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化猫一門  作者: くるねこ
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酒呑童子のもとへ

  酒呑童子のもとへ


 教室の空席はほぼ埋まった。残すは天子の隣りの席である。

 妖怪横丁は完全に鬼に占領された。横丁に残されたのは鬼の手が届きにくい横丁樹海だけだろう。この樹木の海は妖怪の世界を囲む永遠の森である。永遠というのはこの森には横丁から入ったところで行きつく先がない。どこまで行っても森が続くという意味だ。昔、好奇心旺盛な者が森の距離を測ろうと入った事があったらしい。だが、そいつが帰ってくることはなかった。距離を測る方法として糸を垂らしながら歩いたようなのだがそれは一里、つまり三百歩ほどの長さも無く途切れていたという。そのため妖怪たちはこの樹海に近付くことは無かった。だが、それも、鬼から逃げるためなら仕方がないこととなった。

 そんな森に横丁に居た妖怪の一部は逃げ込んだ。現世に出ても行き場所がないからだ。

 一節には樹海を抜けると横丁の反対側に出るという話や、海に繋がっているという話もあるが実際に体験した者、見た者はいない。


 横丁から出てきた付喪神も人間の溢れる現世で居場所を失っていた。何せ現世ではゴミのような者たちばかり、役に立つのは名品と言われる食器やツボ、宝飾品ぐらいで後は資料としての価値しかない。

「道具の博物館とか開けそうですね。」

しばらくは庭先や家の中で自由にさせていた付喪神たちだが真子や人子を始め化け猫たちのおもちゃにされ始めたため避難先を考えているところであった。何せ何百年も前から形をとどめている者も多い付喪神、ちょっとした衝撃で壊れたり割れたりバラバラになったりする者が続出したのだ。

「祖母ちゃん、どっかいいところない?」

「さすがに壊されると直せる職人もいない時代、インターネットという便利なものがあってもそれにすら載っていない者が大半、どうかお願いします。」

こういうのは鏡の付喪神、雲外鏡。これでも三種の神器を真似して作られた物と言うことで化けた妖怪の本当の姿を見破ることができるのだという。妖怪に作られ早三千年以上生きているため自ら変化が出来るようになったという。そして今人間の姿でセンリに頭を下げている。

「蔵の大掃除をしてくれたらそこに住んでいいわよ。三つあるんだけどそれのうちの一つに蔵ぼっこがいるからそこを使うといいわ。その中身は残りの二つに移動させて、綺麗に置くのよ。グチャグチャししていたり埃が残っていたりしたらやり直しだからね。」

と、言われさっそく取り掛かることになるも付喪神に手足のあるものは極僅か、白灯は河村を捕まえるも人ではまだ足りない。

「何されてるんですか?」

ギギが通りかかった。

「付喪神たちの避難所の確保、ギギはそんなに林檎持ってどうしたんだ?」

ギギはいつか乙女が座らされていたたらいに山のような林檎を持っていた。

「いただきものです。でもさすがに食べきれないので痛みかけているものを焼き菓子にしようかと」

「そうなんだ。じゃあ手は空いてないか。」

白灯は仕方なく少人数で始めるか、と靴を履き、軍手を付けると

「天道に声かけました?」

とギギに言われる。すっかり存在を忘れていた。

「あとみなさんにも手伝ってもらったらどうでしょう。焼き菓子は一先ずアップルパイを作る予定なので食べ物でつってみれば」

なるほど、白灯は軍手を外しポケットから携帯を出す。さすがギギ、小悪魔のような腹黒さ。パイで妖怪をつろうとしている。

 メッセージを送信するとほぼ全員からすぐに返信が来た。獏は寝ているのだろうか。グループに一斉送信したため天子や乙女、小鳥からも返事が、しかも来るとのこと

 休日のこの日、みんな暇のようですぐに門の前に集合となり卵によって白灯と河村が先に作業している蔵まで来た。

「大きな蔵が三つもある。」

天子が見上げながらそう言った。

「天子の家の蔵も大きかったですよね?」

乙女が珍しくジーパンで現れた。

「有るけど愛孤(あいこ)があのあたりは危ないから近づくなって、それに木で半分かくれてよく見たことないの」

「そうだったんですか。」

何て話している横で小鳥がみんなにマスクを配っていた。いつもつけているため持ち歩いているようだ。

「ありがとう、気が付かなかった。」

埃だらけの蔵に入るのだから必要だった。

 そこから猫鬼や化け猫も捕まえ、遊郭の若い衆も卵が呼んできて蔵の中身をすべて外にだして行った。三つ分の蔵の中身、置くスペースが無くなり蔵から離れた玄関前や家の中に置いて行ってもまだ出てくるという途方もない作業であった。蔵から出し始めた作業はお昼が過ぎるたことにやっとひと段落ついた。。

「お疲れ様です。休憩がてら昼食の順備できてますよ。」

とギギが呼びに来た。

 大広間で明らかに乙女の席だろうというところにはたらいが敷かれていた。だが今回は中に座布団が入っている。喧嘩の売り買いはさておき、

「出した荷物全部綺麗に拭いてくれたんだろ?」

「うん。」

「ばっちりです!」

天子と乙女が返事を返した。

「なら三人はもう休んでて、後はしまうだけだから」

妖怪とは言え女子にこれ以上させるわけにはいかない。いうと

「ずるいッス!」

と河村が

「俺なんて皿がこんなに埃がくっつくぐらい頑張ったのに力仕事だけって理由でずるいッス!」

埃は落としてから飯を食え、そう思いながら

「じゃあ、河村はさぼっていいぞ。おやつ抜きでいいなら」

「ずるいッス!」

今日はそれしか言わない河村であった。

 昼食後、男勢、たぶん男勢と思われる人たちと荷物の片づけに取り掛かろうとすると

「始めはあれから、で、これ、これ、これ入れてからそれ」

と言われる。これがセンリの言っていた蔵ぼっこだろうか。サイズは真子や人子と変わらないものの全体的にミノムシのような見た目。まとっているものは柔らかそうな動物の毛皮だが、

