陰陽師見習い天狗の新米
陰陽師見習い天狗の新米
教室にはいくつかの空席がある。鬼頭に聞くと家の用事で来ていない者、多々良のようにサボっている者、他のクラスと同じ座席数にするため元からの空席であるのだと言われた。ちなみに出席番号一番の席と白灯と小鳥の間の席が空いている。そして天子の隣りも、多々良の席は出席番号が白灯の前のため運よく一番後ろの席である。
「そのいびき五月蠅いです!」
授業妨害とまでは言わないものの周りの生徒からすると迷惑な川村のいびきはその一言で止まった。
「痛っ、何すんだよこの弱虫女!」
「よ、弱虫なんかじゃないです。乾燥に弱い癖にもっと人を敬ったらどうですか!」
傍から見ると何の話をしているのかよくわからない。
授業中に寝ていた河村、そのいびきが五月蠅いと乙女がななめ後ろの席から何かをぶつけたようだった。安眠を妨害された河村はいつものよくわからない日本語を使うのも忘れ暴言をぶつける。それに反論する乙女は若干涙目である。強くものを言われるのが弱いようだ。窓の外は急に雲行が妖しくなってきた。
「河童はな、雨乞いの生贄にされたやつが妖怪になった姿とも言われてんだ。お前が雨を降らさなかったのが原因なんだよ!」
「そんなこと、私の知ったこっちゃないです!」
ついに乙女が泣きだす。これではどっちが悪いのかよくわからない。いや、寝ていた河村が悪い。だが、それを起こす方法ももっと穏便なものがあったのでないだろうか。外は急なザーザー降りに体育をしていたクラスが急いで校舎に入る声が聞える。
「河村、授業中に寝ているお前が悪いんだぞ。こうなること解ってんだろ。いつから雨宮と付き合ってんだよ。」
白灯が自分の席から乙女を見ながらいう。
「彼氏だろ。みたいな言い方しないでほしいッス! そもそもこいつが雹なんて、雹なんてぶつけてくるのが悪いんス! 優しい次期長はか弱い女の味方ッスよね。解ってるッス。でも原因は俺じゃなくってこいつにあるッス!」
河村が大事なのか解らないところを二回言い切ったところで丁度良くチャイムが鳴った。
「今日の授業終わり。」
国語の担当教師がそういうと教室を出ていった。鬼頭と同じぐらいの見た目をした若い教師、昨年度に河村や乙女ちのクラスを担当していたらしい、現在隣りのクラスの担任教師である。
白灯は立ち上がり河村の席に近づくも
「白灯!」
河村が飛びついてくるのを無視し、その横をすり抜ける。
「ほら」
涙を手で拭っている乙女にハンカチを渡す。ちなみにこのハンカチは毎朝必ず中学、保育園組はギギから受け取り、前日のハンカチは回収されるのだ。よく出来た妖怪である。ティッシュの補充やお昼のお弁当もその時渡され、前日に体育着を出せばそれも洗濯済みでなぜかアイロンまでかけた状態で渡される。皺のついたワイシャツも真子や人子につけられた握り皺もアイロンを風呂に入っている間にされていたり、学校に行っている間にダンスに戻されていたり、布団にも皺ひとつなくシーツと掛け布団がかけられている。本当によく出来た妖怪である。
ハンカチを差し出すと乙女はそれを受け取った。受け取る時に少し手が触れたぐらい白灯は全く気にしてはいないのだが窓の外の景色は一気に晴れ、少し暑い。だが廊下側の席に体の全面を向けている白灯は外の風景なんて気付かない。河村の顎が外れたように口を開いている。イケメンが残念なものである。
「どうした?」
ハンカチを掴んだままずっと自分を見てくる乙女に白灯は声をかける。
「雨宮?」
乙女の後ろの席の天子はそれをわくわくした表情で見ている。
「あ、雨宮?」
さすがに白灯も不安になる。あれだけ避けられていたんだ。自分のハンカチなんて使いたくないかもしれない。
「お……と…」
乙女が小さく口を開き何かを言ったが白灯は聞きとれない。
「お、とめ…と」
「ごめんもう一回言って」
「乙女と、呼んで、ください。」
乙女が顔を真っ赤にさせながら言った。
「え、ああ、いいけど、涙止まったみたいでよかった。」
傘を持ってきていないためどうやって帰ろうかと思っていたのだ。
白灯はハンカチから手を離すとハンカチは自身の重みでくたっとする。
「まだ顔についてるからちゃんと拭きな。手で擦ると赤くなっちゃうから」
白灯は自分の席に戻り帰りの支度をしていると鬼頭が教室に入ってくる。
「河村だろまた雨宮泣かしたやつ、勘弁しろよ。ってもう止んだのかよ。」
自分の授業中に土砂降りになり窓の無い廊下を進み職員室から白灯たちのいるクラスに来た鬼頭は天気の代わりように驚く。
「お前、何があった。雨女だよな?」
雨を降らすだけの妖怪なのだがなぜか外は超快晴。可笑しなこともある物だと鬼頭は思いつつ配布物を配っていく。
学活が終り教室には妖怪メンバーが残る。
「園良」
鬼頭が呼ぶこの人物は煙羅煙羅という妖怪である。その姿を煙のように変えられ空気中に分散することができるためいつ居て、いつ居ないのかよくわからない。どこにでも侵入が出来、誰にでも姿も声も似せられるという特技を持っているが存在感がない。
「なんでしょう」
歩いているのかどうかもよくわからないふわふわとした動きで近寄ってくる。
「何があったか見せろ。」
