夏休みの宿題の存在を思い出す。
「やべえ、鬼頭先生の宿題だけでも終わらせないと」
特訓でずっと海にいたためすっかり忘れていた。この後朝食がある。そのため一旦白灯の部屋に通すことにした。
「いったい何やってんの。陰陽師も目を付け始めたよ。」
食後鬼頭が見当たらないため一度部屋に戻ると陽一が真剣な顔で言ってきた。
陽一に対戦について説明した。
「そんじゃあ、犬神一門がかってにセッティングしたよくわからない対戦に命かけてるってことなの?」
「そうなる。あいつの口ぶりから同盟の化狐一門にまで変な事されたら困るからな。うちで留められればいいって思ってたらいつの間にか命かける話になってた。」
「クリーングオフできないの?」
できる物ならやっている。白灯は溜息をつきつつ
「まあ、そういうことだ。人間に危害を加える物ではないからお前の方から報告でもしておいてくれ」
「うん、分かった。」
それを聞き白灯は立ち上がり
「宿題だったな。」
と言って部屋を出た。
鬼頭の部屋へ行くと
「どうした?」
となぜか背後から声がする。
「部屋じゃなかったんだ。丁度いいや。陽一が宿題取りに来たんだ。今、俺の部屋にいる。」
それを聞き鬼頭は部屋に入るとすぐに一つの封筒を持って出てきた。
「これだ。そのためだけに来たのか?」
封筒を受け取った。中には白灯がもらった宿題と同じものが入っていた。
「いや、陰陽師がここ二日間の対戦を気にしているみたいだっていう話をしに来てくれた。人間に害のあることはしないって伝えて、もらうことになってる。」
鬼頭は顎をかく。
「なんでうちが原因だってわかったんだ?」
「さあ、でもこの辺だともともと目を付けられてたうちと宝玉さんのことがある狐ぐらいしか大きなところはないからね。同盟組んでいるなら俺に聞けば解ると思ったんじゃない?」
ならいい。そういって部屋に入って行った。
白灯は封筒を持って部屋に戻った。そろそろ支度をしなくては
「おまたせ、これが宿題な。」
「ありがとう。これで二学期の成績も何とかなるよ。」
提出物だけで何とかしている陽一である。
「あ、今電話したらそのまま監視してろって言われたんだけど対戦とか、見に行って平気?」
「ああ、観客席とかあるから大丈夫。ていうより、良いのかよ。監視とか普通に言っちゃって」
「仕方ないじゃん。そういう以外ついて行く口実浮かばないし、上直に行った方がいいでしょ?」
それもそうだがよくやる物だ。
白灯は着物に着替え玄関に向かう。
「変な気配があると思ったらお前かよ。」
「なんだよその言い方。随分とボロボロみたいだぞ。」
包帯を巻いている天道と陽一が話しているのを聞きながら獏と園良を見る。
「狛犬はずっと石の姿ってわけじゃない。力を引き出すのに生体になることがあるからその時を狙って眠らせろ。」
「そうだね。それまで園良に任せるところ多くなるけど気を付けろ。」
狛犬が神田の命令を聞いていた辺り、一門の幹部だろう。そうなるとレベルは確実に獏や園良よりも上である。
雲の上まで行くと陽一の顔色が悪くなる。
「大丈夫か?」
「あ、うん…」
少し辛そうである。陰陽師は妖力を持った人間。妖怪と人間が混ざっているのだ。天界はあまりいいところではない様子だった。
すでにフィールドには狛犬はスタンバイしていた。
「俺らも行きますか。」
「長期戦とかきついな。」
何て言いながら進んでいるもその顔は険しい。
「気を付けろ…」
皆フィールドに出るときは笑顔を見せる。それが不安にも感じてしまう。
「両者お揃いだね。それじゃあ中堅のルール。昨日のこともあるから時間制限を付けるよ。日没までに決着をつけること、そうでなかったら引き分けにするから、日没の時点で何人立ってられるかで勝敗が決まるから頑張ってね。それじゃあ、用意、始め!」
先手を取りに来たのは狛犬であった。二匹が素早く動いて間合いを攻める。
大きな手からはみ出す爪で獏をひっかく
「獏!」
園良がよそ見をしている間にもう一匹は園良を襲うも体が煙となり回避される。
煙のまま二手に分かれそれぞれ狛犬を抑える。
「無理すんな!」
狛犬はあっさり園良の拘束を振りほどく
「こっちのふりだね。」
陽一のつぶやきは白灯の耳にも入る。
そのまま数時間押されているものの体力が削られるだけでお互い致命的な攻撃は与えられていない。
「どうしようか。」
「友達なくす作戦でもする?」
園良の作戦名に獏は嫌な顔をする。
「せっかく一門は入れたのに、見えないようにしても引かれるよね。」
「負けるよりマシだろ。白灯には期待だけ背負っててもらわないとな。」
そういうと園良は今まで一番来い煙に姿を替える。
「何する気だ?」
白灯は場外から不安に見守る。太陽が雲海の表面に触れる。
フィールドに出来た園良の煙の半球体の中に獏と狛犬二匹はおおわれていた。
「コンぐらい濃かったらいいだろ?」
「お前の体力は持つのかよ?」
「それまでに終わらせろバカ。」
「ガキども、なにを始める気だ?」
狛犬の質問に獏の口角が上がる。
「まあ、見ててよ。楽しい時間旅行だよ。」
観客席には狛犬の悲鳴が届いていた。
「やめろ!」
「こんなものを見せるな!」
白灯の不安が違う方向を向く。
