夏休みと海洋妖怪
夏休みと海洋妖怪
終業式の今日、帰りのホームルームも終わり各々夏休みの話題に花咲かせる中、教室に
「大太郎!」
という声がして白灯の視線は多々良に向く。多々良の下の名前が大太郎なのだ。
その多々良には髪の長い綺麗な女性が抱きついていた。
「どういうこと?」
何があったのかよくわかっていない白灯のもとに河村が
「人魚姫様ッス。海洋妖怪の長の娘で多々良の恋人ッス。」
「そうなんだ…って、恋人⁉」
いろいろと無視してそれに反応する白灯。
「白灯さんはお会いするの始めてですか?」
乙女と天子は荷物を持って河村の席に来る。
「うん、そっか、ダイダラボッチって海の妖怪だもんな。」
見た目が人間から変化するところを見たことがないため忘れていた。日本を作った巨人なのだからよく考えると陸地で産まれたわけではないのだ。
「それで、なんであの状態?」
「夏休み前はあんな感じです。多々良はこれから帰省するのでそのお迎えです。」
「そうなんだ。じゃあ、邪魔にならないように帰ろうか。」
と教室を出ようとするも
「ストップ。」
と鬼頭に止められた。
「部活の話がある。」
そういわれても
「誰か部活入ってたっけ?」
「昨日言ったこと忘れたのか?」
鬼頭の頭に青筋が浮かぶ、なぜか今日は短気である。自分も小鳥といちゃつきたいのだろうか。そう考えるも白灯は自分の想像を手で払う。
「忘れてないですよ。で、誰ですか?」
「だから部活に来い。」
鬼頭は一人歩きだし教室を出ていった。
皆ポカーンと見てるも
「こっち」
と小鳥が言うためついて行く。
「部活って何?」
小鳥に聞くと
「ここの学校って本当は全員部活に入らないといけないの。」
と言われる。初耳だ。
「じゃあ、みんな入ってるの?」
「知らないです。入学したときに先生が適当に入れといたとしか聞いてないです。」
「ある意味不安しかないよね…。」
白灯もおそらくそれに入っているのだろう。
小鳥は教室のある校舎を出た。そのまま体育館へ向かうもすぐに横の上への階段を上る。そして放送室とはまた別の部屋に入った。
「何ここ?」
「万部よ。」
ドアを開けて入ると鬼頭と
「ゲッ!」
乙女が嫌な顔をする人物と
「その人は?」
黒い布をかぶった人物がいた。シルエット的に人間だと思われる人物だ。
「こいつかこいつを一門に入れればいいんだろ。後のやつらは一門に属しているからな。」
そんなにこの学校には妖怪がいるのだろうか。疑問に思いながら
「二人とも?」
「雪女はダメです!」
乙女が反対する。白灯がどうしたのかと思っていると
「前に言ったじゃないッスか。小学校が氷と雪に包まれたって、そのケンカ相手ッス」
「河村うるさいです!」
窓の外で轟きが聞こえる。
「お前の方が五月蠅いぞ。五月はとうに終わっておる。いつまでも羽音を響かせるでない。」
見た目は中学生だが話し方が古風だ。
「教室で浮いてそう。」
「現に浮いてるよ。」
獏がいう。
「そもそも、童は蠅のいるような一門に入るつもりはない。必要だと言われたから着たものの、化猫も落ちたものだ。」
と雪女はいうも
「乙女って強いよな?」
「そりゃあ、天女の声がかかるぐらいだしね。」
園良が言う。そこに
「みんなここに居たんだ。」
と多々良が入って来た。
「お姫様はいいんッスか?」
「一門に先に返した。ついでに雪男捕まえた。」
肩に担がれたそれは紛れもない雪男。帰ろうとしたところ捕まったのだという。
「ふん、そなたもいたこと忘れておったわ。下界が合わないのを解っていてまだとどまっていたとはな。童はこれで帰らせてもらうぞ。」
そういって白灯たちの横を抜け、雪男の前を通って雪女は帰って行った。
「……いいの?」
鬼頭に聞く。
「山村もむくめて八人、足りないのは一人だからいいだろ。で、こいつはがしゃどくろ。」
「ハチです…」
最近は慣れてきたのかよくしゃべる雪男だが出会ったときの彼にこのハチは似ている。
「よろしく、月影白灯です。」
と言って近寄るも
「わあああぁ……」
カタカタ震えながら離れられた。
「ぼ、僕に近寄ると骨になる呪いにかかりますよ…」
白灯は鬼頭を見る。
「いや、ならない。がしゃどくろは現代妖怪で知名度も低いからな。自分で適当に言いふらすと人間はそれを信じる。そのうち本当に呪いが使えるようになったりもするやつがいる。」
つまりは人間が信じるとそれが具現化してしまうと言うことか。
「つまり俺の知ってるがしゃどくろは巨人が骨になったような見た目だったり、合戦の戦死者だったり、自然災害による死者が怨念をも持って大量に地中から這い上がってくるようなゾンビみたいなのなんだけど」
「こいつは巨人の骨の方だな。そんなに大量に骸骨が歩いてたら骨格模型も顎外すぞ。」
それは笑える話である。
カタカタ音をたてながら黒い布をかぶったハチを一門に入れるため一先ず帰ることにした。
「ねえ、一門に入ってもハチは良いんだよね?」
今更聞く。
「う、うん。この前の騒ぎで危うく頭蓋骨が砕けるところだったからね。一門に入ろうか検討してたんだけど黄龍会はこの辺になくてね。当てもなかったから、助かったよ。」
それならいいのだが
保育園に迎えに行くと真子も人子も空もハチを見上げ、挙句黒い布を引っ張り出す。
「こら、これから仲間になってもらうんだから」
「骸骨」
「髑髏」
「スカスカ…」
空にまで言われる。
「ほら、空は早く着るですよ。」
