白龍会貉組化猫一門とは
白龍会貉組化猫一門とは
月影白灯が事故に合ったのは小学校に上がった直後のゴールデンウィークの事だった。都心で生活していた白灯は両親に連れられ郊外に暮らす祖父母の家に遊びに行った帰りの事だった。あの時は何が起きたのか解らなかった。父の焦るこえ、母の悲鳴。その声を最後に車は大きな衝撃に襲われた。
目が覚めたとき、そこは病院で祖母センリは涙を流して白灯を看病していたのだという。
意識がない間、夢を見ていた。その夢には大きな猫が白灯に話しかけてくるのだ。
「生きたいか……行きたいか……」
と、白灯は声の出ない口で返事を返す。
「生きたい。生きてもう一度お母さんとお父さんに会いたい。」
その言葉に猫の口は文字通り三日月のように弧を描く。
「ならば我が汝に魂をやろう。だが、それには条件がある。」
まだ幼い白灯には我や汝、魂という言葉がピンとこなかったが話を聞く。
「お前は生涯我を飢えや危害から守ることだ。それを破った時、汝にも死が訪れよう。」
そこで夢は終わった。ほんの一瞬に過ぎない夢は一週間という現実の時間を使っていた。
この夢のせいか、はたまた偶然か、奇跡か、回復して退院したときには大方の傷は治っていた。それは医者も驚くほどの事。夢の事なんてすっかり忘れていた。両親の死と長い入院生活のせいだろう。
だが、夢は夢で終わらず、帰宅した白灯の目に入ったのは白いデブ猫がセンリと会話をする姿であった。
「戻ったわよ、卵ちゃん。」
「そうか。センリよ、水を入れて行くの忘れただろ。喉が渇いた。酒にしろ。」
「あらあら」
と、何の問題もない。そんな雰囲気の中二人は家に入っていくが
「何で猫が喋ってんの⁉」
白灯が驚きの声を上げるも
「なんででしょうね?」
とセンリもよくわからないけど面白いからいいじゃない。といって台所へ行ってしまった。
これからは両親と白灯が住んでいた家にセンリと白灯、卵と呼ばれていたデブ猫の二人と一匹での生活になる。祖父銀虎は仕事の関係上別々に生活する。白灯は祖父母の家でいいというも
「だってせっかくお友達で来たばっかりでしょ?」
小学校に入学してからまだ一カ月。転校先でも十分友達を作るには遅くない時期、しかもまだ幼い子供、馴染むのにそう時間はかからないと思われるが白灯には嬉しい話であった。
白灯は活発ながらどこか人を寄せ付けない独特の雰囲気を持っていた。そのせいか海よりも広く、水たまりよりも浅い人付き合いをしていた。学校以外で遊ぶこともせず、同年代の間で流行る物になびくこともなく、ゲームなどにもあまり興味はなかった。
その替わりデブ猫卵を毎日散歩に連れて行き、猫じゃらしで遊んでやり、逆ギレされるとイカを焼きだし機嫌をとる。それをおやつに食べた後は宿題をするなり、センリを手伝うなり、昼寝をするなりして過ごすとあっと言う間に夕方で習い事の後は夕飯となる。
そんな生活の中唯一白灯を遊びに誘ってきたのが稲沢天子である。何度クラス替えがあろうと小学校の六年間同じクラスであった女の子。白灯の初恋の相手でもある。
だが、そんな彼女はもともと父親がおらす母親と暮らしているという話ではあったがその母親が失踪。小学校を卒業すると同時に引っ越してしまった。こうして白灯の初恋はなんの伸展も望めぬまま終わってしまった。
天子が居なくなってからというもの、白灯は中学に入って友達を作ると言うことを止めた。ただのクラスメート、ただの知り合い。周りをそう呼ぶようになった。周りもあの独特の雰囲気を持つ白灯に好き好んで話しかける者はいなかった。
それ以外に目立つことと言えば白灯の剣技だろう。銀虎の言いつけで剣道を習わされた。白灯本人は特に関心もなく、ただ言われたからやっているだけ、上を目さずわけではないが格下に見られるのが嫌で受けた挑戦には相手が誰であろうと勝ってしまった。中学の部活を剣道部にするか悩み見学に行くと、噂を聞いていた前年度の個人戦ベスト八に入ったという先輩に稽古をつけるという理由の試合を受けることになった。その日はただの部活見学日、顧問教師は席を外していた。だが、試合は一瞬。隙と言うよりも白灯の様子に圧倒されひるんだところ懐へ、そこで急いで振り下ろされた竹刀を払い、胴を突く。そこに
