お稲荷様とその娘
お稲荷様とその娘
朝起きて、学校への身支度を整え朝食へ
「河村は?」
「寝坊です。申し訳ないのですが起こしてきてもらえませんか?」
ギギに言われ起こしに行こうとするも
「部屋わかんない。」
「離れに行く手間の廊下を曲がって突き当りの部屋です。」
大広間を出て離れに向かう白灯。そもそもなぜ白灯は離れなのだろうかと疑問に持ちつつのそれを飲み込む。
「廊下を曲がった突き当り…」
ふすまはノックするものではないがかってに開けていい物なのか迷い
「河村?」
と声をかけるも応答はない。もう一度
「河村」
返事はない。仕方なくふすまを開ける。すると目の前には
「水⁉」
が広がっていた。決して畳がひしょぬれというわけではなく、ふすまを開けた目の前に水が広がっていたのだ。河村の部屋四畳半が天井まで水。決して透明な壁があるわけではない。触れば手が濡れるのだ。何だこれ…と思っていた白灯に
「あれ、もう朝ッスか?」
とマヌケな声を出して水中で伸びをする河村。
「ちょっと待って」
そういうと制服を手に取り甲羅に籠った。そして
「その甲羅脱げるの⁉」
「そうッスよ。」
そう言って部屋から出てきたのは人間の姿の河村であった。
「どうっすか、俺イケメンッしょ」
「ああ、そうだな。」
軽く流す。確かに不細工というわけではないが男にイケメンか聞かれても答えに渋る。
大広間に戻るとほぼ全員席についていた。
「祖父ちゃんは?」
「クロが起こしに行ってます。」
その話をしている横に
「おはよ…」
と眠気眼の銀虎は目脂のついた目を擦りながら現れた。早起きしたのは白灯が来た翌日のみで基本朝に弱いようだ。
朝食後、テレビを見てくつろいでいると
「あれ、まだ出てないんですか?」
とギギに言われる。
「河村がまだ平気だって」
「河村君の言うことはあまり信じない方がいいですよ。遅刻魔何で」
それを聞いて白灯は立ち上がり
「行くぞ!」
と河村の制服の襟を掴んで歩き出す。
「まだ平気ッスよ!」
「遅刻魔に言われても説得力がないんだよ!」
案の定家を出ると走っている同じ制服の生徒を見つける。
「ほら行くぞ!」
「はいぃ…」
走って十分ほどで中学校は見えてきた。その時キーンコーンカーンコーンとチャイムが聞えた。
「全然ダメじゃねえか!」
白灯は河村を置いて先に走る。
「待ってほしいッス!」
「誰が待つか!」
白灯は息を切らしながら門をくぐった。丁度その直後に門は閉められた。
「嘘!」
河村が門にぶつかった。
「見ない生徒だな。」
門を閉めたであろう教師が話かけてきた。
「あ、えっと、」
息を整えながら教師を見る。だが、その気配に違和感があった。
「どうした?」
「あ、いえ、転校生の月影です。」
「ああ、俺のクラスに入るやつか。階段上がってすぐ横に職員室があるからそこで待ってろ。河村、お前は遅刻指導だ。一緒に職員室行って来い。」
その声にしょぼくれた様子で門をくぐり河村は白灯の横に並ぶ。
「先生、こちらうちの一門の次期長の白灯様ッス…」
「それ、今言う必要ねえだろ…」
教師は呆れた様子でそういうと虫を払うように手を動かす。
「あの教師…」
白灯がそういうと
「鬼頭先生も妖怪みたいな人ッス。変な人ですけど悪い人では無いッスから安心してください。ここが職員室ッス!」
ほんの数秒で河村はいつも通りに戻った。
職員室に入ると近くのソファーに座って待つように言われた。
しばらくして河村と同じように遅刻して来た生徒が二人、鬼頭に連れられ入って来た。
「お前等はこれな。」
そう言って数学のプリントを渡される河村他、遅刻生徒。
「これってこれからの授業の内容ッスよね?」
「今日教科書もらうんだから出来るだろ。明日必ず提出しろよ。解ったら解散、河村と月影も行くぞ。」
そう言われて職員室を出た。
階段をもう一階のぼり三階の廊下を進む。南側に三クラス並んで教室があった。
「お前ら席に着け」
教室に鬼頭が入り声をかけるとざわざわしていた教室が一気に静かになり椅子を引く音だけになる。