乙女に持ち上げられると裾が捕まれたままでめくれる。どうやら顔だけでなく全身骨のようだ。よくそれで学校に通っている。
「合戦に姉様は出ないだろうな!」
「言われなくても出さないよ。」
コンに真剣な顔で言われる。イズナも口にはしないものの白灯を見つめる。
「二人とも、心配なのは解るけど聞き方が違うでしょ!」
二人の様子に気が付き天子がいう。
「そうですが…なんせ決闘なんて始めてと聞いておりますし、もしもこの者が負けたときのことを考えますといろいろと厄介です。怪我だけでは済まない話…。」
「建前を先にいうなよな。」
家に帰ると
「なんだこりゃ…」
門をくぐったところでなぜか辺り一面水しかない。
「姫がやってんだ。ずっと陸地じゃ干からびるから」
「人魚だって言ってたもんな。どうせ祖父ちゃんに許可取ってるだろうからいいけどなんで息できるの?」
全員普通に門をくぐり少しの浮遊感があるものの歩いて玄関に向かっている。
「妖怪ですからね…」
唯一ギギだけが機嫌が悪い。逆に河村と乙女はとこかに行ってしまいそうな勢いである。
「ギギってプールの授業でてないし、水ダメなの?」
「そ、そんなこと、ありませんよ……」
目をそらされる。そこに
「帰ったか!」
卵が完全に浮いた状態で足をばたつかせ泳いできた。
「お前は平気なんだ。」
「なんじゃ、ギギがまだダメなのか。猫とはいえ妖怪だ。水ぐらい慣れる。見ろ。」
庭への道を見ると普通に猫又達が浮いていた。とはいえ、化け猫も嫌な奴は嫌なのだろう掃除ができないと玄関の影で話している。
「変な光景…」
そう思いながら家に入る。玄関をくぐるとそこはいつもの家の中、水はなかった。
「急に熱くなったな。」
「この時期は水中の方が涼しいんだな。」
と園良と獏が話しながら先に上がって行った。
「さすがに汗かいちゃったね。」
「お風呂で水浴びしたいです。」
「なら行ってきなよ。今日の掃除のやつに声かけとけばいいから」
白灯に言われ乙女と小鳥それと天子は速足で掃除当番を探しに行った。
「俺達も風呂入ってからだな。ハチはどうする?」
すっかり影のようになっているハチは
「僕は汗かかないので、大丈夫です。」
本当に骨しかないようだ。骨が汗をだらだらかいてても怖いが、
「雪男も行くッスよ!」
今日の男湯の掃除当番は河村である。
雪男のおかげで氷風呂となった。
居間へ行くと夏だというのに囲炉裏でするめを焼いている銀虎と卵、それを目撃した化け猫や猫又が集まっていた。
真子に人子、空は縁側の日陰でなぜかきゅうりやトマトを丸かじりしているのに川村が便乗する。そこに鵺の近寄り甲羅によじ登っていた。
「俺らも入ってくるわ。」
園良達もお風呂に向かって行った天子たちはまだ出ていないようだ。
「カキ氷食べる人…」
と小さく言うと
「はい!」
一斉に手が上がった。
「わしらのは梅酒な。」
「俺そのまま氷でお願いするッス。」
「イチゴ」
「メロン」
「猫もそのままもってこい。」
皆が口々に言うため忘れそうだ。
「何もかけずに持って来るからシロップは自分でかけて」
といって台所に向かう。
電動カキ氷機で早々と粉砕された氷の山が出来ていく。そこに
「カキ氷ですか?」
乙女が通りかかる。
「うん。三人も食べる?」
「自分でやりますよ。早く届けないと溶けちゃいますよ。」
白灯の持つお盆には大量の氷の山。
「なら悪いんだけと誰かそのシロップも運んでくれない。居間にいるから」
白灯は先に足を進める。その後を天子が
「じゃああたし持ってくね。」
と言って持って行った。
乙女は三人分と思って作りはじめるもそこにまたも風呂上りの園良達が通りかかり増えた。結局居間に行ったときにはほとんどみんな食べ終わっている頃であった。
カキ氷を食べた器とスプーンを片付け本題に入る。
「では出るのは白灯、ギギ、乙女、河村、大太郎、獏、英羅、雪男とそのハチなんじゃな。」
「ほかに出れるやついるの?」
「戦闘に向いているやつはいない。じゃが、本当にこのためだけにおぬしは一門に入っていいのだな?」
ハチに聞く。彼は大きく首を上下させる。
「まあ、おぬしの話は聞いておる。望むのであればいいだろう。」
そういうと近くの戸棚から鉛筆とノートを出し
「まず、大将は白灯じゃ。副将にギギと乙女がついてもらう。そうだな、中堅には獏と英羅が良いだろう。次鋒に…河村にしておくか。あと雪男じゃ。それで先鋒は大太郎とハチに行かせよう。」
「何でそうなったの?」
白灯はノートを自分が見やすい方向に回す。
「先鋒って先手必勝だろ?」
「大太郎もハチも巨人じゃ。攻撃されても少しの怪我、大したことにはならんだろう。犬神から着そうなやつらの予想が出来ておるからな。」
ふうん。と言いながらノートを見て多々良とハチを見る。
「ちなみに二人は知り合いだったりする?」
二人は首を振った。ならば始めから険悪ムードとなることは無いだろう。手紙には日程表も同封されていた。それによれば先鋒から中堅までは二人一組で戦うようだ。中堅の獏と園良は問題とないとして
「次鋒が心配だな。」
「そうなんじゃ。雪男には悪いがここは捨て駒となりそうじゃ」
「酷いッス!」
「そうだよ。」
白灯は始めて河村の意見に乗る。
「命かけろって言われてるようなルールなんだぞ。捨て駒は困る。」
銀虎は腕を組んで悩む。
「お前ら、全員で海に行って来い。」
何を思ったのか突然言われる。詳しくは卵に任せると言われ人魚姫にまで話を通すことになった。