「何してるんだ?」
「友達やめたいとか言わないでやってほしいッス。」
甲羅がないと恥ずかしいという理由で人間の姿の河村が言う。
「なんで?」
「あのドームの中では多分夢が映されているです。」
乙女が説明に入る。
「獏はもともと悪夢を回収して自分の餌にする妖怪です。ですがあの夢橋獏は悪夢を見せ、それを回収して餌にしてきた過去があります。」
「わざと見せてそれを食べるのか?」
よくわからないという顔で聞く。
「簡単に言えばそうです。それは身近にいればいるぼど効果があります。なのでまだ小学校に居たときの二人はよく友達を止めると言われてたんです。私は中学入ってから話すようになったのであまり詳しくはないですが」
「何で園良も?」
「一緒にいることも多かったと言うこともありますがもともとあんなおっとりとした性格ではないんです。園良も煙で何かしらの方法で驚かせることが多かったみたいです。弱い妖怪を捕食すると言うこともあったって聞いてます。」
それで二人一緒にいることが多かったのだという。妖怪が妖怪に脅かされるというのも可笑しな話、この世界は弱肉強食、最近それを目にしてきた。
「まあ、それも空音先生のおかげで今のようになったのですが」
空音とはどこかで聞いたことある名前の気がする。だが、合ったことがある人物なのか名前だけを知っているのか。顔が出てこない。
「空音先生は稲沢の母さんだよ。」
多々良が言った。
「天子ちゃんの…」
そういえば小さい時に天子から名前を聞いたのかもしれない。
「空の名前は空音先生から付けたんです。凄く優しい先生だったんですよ。」
「そうなんだ。合ってみたかったな。」
天子はいつも母親の話を楽しそうにしていた。今はどこにいるのかもわからない…。
白灯はフィールドを見守った。
「ふざけるなガキ!」
「消し炭にしてやる!」
中で何が行われているのか解らない。時々轟音が聞こえる。もう間もなく日没である。
「うーん。そろそろ時間なんだけど、声かけても聞こえるかな。おーい?」
ドームの近くを宙に浮いた状態で周りから声をかけるも中から反応はない。
「うん。仕方ない。あと一分以内にこのドームが開かなかった場合強制終了に入ります。」
と言って時計を取り出した。白灯はその発言に急いで声をかける。
「獏、園良、早く出ろ!」
「聞こえませんか!」
「時間ッス!」
だが、応答はない。
「はい、時間でえす。」
虎太郎は爪を伸ばす。それで思いっきり煙を切り裂いた。
「やめろ!」
白灯の声など無視される。爪が煙にめり込んだ瞬間中から眩しい光が漏れる。
目がくらみ、前が見えなかったがそれも収まりフィールドには
「獏、園良⁉」
倒れている二人と粉々になった狛犬だったと思われるものが居た。
「ありゃ、引き分けかな?」
「ふざけんな!」
白灯が抗議する。
「今のは完全にお前が原因だろうが!」
「解らないよ。中ではもうもの状態だったかもしれない。白灯くんは中が見えてたの。違うでしょ。決めつけないでほしいな。それでは中堅は引き分けとして明日、代理を指名しますので戦ってもらいます。まず、犬神一門からは百目で、そして化猫一門からは百々目鬼に出てもらいます。解散。」
白灯は顔が怒りに歪む
「ふざけるな。小鳥は戦えない。そもそも対戦者は各自で決めるのに代理戦だけ指名っておかしいだろ!」
「ルールは守ろうね。」
そういって消えて行った。
「月影」
観客席から鬼頭が声をかける。隣の小鳥は天子に支えられ顔色が悪い。
「すみません…」
「今はいい。二人を連れて早く帰るぞ。」
フィールドに多々良と天道が入り二人を抱えて戻ってきた。獏と園良をそれぞれ朧車に乗せ急いで一門に戻る。
出発前にフィールドで石を蹴る犬神が目に入った。
一門に運ばれた獏と園良をそれぞれ布団に寝かせ治療する。
「随分とやったもんだな。」
「本当でしゅ。包帯が足りなくなりそでしゅ。」
妖怪医師のウサギを一門に呼んだ。獏は疲労で外傷が少ないものの園良は虎太郎に引っかかれた傷が深く、しかも煙の姿だったせいか、いたるところ傷だらけである。
「家の救急箱も持ってきます。」
ギギが動く。
二人とも原因は解らないが熱が上がってきた。妖怪には珍しいことのようだ。看病は夜通し続いた。
怪我人のいる部屋にいつまでも居るわけにはいかず元気なものは隣りの部屋に移った。
「大丈夫か?」
小鳥はまだ顔色が悪い。
「うん。少し不安なだけ……」
決してそれだけでは済まされない顔である。
「確か、棄権が使えたよな?」
ルールの書かれた紙を開く。
「もしできなくても、ペナルティが何か解らないが何とかなる。」
そう意気込むも虎太郎の性格はどうもひねくれている。何を言い出すか解らない。
あまりよく眠れずに朝はすぐに訪れる。
「二人の様子は?」
看病していたギギが聞く。
「はい。熱は下がりましたのでもう大丈夫かと……、お疲れですね。小鳥さんのことですか?」
センリと乙女は朝食の順備をしている。部屋の隅では天子が寝ていた。
「棄権かリタイアを使うことにした。もしできなくても俺が乱入して対戦を止める。そうすればペナルティが合っても小鳥は助かる。」