「何をしている!」
という大きな声、顧問が戻ってきたのだ。それには先輩たちは焦った様子だったが顧問は溜息を漏らす。
「月影、お前は部活に入るなと言っただろ。稽古は師匠にだけつけてもらえ。」
顧問は白灯の通っている道場の人物であった。
「剣持さんが見ている方の実力が見たかったんです。」
白灯は面を外しながら言う。
「おれの実力を知っていていうセリフか?」
「……帰ります。」
そう言って帰路に着く。あの体育館での行動は見学をしていた一年、近くのコートで練習していた他部活の先輩の口により広まった。剣道部としては広がってほしくなかった話であった。
そんな居心地の悪い中学校も一年たった春休み。銀虎が珍しく都心の白灯の家にやってきた。そして突然
「新学期から別の学校に転校しろ!」
とのこと。特にこれと言って異論はないが
「いきなりどうしたの?」
都心が嫌いだと言っていた銀虎が直接来たのだ。相当の理由だろうと思い聞いてみると
「組崩壊の危機だ!」
と言うことだ。センリはこれと言って焦った様子もない。卵も寝ている。あわてた様子なのは銀虎だけ、
「組って何?」
○○組組長を逮捕、なんてニュースは時々耳にする。それともセンリの様子から何か娯楽で組んでいる組のことか、そのほかいろいろと浮かぶものの銀虎のようにいつも落ち着きの無い老人が焦っている。そんな様子を見たところで一大事なんて感じないのが周りの現実である。
「白龍会貉組のことだ!」
ついにはおかしくなったのだろうかと白灯はセンリに視線で訴えると
「まあ、前からだから気にしないで」
と言いながらお茶を机に置く。
「白龍会って言うのは妖怪が所属しているところで、貉組って言うのは変化や妖術を使う妖怪をひとくくりにした言い方。ちなみに私達は化猫一門ね。」
ついにセンリまで銀虎のバカになる細菌が感染してしまったのか、と考える横に今まで寝ていた卵が歩いてくる。
「バカかお前は、私がいるというのに妖怪を信じぬのか?」
確かに喋る猫なんてテレビの中の話のようだがもう七年も一緒にいるとおかしいなんて思わなくなっている。
「じゃあ、お前は化猫なのかよ?」
「私は猫又だ。ほれ、よく見ろ。ちゃんと尻尾が二股になっておろう。」
そういって見せてきた尻尾。だがそれは短く、白灯が握ると手の中に納まってしまう長さ、二股というより過度な鍵尻尾がハート型に見えるだけだと思っていた。
「それが猫又の証って言うのかよ…」
そう言って強めに掴んでやると飛んで行ってしまった。
白灯は少し悩んでから
「で、組の危機ってなんなの?」
と銀虎の話を聞くことにした。
白龍会貉組化猫一門。陰陽の五行により五色の龍会に別れている。木が鱗を持つ爬虫類系の妖怪の多い青龍会。火が羽を持つ鳥を中心とした赤龍会。土が人、もしくは人型の妖怪、鬼などでできている黄龍会。金が銀虎もいる獣が中心の白龍会。そして甲殻類、亀などのいる水の黒龍会である。会それぞれの中に大まかな種類別に組みが存在し、組の中でさらに種族別に分かれる。貉組には猫のほか、狐、狸、鼬などの一門があるが、例外として犬が入っている。彼らは化けて人を驚かせたり怖がらせたりというよりも人になって人をだます。そんな力を持つ妖怪が一部にいるため肩身狭く貉組に入っていた。
だが現在、貉組には組長がいない。それでもそれぞれの一門が独立して活動をしていたため問題はなく数百年とたったが、最近になり犬が自称長を名乗り始めたのだ。それにより他の会から自称や暫定ではない長をたてるように言われたという。だが、一門一門は全く関わりを持っていないのが現実。それにより色龍会から化猫一門に指名された。だが、一門の長では組長にはなれない。新しい門長をたてないといけない。それで白灯を次期門長にしようと思ったが、本人には全く妖怪の話をしていないことを思いだしたのだという。
そんなことがあったため銀虎は焦って白灯を連れて行こうとしているらしい。
「今まで全く無縁たった人間に任せるよりも祖父ちゃんが信頼している部下とかに任せた方が全然いいじゃん。」