海というのは天の青を反射することで青く見せている。本来の色はプランクトンや海洋生物の影により濁った色に見えるという。それは真上から見れば反射角の問題上本来の海を見ることもできるが面白くない。宇宙から見ても海は青い。それ大気中の酸素などの粒子に日光が反射することでその色が海に写っているのだというが詳しいことはあまりよくわからない。専門家ではないのだから
現に、白灯は海を見ながら確かに天の青と色は似ていることを実感しているが目の前の現実は可笑しなものである。
「なんなんだ⁉」
「鮫に食われるです!」
「これは妖怪です!」
乙女とギギに言われるもそんなことは随分と前から解っている。何せ宙を飛ぶ鮫なんてありえないからだ。
「そんなことより何でこんなことになってんだ!」
「知るか!」
「何とかしてよ!」
いつもは陽気な園良と眠そうな獏ですら全力疾走で逃げている。
「何とかしろって言われても鮫をどうこうしたらどうにかなるんだよ!」
「暑い…」
「干からびるッス!」
「知るか!」
雪男と河村の意見になど耳を貸す余裕などない。
「そんな走りでは食われるぞ。もっと走れ!」
卵がなぜか鮫の上に乗って指示を出す。
そもそも始まりは海についての一言
「これは確実に犬神の阿呆どもに勝つための合宿じゃ、走れ!」
から早数時間。走りっぱなしである。すでに脱水気味のメンバーだが妖怪には脱水症や熱中症などは無いらしく、白灯もすっかり妖怪らしい体にいつの間にかなったようで症状から来る吐き気、めまい、頭痛、発熱などそう言ったものは誰一人訴えることなく走り続けている。汗はだらだらだが
始めはただ後ろから追いかけてくるだけの鮫だったのだが時間がたつにつれお腹が空いてきたのか閉じていた口を大きく開き現在捕食しようとだんだんとスピードを上げてきている。それによりランニングだったのが全力疾走へと変わっている。すっかり海も茜色である。
「今日はそのぐらいにしたらどうですか?」
海から人魚姫が上がってくるもその目の前を一瞬で通り過ぎる。
「何してるの?」
多々良にも聞かれるも
「何とかして!」
しか言えずに目の前を通り過ぎる。
多々良は天子と小鳥がバーベキューの順備をしているところに海で取り立ての海産物を届ける。
「あれどうしたの?」
「鮫がお腹空かせてるみたい。」
「ずっと走ってるの追いかけてるからね。」
と悠長に眺めながらいう二人。
「あいつ、空気中にもプランクトンあると思ってんのかな?」
多々良のつぶやきなど白灯たちに届くわけもなく、結局解放されたのは辺りが暗くなってからだった。
「死ぬかと思った……」
「肉食じゃないなら早く言ってほしいです…。」
「全くです。」
珍しく乙女とギギの意見が合う。すっかりばててしまった河村と雪男は頭に保冷剤を乗せて固まっていた。園良と獏は回復早く消費した分のエネルギー補給に忙しそうである。
「お前ら、ハチを見習え。全く疲れておらんぞ。」
ハチも共に走っていた。だが一度も何かを喋ると言うことは無く、もくもくと鮫から逃げるだけだった。
「ハチって、食べられる心配とかした?」
「いえ、全く。骨なのもで、犬以外にさほど困ったことありません。」
「これから戦うの犬だよ。」
「数十年も前の骨を食べたがる妖怪も少ないです。」
それもそうか。肺も無く、肉も無く、胃がないためエネルギー補給の必要もなく、疲れない。ある意味理想的な姿である。
後片付けを終えて皆砂浜に張られたテントに入った。
「明日からお前とギギ、乙女は個別に特訓じゃ。」
そういいながら家から持参した寝床に寝転がる。
「みんなは?」
「まとめて特訓じゃ。園良と夢橋、多々良以外は戦闘には不向きじゃ。まずは体力づくりからになる。数日様子を見てから戦闘特訓じゃ。お前も早く寝ろ。みんな寝始めた。」
寝ていた上半身を起こしテント内を見渡すとすっかり夢の中の様子であった。ハチは眼球がないためわかりにくい。寝ているのか起きているのかわからないが白灯も横に戻り目をつむった。
翌朝、テントに差し込む日差しで目を覚ます。まだ早い時間なのだが外に人影が、大きなテントなのだがここで寝ているのは白灯のほかに男勢である。
「おはようございます…」
そういうハチと話をする。どうやらあの体は眠れないらしい。目も脳も無いため寝る必要も寝方も解らないのだという。
「おはよう。アレって、いつから居るの?」
外の人影のことを聞く。河村と多々良は水中で寝ている。それが慣れているのと実家があるというだけなのだが、女子もテントは別である。
「さあ、夜明けで明るくなったときにはもう、気配は有りませんが殺気も無いので」
解らない。とのこと。白灯はテントを出る。海から上がる朝日に目がくらむが
「よう。元気してたか?」
そこにいたのは人間の姿の
「酒呑童子?」
で、あった。
「あれ、なんで、今牢獄なんじゃないの?」
天狗のもとへ出頭して捕まったと思っていたが
「お前のところのガキがいちいち説明に来てくれたようでな。俺はあのままでよかったんだが執行猶予で出所だ。今は横丁の再建貢献とかの奉仕をしているところだ。」
そうだったのか。では
「なんでここに?」
という質問が出てくる。
「わしが呼んだ。」
どこに行っていたのかいつの間にかテントを抜け出していた卵がそこにいた。
「なんでまた?」
「お前の内にあるものを出さないと今回危ないかもしれんからな。相手はよわっこい子犬どもだが噂では犬以外にも飼っているからな。化猫のように」