「これ、転校生な。」
なんて簡単な紹介だろうか。白灯は驚いて鬼頭を見るもその視線はすぐに違うものに向けられる。
「白灯君!」
聞き覚えのある声であった。白灯は声の主を見る。それは
「天子ちゃん…」
中学に上がる時に引っ越してしまった稲沢天子であった。だがその様子に河村は耳もとで
「稲荷さんとお知り合いだったんスか?」
と聞いてくる。
「河村、お前は転校生じゃねえだろ。席に着け」
鬼頭に言われ河村が目の前の席に座る。
「お前の席はそこだ。」
教卓の目の前、河村の二つ隣りに座る。
「あ、言い忘れた。おはよう。」
鬼頭はマイペースなようだ。
その後始業式があり、簡単は学活の後解散となった。
「月影」
鬼頭に呼ばれる。
「なんですか?」
「よくも酒呑童子に喧嘩売ったな。」
鬼頭は白灯の頭をわしゃわしゃ撫でながら言うためメガネがずれる。
「それ本当?」
天子が教卓の前に来る。
「俺としては喧嘩売ったつもりはないんだけど…」
「いやいやいや、鬼をぶった切っといて喧嘩売ってないって冗談スよね?」
座ったまま河村も話に入る。
「ぶった切ったって言い方されると殺したみたいじゃん。俺は威嚇しただけで実際に殺したのは…」
そこまで言ってふと、自分は鬼を殺すつもりで切ったことを思い出す。相手が人間であれば殺人だ。妖怪だからって罪にならないというわけではないだろう。白灯は自分の手を見て強く握る。
「馬鹿馬鹿しいです。」
突然会話に新しい人物が加わる。
「酒呑童子に喧嘩売ろうが買おうが、どっちみち妖怪横丁は鬼に占拠されたも同然です。あいつを退治しない限りそんなの武勇伝でもなんでもないです。」
天子の前の席、河村の逆隣り斜め後ろの女子生徒が立ち上がる。席順は男女混交の名前順である。
「乙女ったら」
天子が話しかけるも彼女は廊下の方に首をむけたままである。
「この子は雨宮乙女、雨女よ。私、河村君とは始めて同じクラスになるんだったよね。あたしは…」
「知ってるッスよ。稲荷神社の巫女さん天子ちゃんは有名ッスからね。」
「河村君ほどじゃないよ。でも、河村君も妖怪だったなんて、あたしもまだまだね。」
シュンとした顔をする。
「そう言えば天子ちゃんなんでそんなに妖怪に詳しいの?」
と聞くと
「おまえと同じなんだよ。中学上がるまで自分が妖怪だってこと知らなかったんだよ。俺は夢橋獏、そのまま、夢を食べる獏だよ。」
そう話しかけてきた彼の背後にはいくつかの風船が飛んでいた。
「それは?」
「これには夢が詰まってんだ。悪い夢と交換して食べるためにね。」
「太るぞ。」
鬼頭が口を挟む。
「小鳥はどうした?」
次から次へと妖怪が出てくる。覚えられない。
「小鳥なら図書委員の仕事に行ってるですよ。荷物が置きっぱなしですから戻ってくると思いますが」
乙女が言った。
「鍵閉めらんねえな。お前等は早く帰れ。」
朝のように手で虫のように払われる。
ゾロゾロと一行は教室を出る。
「じゃあ、白灯君はつい最近来たばっかりなんだ。」
「うん。しかも家からほとんど出てないからまさか天子ちゃんが近くに住んでるなんてわからなかったよ。」
中学を出て保育園の方へ皆で歩いて行く。乙女はやたら大きな日傘をさしていた。
奇石保育園。そこの前では数人の母親が子供を迎えに来ていた。
「こんにちは」
「あ、天子ちゃん。コンちゃん達のお迎え?」
「はい。」
天子は知り合いの母親に声をかけて会話をする。
「その子達はお友達?」
「こんにちは」
白灯も挨拶をすると
「来た。」
「やっと来た。」
「チャイム聞こえてた。」
「来るの遅い。」
いつもの着物と違い保育園で指定されているスモックに体操着の二人が走ってくる。
「遅い。」
「悪かったって」
「遅い。」
「こら、靴に乗るな!」
という光景を保育園の保母さんがジーっとみている。
「な、なにか?」
「あ、いえ、二人がそんなに人になついているところ始めて見たのでつい…」
保母さんは焦ったように言い返す。