「お前の指示通りに入れれば三つ分が二つでおさまるのか?」

そう聞くと蔵ぼっこは歩かず、ぴょんぴょん跳ねながら家に入っていくとセンリを連れて戻ってきた。

「少しはみ出すからいらない物は処分してだって」

と言われても捨てていい物とダメなものがわからない。

「祖母ちゃんが判断して」

そういうとサンダルを履いて庭に出てきた。

「そうね。あれはもういらないわね。後、これは家の中にしまえそうね。」

といっている横で化け猫たちがせっせと運んでいく。

 こうして夕方には荷物をしまい終わることができた。縁側にはセンリと女子三人が座って白灯たちを見ていた。

「疲れた」

「そうッスね…」

そう言いながら井戸水を引き上げるとその水を頭からかぶる河村。

「皿が汚すぎて死ぬかと思ったッス。先風呂入っていいでスか?」

「ああ、みんなも入ってこい。そのまま家に上がられても汚くなっちゃうからな。」

庭を通って風呂場まで行かせた。

 「すっかりみんなを率いることができるようになったわね。」

「さすがです!」

センリの言葉に目をキラキラさせる乙女。

「夕飯も食ってきなよ。アップルパイその時出すって言ってたから」

白灯はそれだけ言うと蔵の前にいる雲外鏡に近づく。

 「お疲れ様です。ありがとうございました。」

と頭を下げられる。

「いいって、こっちも被害出しちゃってるんだし、それよりみんなを早く連れてきな。」

家中にまちまちに隠れている付喪神たちを集めに彼は走って行った。

 夕飯は大広間と居間を繋げて大人数となった。最近は避難して来ている者もいたが食事は別々に取っていたのだ。一気に作るには量が多く手間がかかるからと、台所ではギギとセンリが忙しそうに動いていたが今日はそこに乙女と小鳥が加わっていた。天子は料理が出来ないため危ないからと省かれた。


 食事が終り家に訪問者が来た。

「姉様をお迎えに上がりました。」

「夜分におじゃまします。」

コンとイズナであった。その姿は狐の時のものであった。空は今日、友孤が面倒を観ているのだという。天子と乙女が帰ると言うことで小鳥も多々良と帰ることに、園良も煙と消えて行った。

 白灯は河村と離れでテレビを付けながら宿題をしていると離れへの廊下に足音、ギギのようだ。

「白灯様大変です!」

凄い勢いで戸を開けるギギは焦った顔をしていた。

「どうした、そんなに焦って」

「お客様が…お客が…」

と興奮したような焦っているのかよくわからない。

「茨木童子が来たんです!」

その言葉に急いで立ち上がる。茨木童子と言えば酒呑童子の腹心として有名である。何故そんな人物がうちに来たのだろうか。白灯はギギと共に茨木童子の通された部屋に向かった。ふすまを開けるとそこにはすでに銀虎がついていた。

「どういうこと?」

「まあ、落ち着け」

そう言われ銀虎の隣りに座る。目の前の茨木童子と思われる妖怪は片腕で顔のほとんどを隠していた。

 「茨木童子と申します。」

「白灯です。」

声はどことなく高め、さすが元美少年と言われた人物だが一節には美女だったと言われている。酒呑童子の息子や恋人だったなどという話が人間の間で言われているが実際のところは本人たちしか知らない。

「うちの者たちが大変ご迷惑をおかけしてしまっていること大変申し訳ありません。まさか私が追い出されてからこんなことになっていたなんて…」

「追い出された?」

彼、もしくは彼女はそう言った。面倒なため男と言うことにしておこう。

「はい…。半年ほど前の事です。童子屋敷に一人の女が迷い込んだのです。」

童子屋敷とは黄龍会鬼組酒呑童子一門が拠点にしている屋敷の事、屋敷というよりも城である。

「その者は蜘蛛に噛まれてから体がおかしいのだと、目もよく見えず我々を人間と思って助けを求めてきたようでした。死の縁をさまよう者が時々そうして現れることがあります。首領として酒呑童子は昔退治されて以来人間にそれはそれは優しく、困っている者は助けるように鬼たちにも言っていました。今回もそういうことならと女をしばらく泊めることになったのです。日に日に衰弱していく女に薬酒を作り飲ませていたのですが私はその途中、女に噛まれ、毒で倒れてしまったのです。女は……女郎蜘蛛でした。」

彼は顔を覆っていた布を外す。するとその下は白灯にとって見たことがないぐらい崩れていた。これではかつての美少年の噂の面影もない。

「私が倒れている間に女郎蜘蛛は首領に近づき、惑わせ、彼もそれにはまってしまい、私の顔を見るなり私を女郎蜘蛛だと、傍らの女郎蜘蛛を私だと呼んで追放したのです。それからは身を隠していたのですがついに妖怪横丁が占領されたと聞きました。その際最後まで抵抗されたのがこちらの一門とも」

アレは偶然、知らずに出くわしたことや鬼の存在を知らなかったアホな天狗見習いのせいだと言うことは言うべきだろうか。決して抵抗していたわけではない。

「どうか、どうか首領をお助けください。根はすごくいい人なんです。酒も女遊びはもう何年もしていませんし人間を助けることもたくさんしてきました。頼れるのはこちらしかないのです!」

涙が痛々しく崩れた顔に染みていく。そこに

「お助けを…!」

という声、部屋の前で待っていたギギが玄関に向かった。するとすぐに走って来て盛大にふすまを開けた。

「大変です。天子様と雨女が鬼にさらわれました!」

そこにまた玄関で物音がする。

「今度は何?」

白灯が直接に見に行くと多々良がいつにも増してボロボロと言った様子で壁にもたれかかっていた。

「百目鬼が連れてかれた…鬼だった。」

そういうと力尽きたのか倒れてくるのを白灯が支える。

「タマ、ミケ、救急箱だ!」

「にゃ!」

軽い足音を立てて走っていく。

「ギギは布団だ。イズナの分も」

「はい!」

すぐ近くの部屋にギギが入っていくため多々良をそこに運ぼうとするも

「重い…」

多々良はダイダラボッチ、巨人で世日本を造ったともいわれる種族の妖怪である。幼い時は人間に紛れているという話だが人間からして十分巨人と言える体系で、それに目を付けられることが多い。性格はおっとりだが力が強い。

「河村!」

「はい!」

呼んですぐ来るのがこんなに助かると思ったことはない。

 何とか二人で引きずるように布団に運ぶ。身長があるため縦に布団を二枚並べないと足がはみ出した。開いたスペースにイズナを寝かせる。手当を終えたところで白灯とギギ、河村は茨木童子のいる部屋に戻った。

「同盟を組むところの長がさらわれたとなると一大事じゃ。」

仮の長ではあるが天子が同盟を期に着くことが決まっている。

「うん、でも鬼にさらわれたってだけどこにいるのか、横丁?」

「いえ、童子屋敷だと思われます。あそこの地下には退治されて以来あまり使う機会のなかった地下牢が、一万人以上が余裕で入ります。誘拐された妖怪のことを考えるとそこ以外に入るところはないかと」