ほかの一門は純粋にイタチだけやタヌキだけというところが多い。天子の化狐もキツネしかいない。もちろん貉組以外にも組がありそこには一門が多く存在する。組を束ねる色龍会がさらに上にあるからこそ、もちろんそのうえにも会を束ねる組織がある。そうして成り立ってる。それとは別に海洋妖怪、付喪神などがいる。
「戦闘実績の少ないお前は立たった一度、しかも仇討の戦いしか経験がない。生きるか死ぬかの戦い、酒呑童子で体を慣らしておけ、いざ本番で使えなかったら困る。」
ということで朝から砂浜という足場の悪い中、竹刀から稽古が始まった。
辺りに響く竹のしなる音。ぶつかり、弾かれる音。
「剣道じゃねえんだぞ!」
という声に気付かされる。構えが変われば満足な顔をされる。
「刀身でも攻撃されんだぞ!」
そういって腕を思いっきり竹刀でたたかれた。学校では体罰なんていわれる行為も今の白灯は吸収しなくてはいけないこと
すっかり朝日も昇り切り皆は起床するや否や外の光景に驚くのだ。あの酒呑童子と白灯が体にあざを作りながら竹刀を軋ませている。
「そういえば出所されたらしいですね。」
乙女があくびをしながらいう。
「え、いいの。そんなことで済ませて?」
天子が心配そうにいう。
「仕方ないよ。月影くんの相手にちょうどいいって卵が判断したんだから」
と小鳥までいう。人間の部分のある天子からすると理解しにくい現場ではあるが弱い妖怪はすぐに消される。それを知っている乙女や小鳥は心配でも助けに出ることはない。
「今日から本格的に特訓です。二人は救急箱の中身が無くならないようにちゃんと管理してくださいです。」
乙女は傘を取り出す。
「準備、できてますか?」
「もちろんです。結構離れたところでやらないと被害が出るですよ。」
ギギもテントから刀を持って出てきた。そして二人で砂浜を歩いて行った。
「ごはんの時にはちゃんと戻ってきてね!」
といったところで聞いていない二人の雰囲気。
河村と多々良も上がってくる。砂浜に残された獏、園良、ハチと上がってきた二人はふと、雪男がいないことに気が付く。
「雪男どこッスか?」
「あれ、そういえば昨日の夜からいないかも…」
五人で雪男を探しに出るが海辺にも岸壁の上にも近くの森にもその姿はどこにも見当たらなかった。そこに
「あ、お前らここにいたのかよ。砂浜行っても稲沢達しかいねえし、探しちまったじゃねえか。」
「じゃねえか。」
「じゃねえか。」
「怒られるよ…」
天道がいた。なぜか真子に人子、空と鵺を連れていた。
「……そういえばお前の存在忘れてた…。」
「何となく、阿部と同一視しちまうんだよな。天狗だし」
「クソ陰陽師と一緒にするんじゃねえ!」
園良と獏が言うとこめかみに青筋を浮かべる天道であった。
「で、何しに来たんスか?」
「ああ、雪男が変わってくれって頼みこんできたからな。天狗という中立の立場だがここは白灯さんのためにひと肌脱ぎに来た。」
おお、と指先だけを打ち付け小さな拍手が森に響く。
卵に訳を説明する。もともといやいや参加の雪男、何となくでこうなることを予測していたような口ぶりの卵だった。
昼もすぎ、白灯は酒呑童子と昼食の輪に入った。
「乙女とギギは?」
雪男の話を聞き終わりほかにいない二人のことを聞く。
「どうせあの二人のことじゃ。戦闘訓練というか、特訓というかそういうものということを忘れて熱中しすぎているんじゃろ。食後の軽い運動じゃ。白灯、様子を見がてら弁当届けてこい。」
と、いうことで白灯はおにぎりと焼き魚を大きな葉っぱにくるんで持たされた。それを一か所だけやけに天気の悪い岸壁の上まで運ぶ。
「なんでこんなところで…」
やっと上まで到着するもそこは本当に戦闘後ですか。と聞きたくなるぐらいの荒れ地。土はところどころめくれ、水たまりがあるのに草は燃えている。燃え残った灰が風に流されていく。
「なんだこりゃ…」
「あ、白灯さん!」
「白灯様⁉」
傘と刀が交わっているというおかしな光景である。
「隙ありです!」
「ひ、卑怯者!」
で、乙女の傘がギギの頭に当たった。
「二人ともどれだけやってたの?」
「朝からです。朝からやって今ので私の三勝二敗です。」
「次は勝ちます。」
と言って構え直す二人だが
「ストップ。その前に昼飯食ってからだ。朝飯も抜いてんだろ?」
「あ、忘れてました。」
ギギが白灯から二人分のお弁当を受け取る。乙女の腰かけている岩まで届け隣に座った。
「それじゃあ、俺戻るから、日が暮れたら戻れよ。」
「了解です。」
「無理のないように」
白灯は昇った崖をおり、自分の特訓に戻った。
午前中に雪男探しをしていた五人と天道は午後、前日同様、今回は海牛に追いかけまわされていた。ただ走るだけ、攻撃禁止でただ逃げるだけ。海牛は最近人魚姫が飼いならしたらしく多々良には全くなついていない。そのため食われはしないものの追いつかれると角で思いっきり海に放り投げられてしまう。しかもただ投げつけられるだけならまだしも、あまりに高く投げられるため水面にぶつかる衝撃で全身が赤くなる。河村の甲羅もヒビが進行してしまったが本人は気付いていない。獏は四足歩行禁止、園良も煙になるの禁止、多々良は巨人化、天道は飛ぶことが禁止され走らされている。
こうして太陽が沈むまで特訓は続いた。
「みんな怪我だらけだね。」
「あれだけ投げられてたらね…。」
小鳥がこっそり河村の甲羅を補強する。
「それで、二人は何をすればそうなるの?」
戻ってきたばかりのギギと乙女を見る。着ている物はボロボロ、体は土や泥に傷だらけ