見た物や想像した物を煙で表すこともできる。実際煙羅煙羅にはそんなことはできない。園良だけの特技である。そのほかいろいろで出来るらしい特技の多い人物であるが通用するのは妖怪相手だけである。
「はいはあい。」
そういって一部始終を鬼頭に説明しながら煙がふわふわ動く。
「なるほどな。」
鬼頭はどこか納得したような顔をして
「河村が沈んでいる理由がよくわかった。忠犬というか忠河童だったもんな。自称。」
「自称でも呼称でもなんでもいいッス。俺は、俺は…」
と机に顔面を擦りつける。無視したことをまだ気にしているようだ。
「涙は自分のハンカチで拭けよ。」
「解ってるッス…」
白灯と同じ白のハンカチを取り出す。これもしっかりアイロンが掛かっている。そのため少し硬い。真子と人子はタオルハンカチを持たされている。
白灯は溜息をつきながら
「ほら帰るぞ。真子も人子も待ってんだからな。」
「解ってるッス!」
言うだけ言ってまた机に顔面を付ける。
「月影、何とかしろ。お前が原因だろ。鍵が閉められん。」
「本音が出てます。」
白灯は河村の肩に手を置き。
「悪かった。ちょっとからかうだけのつもりだったんだ。お前俺の親友だろ。」
明らかに薄っぺらい言葉なのだが
「親友ッスか⁈」
と嬉しそうに顔を上げる。
「俺はそのつもりだったんだけど違ったのか?」
策士である。天然発言が過半数を過ぎるが策士である。
「部下の一人で、ただ扱いやすいやつだと思われてるんじゃないかって思ってたッス。親友でいいんスか。舎弟でもいいんスよ。俺は一門の人間スよ?」
「まだ長でもなければ跡を継ぐと決めたわけじゃねえんだ。友達でいいじゃんか。」
周りが感心するほどの演技である。さすが広く浅くである。相手が友達と思っていようが白灯からすると知り合いだが、それも今は改めるべきだろうか。そんな白灯を演劇部にでも入れてしまいたいが本人がすぐに幽霊部員となりそうだからやめておこう。ちなみにここに居るメンバー、委員会に入っていても部活をしている者はいない。一様。
「ほら帰るぞ。」
「はいッス!」
元気を取り戻した河村を連れ全員教室を出る。そんな白灯を乙女がジーッと見ていた。
「そう言えば妖怪相手だと白灯君って友達できやすいんだね。」
「どういうことですか?」
乙女の隣りに並んで歩く天子がいう。
「人間には嫌われやすいみたいなの。だから小学校の時は友達と遊ぶこと少なかったんだよね。」
確かに、今現在もクラスメートのほとんどは白灯と喋っていない皆妖怪たちが白灯のまわりにいる。そんな話をしながら天子たちの学校を出た。
保育園に着くと二人とも頬を目一杯膨らませて待っていた。
「遅い。」
「遅すぎる。」
「チャイム鳴ってから二十分たった。」
「もうすぐ三十分たつ。」
真子と人子にぐりぐり足を踏まれる。
「二人ともメッスよ。これは俺の親友なんスから」
嬉しそうな河村に言われると真子も人子も靴を踏むのをやめてくれただが
「痛っ! 痛いッス! ダメ! ダメッスよ!」
河村が被害を受ける結果となった。
そんなことをしている間に天子のもとにコンとイズナが、乙女のもとに空がやってきた。
保育園を出ても真子と人子の河村への嫌がらせは止まない。
「楽しそうだね。」
なんて天子は能天気なことを言っていた。
「あ!」
道を曲がればアパートの入り口と神社の裏口がある通りの手前で天子が声を上げた。
「どうかしたの?」
白灯と乙女は立ち止まってそれを見る。
「姉様?」
「どうした?」
コンとイズナも気にしたように聞く。
「ねえコン、割引券っていつまでだっけ?」
「ああ、あれは確か今日までだったと…あ!」
コンも天子と同じ顔をする。
「そうよね。何人までだっけ?」
「三枚あるので九人まで大丈夫です!」
なんの話をしているのだろうと首を傾げて聞いていると
「みんな今日この後予定ある?」
「え、ないけど」
「ないですよ。」
「ないッス」
真子と人子も首を振る。
そう答えると天子はまんべんの笑みで
「ケーキの食べ放題いかない?」
と聞いてきた。チビ二人が手を上げて喜ぶ。基本無表情のため顔は変わらないが喜んでいるようだ。
帰宅後急いで着替えた。
「どちらかへお出かけですか?」
ギギが部屋に顔をのぞかせる。
「うん、河村と出てくる。この辺まだよくわからないから友達に案内してもらうことになったんだ。真子と人子も一緒にいくから、俺達の夕飯少な目で」
「かしこまりました。それでどなたと?」
「だから友達。」
「ですからどなたとですか?」
なぜか一歩も引かないギギ。ここで天子も一緒だとは言えず。
「雨宮乙女って子とその弟の空、真子たちの保育園も一緒のやつだよ。」
「ああ、雨女ですね。解りました。帰られる前に連絡ください。」
やっと引いて行った。そこに離れへの廊下を走る音
「順備出来た。」
「早くケーキ」
と真子と人子が言う。いつもと違い赤と黒のワンピースの二人。
「俺も順備完了ッス!」
河村も頭を戸から出す。
「じゃあ行こうか。」
ズボンのポケットに財布と携帯を入れ玄関へ向かう。
「いってらっしゃいませ」
とギギに見送られる。
待ち合わせをした稲荷神社の前にはもう天子とコン、乙女に空がいた。
「おまたせ」
「別に待ってないです…。」
またも乙女は顔を少し赤らめていた。待っている間の数分間に何を話していたかを白灯はしらない。