「……このままでは最悪の結果しか想定されません。ですが白灯様が入らなくても、私やほかにもいますし」
ギギが心配気に言う。
「いや、ギギは明後日、乙女は明日。ほかのみんなはどこかしら怪我してる。先生が入ると大変なことになりそうだし」
確かにそうかもしれない。ギギは思った。
「では、その作戦で行くとして、くれぐれもお怪我の無いように」
重い空気の朝食後、開始時間までの間、先に雲の上へ行き小鳥に身を守る方法などを教える。
「随分熱心に教え込んでるね。」
「てめえのせいだろうか!」
天道が牙をむく。
「やめろ天道。ほっておけ」
「つれないな。今回は特別試合。特別な物を付けてあるから」
そういって消えた。
「特別な物?」
嫌な予感がする。
時間になり小鳥がフィールドに入る。
「全員観客席まで下がるように」
虎太郎が言った。白灯は言うとおり下がった。するといきなり目の前に薄い雲の壁が現れた。靄がかかっているが小鳥の姿は確認できる。
「どういうことだ!」
「乱入防止ね。これは特別試合。対戦のルールは適応されません。」
「おかしいだろ。対戦の中の試合なんだぞ!」
鬼頭が声を荒げる。
「じゃあ、この状態でルールを適応させます。特別対戦のルールはそこから先に出た者の負けになるから、用意、開始!」
百目が小鳥に迫る。それに怯えて逃げる。
白灯は壁に刀を差す。だが薄い壁にも関わらず全く刃が刺さらない。
「固い…」
「下がって」
どこからか、そんな声がした。すると小鳥の前に氷の壁が出来ていた。
「雪男!」
フィールドの床を掘って来たのか雪男が乱入防止の壁の中に現れた。
「下がってて」
小鳥にそういうと氷の壁が高くなり雪男と小鳥を放す。
「雪男君⁉」
小鳥も驚きで状況がよくわかっていない様子である。
百目に向かって雪男は氷柱や雪玉、氷の塊を投げつける。相手は小鳥同様、全身に目があるがその見た目はひどく醜いもので、人型ではあるがその体は溶けてドロドロな状態、辛うじて瞼が開いている状態だろう目も半分ほど瞑っている。その目に目がけて投げられる氷によって瞼は凍りつき、視界を徐々に奪っていく。
そんな様子を見て虎太郎はやっと口を開く。
「この辺でストップかけようか。」
なんてのんきなことを言っている。そう、言ったのもつかの間、またも爪を取り出すとほぼ氷漬けの百目を粉砕、雪男にも爪が点てられるも分厚い氷の壁に難を逃れた。
「うん。まあ、仕方ない。特別対戦は終了。化猫一門の乱入により犬神一門の勝利とする。」
「仲間のために負けを選ぶとか馬鹿じゃねえの!」
神田は何が楽しいのか笑いながら言った。
「化猫一門にはペナルティとしてこれまでの勝ち星を負けにしちゃいます。現在三対ゼロ。残り三戦全勝しても引き分けになってしまうので特別ルールを追加します。」
そういうとなぜか天子の目の前に移動し、壁の解かれたフィールドに連れてくる。
「はい、これね。」
と言って首輪を付けた。酒呑童子の城の時とはまた違う物だ。
「あとお前らも」
そういって白灯の首と神田の首に同じものを付けた。
「これはなんだ。」
「これから説明するよ。こちら、化狐一門の天子ちゃん。その首についているこの首輪は対戦大将の首についている首輪の鍵でしかとることができません。ですが、その首輪の鍵はまた別の所にあります。大将戦後にその鍵の争奪戦を行います。もし首輪が取れなかったらこの子は一生人形のようになっちゃうから頑張ってね。」
陽気な口調の虎太郎に白灯は怒りに拳が震わせる。いつの間にか耳と尻尾が出ている。
「こうなることが解ってやってんだろ!」
地上にも届きどうな大声を上げる。
「人聞き悪いな。そんなわけないでしょ。偶然こうなっただけなんだから、ちなみに争奪戦には何人出ても構いません。仲間が多ければ多いぼど有利だけどこのフィールドで動き回れるだけにしておいてね。落ちちゃうから」
楽しそうに笑って虎太郎は消えた。天子は力なく雲の上に座り込む。防止用の壁が無くなったフィールドにコンとイズナが近寄りその顔を覗き込むもその顔にはいつもの笑顔も覇気もない。小鳥も急いで雪男に壁を壊してもらい駆け寄った。
兎に見てもらうため急いで一門に戻った。
「呪術だぴょん。無理やり外すと呪いが広がって大変なことになるぴょん。」
天子の体調はいたって問題はない。だが、呪術が掛かっている間は飲み食いなど全くできない状態になってしまっているらしく早くもとに戻す必要があるという。
「猫たちに合戦の順備だと伝えろ。」
銀虎がギギに指示を出す。小鳥は天子の布団の横で泣いていた。
夜ふけた頃、天子が気になりたびたび部屋を抜け出していた白灯は台所で人影を見つける。
「雪男?」
その声に名前を呼ばれた本人は驚きに肩が跳ねた。
「どうしたんだ。こんな時間に?」
「……氷が足りないって言ってたから」
園良と獏はまた熱が上がって来ていた。天道も突然体調を崩し、熱を出し始めている。
「ありがとうな。」
「別に、こんな事しかできないし」
そういうと桶に溜めた水に手をかざし、氷を作っていく。
「それもだけど、今日はありがとう。助かったよ。」
「うん……。」
白灯は台所を出て人気のない廊下を進んでいく。