「本気出せばああなるもんだ。お前も明日は本気出せよ。」
と酒呑童子は言って頭を乱暴に撫でられる。
決して手加減しているわけではない。手加減すればこっちがやられてしまう。だが、彼は隻眼。しかもそれは記憶にないが白灯自ら付けた傷。どうしても守りに呈して手が出しにくい。同情や悲観ではないつもりだがそれが竹刀を持つ手に、間合いを取る足に、守る体に、攻めようとする顔に出ているのだろう。
白灯は早くに就寝した。
朝日が昇れば竹刀を持って外にでる。乙女とギギも天子や小鳥、真子たちを起こさないようにテントを抜け出す。ほかのみんなも早朝から走り込み、昼間は仲間内で戦闘訓練である。時々酒呑童子の様子を見に来る茨木童子にも相手をしてもらっている。
すっかり日にちはたち八月も中頃。お盆になると
「小鳥も稲沢も随分と日焼けしたな。」
鬼頭が様子を見に来た。
「そうなの。人間の世界だと日焼けなんてしないんだけどね。ここは」
「何か違うの?」
小鳥に天子が聞く。
「海から妖気が上がって来てんだ。それがいつもは日光の影響を受けにくい妖怪の体にも日焼けやら熱中症やらの症状を出させることがある。妖力が高ければ高いほどその影響は出やすい。だが、一部例外的な連中もいる。」
鬼頭はそういうと白灯を見る。そこにはすっかり真っ黒に日焼けした彼が汗だくで酒呑童子に向かっていた。特に今のところ熱中症などの兆候は誰にも見られない。鬼頭の頭には最近調べていることが白灯の体に部分的な影響しか出さない原因だろうと推測していた。
「そう言えば乙女とギギさんも凄い事になってたな。」
「皮がべろべろ剥けてたもんね。」
それでもあの二人の上には乙女により厚い雲があるためそこまで黒くはなっていない。特に乙女は日焼けをすると脱皮するかのようにどんどん皮がめくれていく。特訓中のメンバーで一番黒いのは
「夢橋のやつは酷いな…」
もともと白と黒の生き物。休憩中は疲れ切り元の姿に戻ってしまっている。その体は白い部分が薄まりほとんどが黒い。そんなこともあるのかと天子は唖然とここ数日眺めていた。
「こんにちは。お久しぶりですね。」
「ああ、あんたか」
人魚が砂浜に上がってくる。
「今日の夕飯の材料置いて行きますね。」
「ありがとうございます。」
今日も鯛やらホタテやら、この辺の海では取れないような物まで運ばれる。
「貴方も特訓に参加するの?」
「いや、俺は様子を見に来ただけだ。」
「そう、なら彼に適切なアドバイスをしてあげたらどうですか進歩は無いようですだから」
意外という人物である。
「月影な。あの時のあれを出すのに俺はあまり賛成じゃないんだけどな。」
と言いつつも鬼頭が来た理由は龍刀を持ってきたからだ。
鬼頭はその日一日白灯を観察した。そして夕方、いつもなら特訓は終わり体を休める時間なのだが
「月影、酒呑童子、柳と雨宮もこっちに来い。」
夕方とは言えすっかり暗くなった森に入った。
「どうかしたの?」
白灯が聞く。
「あと一週間であと三段階は強くならないと圧勝とはいかないだろ。そこでだ。」
鬼頭が真剣は顔で白灯に刀を投げた。
「これからお前の視界を奪う。俺達四人が一斉に攻撃に出る。それを感じて回避しろ。」
言い終わるや否や一羽のコウモリが白灯の顔に張り付いた。白灯は状況の飲み込みが一瞬遅れコウモリに驚く。
「先生⁉」
乙女が反論しようとするも
「生ぬるい攻撃をすると逆に斬られるからな。」
そういって鬼頭はカウントを始めた。
「3」
乙女は不安ながらも傘を地面につけた。
「2」
ギギが鬼頭を睨む。鬼頭はそれに顔をひきつらせた。
「1」
酒呑童子が妖しく笑った。
「行け!」
四人は同時に地面を蹴った。鬼頭がコウモリで出来た剣を、酒呑童子もギギも愛刀を突きつける。乙女の傘が白灯に向かって振り上げられる。それにより濁流が標的に向かって跳んでいく。
白灯にはカウントする鬼頭の声が聞こえる。聞こえてくる。足音も聞こえている。感じるのは本気の殺意に近いものと小さな戸惑い。一瞬でも怯めば確実に怪我では済まない。対戦にも出れなくなるかもしれない。そう思った瞬間白灯の中で何かかざわめく
「ギギ!」
「はい⁉」
切りかかろうとした瞬間突然名前を呼ばれ驚くも、驚いている間にその体は光に包まれ刀に吸収された。一瞬のことだ。
「またか」
「やっぱりな。」
そんな声が聞えたが気にしている暇はない。白灯は刀を横に大きく振った。
「きゃああぁ!」
乙女の声が白灯に届く。コウモリが白灯に圧倒され離れた。白灯の視界に入ったのは刀のめり込んだ。
「うわあぁ!」
手を急いで離した。乙女から刀が重みでずり落ちる。刀は地面に落ちるなりギギと姿を分離した。膝から崩れるように地面に座る乙女。
「乙女!」
白灯は乙女に駆け寄る。
「……あ、問題ないですよ。」
と軽く言う。本人は驚きはしていたがケロッと表情を替えた。だが、その顔にはまた別の陰りが見えた。
「でも俺、思いっきり」
「大丈夫です。私水なので」
乙女はそういうものの服は斬れている。ぽつぽつと雨が降り出した。
白灯の周り、刀の届く範囲のさらに倍の範囲の木が音を立てて倒れた。乙女の服が徐々に水に濡れていく。
「この感覚を忘れるな。」
鬼頭はそういうと皆の待つテントに向かって森を抜けて行った。酒呑童子は白灯の頭を優しく一撫ですると
「今の恐怖も忘れるなよ。」
といって鬼頭の後を歩いて行く。それをボーっとした顔で眺めていると