彼はそういうもののタイミングが良すぎる。茨木童子が来ているこのタイミングで四人が連れて行かれるなんて、ちなみにコンは女の子だがイズナは数少ない男の子である。

「いくしま童子に連絡を取れ、あいつが退治された一件以来別の一門に移ってるはずじゃ。今回の件についても聞いているだろうから力を貸してくれるだろう。」

ギギが席を立った。

「案内でしたら私が」

彼はそういうも

「まだ信頼できない者と孫を一緒に行かせるわけにはいかん。それにおぬし、目がほとんど見えてなかろう。」

顔の崩れ具合は深刻なものである。

「お気づきでしたか。ですがこのぐらい妖怪ならなんてことはありません。」

「よいから休んでいけ、医師も呼ぼう。わしはここから離れられんからな。白灯、ギギ、あと役に立つか解らんが河村、煙の小僧にも協力してもらえ」

河村はショックを受けながらも携帯を取り出す。

「白灯、卵も連れていけ、神域に行くわけではないからな。離れるのが危険じゃ」

「わかった。」

龍王に会いに行っている間離れていても平気だった理由は、神域ではすべてがつながっていて、すべてが切り離されている。そのため空間が切り離されている神域でも魂はつながっていられるのだ。

「着替えてくる。」

 白灯は部屋に戻り刀を持つなら道着が慣れている。そう思って着替えだすも

「失礼します。こちらにお着替えを」

と珍しくギギが着物姿であった。

「これは?」

「はい、うちの専属の呉服屋が仕立てた銀糸のお着物です。加護がありますので少しのお怪我ならこの服が治してくれます。」

そういうことならと道着を置いて用意された着物に袖を通す。

 順備が出来、足袋に草鞋という足元が少し慣れないものの編み上げているため脱げる心配はない。

「それじゃあ多々良とイズナのことよろしくね。」

そう言って家を出た。

 門のところには園良が獏を連れて立っていた。

「偶然遭遇したから捕まえた。無数の鬼を相手にするんだし、多いに越したことないだろ。」

「ありがとう。」

 「くっちゃべっとらんで行くぞ!」

卵が肩に乗る。いつもより重く感じなかったのは着物のおかげだろうか。いくしま童子の待つ場所まで歩きだす。


 妖怪は空も飛べるらしい。いや、飛べない者もいる。河村のように、白灯も飛べない。そのため獏の背に乗っている。彼は妖怪の姿になると動物園に居るような獏そのままの姿であった。その横を並走する園良はすっかり黒っぽい煙の塊、ギギはいつも隠している猫耳と尻尾、それにヒゲが生えていた。

 先ほど合流したいくしま童子、人間に生島(いくしま)と呼ばれている彼の先導で紫の霧が立ち込める童子屋敷に向かって空を飛んでいる。

 長く霧の中だったものの

「見えてきたぞ。」

生島の背に隠れて見えにくいもののそこには竜宮城を絵にかいたような奇怪な城が建っていた。

「案内はここまでだ。俺は茨木童子のところへ向かう。」

道中現在彼の状態について話すとひどく心配した様子であった。彼ではなくやはり彼女だったのだろうか。よくわからない。

「ありがとうございます。後は俺らで何とかします。」

「気を付けろ。酒呑童子が操られているならその配下の熊童子たちも同じであろう。やつら四天王をその辺の鬼と一緒に思うな。あいつらは鬼神の域だ。」

生島の忠告を聞き、彼を見送る。

「みんなこのまま一緒に来てくれるの?」

「何当たり前のことなに言ってんの?」

「本当に、白灯はバカなの?」

時々獏に言われるバカなのという問いが今こんなに当てはまる状況はない。

「バカだよ。鬼の根城にこんな少人数で向かうようなバカだよ。でもな、仲間失うのと何もしないバカにだけはなりたくねえんだよ。」

伊達メガネを外している白灯の雰囲気はいつもと違う。陽一を睨んだ時とも天道と勝負した時とも違う。始めて鬼に遭遇したときに近いだろうか。今まで人間だった部分から妖怪としての本能が流れてているのだ。

「行くぞ。」

獏から降りると歩き出す。それを見て河村も降りようとするも

「ここ、まだ歩けるとことないよ。」

と園良がいう。

「え、でもあれ…」

河村は白灯を見る。その頭と腰には白と黒の虎柄のついた耳と尻尾があった。

「一門の長って違うんだね。俺達凡妖怪と…」

獏が言った。

「白灯様はとても特別なお方です。」

ギギが白灯について歩き出す。城は目の前である。


 その頃乙女は

「不潔です、汚いです、女の子をこんなところに放置するとは何事ですか!」

と叫んだところで何の反応もない。縛られ動けずにいる。いくら妖力を使おうとしてもどうも力がでない。乙女にも天子や小鳥、コンの首にも天眼石の首輪が付けられている。魔除けや厄除けの効果のある石で妖怪にとっては避けて通りたいもの。その名の通り目があり母石に作られた鏡につけられてる者の視界がそのまま写っている。これを付けられた妖怪は自力で外すことはまず不可能。自分で外そうとした場合も誰かに外してもらう場合も無理やりやると首輪に鈴のようについた特別な電気石が放電する。電圧は持ち主が調節できる。しびれる程度から焦げ死ぬこともある。妖怪はこの手のものは常識として知っている。そのため乙女たちとは違う檻にいる者たちも手出しせずにいるのだ。

 その時隣りの小鳥が目を覚ます。

「大丈夫ですか?」

「乙女……平気、天子は?」

小鳥は今の自分の状況を全身の目を開き確認する。百々目鬼とは全身に無数の目を持つ妖怪。そのため肌を隠していたのだ。人間にはあまり見られることはないがパッと見は気持ちが悪いもので怖い。

「まだ起きないです。コンも」

二人とも目を瞑りピクリとも動かない。


 天子と乙女が捕まったのは化猫一門を出てアパートと稲荷の裏口のある通りを曲がったところでのことだった。通りに溢れるほどの人だかりと赤いライトが見えた。

「あ、アパートが!」

乙女の住んでいたアパートが崩れ死傷者を出していると野次馬が話していた。

「月曜日から学校どうしろって言うんですか…」

「そんなことより空君家に預けといてよかったね。妖怪でも怪我したら大変。」

「今日はお泊りください。」

乙女は溜息をつきながら

「警察の人に被害の状況聞いてくるです…」

せめて何か残っていないだろうかと思い人混みをかき分けキープアウトのテープの前まで来る。

「こら下がって」

警察官にそういうわれる。

「その、このアパートに住んでる者なんですが…」

そう話していると崩れたアパートに警察とは別に天狗が来ているのが見えた。妖怪の仕業なのだろうか。それとも乙女、天女の住んでいたところということで念のため調べているのか。