一晩、刀を振って過ごした白灯はまだ怒りが収まっていなかった。はじめはすごく軽い気持ちで対戦に臨んでいた。それが命を掛けるものになるとわかり、死まではいかないもののまだ、獏も園良も眠っている。そしてついには人質を取られてしまった。次期長となるべくここに来た。はじめは無理やりだったが今は楽しくて仕方ない。解らないことはまだ多くある。だが今起きている状況がおかしいことだと言うことは解っている。
「俺がしっかりしないとな…。」
自分に言い聞かせたところで不安に押しつぶされそうなのは事実。落ち着くための深呼吸も溜息になってしまう。
朝食の席に今日対戦のある乙女の姿がなかった。
「乙女は⁉」
不安につぶされそうな顔でギギに聞く。
「先に雲の上に行くと言っていました。対戦の順備をするそうです。」
外の天気はいつも通り晴れだった。
時間となり朧車に乗ろうとすると
「空も行く。」
白灯の着物をそういって空が掴んだ。
「でも…。」
何が起きるか解らない。鬼頭は行くが小鳥は一門に残るよう言われている。
「行く」
「危ないんだ。」
「行く!」
空が駄々をこねることは珍しい。乙女にならともかく一門に入って以来そんなそぶり誰にも見せていない。
「連れて行ってやれ。お前と一緒なら心配なんじゃろ。」
銀虎に言われ
「絶対に先生から離れちゃだめだぞ。」
というと頷いた。
雲の上の天候は最悪なものであった。地上から見ると白かった雲が足元も頭上もどす黒い雲に覆われていた。
「こりゃなんだい?」
虎太郎も驚いたような様子である。白灯も乙女が何かしたんだろうと思いつつ感情がこんなにも乱れているのは始めて見る。
「白灯さん」
フィールドに一人立っていた乙女が振り返る。その顔はとても冷たいものだった。
「乙女…」
「白灯さん、心配ないですよ。私、必ず勝つですから」
空が乙女に走り寄る。
「雨女…」
「何でここに居るんですか。おとなしく待っているように言ったのに」
空の被る傘から鵺が顔を出す。
「ああ、お前もいたですね。二人でこれからもいい子にしてるですよ。」
乙女の言葉にどういうことか白灯は近寄り聞く。
「何するんだ?」
「不正の無いように雷獣も来ますがあいつは何もしませんから安心してください。」
「そういうことじゃなくて」
「そろそろ始めるよ。」
虎太郎が話にないってくる。本心を決けないままフィールドを離される。
「もう少し待ってください。雷獣の力を借りていないって証明のために本人を呼んでるです。」
そういうと雲の中から雷獣が現れた。
「うん。これでいい?」
「はい。雷獣、空と鵺を見てるですよ。絶対に何があっても離れないでください。私がなにをしても」
乙女は強く言った。それがさらに白灯の不安を煽る。
「それじゃあ副将一回戦を始めるよ。ほかの対戦者は昨日と同じように観客席まで下がってね。」
白灯は雷獣と観客席に入る。
「それじゃあルールは死ぬまで、乱入は禁止。外から手を出すのも禁止。用意、始め!」
虎太郎の声で対戦が始める。フィールドには乙女とふらり火の姿しかなく両者睨みあうだけで動く気配はない。そこに
「雨?」
頭上の雲から雨は降り始めた。だがそれは
「しょっぱいッス…」
「何するんだ?」
塩味の雨なんて何をする気だろうか。ふらり火の周りだけ雨が蒸発していく。
「何してんだ。とっとと勝っちまえ。そうすればもうこっちの勝利なんだよ!」
神田は声を張っていうも雨のせいか届いていない。
乙女が傘を構えた。その先端から勢いよく水が噴き出す。だが、それもふらり火は蒸発させていく。足元にだけ少し水が当たる程度だ。
ふらり火は翼を大きく広げた。炎の翼に犬の顔をしたふらり火、翼をはばたかせるだけで熱気が辺りの雨も一瞬止んだのかと思うぐらい蒸発する。
雷が雲の中で轟く。そしてフィールドに穴が開くほどの稲妻が何本も落ちた。その度にフィールドがキラキラと光る。
「なんだ?」
何が起きているのか解らずフィールドを覗くも
「やめとけ」
鬼頭に止められた。
「乱入防壁のおかげで危害は少ないが危ないことには変わりない。」
「何する気なのか解るんですか?」
「簡単に言うと爆発だ。」
それ以上は何も言わなくなってしまった。
乙女とふらり火は依然として一歩も動かない。神田ががやがや何か言っているように見えるが壁と雷でよく聞こえない。おそらく早く勝って終わりにしないことに文句を言っているのだろう。
両者近づくのは危険だと判断しているのか全く動かないまま時間だけが過ぎていく。いくら蒸発できるとは言え一気に水を浴びれば炎は消える可能性もある。乙女も水でてきている。近づけは蒸発の恐れがある。だが、乙女には傘を使って濁流を起こすことも可能。何故しないのだろうか。
自分の周りの雨を球状にしてふらり火に何度もぶつけている。それも蒸発していってしまうにも関わらず続けることに何か意味があるのだろうか。
ふらり火も反撃か、火の玉をいくつか乙女に向かわせる。雨で小さくなるもそれは乙女の髪をかすめて焦がす。
それから数時間同じ行動が続く。夏だから仕方ないのだが蒸し暑くて仕方ない。白灯は汗をぬぐった。
「塩が」
頬に雨と汗の混じった塩の結晶ができていた。
「そろそろだな。」