「白灯様、私達も戻りましょう。雨が降り出しました。汗を掻いた体が冷えてしまいます。」
ギギの言葉に白灯は立ち上がる。
「乙女」
そう呼んで手を差し出すも一瞬乙女はためらいを見せ、手を握って立ち上がった。
「ごめん。本当に大丈夫か?」
「…あ、はい。久しぶりの間隔に驚いてしまっただけです。」
そうい言うと乙女は自分から白灯の手を放し歩いて行ってしまった。
翌日。いつも通り特訓は始まるも乙女は浮かない顔。雨もやまない。
「今日は足場が悪いですから軽い特訓にしましょう。」
テントの中から外を見ているギギに言われても上の空である。
「…そんなに白灯様に切られかけたこと気にしてるんですか?」
「……違うです。ただ、ある人に似てる気がして頭から離れないだけです。」
寝ている空の頭を撫でる。
「ある人ってまさか満月のことじゃないですよね?」
とギギが聞くと乙女はギギを見ながら固まる。
「そうなんですね!」
「何でお前が満月のことを知ってるですか!」
「私のご主人様だからよ。貴方こそなんで満月のこと知ってるのよ!」
テントの中が騒がしくなる。
「昔、助けてもらったことがあるんです。ただ……それだけです。」
テントの入り口から遠い海を見る。高くなった波が大きな音をたてながら近くまで迫ってきている。
その頃白灯は卵を刀に入れる方法を模索していた。
「昨日は出来たじゃねえか。」
「何でだろうね…。」
自照の笑みが出る。
そこに
「みなさん、今日は陸にいるのは危険です。ですからどうぞ海で休まれてください。」
と言われる。白灯は辺りを見渡す。確かにこれ以上波が高くなればさらわれる可能性もある。雨も風が混じり痛いぐらい叩きつけてくる。
「海中でもできるの?」
酒呑童子に聞く。
「ああ、少しはな。」
と言うことで荷物を簡単にまとめバーベキューの荷物や大きなテントを森の木に括り付けみんなで海に入る。
海は河村の部屋や人魚がやった一門の庭のように息ができる。
「大太郎、みんなを案内してください。」
「はい、姫」
多々良は先に海中を進むとだんだんと体が大きくなっていった。
「そんなにデカくなるんスか!」
「知らないの?」
「河村だもん、仕方ないよ。」
「失礼ッスね!」
河村に獏と園良がチャチャを入れる。
巨人の姿になった多々良の髪やら指やらに掴まりそのまま海底に沈んでいく。海中は少し濁ってはいるものの海面ほど荒れてはいない。
もう長く潜っている気がする。辺りはだんだんと暗くなってから潜っているのか止まっているのかよくわからない。。
「もうすぐ着きます。あそこに灯りが見えるでしょ。」
人魚が指さす先には小さな点の光が見える。さらに潜ればそれがいくつもの光の集まりだと解る。
「さあ、つきましたよ。」
そこには多々良の身長の何倍もある城があった。
城に入ると多々良は元のサイズに戻った。
「随分と上が荒れているようだな。」
一人の男性の声がする。
「あ、お父様。そうなんです。なのでみなさんをお城まで」
「そうかそうか。ゆっくりしていってください。」
そういう男性に頭を下げる鬼頭と酒呑童子を見て皆がつられてお辞儀する。
「今のは?」
姿が見えなくなったところで聞く。
「聞いてなかったのか。人魚がお父様って呼んだってことはそいつが誰であろうとどんな奴であろうと海洋妖怪の親玉ってことだよ。」
そういえば人魚は長の娘だった。
「こちらへどうぞ。日焼けの処理を先にしちゃいましょう。海水だと直に沁みてくるといけないわ。」
と言うことでついて行く。着いた部屋で個別に海藻のエキスで作った薬だという物を塗られ放置された。しばらくしてパックのように剥された。
「白い!」
なんて声が白灯のいるところにも聞こえてくる。
昼食に集まり、食後には大広間に通された。
「特訓はこちらでなさってください。」
「ありがとう」
ということで人魚は部屋から出て行った。
「さて、何するかだな。」
「さすがにここでやるのは気が引けます。」
「そうですね。」
この大広間には多くの調度品が飾られている。そこで特訓するには自分も相手も周りの方に気が散ってしまう。
「ここは作戦会議だな。」
多々良に字の書けるものと書くものを頼むと木の板に鉛筆が持ってこられた。水中なのだから仕方ない。
木の板に先鋒と多々良、ハチの名前を書く。
「こっちに来る前に対戦相手が決まったって連絡があってな。相手方の先鋒は大首と大蝦蟇だ。デカくなって蹴り飛ばすなり踏みつぶすなりしろ。」
「適当…」
鬼頭は皆の視線を気にすることなく次鋒の河村と天道を書く。
「次鋒はぬりかべと人面犬だ。」
「ぬりかべって犬なの?」
先鋒の時点で犬ではないのだが
「知らないの?」
「ぬりかべのあの壁の部分は体や顔がやたら平たいため壁と勘違いしているんです。透明なためさらに、その姿は早々見えないですからね。まあ、そう呼ばれているだけでただの大きな犬なんですよ。」
小鳥と乙女に言われ天子と白灯がそうなんだ。と声を出す。
「それよりも人面犬って、あれ?」
一時一瞬のブームがあったような気がする。あの口裂け女などと同時期に流行、廃ってくると今度は人面魚にすり替わったあれだろうか。
「まあ、それだな。だから特に何か攻撃力があるとかってわけでもないが、河村だしな。天道、頑張れよ。」
「解ってるよ。そんなことぐらい。」
空気感の強い彼がいう。
「そんで次の中堅だが、」
獏と園良の名前を書いて止まる。
「相手が狛犬みたいなんだ。」
「え」
「マジ?」