「え? 二人はいつもこんな感じですけど」
「まじでッスか? もう一年迎えに来ている俺にすらなつかないのに!」
河村は保育園の門に両手をついて項垂れる。
「白灯、真子の事よく見てる。」
「白灯、人子好きだもん。」
そう言いながら依然靴に乗りながら制服の裾をギュッと掴まれる。
その横で
「姉様!」
「待ってました。」
と真子と人子の髪を白くしたような園児が天子に駆け寄る。
「おまたせ。」
天子も話かける。どうやらこの二人の迎えのようだ。
「うちの子は?」
乙女も迎えなのか保母さんに尋ねている。
「空君でしたら……あら?」
どこにいるのか解らないようだった。
「空なら中」
「まだ中いた。」
保育園のため迎えの時間はまちまち、園庭で遊んでいる子供もいれば柵のついた屋上からわっきゃわっきゃと声もする。
「今、呼んできますね。」
保母さんはそういうと室内に入って行った。
白灯たちはそれを見送り
「みんなここに兄妹預けてるの?」
その問いに天子から
「この子達は姉妹ってわけじゃないのよ。稲沢を名乗ってるけど、中学で何かあった時に近くいたほうが駆けつけえやすいっていうからここに」
「空は弟のような者ってだけです。」
乙女は一切白灯と視線を合わさずにいう。
「俺はそういうのいないから」
獏は風船を一つ割った。
「何したの?」
「腹減っただけ」
何か口に含んだ様子はないがもぐもぐと動いている。
「おまたせしました。」
保母さんに手を引かれ晴れているのに長靴に傘をさした男の子が来た。
「かっぱ」
空がそういうと白灯は河村を見る。だが乙女はカバンから合羽を取り出す。
「傘があると危ないんです。」
そう言いながらガエルをかたどったポンチョを着せて傘を畳ませる。
「何で雨具?」
「雨童子なのよ。」
天子が説明する。
「じゃあ雨宮の傘って」
「雨天兼用の傘なんだって」
「あいつ小学校からああだったんすよね。邪魔で仕方ない。」
河村が口を挟むと
「邪魔で悪かったですね。」
と合羽を着せ終った乙女が立ち上がる。
「先に帰るです。」
そう言って乙女は空の手を引いて保育園を出た。
白灯たちも保育園を出ると
「じゃあ、俺こっちだから」
といって獏と分かれた。
数メートル先を乙女が歩き、その後ろを白灯たちが歩く。空はちらちらと真子や人子を見ているが乙女に引っ張られて止まれない。
「あいつなんなんだ?」
「昔からああッスよ。」
「ちょっと人見知りで、心を開けばすごくいい子なんだよ。」
天子がフォローする。
「そう言えば河村は小学校一緒だったのか? てか、妖怪がなんで学校行けるの?」
「妖怪も人間に混じるために今は戸籍をもってるやつが多いんス。だから義務教育は受けないといけないんスけど産まれたばっかりの妖怪は存在が不安定で人間にばれたり、姿がもとに戻ったりすることがあるんス。それを防ぐために妖怪横丁に怪奇小学校があるッス。小学生の間はそこで人間に変化したり皮をかぶったりする練習をするんスよ。」
まあ、半分以上はもう百歳は超えているような妖怪ばっかりッスけど、と言われ白灯はへえ、と声を出すもそれでいいのかと内心考えた。
「あたし達みたいに産まれたときから人間として生きていると人間としての暮らしが染み付いちゃってどこか特化しているもののただの人間になっちゃう子もいるんだって、日本が長寿なのはそういうことみたい。」
「へえ」
自分も長寿の仲間入りしているところだったと白灯は思う。
そんな話をしていると乙女が道を曲がった。そこには古ぼけたアパート。
「あそこに住んでんだ。」
「何度か家に来ればって言ってもあそこのじめっと感が良いんだって。」
天子が苦笑いでいう。
「あたしの家はここ」
乙女が曲がった道、アパートの目の前にある稲荷神社を指して言った。
「そう言えば前の家も稲荷だったね。それで稲荷さん。」
河村を見ながら言う。
「姉様、こいつらを神社に入れるんですか⁈」
あわてた様子で先ほどまでずっと黙っていた白髪の子供の一人が言う。