鬼頭がつぶやく。すると今までとは比べものにならない大きな稲妻が次々とフィールドに落ち穴開ける。そのうちの一本は乙女に落ちた。空が身を乗り出し
「ダメ!」
といった。乙女の体がちりちりと稲光をまとう。そして、
「そろそろ終いにするです!」
まっすぐにふらり火に傘を突きつけ近づく
ふらり火はそれを避けようとするも動けないことに足元を見る。驚きの表情の先、何があったのかとみると足が白い塊に覆われていたのだ。今まで自分で蒸発させていた雨に含まれる塩が固まり、身動きが取れない状態になってしまっていた。
度々塩がたまれば乙女が水をかけていた。それは目の前の乙女に集中していたふらり火の知らない間に石のように固まってしまったのだろう。
乙女の傘がふらり火の体に刺さる。それとほぼ同時に今までで一番大きいだろう稲妻がふらり火の上に落ち、爆発した。
「乙女!」
白灯は防壁に触れるも、
「熱っ!」
まるで火に触れたかのような熱を帯びていた。空がそわそわとしながら鵺を強く抱きしめていた。
爆発と同時に止んだ雨、それは爆風で雲が吹き飛んだからだろう。青い天が覗いているも爆煙であまりよく見えないがフィールドにも大きな穴が開いた。その縁に乙女の姿があった。
「終了。ふらり火の消滅により生きている方の勝ちとします。お疲れ」
防壁が消えたと同時に熱気が一気に押し寄せる。
「乙女!」
走り寄りその体を抱き寄せる。
「痛てて、相手を殺した…事、怒ってますか?」
白灯の顔を見るなりそう言った。
「今はいい、とにかく帰ろう。」
抱き上げ朧車に乗せて急いで戻るもその道中だんだんと乙女の体が縮んでいく。
「どうして…!」
あっと言う間に乙女は空よりも小さくなってしまった。
一門に戻りウサギを呼ぶ
「早く来てくれ!」
玄関の開く音がするなり大きな声が響いたため猫から天子の様子を見ている狐まで玄関に姿を見せる。
「乙女⁉」
小鳥も驚いた顔をする。
「早く部屋に運ぶでしゅ!」
ウサギと共に乙女の部屋に向かった。そこで空が引きだしを漁り出す。その横で布団を敷いて乙女を寝かせる。
「どうした?」
何かを探し続ける空に聞く。
「羽衣!」
何のことか解らずギギを見るも解らない様子、そこに
「天女の羽衣じゃ。」
銀虎が現れた。
「生きておると言うことは勝ったんじゃな。」
「うん。ふらり火は消えたよ。」
乙女を見ながら白灯は言った。
「ふらり火は西洋のフェニックス、不死鳥のような存在と混ざった認識をされておる。人間の前には現れないからな。能力については知られていないところが多いが少しでも体の一部が残れば復活してしまう。ルールはなんじゃった?」
「死ぬまで…」
「ならこの様子も納得じゃ。」
ウサギも空と共に羽衣を探し出す。それを確認して銀虎は自室に戻って行った。
タンスの奥から大事にしまわれた羽衣が見つかった。それを乙女に羽織らせる。
「今はこれ以上治療できないでしゅ。体が完全に戻ってから様子を見るでしゅ。体の水分が足りていないでしゅ。この部屋を水で満たすでしゅ。」
河村が庭からホースを持ってきて部屋を濡らしだす。
「どのくらいで戻るんだ?」
部屋から溢れることなく乙女が完全に水に浸ったところで白灯はウサギに聞く。
「解らないひょん。明日になるか、明後日になるか、一週間かもしれないし、一カ月や一年ってこともあるでしゅ。」
無理な戦いをさせてしまった。問題ないと言っていたことから簡単に倒してしまうことを期待していたのだが期待が裏目に出てしまった。
一晩、白灯が乙女の看病に着いた。空も少し前まで眠らずに見ているつもりだったのだろうが今は胡坐を掻く白灯の膝に頭を乗せ鵺を抱きしめて寝ている。
「まだ起きてる。」
「寝てない。」
「お前達はもう寝る時間だろ。」
妖怪とは言え人間と変わらない時間に寝かせている真子と人子がふすまの隙間から覗く。
「空言ってた。」
「雨女が死んじゃうって」
二人は白灯に近づき着物を掴む。
「大丈夫だ。今は元気ないけど、すぐよくなるよ。」
頭を撫でる。結局そのまま二人も乙女の部屋で寝てしまった。
翌朝。うたた寝をしていたところを鵺に起こされた。
「…やべ、寝てた…」
乙女を見ると姿はすこし戻り始めていた。それに安堵しつつ顔を洗いに立ち上がる。空はいつの間にか乙女の布団に入っていた。
真子と人子を抱き上げセンリの部屋に届ける。その足で天子の寝ている部屋を見に行く。
「あ、月影くん。」
目の下に隈を作った小鳥が丁度出てきたところであった。
「凄い隈だよ。ちゃんと休んだ?」
「それはお前もだよ。俺は平気だから、天子ちゃんは?」
「さっき点滴が交換されたところ。乙女の方は?」
「回復はして着てるみたい。俺達のいない間、よろしくな。」
小鳥と分かれ顔を洗いに行く。その帰り
「許可をいただけますか?」
「まあ、雲の上じゃから構わんがよいのか?」
「乙女があそこまでしたんです。それに今のままで火車に勝てるとは思えません。」
銀虎に部屋の前を通るとギギとの話し声が聞こえた。
「確かに、火車は今の犬神一門では一番強いはず。あいつが手塩にかけて育てたからのう」
あいつとは寝たきりの犬神の長のことだろう。
「虎太郎のやつ、狛犬を葬ったことで犬神に自分が入る隙を作りおった。この対戦も虎太郎の入れ知恵かもしれん。」