二人が困った顔をする。
「何か問題あるの?」
「狛犬は神社へ悪い物が入らないようにする結界の役目もある妖怪だ。向こうの力量だと俺は煙になれない可能性もある。」
「それに向こうは石造、眠らせることも難しい。」
相手が弱いことに期待するしかない。
「副将なんだが、雨宮の相手はふらり火、柳が火車だ。」
「私は問題ありません。雨ですから、それに作戦もあるです。でも」
「さすがにここに私が入る事は想定の範囲内ですもんね。」
ギギが考え込む。
「あれ、乙女との特訓中、草とか燃えてたじゃん。アレ、ギギじゃないの?」
「私です。」
以外にも乙女であった。
「湿度をコントロールすれば少しの摩擦で火を出すことも可能なんです。」
一人で便利な物だ。
「まあ、無理のないようにだな。それで問題は大将だ。」
「神田だろ?」
自称長なら出てて来るもの、ルールにも一名を除きと書いてあった。一人学校の違う神田のことだろう。大将だけがちがう学校というのもよくわからないが
「いや、ケロべロスだ。」
「は?」
「え?」
「なんて?」
皆が驚きの顔をする。その横で真子や人子、空が鵺と遊んでいる姿はなんて和ましいものだろうか。
「あいつじゃねえの⁉」
「あいつだったら俺だって刀まで出して戦えなんていわねえよ。あいつは体育の成績二なんだからな。」
バカで運動もできないとは、あの女子に人気の可愛い小学生のような見た目だけで生きているのだろう。
「……で、そのケロベロスってアレだよな?」
「首が三つある。西洋地獄の門番だ。」
とさらっと鬼頭は言った。
「待って、それって生徒、学校通えるの?」
「だから一名を除き向こうの中学の生徒なんだよ。そもそも全員中学生かどうかも微妙だからな。ケロベロスも生徒だなんて言われればこっちは何も言えねえよ。」
人間の姿になることすらない、それよりか妖怪ですらない怪物が出てきた。白灯は頭を抱えることになった。
しばらく周りに注意しながら簡単な手合せをしていると人魚が戻ってきた。
「地上の天候はまだ回復していないので今日は城で休んでいってください。」
とのこと、久しぶりのベッドは不思議な寝心地であった。
朝が来たらしいと起こされた。寝心地が良すぎて熟睡してしまった一同だが、まだ天候は荒れているのだと聞く。
「台風かな?」
「いえ、これは…」
ギギが乙女を見る。
「お前も同じ癖に私だけを責めないでほしいです…。」
どうやらギギと乙女の間に何かあったようだと白灯は思いつつ今日の特訓は城から少し離れたところで提灯アンコウの光を借りてやることに話をまとめる。
乙女とギギは灯りの届かないところまで行き、
「白灯様の中には満月の魂が入っている可能性がある。長はそう考えているようです。」
「そういいますが化猫一門と満月は因縁の関係だと聞いています。」
「でも、白灯様のお母様、鬼灯様は満月家の人間です。」
二人そろって暗い顔になる。
「私達、いったい何のためにこの一門にいるんですかね。」
「そんなこと、私の知ったこっちゃないです。そちらはどうであれ、こっちは家がなくなって偶然センリさんに話した結果一門に入る事になりましたので」
乙女はふうっと息を吐く。空気の球体はいくつか海上に向かって行った。
「あ、あいつが飼ってた牡丹って!」
乙女がいきなり思い出したことを口にする。昔もこんな事あったな。と空気の玉を見ていて思い出したのだ。
「貴方、いったいいくつなのよ…。」
ギギは嫌な顔をする。
「天女ぐらいです。」
そういって立ちあがった。
「さて、私達も特訓、始めるですよ。」
そういって傘と刀が構えられた。水中では浮力に水の抵抗にと動きにくい。相手の動きを予測して回避しなくてはいけない。そう思い乙女はだんだんと体を半透明にしていく。
「水に同化するとは、卑怯者!」
「いくらでも言うが良いです。これが私のテリトリーです!」
というやり取りが白灯の耳にも届くようになった。水は意外と音を伝えるんだな。と思いながら視線を向けた。
「あの二人、仲いいな。」
「なんかあったんだろ。そんなことよりよそ見をするな!」
水中でもコウモリを出す鬼頭。目くらましされている間に酒呑童子にやられかけるも回避、だが
「甘いわ!」
と卵にタックルされ、
「甘い」
「渋い」
「苦い」
真子たちにもやられた。
「お前らは城で待ってろって言っただろ。」
「だって」
「だって」
「暇なんだもん…」
空が悲しそうな声と顔でいう。海についてからまともに構っていないものの特訓していることを話してある。現に鵺は大人しく、いい子に、河村の邪魔をしている。あの脱げる甲羅にもぐりこんで動き回っているようで、時々笑い声が聞こえてくる。
「私が遊んであげますよ。」
と人魚が真子たちに声をかけるも
「いい。」
「白灯がいい。」
「うん」
と言われてしまっていた。少しは空気を呼んでほしいが三人には無理な注文だ。
「そ、そうですか…」
がっかりした様子で人魚は言った。
「多々良なら向こうでやってるよ。」
彼の様子を見に来たのだと思いいうも
「そうなんですか。ですが今回は上の天候が安定してきたとお伝えに来ただけなんです。」
戻ったのなら陸地での特訓がしたい。
「じゃあ、戻ろうか。」
白灯は皆を呼び集める。
「もう天気大丈夫みたいだから戻ろうと思うんだけど」
「荷物まとめてくるです。」
城に残っている天子と小鳥はまだ知らないと言うことで乙女が知らせに行くとその後をアヒルの雛のように真子と人子、空がついて行き鵺もそれに気が付き追いかけて行った。