「乙女、白灯君の事好きになったの?」
という話から始まり、否定する乙女はどんどん顔が赤くなっていく。
「ち、違います。好きとかとういうのではなく…」
「あ、来たよ。」
の声に肩が跳ねていたなんて白灯は知らないのだ。
天子の案内で歩き出す。白灯はふと人数が足りない事に気が付く。
「イズナは?」
「あの子は甘い物好きじゃないからお留守番。友孤も聖狐もみんな買い物や神社の掃除で家に居なかったから」
狐が甘い物が好き嫌いというのも可笑しな話である。
天子の服装は小学校の時と違いとても女の子らしいワンピースであった。小学生の時はその下にレギンスやスパッツを着ているかズボン姿の事の方が多かった。それに比べ白灯はジーパンにパーカーとあまり変わったところはない。
乙女のロングスカートが風で揺れるたびに空が歩きにくそうにしているのが見えた。日傘にロングスカート、上は七分袖のシャツのため見た目からして親子に見える。多分、本人に言うと泣かれる。
ショッピングモールに入る。中は親子連れでにぎわっていた。
「えっと…こっち」
天子は何かカードを見ながら店内を歩く。
「行ったことあるところじゃないんですか?」
「お賽銭に入ってたやつだから…あ、あそこだ。」
天子の視線の先には高校生だろうカップルや母親が駄々をこねる子供とともに並んでいるお店があった。
「並んでるね。」
「どうする、並ぶ?」
「天子が食べたいから来たんですよ。当たり前じゃないですか。それに空もコンも食べる気満々ですしね。」
並んでいる横のガラスの壁の向こうの厨房に張り付くように二人が見ているのを見つけ真子と人子も混ざる。
十数分待っているとちまちま列が進んでいく。そこに店員が客一人一人に話しかけていた。
「整理券になります。割引券で起こしではありませんか?」
と聞かれ天子が券を見せる。
「お子さんは二人で大人一人分になります。中学生は大人に入りますので大人四名子供四名で券二枚分なんですがこれ以上増えることありますか?」
天子は携帯を開きメッセージを送信するとすぐに
「増えるかもです。」
と伝える。
「ではこちらの整理券を無くさずにお持ちください。」
整理券には二時間後の時間が乗っていた。
一先ずお店から離れる。近くのベンチに座る。
「小鳥呼んだんですよね。いつごろこれそうなんですか?」
「今学校出たから三十分ぐらいだって」
「じゃあ間に合うッスね」
一行は時計を確認してから
「その間ぐるぐるして時間つぶそっか。」
「そうだな。」
本屋へ行ったり、服屋を見たり、雑貨屋で楽しそうにする女子に比べボーっとそれを見ている男子二人。そこに
「小鳥です。」
乙女が近づいてくる人物に気が付く。小鳥は小さな声で
「おまたせ」
と言ったように聞こえた。
時間はまだある。女子たちが楽しそうにお店を見て回っている隣り真子と人子に服を引っ張られる。
「どうした?」
「あれ」
「買って」
二人の指さす方向にはちりめんで作られた金魚のぬいぐるみがあった。おそらくらんちゅうだろう。不細工な人形があった。値段を見ると
「高‼」
とつい口から出てしまうほど高かった。その横で
「あ、この河童可愛い。」
と河童が言っている。その足元ではなぜかデカいカタツムリの人形を持った空がいる。こいつらは何を訴えているのだろうか?
「さすがに俺の小遣いじゃ無理だ。今度祖父ちゃんと来たときに」
「ダメッス!」
河村に阻止された。
「これ、限定品ってあるッス!」
今週だけなのだろう仮店舗で手作りの人形を売っているようだった。そこに
「そこのゲーセンにもこれ有るよ。向こうでこれより安く取れるか高くなっても取れないか。それを考えるとお徳じゃない?」
と店員の男性に言われる。
「ゲーセンか」
白灯は店員の話を聞くなりゲームセンターに足を運ぶ。
そこには明らか挑戦はしたものの取れませんでした。といわんばかりにコテッとなったカタツムリがいた。
「白灯取れるんスかちりめんはよく滑るッスよ?」
河村に聞かれるも
「いらないならお前の分なんか取ってやんねえよ。」
「まじッスか、お願いするッス!」
クレーンゲームの前で真剣になる男二人が狙っているのがぬいぐるみとはシュールである。
それに天子たちが気付いたのは白灯が倒れているカタツムリを見事ゲットできた時だった。
「ほら、一つ目」
「……あいがとう。」
空が嬉しそうにそれを抱きしめる。
「あれ」
「赤いの」
早く欲しいのか真子と人子が覗き込む。
「赤いの? 店員呼んできて」
河村に言うとすぐに走って行ってしまった。
少しずつ動かし一匹目の黒いらんちゅうが落ちた。そこに店員を連れた河村が戻ってきた。
「赤いのとあと河童を前にしてもらえます?」
断られることなく店員が動かし終るのを待つ。そのころには天子たちもゲームセンターに入ってゲーム機の中を見ているだけで取れそうもないと、あきらめていた。
河童のぬいぐるみは首を掴んでいとも簡単にとると
「白灯君上手なんだね。」
「すごいです。」
という声が聞えたのとは別に
「早く早く」
人子がせがむ。今度は少し手こずりながらもやっと赤いらんちゅうを取り出し口から取ることが出来た。途中、勝手に蛙のぬいぐるみも落ちた。そこに
「あ、悪い」
大量のゲームセンターの袋にぎゅうぎゅうにぬいぐるみを詰めたやつとぶつかった。