「はい。最後の合戦も気になります。犬神に合戦を仕掛けるほどの主要勢力はいるとは思えないのですが?」
「ほとんどやられているじゃろ。昔は何かあるときはわしも加わってたからな。今はめっきり減って、そういう関係だったと言うことも忘れられ、知らんやつが多くなった。虎太郎がどこまで浸食していることやら」
白灯は自室に戻る。
朝食の時間にいつも通りのギギが呼びに来た。
出発するときもいつも通り、いつも通り過ぎておかしいぐらいだった。
フィールドに向かうときも
「では、行ってきます。」
「無理するなよ。」
「解ってます。」
ああ、また笑顔で行ってしまった。白灯はそう思いながら見送った。
火車もフィールドに入る。
「今日こそ勝てよ!」
犬神の声がウザったい。
「それじゃあ副将第二戦を始めるよ。ルールが同じ、死ぬまで終わらない。用意、始め!」
虎太郎の合図と共にギギが走り出す。だがその姿は大きな猫、口に刀を咥えている。
火車はギギを避ける。タイヤのついた体は素早く回転して迫ってくる。
だが、ギギも身をひるがえし避ける。そして爪を立て火車の持ち手を切り刻んだ。するとそこには一匹の猫が現れた。
「どういうことだ?」
白灯は驚く。犬神に猫がいたのだから
「火車は長が犬神の長に火の車の運転をさせるのに丁度いいと言って白虎が一回目に結婚したときに渡されたやつだ。あの時にはもう足が悪かったからな。」
つまりもとは化猫一門の仲間だったやつと言うこと、だから火車について銀虎は詳しかったのだろう。
ギギが猫又と思しき火車を引く猫に刀を振り下ろす。相手は荷車を盾に回避した。火車だった敵は荷台を壊されもう猫でしかない。だがその手足の首には炎の毛が生えている。
爪と刀を駆使して相手を攻めていくギギだがその体は反撃をくらって血がにじんできている。だが、本人はそれを気にすることなく押していく。
相手の爪がギギの額をひっかいた。血は目に入り黄色い瞳以外赤く染まっていった。
「この対戦、成長どころが過去の見せ合いみたいになってんな。」
「どういうこと?」
鬼頭に聞く。確かに獏と園良の時は昔のことを聞いた。だが乙女の時はそういうわけではない。
「柳が人斬りしていたことは話たな。その時あいつの目は『血を塗ったかのように赤く、満月のような瞳をしていた。』白虎からそう聞いたことがある。実際に見たのは始めてだが人斬りの女化け猫の名は伊達じゃない。人間の姿でセーブされていた部分もあの姿じゃもう枷はないからな。あいつ、殺さなきゃいいんだが」
つまり、今朝の話はこれのことだったのだろう。
ギギはその瞳で相手を威嚇する。力の差が恐れに変わる。相手が怯んだところで刀を大きく振り下ろされた。相手の猫又の胸を切り裂いた。
朝から合戦の順備で一門は大忙しであった。向かうのは雲の上でも動ける者。狐が中心となった。
乙女の姿はほぼ回復した。傷も軽いやけどのみとのこと、安静にしていれば時期に目が覚めるという話、ウサギも驚きの羽衣効果だ。
ギギはというと額を大きく切ってしまった。出血が多いため絶対安静。
「私も合戦に行きます!」
「絶対安静でしゅ!」
猫と兎が押し問答をしている様子はシュールである。
「そもそも、その姿で家の中ウロウロされるわけにはいかない。部屋でおとなしくしてろ。」
「えー」
猫の顔でガキのようなことをいう。ギギは昨日からすでに花瓶を五つ、天井の電気を三つ尻尾で謝って落として割っていた。数年間人間の姿で居たため尻尾の使い方が解らないくなってきたのだと言っていた。そのほか、障子やふすまを爪で謝ってひっかいてしまったり、四足歩行も久しぶりだと言うことでふらつき、穴をあけてしまったりしている。それなら動かず、大人しくしていてほしい。対戦以来ギギはしばらく猫のままという話。
今の人間の体になってからは部分的にもとに戻っていたが全身を戻したのは約十年ぶりらしい。そのせいか戻り方が解らないと言うことで大きな猫が家の中をうろつく破目になっていた。
玄関先に何台もの朧車が到着した。
「おとなしくしてろよ!」
そういって乗り込み雲の上へ
すでに犬神一門は総動員で到着していた。神田の声かけで集まるとは思えない。虎太郎も絡んでいるのだろう。
「とにかく勝て、早くこのへんな首輪が捕りたいんだ!」
神田がケロベロスに言うも鼻息と飛ばされまた一回転していた。
「ルール説明だよ。まあ、死んだら終わり、じゃ、合戦があるからね。先に怪我した方の負けね。じゃないと合戦が夜までかかっちゃうといけないしね。僕も帰らないとだから」
と何か言っているが白灯は聞いていない。こみ上げる感情が早々に白灯の頭に耳を、腰に尻尾を付ける。
フィールドに白灯とケロベロスだけが残ると
「それじゃあ、始め!」
白灯は合図と同時に走る。鞘から龍刀を抜くとケロベロスを一斬りした。その一撃でケロベロスは倒れてしまった。
観客席の鬼頭の顔は驚きの色を隠せない。河村達も一瞬のことに何があったのか解らない様子であった。
「わお、一撃とはやるね。」
白灯の顔は半分ほど猫の顔になっていた。
「合戦とやらのルールに入れよ。」
睨みながら虎太郎にいう。
「焦らないでよ。まあ、早く終わるのは嬉しいことだけどね。」