「ああ、もしかして一〇四号室の雨宮さんですか。」

「そうです。一緒に住んでる弟は向かいの神社に預けてそこの友達と出かけてたんですが、何があったんですか?」

「まだ調べているところでね。これで確認できていない人はいなくなったな。」

警察官は無線でどこかに連絡を取っていた。

「稲荷神社にいますので何かあったらそこに連絡ください。」

「わかりました。」

話し終えて人混みを戻る。だが

「声を出すな。」

アパートを壊した犯人だろうか、気配なく乙女の背後を取った。

「そのまま歩け、お前のお友達に何もされたくなかったらな。」

乙女は大人しく言うことを聞いた。その結果こうして檻に入れられている。

 小鳥も多々良との帰り道、始めは多々良目当てで襲って来たのかと思いきや相手は妖怪。小鳥は意図も簡単に連れ去られた。妖怪と言えど戦って強い者とこんにゃくのように殴られようが刺されようが平気な者、簡単に死んでしまうような者、そして戦いには全く向かない者が居る。大半はこれにあたる。簡単に死ぬというのは燃えたり溶けたり割れたり壊れたり、付喪神などはこれにあたる。修復してもとに戻る場合も有るが、


 「なんでこんなことになってるの?」

小鳥は自分を隠す必要がないところでは普通に話せるのだ。

「酒呑童子です。白灯さんに喧嘩を売ったらしいですけど多分今捕まっているのは私のせいです。すみません。」

小鳥は首を横に振る。そして自分の縄を解いた。百々目鬼は元スリを働いた女のなりの果て、縄を解くぐらい簡単なのだ。こうして乙女やまだ寝ている天子、コンの縄もとき様子を見ることにした。


 白灯たちは着実に城の中を進んでいた。出発前に茨木童子に酒呑童子のいる部屋を聞いていた。それは生島にも確認したこと、そのため進めば進むほど鬼に手古摺ることになっている。

「いい加減多いッス!」

「切がないですね。」

「それでも一人も殺していない辺り、白灯は正義だよね。」

「正義なの?」

「くっちゃべっとらんで進め!」

卵は特に戦っていない。白灯とギギが刀を振り、獏に触れられれば睡魔に襲われ、園良は煙で視界が悪い中背後から気絶させる。河村はというとよく逃げ回る。だが粘性のある汗に足を取られて転ぶやつが多かったのも事実。

 そうして着実に進んではいるものの酒呑童子どころか女郎蜘蛛、四天王すら出てこない。それに見た目以上にこの建物は大きかった。酒呑童子のサイズなのだろうか。初めて会ったときにすごく大きな鬼だとは思ってはいたがそれに合わせるとこんなに大きな建物になるのだろうか?

 「白灯様、何か来ます。」

白灯より何百倍殺気に鋭いギギが知らせた。鬼の切れた空間に足を止める。すると前方から確かに感じる敵意と殺気は今までの鬼とは段違いと言える。

 目の前の大戸が開いた。

「お前らか、侵入者ってのは」

酒呑童子ほどではないが多々良よりも明らかに大きな青鬼が出てきた。

「熊童子です。」

ギギは知っているのか名前を言った。

「四天王では格下と言われていますがそれでも今までとは明らかに違います。鬼の強さは角の太さ、風格で決まります。強ければ強いほど太く、大きく、鋭いんです。」

今更言われても見れば解ることだ。

 白灯が刀を構えようとすると

「さすがに時間かかりそうなのが出て来たな。」

「こんなところで足止めくらうと学校行けなくなっちまう。」

珍しくふわふわした言い方も眠たそうな声も無く白灯の前に立った。

「でも二人であいつを!」

「俺らのコンビネーションなめんなよ。」

「ほら早くいかないと愛しの天子ちゃんに何されるがわかんないよ。」

その発言にハッとした顔をすると

「……無理だと思ったらすぐに逃げんだぞ!」

そう言って走り抜けた。

 白灯たちの行く手を阻もうとした熊童子だがそれは園良の煙によって動きが止められた。

「悪夢で永眠しろ」

獏が鬼の目の前まで一瞬で移動する。それに驚いたのだろ手で払おうとするもその手も、そして足も園良により塞がれていた。

「良い夢見ろよ。俺が食ってやるからな。」

目頭に手を当てると熊童子はそのまま背後に倒れて行った。だが、その足元にはワラワラと熊童子の部下だろう普通サイズの青鬼が出てきた。


 先を行く白灯たちは

「ん、今あいつの声がしませんでした?」

河村がそう言って立ち止まる。

「解らない。てか、お前その体に耳あるの?」

「ちゃんとあるッス! そこの階段下から聞こえたッス!」

若干泣きながら言われる。

「話ではそこを降りると地下牢です。ですが鍵は酒呑童子が肌身離さず持っているそうなので先に向こうに行かないと、でもここに天子様たちが居ない可能性もあります。」

ギギが悩んでいる。

「じゃあ、俺が下に下りて様子を見てくるッス。その間に二人は進んでいてください。何もなければ追いかけるッス。」

「何かあっても追いかけてくることになるだろうけど、そうだな。酒呑童子と無駄に戦うよりマシかもしれない。今戦ってる獏と園良には悪いが、こっちの被害はできるだけ最小限に抑えたい。」

そういうと河村が行ってくるッス! と言って階段を下りて行った。だがその階段、話ではものすごく長いらしい。今現在、白灯たちは三階分階段を上がって来ている。しかも天井はどの階もとても高い。ここから地下牢というのだから一階より下まで下りるのは相当時間と体力のかかることだろう。

 「白灯様行きましょう。河村君の犠牲は無駄にできません。」

まだ死んではいないのだがギギの発言はスルーする。

 白灯たちは逆に階段を上がった。

 多分四階に着くと目の前に

「待っていたぞ」

今度は白いたわわのヒゲを生やした鬼が居た。

「虎熊童子ですね。白灯様、ここは私が」

「お前までそんなこと言うのかよ。」

ギギが愛刀を構える。

「夢橋君と園良君は信頼しているのに私はそれに値しませんか?」

「そういう話じゃない」

「お気遣いなく、一億人なんて余裕で切り殺した大犯罪者です。こんな鬼の一匹や二匹、雑巾のように絞ってやります!」

時々意味の解らないことを言うが

「なら任せた。片付いたら河村と合流してくれ!」

「お気をつけて!」

白灯はまた階段を上がる。背後から虎熊童子の叫ぶ声が聞えた。

 階段は長い。最上階が近いのだろう。

 その時遠くでガラスや石の砕ける音がした。ギギか、それとも園良と獏だろうか、全く関係のないものか、気にしつつも階段を上がっていく。すると目の前でも似たような音がした。足は階段を着実に上りつつ襲ってくる鬼をなぎ倒している時だった。