「コン、白灯君は信頼できるから、そんなこと言わないで」
「ですが…イズナも何か言ったらどうだ!」
「姉様の考え、特に言うことはない。」
コンと呼ばれ方は目に見えてダメージを追う。そしてイズナという子は鳥居をくぐるなり狐の姿になり石造の位置に座る。
「姉様の意見、反対はしないが警戒は怠らない。」
そういうといたるところから白い狐が姿を見せる。
「もう…ごめんね。お母さんがいなくなってからみんな過保護なの」
「仕方ないよ。」
「そうッス。化狐一門の大事な跡取り様ッスからね。うちも似たような感じッス。」
特に大事にされた覚えはないが、河村はさらっと大事なことを言った気がする。
「化狐一門の跡取り?」
「稲荷さんは白灯と同じ貉組の化狐の方ッス。本当に何も知らなかったんスね。」
時々河村の言動にイラッとする白灯。時々…。
「そのことで相談したいこともあるの。」
そう言って天子は鳥居をくぐり階段を上がっていく。一段に一つは鳥居があり、紅梅や紅葉の季節ではないがコの字型に朱色に染まっている。
階段を上がりきると境内にお社。だが、それは正面ではなく後ろであった。
「神社の後ろって始めてみたかも」
「表に回ってみる?」
そう言われ歩きだす。どうやら裏から入ったようだ。
「昔はアパートに有る位置に大きな池があったらしいんだけど埋め立てられちゃって」
それでジメジメするんだと思いながらついて行く。
「ここが本殿で、こっちが内拝殿、参道の途中に手水があってその先に有るのが小さいけど楼門ね。」
参道にも鳥居が並んでいる。
「さすが稲荷ってぐらい鳥居がある。」
「全部奉納品で、ほら、サイズも形も柱の太さも違うんだよ。裏の鳥居は江戸時代から同じところで作られたものだからほとんどで見栄えは変わらないけど表のはそれ以前のものだから」
確かに高さは凸凹、色もまちまちである。
「こっち」
天子に呼ばれ止めていた足を動かす。境内の外れ、樹齢なん百年という木々の間を抜けると一件の平屋が現れた。
「ここがあたしの家」
そう言って戸を開ける。
「友狐、聖狐、お客さんなの。」
玄関で声を出す天子、すると奥から二人の女性が早歩きで出てきた。
「イズナ様から伝え聞いております。」
天子が上がるのを見て
「お邪魔します。」
と声をかけてから上がる白灯。だがその手を真子と人子が引っ張り
「どうした?」
「遊んでくる。」
「ここから離れない」
二人はそういうものの白灯は天子を見る。
「階段は下りないようにね。大通りだから」
そう言われ二人は走って行ってしまった。
「何百年生きても子供のままッスね。」
「そうなんだ。」
白灯と河村は庭の見える部屋に通された。
「で、相談したいことって、俺達で何とかなる話?」
天子の向かいに座り聞く。
「化猫一門は白灯君のお祖父さんが長でしょ。でもうちの一門は今、長がいないの。長だった人がいなくなっちゃって」
つい最近この世界に入った白灯には難しい話が始まった。
「あたしのお母さんが跡取りだったんだけど行方不明でしょ。お母さんは私が大きくなってからこの話をして一門に入れるつもりだったみたいなんだけど、それで長だったお祖母ちゃんがいたんだけど今は誰も居場所を知らないの。一様、長はいるんだけど機能してない感じかな。」
そこにお茶をもって友狐と呼ばれた女性が来た。
「貉組の長の話をそれが理由に断ったのです。ですが上からは一門の長不在は面倒だからとまだお若い天子様を長にするよう言ってきました。」
簡潔に説明してくれた。
「それでね。今日一日考えてたの、白灯君が化猫の次期長ならお願いしようって」
「何を?」
白灯は真剣な話に息を飲む。
「狐と猫の同盟を組んでもらえないかなって、もちろん組の長の話はもう断ってあるから銀虎さんが長になったらちゃんと言うこと聞く。そのことを伝えてもらいたいの。これ以上狐が孤立すると…」
天子は下を向く。
「化狐一門は化猫と違い女性ばかりです。逆に狸は男性が多い一門。女性だけというのはいくら神のお使として名のしれている我々でも襲われるようなことがあれば…ですからこのお話前向きにお考え願います。」