防壁が消える。それにより合戦に出る者たちがフィールドに入る。
鬼頭は白灯を見つめる。まさか想定していた段階をいくつも超えてくるとは思っていなかった。自力で刀に仲間を入れる方法はなんとか身に着け、特訓では戦闘に馴染んだ体つくりと心的なところを鍛える目的も何とかクリアしたと思っていた。後はやる気の問題だったのかもしれない。どこか相手のことを見下しているわけではないが仲間意識があったのだろう。だが対戦中の神田の行動、虎太郎の言動。怒りが込み上げるところも多かった。白灯の成長は怒りに平行して上がっていくかもしれない。鬼頭はそう考えていた。
「それじゃあ、ルールだよ。ここにこんなものがあります。」
突然、何処からか石柱が現れた。
「ここにこれを置きます。」
胸元から鍵を取り出し、柱の上に置いた。
「これが君達の首についている首輪の鍵ね。それで」
もう一本柱が出てきた。
「こっちには解毒剤を置いときます。ぷしゅっとね。」
そう言った瞬間白灯はよろめいた。
「どうしたんスか⁉」
河村が走り寄ってきた。白灯の視界は歪む。
「何をした。」
鬼頭が聞く。
「ちょっとした毒だよ。さっきも言ったけど、僕も夜は用事が入ってるんだ。早く終わらせたいんだよ。」
そんな理由であった。白灯は猫だった部分が人間に戻ってしまった。河村の肩を借り立ち上がる。
「先に鍵に行け、あいつ等は神田のことは考えてない。鍵を取ったら勝ちなら、解毒剤は自分で取りに行く。」
「全然大丈夫に見えないッスよ!」
そういっていると頭上に影が現れた。
「私がやるです。」
その声に振り返る。そこには乙女が居た。
「動いて大丈夫なのか!」
驚き足が動くと白灯は崩れるように膝を着いた。その目の前に乙女が傘で浮いた状態から降りてきた。
「白灯さんの考えていることは解ってますよ。」
そういうと乙女は白灯の首に手を添えた。すると体が楽になる。
「あれ?」
乙女が手を離すとその手の中には
「ある程度は取り除きましたがまだ体には残ってます。ウサギが酒呑童子と後方に控えてますので下がっていてください。」
そういうと手の中の毒を捨てる。白灯はギギも現れ、その背に乗せられてしまった。
「ちょっと待て!」
「いいから休んでなさいです!」
そういってギギを走り出させる。
「体は良いのか?」
「ウサギにちくっとされたのでしばらくは平気です。」
「無理すんなッスよ。」
「うるさいです。」
前衛が構える。
「それじゃあ、争奪戦開始!」
虎太郎が不適に笑った。
「狐どもは鍵に行け、猫は俺に着いて来い!」
「私達も行きますよ!」
鬼頭の指示と乙女の先導で三手に別れる。鍵を取りに行く一軍。相手が鍵を取りに来るのを抑える二軍。そして解毒剤を取りに行く三軍。鬼頭は二軍を引き連れ、乙女が三軍として動く。一軍は
「ひるまず進め!」
イズナが引き連れ一斉に動き出す。
鬼頭と猫たちが石柱に一斉に向かった犬神一門をけり落としていく。その間に狐たちが昇って行くも尻尾を掴んで引きずり落とされてしまう。そんなことを繰り返しているのを横目に二人だけが犬神一門から解毒剤を取りに来ていた。
「お前らも手伝うです!」
乙女がそういうと二人は驚いた顔を見せる。もちろん共に三軍の河村や多々良、ハチも何を言っているのか。という顔をする。
「解毒剤は一つです。ウサギに培養してもらって二人を助ける手段が一番です。私とこいつらでバ神田のところに行きますからお前らは薬を持ってウサギに届けるです。」
「待て!」
犬神一門の二人。犬たちが言った。
「それではそっちの大将に使われるかもしれんだろ!」
「だったら一人は向こうに行くです。早くしないと人間の体にはこの毒は危険です!」
と言うことで別れて走り出す。
河村が手の吸盤で石柱を登り
「有ったッス!」
多々良が巨人の姿になり手に河村とハチ、犬を乗せ走った。
乙女ともう一匹の犬も走り犬神一門側の観客席に、そこにはすっかり顔色も悪く、意識の無い神田が居た。
「しっかりするですよ!」
首輪に残った毒も含め傷口から毒を吸い取った。
「雨女ってなんでもできるんだな。」
「普通は無理です。」
犬の背に犬神を乗せフィールドを戻って行く。時々誰かが投げたのか犬やら猫やら狐やらが飛んでくる。
その頃白灯は酒呑童子に守られる形で後方に下がっていた。
「鍵だけじゃなく、こっちを殺しに来るとは何を考えているのやらぴょん。」
ウサギはそういいながら白灯の傷口に微かに残った毒から成分を分析している。
「ああ、可笑しなことになって来たな。」
白灯は乙女により、体は楽になったもののまだ動けない体を持て余していた。
「こいつらきりがねえ!」
酒呑童子がそういいながら一人で白灯に狼を寄せ付けないように薙ぎ払っている。
一方、鬼頭は乱暴に柱を登る妖怪を落してく。
「取った!」
コンの声が聞こえると
「コンに近寄らせるな!」
コウモリがコンと共に白灯のいる方向に向かって宙を走っていく。コンに近寄る敵を皆で落としていくもその間を抜けていく者がいる。それをコウモリがコンにくっついて払いのけていくのだ。そこにを解毒剤をもって走っていた多々良が助けに入る。
「解毒剤ッス!」