「お前天狗ならもっとうまく飛べよ!」

「こちとらあのダイダラボッチを運んでたんだ。よろけて手が滑って雪男と一緒に落としたところで文句いうな!」

説明的なこの声は天道に鬼頭だろう。この二人が飛び込んできたことで鬼は伸びている。

 「二人とも何でいるんだよ?」

噴煙が晴れた先に居る二人に聞く。

「白灯さん!」

始めてあった時からだんだんとこいつの性格が解らなくなっていく白灯。

「なんで俺を置いて行くんですか、部屋で勉強して水もらおうと部屋からだたら多々良が戻って来ているわ、こいつが駆け込んできて『小鳥は⁉』なんていうからびっくりしたじゃないですか。」

結構大騒ぎをした気がしたが気が付いていなかったようだ。白灯も存在を忘れていた。おそらく銀虎もだろう。

「そうだったっけ…。それよりさっき雪男を落したって言ってたけど…」

「すみません!」

床でおでこが擦れているのではないかという土下座をされる。

「俺が多々良でこいつが雪男を連れてきたんですがさすがに休息なしで飛んでつかれちまって、よろけた拍子に手が滑ってしまいました。すみません!」

声が響く。

「教師をこいつって呼ぶな!」

鬼頭が天道を殴る。

「まあ、二人なら大丈夫…じゃない。多分。」

「お前も適当だな。」

鬼頭はそういいながら立ち上がり服の埃を払う。その姿は吸血鬼です。と言ったマントに燕尾服と言うことはなく普段と変わらない。しかもネクタイは胸ポケットに押し込まれている。

「小鳥たちは?」

「今河村に探してもらっている。」

「あいつで大丈夫か?」

「戦わせるよりいい気がする。」

そういうと不安そうな顔をしながら溜息を吐く鬼頭。


 その河村だが長い階段が面倒臭く感じ粘性のある水を出し階段を滑りやすくすると甲羅に籠って一気に落ちて行った。

「止まるの考えてなかったッス!」

と言ったところで誰も聞いていない。

 しばらくして凄い衝撃の末、壁にぶつかり止まった。ふらふらになりながら立ち上がると、甲羅の中から鏡を取り出し皿が割れていないか確認する。

 河村の到着したところは松明の明かりがあるもののその先の空間は真っ暗であった。火は嫌いだが仕方なく松明を持って先の空間に入る。すると

「河村!」

乙女が呼んだ。

「お、やっぱりお前の声だったんスね。みんなは?」

「いますが天眼石の首輪を付けられてます。だからこっち来るなです。松明も眼立つです。」

河村はイライラしながら牢と言うよりも部屋の中央の檻に入った四人を見る。

「鍵とかどこにあるとか鬼は言ってなかったッスか?」

「解らないです。あ、でもここ以外には妖怪は連れて行ってないみたいです。今みんなでその話してました。」

暗闇に目を凝らすと壁に何段も牢があった。茨木童子の言うとおり確かに一万人は余裕で入りそうだ。妖怪によっては一人よりスペースを取る者、取らない者がいるがその辺は置いておこう。

「じゃあ鍵探してくるッスからそこでじっとしてるんスよ。」

「待って!」

小鳥が河村を引きとめた。背中にある目で河村の姿は確認できる。

「多々良君大丈夫?」

「あ、あとイズナもです。」

「二人ともうちで寝てるから平気、それより大人しくしてるんスよ!」

そう言って河村は階段を上がって行った。

 長い階段、横半分は自分の出した粘液でドロドロ、滑らないように残ったスペースを駆け上がる。だが、

「長い!」

河村は壁に手をついた。そしてふと、

「こっちで行こう…」

そう言って壁に手と足を吸着させ登って行った。その動きは気持ち悪い。

 こうして入って来た三階と思われるところに出た。そこに

「河村、まだこんなところに居たの。トイレ?」

園良が居た。獏は少し離れたところに座っていた。

「二人とも片付いたんスか?」

「終わったよ。でも鬼の夢食べてあそこにお腹壊してるやついるけど」

それでトイレか聞いたようだった。

 「お疲れ様ッス、この下に天子ちゃん達がいたのを確認したッスから白灯に会いに行くか鍵を捜すかの二択ッス。」

「探してる間に見つかるんじゃない。獏はこの階段にでも隠しとくか。」

腹をさすりながら辛そうに立ち上がる獏。

「煙で隠しておくから休んでな。」

階段に寝るとは窮屈で、なにかあったらまず落ちるというところで獏は睡眠に入る。

 獏が煙で見えなくなったのを確認する。これは一種の鏡のようなもので周りの物と同化してしまう園良の特技の一つである。これのせいで彼はかくれんぼに誘ってもらえない。

 河村と園良は近くの階段を上がって行った。その途中には

「ギギ!」

「河村君、遅かったですね。」

と血の付いた刀片手に下りてきた。

「みんな見つけたッスよ。獏はダウンッス。腹痛で」

「そう、白灯様はさらに上よ。」

河村とギギがそんな話をしている後ろで園良は姿を薄れさせていた。ギギの戦った階にほかに部屋がないか探索しているのだ。部屋を見つけたところで中に入ってみるもそこに鍵は見当たらなかった。本当に便利である。もし敵と遭遇しても煙では不信には思われない。そもそも見えないほど薄い。ほぼ空気中の塵のようなものなのだから、

「上あがろっか。」

そう言って階段に足を付ける。つけているのだが探索に行った煙が完全に戻ってきていないため足が見えない。幽霊のように

「ギギはなんでここに居るんスか?」

河村が聞く。

「四天王のひとりをやっつけて、河村君と合流するように言われたので、急ぎましょう。上の方で何か大きな音がしました。」


 白灯たちは数階飛ばして上に向かっていた。上からも下からも鬼が来るようになり上の鬼を下に投げ飛ばして追いつかれないようにしていた。下の方ではドミノ倒しが起きているだろう。そうして上がっていくと最上階だろうか、階段が終った。その階に居た鬼は鬼頭のコウモリや天道のカラスにより階段下に転げ落ちて行った。これでしばらくは身動きもとれないし、上がってすら来れないだろう。仲間の上をずかずか歩かない限り。

 最上階と思われるところには赤鬼が居た。そしてその横にはさらに上へ行く階段。エレベーターを付けるべきだ。

「ここは通さん!」

白灯はこの鬼の名前は知らないものの今のところ熊童子、虎熊童子の二体に合ってきた。そしてこの四天王の一人の赤鬼にも鎖骨と鎖骨の間にわかりにくいが紫の蜘蛛の痣がある。あれが女郎蜘蛛に操られているということを指しているのだろうか。