「俺達はゆっくり戻るか」
水の抵抗を感じながら歩く。きっと地上に出たら体が重くて仕方なくなるだろう。
案の定地上に戻るなりすぐにテントを張って寝ることになってしまった。
「まさかの筋肉痛…」
「ここ来て一番やばいかも」
「確かに」
「そうッスか?」
「うるせえ、くぞがっぱ!」
天道は暴言を投げつけすぐに眠ってしまった。獏も元の姿だし、園良なんているのかいないのか解らなくなっている。ハチも河村もそんな四人の様子を見つめていた。
「だらしねえな。」
「本当だ。」
酒呑童子と鬼頭も少し疲れた顔をしているものの軽く動いてからテントに戻った。まだ夕方だというのにすっかり就寝モードである。そもそも深海では海岸や海上に比べ妖気が強い。妖怪にとって体の負荷も大きく来る。だから海洋妖怪は異質なのだ。
「なんかプールの後みたいですね。」
「そう言えば、海は平気なんですか?」
乙女がギギを見ながらいう。
「雨が叩きつけてくるのと海中だったら海中を選びますよそりゃあ。水は嫌いですけど」
とギギは髪を拭きながら言った。乙女は髪を拭く必要はないため寝始めた真子の髪を拭きながら
「あと三日、ここで特訓したら対戦まで休養ですね。」
「その三日間が重要になって来ましたね。」
対戦には出れない天子と出れるが足手まといになる小鳥は何もできないことを眠気に負けそうな頭で実感していた。
それから、三日は簡単に過ぎて行った。
白灯はどうにか卵を刀に入れることは出来たがおそらくそれでは反則を取られる。対戦中に他の者が侵入しては失格である。鬼頭の予定ではさらにもういつ段階進めたかったのだが、酒呑童子の前で見せた白灯の中のもう一人。その力を借りれば確実である。できればその力を借りない戦いからを身に着けさせたかった。
「もう少し残って特訓すればいいじゃん」
「馬鹿者、いざ本番となった時に体がぼろぼろでは意味がないだろ。戦うのはほとんど妖気の無いところなのだぞ。」
初耳である。
「どこだよ。そんなところあるのか?」
「天界は全く妖気がありません。」
ギギが答えた。
「じゃあ、その天界にでも行くのかよ?」
そんなこと聞いていないし、ルールにも書いてなかった。
「天界に妖怪と言えど簡単には行けん。行くのは雲の上じゃ。」
何が違うんだ。そんな顔をしていると
「天界は天神や天人、天女のいるエリアです。それは酒呑童子の城があったエリアのさらに奥、地獄と全く逆の世界なんです。城があった辺り真逆の辺りが雲の上なので妖気は逆に薄いんです。妖怪には住みにくいエリアですね。鵺はそこで生活してましたが」
そういえば乙女は天女になるのを断り、鵺は雷獣が飼っていたんだった。
「じゃあ、雷獣はどうなの?」
「あれを管理しているのは天神なので妖気が薄くても平気なんです。私も、空も」
便利なものだ。
「でもさ、妖気が少ないってことは煙になりにくいってことなんだよね。」
「人間に近づくってことだもんね。」
園良と獏が心配気な顔をする。
「そのために海で特訓させたんだろ。」
鬼頭が呆れたように言った。
「妖気の強い海で特訓すれば体には町にいるときの数倍の負荷がかかってることになるんだ。天界の手前だろうとちょっとは戦えるだろ。」
そういう鬼頭を見ながら河村はふと思ったことを口にする。
「多々良はどうなんスか?」
「……その辺はわからねえ」
もともと海にいた多々良に特訓の成果がちゃんと出ているのは心配だがやらないよりましである。それは乙女も同じこと。
「向こうに戻ると城から戻った時みたいに体が痛むことがあるだろうが妖力が上がってれば問題ないだろう。嬢ちゃん達は気を付けろよ。」
酒呑童子が天子たちを気にする。
「はい。でもそのためにコンとイズナが順備してくれているみたいなので」
今回来なかった二人。理由は戻ってきたときのための順備があるからだといった。
センリの迎えの車に乗込みすぐに皆無言になった。
車では熟睡だった一同は鈍い体の痛みで海を離れたことを実感しながら起きた。
「痛てて…」
天子と小鳥の顔色が悪くなる。
「二人は稲荷の前で下すわね。」
ということで稲荷神社前に車は停まった。すっかりぐったりしてしまった天子を鬼頭が抱え小鳥と降りた。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。いろいろとありがとう」
「うん…また明日……」
小さく手を振られた。
車が再び発進して数秒で一門に着いた。なだれ込むように玄関を入る。
「ただいま…」
疲れた声を出す。
「部屋に戻るなり、お風呂に入るなりしてから休んでください。ここでは迷惑です。」
「そうですよ、白灯様。みんなも、夕飯は軽い物を作るのでちゃんと食べに来てくださいね。」
足早に乙女とギギが入って行った。目的は風呂だろう。海では乙女の雨で汗を簡単に流すだけだった。海も海水のため水浴びには適さない。
ギギと乙女の後ろに何食わぬ顔で真子と人子と空が眠っている鵺を担いでついて行く。
「俺らも部屋戻るぞ…。」
やる気なく言うと皆もぞろぞろと履いている物を脱いで上がっていく。
夏バテとはこんなものだろうかと考えながら白灯は風呂上りの恰好のままベッドに横になり睡魔に襲われていった。ギギに起こされるまでの数時間が至福のひと時であった。
夕飯のそうめんをずるずるゆっくりすする。獏など食べながら寝ている。
雪男がちらちら天道を気にしている様子であった。