「培養するでしゅ。」
ウサギが受け取る。それを現代的な機械にセットして動作を始める。
「鍵持って来た!」
コンも到着するなり白灯の懐に飛び込み、鍵で首輪を外すと
「早く一門に持ってけ」
コンは再び鍵を咥えて雲の下へ走って行った。
すこしして乙女が神田を連れてくる。
「ウサギ、まだですか⁉」
「もうすぐでしゅ。」
その時大きな爆発の音がした。皆が視線をフィールドに向ける。鬼頭の頭を鷲掴みにした虎太郎が犬神一門の者を引き連れていた。
「勝負は化猫一門の勝利。犬神一門は解散とする。」
何の話か虎太郎に視線が集まる。
「貉組からも抜け独立一門、人狼に再成する。」
そういって鬼頭を投げた。
「目的はこれか」
銀虎が白灯の背後に到着した。
「さっき犬神の長まで家に来た。火車も傷が深いのにのう。虎太郎、お前の父は白虎じゃないんじゃな。」
「うん。猫からオオカミが産まれるわけないじゃん。」
虎太郎が話すことは可笑しな事が多かった。
虎太郎の母親は元の一門に戻るため白虎の協力のもと離婚。それなのに子供がいることは可笑しな話であると、説明する。一門に戻った母親は妊娠していた。その父親は
「オオカミだよ。」
オオカミの子供がオオカミに引っかかれ人狼として産まれたのだ。
「理不尽だよね。狐付の家は問題ないのに、犬の中にオオカミがいるのはよくて人狼がいるのは問題視されるんだよ。不公平だよ。」
「妖怪の世界、公平なものなどない。お前が一番わかっておるじゃろ。」
不敵な笑みのまま背後に横丁への道のような空間が広がる。だが、その先は町が見えるわけでもない真っ暗な空間。
「これ以上話をする理由もない。狐のお嬢さんによろしくね。近いうちに迎えに行くから」
そういうと一門そろって開かれた暗い穴に消えて行った。
残されたのは元犬神一門の犬二匹と長代理だけだった。
怪我人と乗せ朧車が何度も雲の上と一門を行き来する。白灯も神田と一番に運ばれた。
「チクっとするでしゅよ。」
意識の無い神田と白灯はウサギに注射を受け休んでいるように言われる。怪我はないもののベッドに入るとすぐに眠気に襲われた。
ウサギが何匹も一門の中を動き回る。狐に猫、一部犬までいるためここがどこだか錯覚しそうである。
「雨女も休むでしゅ。」
「まだ大丈夫です。」
「今は平気でも薬が切れると気絶する可能性もあるでしゅ。」
乙女はウサギと話していると
「雨女!」
空に掴まり部屋に戻って行った。
天子の部屋。首輪は外されている。だが体力の低下がみられるせいかもうしばらくは眠っているだろうという話で狐が集まり看病をしている。
その天子が目を覚ましたのは四日後、もう夏休みは終わっている。天子を含め、乙女と鬼頭、天道たちは学校に通えずにいた。
「よかった…」
小鳥が帰ってくるなり天子が目を覚ましたと聞き部屋に駆け込んだ。学校には夏休みの終わりに事故に合ってしまい。一緒にいた乙女と天道、園良、獏を偶然その場を通り助けに入った鬼頭が病院に運ばれたと言うことになっている。診断書などはウサギが作っていた。
「えっと…どうしたの?」
天子は何があったのか覚えていないらしく対戦の結果などを伝えた。
「なんか迷惑かけちゃったみたいだね。」
「違う。私が、私がいけないの…」
小鳥が涙をぬぐう
違う部屋では神田が床に臥せている長の枕元に座っていた。
「もともと人間の俺が妖怪なんて無理だったんだよ。」
そういうのを向かいに座りおしぼりを絞る火車基、猫又が
「そんなこと言わないでください。」
そこに銀虎が入る。
「調子はどうじゃ犬っ子」
銀虎の問いに神田は黙る。代わりに猫又が
「坊ちゃんはすっかり良くなりました。あっしも魂一つ無くしましたが体はもう元気です。この度は偉い迷惑かけてしまって、申しわけありませんでした。」
そういって深く頭を下げた。
「そこに寝てるやつとわしの仲じゃ。水に流そう。それよりお前らはこれからどうする?」
銀虎は神田の隣りに座った。
「今犬に仮住まいを探させてます。坊ちゃんを横丁に住まわせるわけにはいきませんから」
「まあ、人間なのだから仕方ないのう。このまま家にいても構わんぞ。」
神田は驚いた顔で首を激しく横に振った。
「ありがたい話ですがお断りします。もともと人見知りのタイプなので」
神田の今までの行動からそんなそぶり一切見えなかったが
「では、横丁に引っ込むのじゃな?」
「はい。」
それを聞くと酒呑童子を呼んだ。
「なんでしょう?」
「横丁の再建は進んでおるか?」
「ええ、まだ半分ほどですが」
「ではどこでもいい。一件家を建ててくれないか。こいつを休ませる場所じゃ。」
酒呑童子は銀虎と病人を見て
「湖の近くなら静かですかね。」
「そうじゃのう。よろしく頼んだぞ。」
頭を掻きながら酒呑童子は庭に出ていった。
銀虎はもう一度神田を見た。
「お前、親はどうした?」
「……死んだ。狐の化け物に殺された。」
だから、特に天子に嫌われるようにしていたらしい。仲良くなっても何されるか解らないから『お互い警戒しているのがいいと思った。』といった。
数日後
『家が決まったので出ていきます。』
という手紙を残して犬神は姿を消した。しばらくして元犬神長も横丁に移ることになった。