友狐が頭を下げる。白灯はそれでイズナが警戒し、コンは反対したのだとやっとわかった。
「俺の独断ではできないから祖父ちゃんに相談してみる。酒呑童子のこともあって不安だろうから、出来るだけ協力するよ。」
と白灯は答えたものの
「でも、狐と同盟なんて貉組の恥じどことか白龍会の恥じッスよ。化狐一門の行方不明の長ってあの宝玉ッス。いくら稲荷さんが良い人でも…」
河村が渋る。
「宝玉って?」
白灯の質問に天子が小さな声で答えた。
「あたしのお祖母ちゃん。もう何百年もここに戻って来てないんだって、お母さんも産まれたばかりの赤ん坊の時にここに届けられただけで、だからあたしも顔は知らないの。昔、夫だった人を殺されてその怒りで悪狐になってしまったって聞いてる。その時すごい悪さをして陰陽師に今も狙われてるって」
天子は暗い顔になる。
「今は宝玉さんとは天子ちゃんもここの妖狐たちも何のかかわりもないんだね?」
「それは断言する。全く関わりはないの。」
天子は真剣な眼差しで白灯をみる。
「だから、お願いします。」
再び頭を下げる。
「そのことも祖父ちゃんに話すよ。きっと解ってくれる。」
白灯が笑いかけると天子も小さく笑った。
天子の家からの帰り道、片手を重たい教科書の入ったカバンに添え、開いている手で真子と手を繋いでいる。人子も制服の裾を掴んでいる。
「本人が良い子なのは解ってるッスけど同盟なんて結んで大丈夫なんスか?」
「よくわからない。でも困っているんだし、酒呑童子のこともある。」
家の前の道を曲がる。
「それにしても白灯は俺よりもモテモテッスね。うらやましい!」
「どこをどう見てそうなるんだよ。」
「だって、ギギに稲荷さん、それになぜか真子と人子まで、ハーレムッスよ。」
無駄にテンションの高い河童である。
河村を放置して白灯は門を抜けて玄関へ
「ただいま」
と声をかけると天子の家とは大違いで走ってくる足音
「白灯様!」
ギギであった。
「あ、ギギただいま。祖父ちゃんは?」
「お帰りなさいまし、長なら…って違います。帰りが遅いと思ったらどうして化狐一門の門前たる稲荷神社にいたんですか⁉」
と詰め寄ってきた。
「同級生の家がそこなんだよ…」
「前に話したじゃないッスか、稲荷が中学にいるって」
河村も玄関から入ってくる。
「ダメです。いいですか今後一切狐とかかわるのは禁止です!」
「無理になるかもな。で、祖父ちゃんは?」
「道場です。って違う。ちゃんと話聞いてますか!」
ギギは興奮すると口うるさくなり、落ち着きがなくなるようだ。
白灯はギギを無視して道場に向かう。
「もう、白灯様ったら何をお考えで…」
「狐から同盟の話が出たんスよ。」
ギギの顔が声もなく絶叫に歪み
「なんですってーー‼」
という声が家に響く。そんなことはお構いなしに白灯は廊下を進む。
道場に着いた白灯は荷物を降ろして学ランを脱ぐ。
「白灯、自分が何をしたか解っているのか?」
背を向けたままの銀虎が問う。
「何って、ただ友達と話してただけなんだけど」
「問答無用、妖狐となんぞ仲良くしよって!」
竹刀を振り上げ白灯に切りかかる。
「祖母ちゃんだって仲いいからな!」
銀虎の動きが止まる。
「なんじゃと…?」
「だから、祖母ちゃんは天子ちゃんの事知ってるって言ってんだよ。前の家には何度も遊びに来てたからな!」
竹刀を降ろす銀虎。
「で、河童も一緒で何の話をして着たんじゃ。」
道場で胡坐を掻く銀虎の前に正座で座る白灯。
「同盟を組んでほしいんだって、さすがに俺の独断では判断できないことだからちゃんと持って帰って来たんだよ。」
「ならん!」
「最後まで話を聞け!」
白灯は天子と友狐の話を銀虎にする。それを道場の入り口でギギも聞き耳を立てていた。
話終わったところで
「ギギはどう思う。」
「え、あ、はい。」
ばれていないと思ったのか挙動不審になりながらも道場の入り口に正座する。