 鬼を見ているとコウモリとカラスが赤鬼を囲むように跳ぶ。

「こんな鬼、瞬殺ですから先行ってください!」

「ありがとう、ムチャするなよ!」

鬼頭は何も言わないが任せていいのだろう天道と共に残った。


 その頃下では

「なんですかこの鬼の山は⁉」

ドミノ倒しになった鬼を見てギギが声を上げる。だがこれを抜けて行かないと一つ上の階でする音の正体がわからない。白灯が戦っているのかもしれない。とギギは鬼の顔面を踏みつけながら上がっていく。

 何度かバランスを崩しそうになるがさすがそこは猫、問題なくたどりついた。園良は足を使っているように見えず、尚且つバランスを一切崩すことなくたどり着く。その遥下で何度もズッコケながら河村がよじ登って来ていた。

 先に登ったギギと園良の目に入ったのはここにはいないだろう人物たち。

「何で多々良?」

「雪男もいますね…」

二人で顔を見合わせ、首を傾げる。そこに

「ギギ様」

とイズナが包帯の巻かれたままの姿でいた。多々良に掴まっていたら一緒に落とされたのだ。

「これはどういうことですか?」

この空間、雪とその辺の柱や壁が崩れて出来た岩の塊が飛び交っている。

「赫々云々でして」

イズナは簡潔に説明した。

 そして端で被害を受けないように雲外鏡が控えていると言うことを知る。

「茨木童子が女郎蜘蛛の正体を暴くにはこれが良いとおっしゃったので」

「確かに、あのクソ蜘蛛女が嘘を突き通す可能性もりますからね。」

さらっと汚い言葉が混ざったがこの際誰も気にしない。

 多々良と雪男が戦っているのは星熊童子、ギギの相手した虎熊童子と同じ白鬼だがヒゲはない。その星熊童子が声を上げて倒れた。顔面に雪をまとってた大きな岩が当たったようだった。

 大きな体が倒れるとその体から蜘蛛が一匹出てきた。それは壁を登ってとこかに行こうとするも

「雪男、その蜘蛛殺してください!」

ギギがそういうと雪男は氷柱を投げて蜘蛛に突き刺した。すると倒れていた星熊童子はどんどん姿を縮ませていく。

「あのクソ蜘蛛女の事ですからこんな事かと思ってました。」

壁で氷柱と共に貼りついた蜘蛛は氷となって砕けた。

「やっぱ殺しといたほうがよかったんだ。」

「殺ってこなかったんですか?」

園良を見てギギが聞く。そこにやっと河村が到着した。

「何で多々良に雪男までいるんスか⁉」

この反応はもう済んでいるため放置である。

「蜘蛛単体ではそれと言って悪さはできませんが噛まれるなどすると侵入され操られてしまいます。少しビビりなので脅かすとすぐにああして出ていくんです。」

あれは脅かすの域だったのだろうか。まずもってギギの愛刀の様子からして脅かすでは済まないことがあった気がする園良であった。

「みなさん動けますか?」

まだ傷の癒えていない多々良に久しぶりに一門の外にでた雪男。見た感じはさほど酷い怪我は見当たらない。

「では白灯様のもとへ合流しましょう。」

こうして階段を上がって行った。意識があっても動けないのだろう鬼たちが時々うえっと声を上げる。


 階段を駆け上がりついに酒呑童子の前まで来た白灯。その傍らにいる女が女郎蜘蛛だろう。四天王と言えば三人しか出くわしていない。ここで最後の一人が出てくるのでは、と思っていたが酒呑童子自ら動いた。ここは普通副首領の茨木童子に化けた女郎からだろうと思いつつ

「下がっていろ」

と言われている。

「よく来たな小僧。お前がほしいのはこれだろ。」

そう言って腰から鍵を出す。それを壁に掛けた。

「これを取ったらお前の勝ち、妖怪は解放してやる。だが、俺を倒さない限り横丁は渡さねえ」

「どっちみち倒して帰るつもりだ。」

鍵があると言うことは本物の茨木童子の話通りここに掴まっているのだろう。

 刀を構える。

「いいか、飲まれるな。守る意志だけを持て」

これまで口を挟んでこなかった卵はそういうと肩から降りた。

 酒呑童子も刀を出した、それは彼の身の丈を超えるほどの大刀。

先に動いたのは白灯であった。だが酒呑童子の振り下ろす刀の風圧で飛ばされる。別方向から仕掛けても大刀の風にあおられ近づけない。飛ばされた勢いで勝手にダメージを追っていく。

「なにしとんじゃ!」

卵の声にイラつく。白灯は文句を言うなら自分で戦え。そう思ったが言葉を飲み込む。言葉一つ発する余裕がないのだ。

 その時ふと何かを感じた。白灯、卵、酒呑童子、女郎蜘蛛以外に感じる存在感。それは自分の中に、そして刀の中に、白灯は走り出す。またも風にあおられるもその拍子に床を蹴った。蹴った勢いで宙を舞う。そして壁をも蹴り高い天井へ、そして

「卵!」

名前を呼ばれ驚いた顔をする。だがそれ以上に自分の体に驚く。卵は一瞬で白灯の元まで飛んだと思ったら刀に吸収されたのだ。

 刀は白い毛皮を付けたような大刀に変わる。それでも酒呑童子の刀には到底及ばない。酒呑童子は刀を振り上げる。その風を受けるも白灯が飛んでいくことはない。刀が重いのだ。少し煽られただけで白灯は酒呑童子の顔面目がけて振り下ろした。白灯の予定よりも飛ばされたせいか刀は酒呑童子の瞼をかすめるだけであった。だが、それでも効果はあった。片目となれば動きが変わる。右目を抑えて前かがみになる酒呑童子に向かって