「すみません。」
園児三人をはじに寄せる。
「それ、君が捕ったのか?」
男は顎で空のカタツムリを指す。
「そうだけど」
「そこ、もう用ない?」
そう言われ場所を開ける。
ぬいぐるみをそのまま持って歩くわけにはいかないため袋を取りにゲームセンターの奥に入っていく。するとそこに
「多々良じゃん」
河村がよく知る人物に声をかける。だがその場の空気は攻撃的なもので
「よそ見してんじゃねえよ!」
多々良に殴りかかる人物がいた。
「危ない!」
白灯が声をかけるも多々良はその大きな体で相手を避けると軽々と持ち上げ転がすように投げた。見た目には似合わないしなやかな動きで何人もいる相手に立ち向かうも
「お前ら何してる。警察呼ぶぞ!」
の声に相手の男らは走って出ていった。
残されたその場はしばらく沈黙が流れ
「何してるの?」
と多々良が聞いてくるまでどうしたらいいのか解らない状態であった。
「そうだ。多々良君も甘い物好きだよね。」
天子がなにを思ったのがそういった。
「好きだけどそれで?」
「五百円で食べ放題できる割引券あるの一緒にどう?」
「……行く。」
こうしてよくわからないメンバーでお店に向かった。
「少々お待ちください。」
店員は急いで片付けをしている様子であった。そこに
「えー、今日はもうだめなの?」
「はい。整理券でいっぱいなんです。今日は割引券の最終日と言うこともあって」
と店員が先ほどゲームセンターにいた大量のぬいぐるみを持った男と話していた。
「私達と一緒します?」
天子が声をかけた。変なところで行動派である。
「いいんですか⁉」
「人数大目にお願いしているので、今からなら時間一緒だし」
「ありがとう!」
と喜ぶ人物。こうして大人九人分合計十一人で席に着く。こうなると遠くの席の人間がなにを話しているかよくわからない。
食べ放題の時間が切れ店を出る。ケーキの食べ放題と聞いていたがパスタやパンなども並んでおり夕飯が入るか不安である。ショッピングモールを出るともう日が沈んでいた。
「ギギに連絡したッスか?」
「これから」
メッセージを送信するとすぐに夕飯はすまし汁にシシャモ一本です。と帰って来た。天子といるのがばれているようだ。
出入り口で少し話をしていると
「あの蛙欲しかったんの?」
ゲームセンターの景品で天子と乙女がそんな話をしていた。
「取ってもらえばよかったのに」
「空の物を取ってもらって私までお願いできないです。」
それを聞き白灯は河村の河童と一緒に入れていた蛙を通り出す。
「ほら」
乙女の前に出す。乙女はそれを見て固まる。
「途中で一緒に落ちたんだ。欲しいならやるよ。」
それを受け取る乙女。小さく
「ありがとうです…」
と聞こえた。
「今日はありがとうございました。千二百円払うつもりが五百円で済むどころか席まで一緒させてもらって、これ、お礼に」
そういうと大量のぬいぐるみの中からショッピングモールのイメージキャラクターウサギのストラップを渡された。クレーンゲームで一度アームをうまく入れると雪崩のように大量にとれるやつだ。
「また明日!」
そう言って彼は一人違う方向へ歩いて行った。
両手に大量の荷物を持った人物は白灯たちとは違う方向に歩いて行く。その顔は一気に血の気が引いたような顔色になっていた。
「な、何とかなっちゃった……緊張した……」
角を曲がったところで座り込んだ。
白灯たちも帰路に着く。
「小鳥は送らなくて平気ですか?」
乙女が聞くと
「多々良君が家近いから大丈夫」
といって多々良と闇にまぎれて行った。夜でも傘をさしている乙女は目立つ。だがそれがこの町ではよく見る光景なのだと言われた。
天子と乙女を家の近くまで送り白灯たちは家に帰った。
その日の夕飯はギギの予告通り具のないすまし汁に白米の上にシシャモが一本載っているだけであった。だが、まだ白灯はマシな方ですまし汁にきゅうりの薄切りを入れられ、尚且つ河童巻きかと思ったものが寛平だったという残念感。天子と一緒だと言うことを知らせなかった河村は罰が酷かった。
翌日。
「来ないやつばっかりだっていうのに何でまた転校生かな。」
鬼頭はぼやきながら首を傾げながらいう。
「柳ギギです。よろしくお願いします。」
素敵な笑顔を振りまきながらギギが言うと教室がどよめく。主に男子が
「お前窓側の一番後ろな。」
「白灯様の隣りじゃないんですか⁉」
何を思ったのかギギは驚いたように言う。
「あたりまえだろ。何がどう転んでそんな発想になるんだよ?」
「だって私、白灯様の婚約者ですもの」
少し浮かれていた空気が急激に冷め、一人に人物に冷たい、刺さるような羨ましいと言わんばかりの視線が集まる。そして外は豪雨に雷、暴風が吹き荒れ、挙句に大きな雹まで降ってきた。それには河村が苦笑いでななめ後ろを確かめる。
そこに空気を読めないのか
「遅刻しました!」
と元気な声がした。そこには昨日のぬいぐるみ男がいた。彼は乙女を気にすることなく河村の隣り、乙女の前の席に座った。神経の図太いやつである。だが、本人は内心びくびくしているのが後ろの席の乙女は築いていた。
「変なやつですね。」
と小さくつぶやく。
「今日も遅刻?」
そう言いながら多々良の教室に入って来た。
「遅刻に決まってんだろ。早く席に着け」