「確かに狐は私が産まれてからの二百年あまり、特に目立った行動は聞いていません。私が反対する理由はその宝玉様の起こされた事件からの狐の風評からですから逆に何も知らない白灯様の判断の方が今の次期長を見ています。なので正しい物かもしれません。ですが同盟を組んだことで我々の評判が落ちるのも確かです。」
銀虎は腕を組んで悩む。
「そんなこと言ったら何も変わらないだろ。向こうは困ってんだよ。」
「そう言われてもな…。センリからも詳しく聞いてくる。向こうの話も直接聞きたい。それからじゃ。」
そういうと銀虎は道場を出ていった。
白灯はギギを無視して離れに戻った。
翌日。河村を引っ張るようにして余裕のある時間に登校する白灯は両手に真子と人子と手を繋いでいる。そのためにリュックに替えたぐらいだ。
「おはよう、白灯君、河村君。」
神社のある道から天子とコン、イズナ、そして乙女と空が出てきたところであった。
「おはよう。昨日の話なんだけど」
「ありがとう。夜に鳩が手紙届けてくれた。今日帰りにお邪魔するね。」
それを聞いて白灯はホッとする。
保育園に真子たちを預けていると
「はよ。」
と獏が来た。
「おはよう夢橋君。」
「そんな仰々しくなくていいよ。獏で」
依然乙女は天子とは話すものの白灯とは一切話すことなく学校に入る。
登校してもこの日は入学式と言うことだった。式中は覚えていない校歌を歌っているふりをして、片付けをして、学活である。
「お前今着たのかよ。」
帰りの学活中に入ってきたのはドアの梁を手で押さえくぐる人物。
「遅刻?」
「休みに決まってんだろ。昨日も来なかったやつが何言ってんだ。放課後図書委員手伝いしてから帰れ。小鳥、こいつ足蹴に使え」
そう言われたのは白灯の二つ後ろの席の女子生徒が小さく返事をする。だが言いつけられた長身の男子生徒は
「だるい。」
「だるかろうとやれ、って! その前に保健室行って来い。保健委員!」
鬼頭はワイシャツに染みている赤い血を見て呼ぶ。
「はい。」
獏が立ち上がる。
「多々良お前またやったのかよ。」
「俺は何もしてない。」
そんな話をしながら教室を出ていった二人。
学活も終わりゾロゾロと生徒が帰宅していく。
「帰るか。」
「お前ら同盟組むんだってな。」
鬼頭がいきなり話を出してきた。
「そうなんス。猫と狐の同盟ッス。そもそも妖怪一門の同盟なんて珍しいッスよね。」
「そうだな。」
と河村が鬼頭と話す。
「何で先生がそのこと知ってんですか?」
白灯は気になり聞く。
「うちの野良猫と一緒ッスよ。先生はコウモリに情報収集させてるんス。だからどこで何しようが筒抜けってわけッス。」
「先生何の妖怪?」
白灯は席を立ち教卓の前に行く。
「俺は妖怪じゃない。死人だ。」
意味わからないそんな顔をするも白灯はふと死人でコウモリと言えば
「吸血鬼?」
「ピンポーン。」
さえない音がする。
「海外妖怪とのハーフみたいッスよ。俺も詳しくないッスけど」
「なるほどね。」
白灯はリュックを背負って
「じゃあ帰ろうか。」
と特に気にするような様子無く天子にいう。天子はセーラー服なのに中にハイネックを着た、マスクに長い髪で顔がほとんど見えない鬼頭に小鳥と呼ばれていた女子生徒と話していた。
「あ、うん。じゃあね小鳥、委員会の仕事頑張って」
そう手を振ると彼女は手袋の手を振り返す。それを気にしつつも学校を出た。
昨日と同じように真子たちを保育園に迎えに行く。
「おまたせ。」
そう声をかけると一目散に走ってくる真子と人子。
「待った。」
「遅い。」
「悪かったって」
さほど謝るほど待たせてはいないはずなのだと考えるも流す。今日は空もともに遊んでいたようですぐに保育園を出た。
今日は昨日と違い乙女が天子を挟んで並んで歩いている。
「乙女も行く?」
天子が化猫一門へ行くことを誘う。
「私は何処にも入ってませんから行ったところで意味ないです。それにゆきおとこのいるところになんて頼まれてもゴメンです。」
そういうと丁度曲がり角で曲がって行った。