「惑わされてんじゃねえよ。お前にはもっと立派な腹心と大事な部下が居るんじゃねえのか。同じ一門のやつの命は自分の命かけて守るもんだろ!」

白灯は酒呑童子の胸元もとに戻った刀を差した。

「うおお!」

驚きと痛みに声を出すも

「大丈夫だ。これは白灯の優しさの部分で出来た(やいば)だ。死にはしねえよ。本当に殺したいもの以外わな。」

刀を引く。血は出なかった。その代り()に蜘蛛が刺さっていた。

 卵もいつの間にかもとに戻っていたものの

「お前は誰じゃ、白灯をすぐに出せ!」

白灯の雰囲気の違いに気が付いていた。

「まあ、待て、あの尼をやってからだ。」

じりじりと女郎蜘蛛に近づく。

「お、お助け…」

女郎蜘蛛は床に腰を抜かして座る。その時、酒呑童子に足を掴まれる。その姿は成人男性と同じ、茨木童子よりもしっかりとした体だった。

「逃げろ…」

まるでこっちが人斬りのようだ。

 「白灯様!」

そこに階段を上がってくるギギ達、その中に雲外鏡を見つけ

「久しいやつが居るな。こい、雲外鏡。」

そう呼ぶと先ほどの卵のように白灯の元まで飛ぶ、違うのは刀に吸収されない事だろう。

「なんということだ。まさか貴方様にまた合うとは…」

雲外鏡も驚いた様子だった。

「それは後だ。酒呑童子、よく見ろ。アレはお前の腹心なんかじゃねえんだよ。」

酒呑童子の前に雲外鏡を置き女郎蜘蛛を写す。そこには現実とは違う女の首に大蜘蛛の体が写っていた。

「どういうことだ!」

驚いたように声を上げる。それを見てくすくすと笑いだす女郎蜘蛛。

 「気付くのが遅い。バカな鬼の頭だ。」

高笑いをする女郎蜘蛛に向かって白灯は刀を振り下ろす。だが切ったのは蜘蛛の糸の塊、姿のないところから

「次会うときは本物の姿でくるが良い!」

そう言った。

「本物も何もないんだけどな…」

そういうと白灯は酒呑童子の背後に回り服の後ろ襟を掴む。

「白灯様⁉」

ギギが叫ぶ。今まで何のために鬼を殺すことなく来たのか。その意味を無意味にする行為である。それとも責任を取って死ねというのか。

「安心しろ牡丹(ぼたん)

その言葉にギギは驚く。牡丹なんて最後に呼ばれたのはいつだっただろうか。

「もう一匹を殺すだけだ。」

白灯はそういうと服を破き背中を出させる。そこには胸にいた蜘蛛以上に大きな痣があった。それを突き刺すと蜘蛛が姿を現した。蜘蛛を捨てた。

「説明しろ。お前は何者だ!」

卵が白灯に向かって言う。一同は何のことだがさっぱり解っていない。ギギと雲外鏡、そしてタバコをふかす鬼頭を抜いて

 「それより鍵だ。早く出してやってこいよ。」

壁の鍵を取って河村に投げる。

「あ、はいッス…」

そう言って階段を落ちて行った。

 視線は白灯に戻る。

「安心しろ。もう消える。」

「待って!」

ギギが止めた。

「なんで、なんで私の名前を知っているんですか。あの名前はあの方しか呼ばない名前なのに…」

白灯はまっすぐギギを見る。

「なんでだろうな。今度雲外鏡にでも聞いてみろ。じゃあな。」

そういうと刀を鞘に戻す。するとこの場に張りつめていた物が一気に晴れた。それと同時に白灯は前のめりに倒れ、卵が下敷きになった。


 白灯が目を覚ました時に目の前には乙女が居た。目に大量の涙を浮かべていた。しかもひざまくらと言うことにも驚く。

「乙女⁉」

何が起きたのか。記憶をたどろうとすると

「痛っ!」

頭痛が走る。

「大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと頭痛いだけだ。それより何で乙女ここに?」

ここはまだ童子屋敷のしかも酒呑童子のいた最上階。そこに乙女がいることが不思議でならなかった。

 そんな思考を巡らせていると

「目が覚めてよかったです!」

といきなり乙女に抱きつかれ体を支えるために床に手をついた。その時龍刀に指先が触れた。

 白灯は微かな記憶をたどる。卵にイラつき、酒呑童子に勝つ方法を模索しようとしたところで急に意識が引っ張られた。あの時はやばいと思った。卵によれば黄泉の国に連れて行かれるという話。やってしまった。そう思ったのだが目の前には乙女、その抱きついてくる腕も体も温かみがある。妖怪とは言え生きていることが解る。死人のような冷たさは感じない。空間をも飲み込んで冷やす、あの寒さ。

「苦しいから、それよりなんでここに居るんだ?」

同じ質問は二回目だ。

「白灯さんが鍵を河村に渡したんじゃないんですか?」

乙女は離れながら聞く。そこに

「アー‼ 何してんですがクソ尼!」

ギギが来た。

「言葉づかいが汚いぞ。」

ここまで来てやっと注意されるギギ。

「すみません…それより、雨女、貴方今何してましたか!」

「目が覚めたことを喜んでいたところです。白灯さん、助けていただきありがとうです。猫娘も」

そういうと立ち上がった。

「天子の様子を見てくるです。」

「天子ちゃんどうかしたの?」

白灯も立ち上がる。その体は少しふらつくも乙女とギギの元まで歩きだす。

「それが、天子が目を覚まさないんです。あとコンも、今は白灯さんのお爺様がウサギを送ってくれましたのでそちらに見てもらってます。」

「兎?」

白灯は何のことか解らなかった。

「ウサギは妖怪の医者です。薬草などに詳しく、一門で茨木童子を見てから、生島さんと一緒来てくださいました。酒呑童子の怪我も見てもらってます。」

「怪我?」

途切れた記憶の中で何が起きたのかさっぱりであった。

「……あれは本当に白灯様ではなかったんですね。」

ギギはうつむき歩く。

「どうやら白灯さんは酒呑童子の瞼を剣先で傷つけたそうです。それにより女郎蜘蛛の蜘蛛を刺し殺すことが出来たみたいです。その女郎蜘蛛には寸のところで逃げられたみたいですが」

乙女が誰かから聞いたのか無い記憶の部分を説明してくれた。

「全く記憶にない…」

「あの時の白灯様はまるで別人のようでした。私のことも…」

それを聞き白灯は焦って

「俺、ギギにまで切りかかったりしたのか⁈」

「え、いえ、違います。とにかく下まで行きましょう。鬼たちも蜘蛛の糸が解けたみたいで今は茨木童子の命令で城の修復や怪我人の看病などをしてくれています。酒呑童子も正気に戻り茨木童子に謝っていました。」