眠たそうに多々良は自分の席に着いた。
ギギも不貞腐れながら指定された席に着く。以前外は嵐である。
「傘、ないんだけどな…」
一体全体こいつらは何がしたいのだろうか。そんなことを授業中考え、休み時間の度に
「白灯様!」
とギギが白灯の席まで来る。そこに天子や乙女まで来て白灯と話始めるとギギはなぜか
「今日のお弁当のおかずは」
とか
「お夕飯何がいいですか?」
とか
「昨日の洗濯物の中にティッシュ入っていたので気を付けてください。」
というたびに校庭に焦げ目が増える。ギギは天子へのアピールなのだがそれは乙女への攻撃へと変わっていた。
さすがにそれが昼休みまで続くと溜息しかでない。お弁当を食べていると白灯、河村が同じ中身のお弁当なのはしかたない。今までもそうだったっし、それに関して何とも思わない乙女だったがギギまで同じ物を持っているとさらに腹が立ち雷雲が学校の上に停滞する。それを見かねて
「落ち着けって」
白灯にそういわれ
「私は十分落ち着いているです!」
と今日一番の雷が落ちた。この辺りは昔から天気予報で予想されていない急な雨が多いため慣れている生徒は特に気にした様子無く
「帰りまで降ってたら傘入れて」
「いいぜ」
「新しい靴だったの残念」
「靴下下ろしたてなのに染出来たらどうしよう。」
と話していた。そこに
「これ以上人間に迷惑かけるとこの場で滅するぞ。」
床に座って円になっていた白灯たちの周りだけ急激に温度が下がった。
「どういうつもりですか?」
ゴロゴロと音をたて雲の中に電気が走る。
「どうもこうもないよ。昨日といい今日といい、調子に乗ってんじゃないの?」
声の主は乙女の首に札を寄せる。乙女は焦った様子は見せない。だが天子と白灯は冷や冷やとしていた。
「こんな小童に滅されるほど軟じゃないです。」
乙女に当てられていた札がジワジワと濡れだし文字がにじんで読めなくなる。
「え⁉」
男は驚き手を引く。そこに河村が箸で札を刺した。札はなぜかドロドロの紙の繊維へと変わった。これでこの札は使えない。
「昨日の今日で恩を仇で返す気?」
白灯は抑えていたあの独特の雰囲気をまとう。それには離れて座っている生徒が悪寒を感じるぐらいだ。目の前でそれを感じている相手にはどう見えていることか
「うっ…」
涙目となった男は急いで近くのドアの陰に身を隠した。
「なんなんだあいつ?」
「知らないです。札を使うと言うことは陰陽師なんじゃないんですか?」
乙女はそういいながら卵焼きを口に運んだ。
「陰陽師ってあの?」
あの、といっても天子の祖母を追っていると言うことしか知らない。
「術師としての力は感じませんが術具、微かに感じられる気配から陰陽師と暫定されます。ですが弱すぎます。まだ見習いか入門したての人物と推測されます。天子様の監視役としては幾分役不足でしょうが気配が人間レベル、陰陽の力もほぼゼロ、周りに感づかれないことを利点に考えれば見習いでも多少役にたつでしょう。こまめに連絡していれば」
ギギが男を分析する。それを聞き白灯は
「で、お前は何がしたいんだ?」
とドアに隠れる彼に聞く。
「とにかく天候をもとに戻して、いくら住民は慣れているとは言えこれは異常気象だよ。本物の陰陽師が来ちゃう!」
自分が半人前以下だと自覚しているようだ。
「だそうだ。乙女」
白灯が名前を呼ぶと天気は瞬きする一瞬で快晴に戻った。春雷とはよくある物。そんな認識しかされない。乙女も単純でもう機嫌は直っている。
彼はお昼であろう袋を持って
「混ざっても大丈夫?」
というため乙女は河村との間を開け天子に寄る。これで何かあっても両サイドに水を使う妖怪がいるため札は封じた。実際に使えるものだったらの話だが
「えっと、俺、安部陽一って言います。ここに居るのは猫と狐の一門のみなさん?」
陽一の隣りから河村、白灯、ギギ、獏、園良、多々良、小鳥、天子、乙女で陽一に戻る。一門にいるのは合計四人、属して入ない者の方が多い。
「あ、そうだったんだ…」
陽一はいろいろ勘違いしていたようだ。白灯はどうも陽一が昨日と今日とで随分と態度がちがうことがきになった。
「お前、なんなんだ?」
「見習い陰陽師です……。何もなければ俺だって何もしないよ。怖いもん。」
これが素のようだ。
「何しにここに居るの。ギギの予想通り?」
「うん、でもさすが切れ者の猫娘だね。」
それを聞いてギギは箸を落とした。
「切れ者の猫娘って確か化け猫ですよね?」
乙女は聞き覚えがあり陽一に聞く。
「そうそう、猫耳に尻尾をゆらゆらさせた女に化けたただの化け猫。でも重要指名手配犯で百人斬りどころか千人、一万人以上通り魔のように姿を見た男を切っていた大悪党みたいだね。君、そうじゃないんですか?」
ギギに視線が集まる。
「そ、そんなこともう忘れました。今は善良に拾ってもらった恩を返しているところです。」
そう言ってご飯をかけ込むとゴホッとむせた。ギギはおそらく無理して今のキャラを作っている。素は慌ただしく、黒い部分が多いのだろう。
「別にいいじゃんそんなの。ギギはギギなんだし」
「白灯様…さすが私の婚約者です!」
その発言に陽一の隣りでプラスチックの箸を片手で折ってしまった乙女がいる。
「少し話いいですか?」