「ゆきおとこダメなの?」
「ゆきおとこっていうか、雪女と昔大ゲンカしたらしくって、雨って水でしょ、氷っちゃうみたい。」
「ああ、あれッスね。アレは…悲惨だったッスね。教室どころか小学校が丸々氷と雪の世界に、真夏の給食後だったッス。」
河村が思いだし苦笑いをする。
「あいつを泣かせたり驚かせたりしちゃダメッスよ。雨降るわ、雷おちるわ、嵐になるわ、雹が降ったこともあるッスからね。」
そう言いながら道を曲がる。
「あそこが化猫一門…。」
天子は一瞬立ち止まるもすぐに歩きだす。コンとイズナはそれを不安気に見ていた。
門を抜け玄関前にギギがほうきを持って立っていた。
「お帰りなさいまし…」
天子があわててお辞儀をする。
「お、お邪魔します…」
ギギは玄関を開けて天子たちを通すと自分もほうきを持ったまま入って戸を閉めた。中では
「いらっしゃい天子ちゃん。久しぶりね。」
センリが待っていた。
「ご無沙汰しております。このたびは化猫一門長たる銀虎様にお口添えをしていただいたと伺いました。ありがとうございます。」
コン、イズナとそろってお辞儀をした。
「いいのよ。私は仙狸として狐の事は気になっていたから」
この仙狸とは山猫のことである。狸と書くため猫でも狸派と猫派に別れているが両者に争いはない。
センリに連れられ長の部屋へと通される。そこには上座でいつもとは服装も違う銀虎がいた。コンとイズナもいつの間にか狐の姿に戻っていた。
「このたびは不躾なお願いに謁見をお許ししていただきありがとうございます。化狐一門を代表いたします稲沢天子と申します。こちらが白孤のコン、管狐のイズナでございます。」
「ご紹介賜りましたコンです。」
「イズナです。」
いつもとは違う天子の雰囲気に重要な席だと言うことがわかる。
「化猫一門門長、銀虎です。顔をお上げください。」
天子の上がった顔は焦りと不安に満ちていた。
「白灯とセンリから天子殿のお話は伺った。同盟の話は現在前向きに検討している。」
「あ、ありがとうございます!」
天子はまた頭を下げた。
「だが、今すぐというわけにはいかない。白灯やセンリはよく知っていても私は知らないからだ。もうしばらく様子を見てから書面を作成する。よろしいか。」
「もちろんでございます。突然のお願いを聞いていただけただけでも本望でございます。良い形で話を進めていたたき感謝して止まぬ所存でございます。」
銀虎はそれを聞くと扇子を開き
「索冥」
と呼ぶ。
「こちらに」
いつも思うがなぜ皆すぐそばに居るのか不思議でたまらなかった。
「ギギの転入届けを出して置け」
「かしこまりました。」
白灯は目を点にする。
「ちょっと待った。」
教室ではないものの白灯は手を上げて意見があることを伝える。
「なんだ?」
「ギギが学校にくるわけ?」
それには河村も首が取れるんじゃないかというぐらい頷く。
「同盟を組むにあたってお互い同盟の証を交換するのが習わし、それを決める役割をこっちはギギを使うというだけだ。すぐに入らせるわけではないから安心せい。狐からは天子殿でよかろう。」
「ならこっちは俺か河村でいいじゃん。」
「お前はしきたりを知らんだろ。河童は適当過ぎる。」
「酷いッス!」
河村がハンカチを取り出して噛む。表現が違う気がするが放って置く。
そこに足音がする。
「私が学校ってどういうことですか⁉」
驚いた様子のギギが入って来た。
「客の前ではしたないぞ。」
「それはそれで、これはこれです。私はこの屋敷の掃除にお食事の順備と忙しいんです。適当でも河村君に頼んでください。」
「酷いッス‼」
ついにビリッとハンカチが破けた。妖怪の力に耐えられなかったのだろう。
しばらくギギと銀虎の言い合いが続いた。天子はどうしたらいいのか座って立ち竦む状態だったが
「天子ちゃん。」
とセンリが手招きする。それにより先に帰ることができた。
白灯はお風呂に入って、上がった時に銀虎の部屋の近くを通るもまだギギと言い合いか続いていた。