そう話しながら階段をどんどん降りていく。そこに小鳥が上がってきた。

「あ」

そういうと急いで顔をマスクで隠し、分けていた前髪を元に戻す。

「天子が目を覚ました。ウサギの話だとストレスだって」

というと階段を下りて行った。それをポカーンと見つめる白灯。

「何今の?」

「小鳥は百々目鬼です。全身に目があるんですよ。その目は服ぐらいなら透視できます。」

そのためスリの時に財布の位置などが解るのだ。

「いやいやいや、そっちじゃないって、確かに驚いたけど妖怪なのは解ってたから、それよりあんな可愛い顔してるのに隠してるの勿体無い。」

白灯は止まることなく階段を降りるがギギと乙女の足は止まった。

「思わぬところに伏兵ありです…。」

「一度あのクソ河童を踏んで滑って頭でも打てばいいのに」

ギギと乙女の言葉はしっかり白灯の耳に届いていた。

 階段を下りて行き地下牢の入り口まで行くと小鳥と鬼頭がいた。

「もう顔隠すのか?」

「月影君起きたし、天子も慣れてないから」

そういう小鳥の頭に鬼頭が手を置くと

「友達に気を使うようだとまだ上っ面だけの付き合いとしかいえないぞ。もう少し自己主張と甘えたこと言ってやれ。」

鬼頭が優しく笑う。二人の関係が気になっていた白灯はやっと答えを見た。

「それで呼び捨て」

鬼頭が唯一呼び捨てにする生徒。そして遅くなる委員会の仕事に家の近い多々良を何らかの理由を付けて手伝わせる理由。それがあった。そこにギギと乙女が下りてくる。

「いちゃついてるです。」

「そういう関係だったんですね。」

と二人も見守っていると

「先生、月影君達が来ました…」

小鳥にそういわれると鬼頭は手を離した。

 「柳、お前虎熊童子にやり過ぎなんだよ。」

「あれでもものすんごく、手加減しました。相手が弱いのが悪いんです。あれで四天王とか笑いモノですよ。噂とは大違い。」

「そうかよ。それより月影、お前覚えてんのか?」

鬼頭の言葉は戦っている間の事だろう。

「途中までは、酒呑童子を切ったとか、その辺の記憶はすっぽり抜けているんです。」

鬼頭は白灯に近づきまじまじと見てくるも

「まあ、その様子なら問題ないか。刀に食われたんじゃねえ、記憶に食われてんだな。」

そういうと歩いて行ってしまった。白灯はなんの話か解らなかった。

 地下牢の入り口と登り階段以外にもう一つ道があった。その先でみんな手当を受けていた。記憶にはないものの人間の姿となった酒呑童子は一目でわかった。彼を見つめているとそれに気が付いた茨木童子が白灯の元まで歩いてきた。

「このたびはなんてお礼を申し上げるべきか。首領を助けていただき、童子たちも鬼たちも解放していただきありがとうございました。先程天狗が来まして、連れ去ってきた妖怪たちを連れ、元居た場所へ。本当にありがとうございました。」

「そう、良かった。」

一門で治療と受けたという茨木童子の顔には包帯が巻かれていた。

「これから首領と天狗のもとで罰を受けてきます。」

その言葉に白灯は固まる。

「なんで、悪いのは女郎蜘蛛なのに?」

驚いている白灯にギギが

「それが決まりです。首謀者は逃げましたがどういう形であり関わった者は罰を受けます。それが長なら尚更、部下の始末は長が着けますが、長の始末は組や天狗が行います。」

白灯はやるせない気持ちになる。

「で、ですが、今回の場合完全に洗脳されてのことですからそこまで重い刑罰はないと思います。それに女郎蜘蛛退治に加わればさらに罰は軽くなりますし、白灯さんがそんな顔しないでくださいです。」

乙女が励ます。そこに

「そうだ。これは俺が不注意で起こしたこと、副首領としてこいつが一緒に罰を受けるのは癪だが俺は進んで罰を受ける。それがどんな重い物でも辛いことでもな。それで仲間が守れるならいいじゃねえか。お前が言ったことだぞ。」

酒呑童子が言った。そういえば淡い記憶の中にそのようなことを言ったような言っていないような曖昧な記憶がある。

 酒呑童子のいるところから離れた部屋の隅に居る天子は獣の姿のコンとイズナを抱きしめていた。

「体調はどうですか?」

乙女が小走りで近づき聞く。

「全然問題ないんだよね。なんで寝てたんだろう。」

寝ていたのではなく気絶である。

「さらわれるときに感じたストレスから目を覚ますのを拒むことがありましゅ。その場合、脳は周りから情報を集めるためにフル活動を開始させましゅ。聴覚や嗅覚、触覚を駆使しましゅ。地下牢は暗く怖いところを言う潜在意識で目が覚めることを拒み、こうしてお仲間が近くに来たことを感知してストレスが低下、目を覚ましたと考えられましゅ。」

この語尾にしゅ。を付けるのが医療系に詳しいウサギだ。中国では月で兎が薬を突いていると言われているのが元だという。獏とは同郷なのだとかで仲がいい。

「念のため帰る際は獏にでも乗せてもらってくだしゃい。」

「ありがとう。」

そういうと近くで寝ている包帯だらけの白鬼のもとへ、おそらくこいつがギギの相手した虎熊童子だろう。包帯だらけで確認しにくい。しかも五匹かがりでまだ包帯を巻きつけている。先程のウサギがどれだかもう解らない。

 天子の横には獏が寝ていた。その頭には絵にかいたようなたんこぶが何個か。

「獏、どうしたんだそれ?」

と聞くと

「聞いて!」

と行きあがった。

「俺なぜか目が覚めたら階段で寝ててさ、寝返り打った瞬間に当たり前だけど落下するじゃん。さすがに目を覚ましたわけ、それでどこか捕まらないとって思って手を伸ばしたらツルってなって、ねばねばなもののせいでさらにスピード上げて落ちていってさ、案の定壁ドーンだよ。マジ痛い。妖怪じゃなかったら死んでた。河村の皿マジ割ってやる。」

マシンガンのように言いたいことだけ言ってまた横になり寝てしまった。

「どういうこと?」

唯一名前での出てきた河村に聞く。何故か首を甲羅に閉まっている。皿を割られる可能性があったからだ。

「それがッスね。獏のやつ熊童子の夢食って腹壊したんスよ。それでどこかに放置すると鬼に襲われるかもって思って階段に寝かしたんス。そしたら勝手に落ちたらしいんスよ。」

「それのどこが皿を割られる事態なの?」

甲羅の中で話すため声が反響して聞こえる。

「原因はそれより前にこいつは仕出かしてるんです。」

乙女が説明に加わる。

「こいつ、階段が長いという理由で自分の粘液を使って階段を滑り落ちてきたんです。もちろんその時の液体はまだ階段に残ってるです。こいつみたいに壁にぶつかって甲羅の一部がかけても気づかないなんてことの無いようにしたかったのにこいつのせいでそれが叶わず、あの頭に」

「割られて来い。」

「酷いッス!」

河村はそういいながらの甲羅がかけているという話を聞きそれを捜していた。

 その後酒呑童子は迎えに戻って来た天狗に連れられて連行された。その間天道が姿を消していたことに白灯たちは気付いていない。何せ存在感が園良よりもないのだ。忘れられやすい。

 一門に着いたのは夜が明けきったころであった。小鳥を鬼頭と多々良が送り、園良と獏も帰って行った。天子と乙女を稲荷に送ると化け狐達が心配だったのだろう迎えに出てきていた。

「姉様!」

「姉様!」

と口々にする中

「雨女!」

と空が乙女に駆け寄ってきた。雨童子の目は少し赤くはれていた。地面にはいくつか水たまりが残っていた。

 白灯も一門に戻り報告は卵に任せると自室のベッドで気絶するように眠りに落ちた。


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