外に暗雲が広がる。乙女はその雲と同じぐらい暗い顔で白灯にいうと立ち上がる。
「良いけど……」
乙女が怒っている理由がこれと言ってよくわからない白灯は廊下に出る乙女について行く。
廊下の端まで来ると乙女はやっと白灯の方を向いた。
「どうした?」
白灯が聞くと乙女は
「好きです…」
と小さく言う。白灯はデジャヴを感じる。昨日のように聞きとれなかったのだ。
「もう一回言って」
「だから、好きなんです! 婚約者が居ようと、天子を見ている目がキラキラしていようと私は好きになっちゃったんです!」
白灯は乙女の勢いに圧倒されると同時に稲光がする。その光に目がくらんでいると胸に飛び込んでくる衝撃、乙女である。それを受け止めると
「白灯様!」
ギギが来た。浮気現場と目撃されたような感覚ではないだろうか。ギギとは結婚どころか付き合っている訳でもない。自称婚約者。いや、親というか祖父母、これも違う祖父が独断で決めたのだ。センリは何も言ってない。白灯自身結婚するとも婚約するともいっていない。だから浮気現場ではないのだが、なんでだろうか居た堪れない気持ちになるのだった。
「待て、乙女も離れろ!」
「嫌です!」
「早くは慣れなさい!」
ギギが乙女を白灯から剥そうとするもだんだんもみくちゃになっていくだけだった。
白灯が乙女について行ったあとの残されたメンバーは
「俺、なんか悪いこと言っちゃいました?」
フルーツサンド片手に陽一が聞く。
「阿部君は何もしてないよ。」
心配気な陽一に天子がいった。
「実は…」
陽一の耳元に手と口を寄せて
「乙女は白灯君のこと好きだからギギさんは恋敵なの。」
ひそひそと話していたがこの場にいるのは皆妖怪、全部筒抜けである。それに気が付いてないのが話している元人間だと思っていた人物と聞いている人間である。
それを聞いてしまったギギは立ち上がり廊下に出ていったのを一同は見送った。
「俺の学校生活が波乱に満ちてきたッス…」
悟ってしまった河村溜息をついた。
それからしばらく春雷の鳴らない日は極僅か、ギギは何かと乙女を挑発するような言動を取り、乙女もその挑発に乗ってしまう。それを見て白灯は乙女にできるだけ感情を天候に出すのはやめてほしいと言うと努力しているようで悪天候とまでは行かなくなった。
不思議なことに陰陽師見習いの陽一がすんなりと妖怪メンバーに馴染み
「連絡先ください!」
とストラップがジャラジャラついた携帯を取り出しながらいう。そのストラップには小さいながらぬいぐるみが混ざっており凄くかさばっている。
「いいよ。」
この学校が携帯を持ってきていいらしいと最近知った白灯。親元を離れている生徒が多いからだ。
白灯から連絡先を受け取るとすぐに天子や乙女の元へ、乙女には断られていたが、そこにギギが
「あら、みなさん同じストラップされているんですね。」
陽一がくれたストラップである。
「俺が上げたやつだ。みんなつけてくれてたんだね。柳もいる?」
「良いんですか?」
カバンから同じストラップがいくつも出てくる陽一。それをあの日いなかったギギや園良、獏に配っていく。
そんな感じに普通に馴染んでいるのであった。
「そう言えば天狗いないね。」
何の話か陽一が白灯に聞いてくる。
「天狗は知らねえよ。」
「そっか…」
少し残念そうな顔をする。
「最近白灯はあいつと仲が良すぎるッス…」
「嫉妬する男は見苦しいですよ。」
休み時間の教室で乙女は河村に構いながら手元ではフェルトを塗っていた。
「それなんスか?」
「迷子札です。最近空が好き勝手歩き回るので、よく迷子案内で呼び出されるんです。雨女のお姉ちゃんって」
乙女がそういうと河村が笑いを来れる。
「マジか! それマジッスか!」
挙句爆笑である。ツボがよくわからない。
「いいな、うちの二人のも作って」
後ろの席から天子が言ってくる。
「二人は迷子になることないですよね?」
「イズナはね。でもコンはまだ思考が幼いところあるから、作ってもらうだけでうれしいと思う。」
天子がニコニコしながらいう。
「なら真子と人子のも!」
「お前からはお断りです。」
そんな話をしていると白灯たちがやってくる。
「迷子札?」
「器用だね。」
陽一の存在なんて乙女の中ではカットされ
「真子ちゃんと人子ちゃんの分も作れるですよ!」
と明らかに河村とは違う反応を見せる。こうして数日後には天子に狐型の迷子札が、白灯に猫型の迷子札が渡された。ついでに空は蛙である。本人はカタツムリがよかったらしい。
それから数日迷子札が役に立った。真子と人子が公園で遊んでいたのを河村が目を離した隙にいなくなったのだと白灯に電話してい来たのだ。白灯も河村に任せて剣道の稽古をしていたことを後悔する。
しばらく町内をギギも加わり探し回っていると
「お宅のお子さんを預かっているんですが」
という電話が携帯に届く。
「よかった。ありがとうございます。どこにいますか?」
「妖怪横丁です。」
白灯は驚く。
「い、今から迎えに行きます…」
電話を切った。
「見つかったんスか?」
「どこにいました?」
河村とギギが安心したような顔をするが白灯だけが思いつめている。
「横丁だって…」
現在横丁は一部を覗いてほぼ鬼の侵略が進んでいる。その一部も付喪神の集団が何とか守っているだけで鬼によって横丁は壊滅状態だと猫又遊女たちが何人か遊女や若い衆を連れて一門に帰って来た時に聞いた。
「まだ日は高いです。酒呑童子が活動する夜まで時間が有ります。今のうちに」
「うん。そうだな。」
三人は急いで近くのドアを開ける。妖怪が横丁に行こうと想えばどこからでもいけるのだ。ただどこに出るのかはわからない。
横丁に着いた。だが、そこは一面荒野で横丁のどの辺りか白灯には解らない。
「すごいとこに出ちゃったッスね。」
「そうですね。急ぎましょう。横丁で電話ボックスは一か所しかありません。運よくまだ鬼の侵入のない道具たちのところのはずです。」
横丁は無限に拾い。だが小さな世界である。現代妖怪がたどりつくことは少ない。
電話ボックスまで着た。だがそこには誰もいない。横丁では携帯が使えないため他の連絡手段は
「天狗?」
ギギがつぶやいた。
「まさか、天狗は今ほとんど妖怪とかかわってないじゃないッスか。そいつらが迷子の座敷童子のために連絡して来たっていうんスか?」
「そんなわけねえだろ。」
河村の声に返したのは白灯ではない。振り向くとそこには真子と人子を連れた男がいた。
「幼女誘拐は立派な犯罪ですよ! それを取り締まる天狗がなにしてるんですか!」
ギギが言うと男はズッコケた。
「そんなわけねえだろ!」
二回目である。
「ロリコンでも警察でもねえわ!」
そういうと男は黒い翼を広げた。
「烏天狗は秩序を守る魔縁の存在のはずです。」
「いろいろとごっちゃにしてんじゃねえよ! 魔縁ってのは悪事を指図するやつのことだ。それに天狗の魔縁は山伏の事、山の天狗もさすが俺は違う。俺は外道だ!」
白灯にはよくわからないことを言っている。それは河村も同じこと、ギギもこいつ何言ってんだという顔を返す。
「で、その天狗が何してんだ。早く二人を返せ。」
白灯が前にでる。
「俺と勝負して勝ったら返してやる。」
また意味の解らない事を言っている。
「勝負って何するんだよ?」
「そんなもん真剣勝負に決まってんだろ!」
そう言って錫杖を出す。真剣ではないのだろうか?
「俺刀無いんだけど」
「その辺の付喪神から借りろ!」
よく見たら周りに騒ぎをききつけてきたのは金属や陶器、木製の楽器や食器、道具が集まっていた。その中から古い刀を掴もうとすると白灯の手を避ける。
「錫杖に触れると死ぬという迷信が有るんです。それでいやなんでしょうね。」
ギギが理由を教えてくれた。
「そうなると試合なんてできない。今日は真子と人子を返してくれ、今度相手する。」
「今じゃないとダメなんだよ!」
ガキみたいなことを言うやつである。
「あの妖刀を一時的に返してもらえばいいんじゃないですか。丁度電話が有りますから」
そういうとギギは電話ボックスに入る。しばらく待っていると
「うーけーとーめーろーー!」
と言いながらどこからか降ってくる白い物体が
「え、卵⁉」
白灯は驚いて避けた。土に白い塊が半分ほど埋まった。
「受け止めろと言っただろ!」
「無理に決まってんだろ!」
土のついた顔をむけて言われた。よく見ると卵の背中には何時かの龍刀を担いでいた。刀の長さは卵の倍、どうやって運んだのか、この巨体なら問題なかったのだろうか。そんなことを考えながら卵から刀を奪う。
「あ、こら、人の話を聞け!」
「人じゃないだろ。」
卵は身を振って土を落とすと
「いいか、わしがここしばらく一門を離れていたのはなこの刀について龍王にききにいっていたんじゃ。」
「龍王って誰?」
白灯はそれどころか最近卵を見かけない事すら気にしていなかった。
「龍王とは三種の神器の持ち主というか作ったお方、神様です。神獣ですよ。」
ギギに言われる。
「で、その龍王はなんて?」
「ふむ、若き白龍の王に上げた物、好きに使え。だそうじゃ。だがな龍刀はいわくつき、向こうに連れて行かれるようなら取り上げるからな!」
「向こうってどこだよ?」
向こうとは白灯からすると今いる妖怪横丁のことに思えるが
「馬鹿者、死者の国じゃ。黄泉の国へ行くと一生戻って来れなくなる。肉体が生きていようと魂が持って行かれると死んだも同然じゃ!」
「肉体も魂も死んだ人間は今生きてんだけど」
事故の時すでに白灯は死んでいるはずの身であった。
「それとこれとは話が違う!」
「わかったから、詳しくは後でな。今は真子たちだ。」
暇している天狗に向き合う。
「話は済んだか?」
「ある程度な。」
そう言いながら鞘から刀を出す。先に仕掛けたのは相手であった。だが白灯はそれを避け斬りかかるもこれまた避けられた。その後何度刀と錫杖を交えようと浅い傷しか作らない。
かたずを飲んで見守るギギに河村、卵と付喪神たちだがそこに招かれざる客が来る。それは白灯が鞘を使って脇腹にやっと一発入れられた直後、金棒が飛んできたのだ。白灯は脇腹を抑える天狗を連れて金棒を避けた。付喪神たちが作る輪の縁まで来て天狗を放した。
「お前…」
真子と人子を確認するとギギと河村が抱えていた。
「鬼だ…」
「鬼がここまできた…」
付喪神たちがそんなことを話ていた。
「ギギ、河村と真子たち連れて先に戻ってろ!」
「ですが!」
ギギが先日の酒呑童子のことを思い出す。
「次は何するか解んねえんだ、真子たちもいるんだ早く行け!」
白灯にそういわれギギは後ろ髪を引かれながらも走り出す。
金棒を投げた鬼だろうか、一人がギギ達を追いかけようとするも白灯はその鬼の足を斬りつけた。そして蹴り飛ばし転ばす。そうして何体もの鬼を動けないようにする。
「何で殺さないんだよ!」
天狗に言われた。
「俺が知るかよ!」
自分の行動でも解らない。殺したら殺人。人間ではない相手だが組に所属しているのなら悲しむ誰かが居る。そう思うと殺すことなんてできない。死ぬのは怖いことだ。それはよく知っている。
妖怪の治癒力は高い。そのせいかどんどん敵が増えていくわけでもないのにきりがない。鬼が荒野に火を付けた。
「火だ…」
「燃える…」
「溶ける…」
そんな声がした。
「卵、こいつら連れて一門に戻れ!」
「これ全部か⁉」
「早く!」
卵は仕方ないと言わんばかりの顔で入り口を開きそこに付喪神を流し込んでいく。
火の周りが早い。
「お前も早くしろ!」
「先行ってろ!」
この場の付喪神をすべて流し込んだところで入り口に火か近づいていた。白灯もほぼ火に囲まれた状態。
「白灯さん!」
聞き覚えのある声と同時に雨が降り出した。番傘片手にいつもと雰囲気の違う乙女がいた。
「鬼何て泥水で流してやるです!」
そう言いながら番傘を地面に突き刺すとどこからともなく泥水が濁流となって鬼たちを襲った。
「今のうちに帰るです!」
白灯は乙女と入り口に入ろうをして
「お前も行くぞ」
と天狗の手を引いて現世に戻った。
風呂上りの白灯は不思議な光景を見た。何故かたらいの中に乙女が座らされていたのだ。
「何してるの?」
「あの猫娘にここ以外に座ったらこの家から追い出すと言われたから仕方なく白灯さんを待ったたんです。」
白灯は髪を拭きながらその部屋に入った。端には天狗が体育座りで丸まっていた。傷だらけのまま、
「お前はそこで何してんだ?」
「俺が知りたい!」
そういうと黙ってしまった。何なんだろうか。
「白灯様こちらにいらしたんですね。手当をしましょう。」
「俺は乙女にやってもらうよ。ギギはあの天狗のやってやってくれ。」
ギギは一瞬不機嫌な顔をしてから
「かしこまりました…」
と消毒や包帯などを一通り置いて乙女を睨んでから天狗の元へ行った。
乙女は睨み返しながらギギを見送った。そして消毒を取ろうとするもたらいのせいで届かない。
「出ていいぞ。」
ギギよりも白灯の方が位は高い。乙女はたらいから出て白灯の前に座る。腕を取ると傷口に消毒のしみた脱脂綿を当てる。お風呂に入っている間に血は止まって汚れも落ちた。
「助けに来てくれてありがとうな。助かった。」
「い、いえ、私は何もしてないです。白灯さんの実力の賜物です。」
包帯を取って巻きだす。
そこに
「雨女が来とるんだと?」
銀虎が部屋を覗いてきた。
「うちの者が世話になった。」
銀虎は乙女の横に正座して頭を下げた。
「そんな、大層なことはしてないです…あ、そうです。ぬいぐるみのお礼です!」
乙女は慣れていないのか取り乱しながら言い返す。
「ぬいぐるみって言っても空のと合わせて千円ちょっとしかかかってないよ。しかも蛙は偶然落ちらんだし」
金額と恩を比べていいのか解らないが白灯が言うと
「良いんです。私の自己満足ですから、いいんです!」
そう言って打ち身に湿布を貼る。
「だが、さすが雨女。天女の一人なだけある。」
「天女?」
銀虎の話にさらにあわてた様子になる乙女を横目に白灯は聞く。
「雨降り天女っていってな。この雨女は雨降り天女が溺愛した義娘で、天女が席を降りると自動的に妖怪から天女になるんじゃが噂ではこの娘、天女で有りながら現世にとどまる雨女でその力は妖怪を超えているそうじゃ。」
銀虎の説明にへえ、と声を出す白灯。乙女の反応からその話に間違いはなさそうだ。
「一門を継いでこういう子が嫁に来るのもアリじゃな。」
そう言って銀虎は立ち上がると
「いたたたたたたああ!」
というっ声がする。
「痛いんだ…よ……」
天狗が言葉を詰まらす。目の前のギギが不吉なオーラを出しているからだ。
「長、婚約者は私のはずでは⁉」
「ん、ああ、それがまだ白灯がサインしてないからな。正式なものじゃないんじゃ。ところでそいつはなんじゃ?」
銀虎は地雷を踏んだことに気付いていない。
「今日の夕飯はトウガラシ料理ですね!」
手当も途中にギギは部屋を出ていった。
「最近は大人しかったんだが、お前のせいか」
銀虎が白灯を見ながら言うも
「祖父ちゃんだよ…」
その横で乙女がほくそ笑んでいたことに気が付かない。
「で、あいつはなんじゃ?」
「天狗らしいよ。」
「天狗!」
銀虎は驚いたような顔をする。
「私、天狗見習いの天道満と申します。どうかこの一門に置いていただけませんでしょうか!」
何を思ったのかいきなりそんなことを言いだす。
「構わんぞ」
銀虎も銀虎で即答する。
「ちょっと待ってよ。こいつは真子たちをさらって俺にこんな怪我させたやつだぞ!」
それをきき乙女が天道を睨む。
「そんなこと知らん。入門者は拒まない。去る者も追わん。それが化猫じゃ。悪さして帰って来たときには罰を与えるまでじゃ」
そう言って出ていった。
こうしてなぜか天狗が一門に入ることになった。
「奇石中二年の天道満です。よろしくお願いします。」
初対面の時とうって変わってものすごく礼儀正しいやつだった。