「それも考えたがそうなるとお前に結婚してもらわなくてはならない。人間の極道と妖怪任侠は違う。そんなことになったらお前の父さんみたいに逃げ出すかもしれないからな。」
何となくそんな話を聞かされたところで逃げ出すのが当たり前な気がするそもそも、
「俺、結婚できる年齢じゃないし、いろいろとおかしいだろ。婚約ならまだしも結婚とか、結婚しなくちゃ後継げないとか、相手が同性だったらどうするんだよ。」
年齢も性別も問題しかない話である。
「妖怪には法律なんて通用せんのじゃ」
そう言ってお茶をすする。
「それに相手は女の子よ。今年で二百十四歳の猫娘。」
「……二百さえなければ考えたけど、無理。」
歳の差がありすぎる。そんな婆と結婚なんて嫌だ。白灯は顔に書かれた表情をする。
「そんな婆やだって顔に出てるわよ。」
「出してるの。」
そんな時にインターホンが鳴る。
「誰?」
「ああ、引っ越しを手伝わせるのに索冥と太白を呼んでいたんだ。忘れておった。」
「索冥と太白?」
聞き覚えのある名前だがよく思い出せない。
「ほれ、お前のお守をよく頼んだやつらじゃ。そもそも家に来たときに妖怪なんぞ仰山見ただろ? 何忘れてんじゃ。」
「頭打ったショックかもね。」
白灯もお茶をすする。
索冥と太白は人間である。だがその血に妖怪のものが何種類も含まれている。人間なのは見た目だけで、その力は人知を超えている。
その後何の抵抗も無く引っ越しの順備が進められ夕方、
「あれ、俺行くなんて一言も…」
とやっと白灯は気付くのだった。
センリの運転する車で二時間ほど、都心を離れ郊外へ。銀虎は後部座席で熟睡である。
「あれが組の長でいいの?」
「白灯がいないところではちゃんとしているのよ。今は私もいるし、後ろのトラックには索冥も太白もいるしね。」
住宅街への道を曲がると大きな門が目に入る。それが月影家である。
門の前には十数人が長である銀虎の帰りを待っていた。
「お帰りなさいまし」
長い髪をポニーテールにして赤いリボンで結んでる白灯と歳も代わらないだろう女の子が声をかける。その声にあくびをしながら
「荷物運んでくれ。白灯のは離れな。」
「招致しております。」
礼儀正しい彼女だったが
「うわっ!」
と言って何もないところでこけた。
「……。」
それを見ていた白灯は黙って見守る。
「お前はこっち!」
銀虎により方向転換をさせられた彼女は白灯の方を向かされ
「七年も来てなかったんだ。離れの場所も解らないだろうから案内してやれ。荷物は他のやつらで運んでくれ」
「へえい」
その声に返事を返す面々だが、その姿はよく見れば人間ではない。
「お久しぶりです、白灯様。」
その言葉に白灯は黙る。見覚えがなかったからだ。髪は伸びる。服装だって変る。顔は面影を探すも誰だかわからない。
「ごめん。誰?」
その言葉にショックを受けたような顔をする彼女。
「お忘れですか⁉ 私です。ギギです!」
インパクトのある名前ではある。だが、
「ごめん、覚えてないや…」
さらにショックを受けた顔をして走ってギギは家に入って行った。
「白灯、ギギちゃんに何言ったの?」
センリは聞いてくる。
「全然思い出せなくて…」
「あらまあ」
さほど問題とは感じていないのだろう。センリは
「仕方ないわね。荷物の運び入れが終わりまで家の中で待ってて」
と言われてしまった。
「俺も手伝うよ。」
「すぐ終わるから待ってなさい。」
そういわれると待ってるしかない。白灯は玄関を入り何となくの記憶で家の中を歩いて行く。そして囲炉裏のある居間を見つけ座布団に座る。慣れない家で一人。少しそわそわしていた。
十数分。白灯のいる居間の当たりでは全く足音がしない。その代り離れたところで何人もが行きかう音がする。その気配とは別に音はしないものの居間を囲むように数人の気配と視線を感じていた。そこに
「白灯、わしをなんだと思っているんだ!」
と言いながら盛大にふすまが開けられる。
「あ、忘れてた。祖母ちゃんがどうにかしてると思ってた。」
「なんだと、ダンボールに詰められていたことすら知らないのか!」
それで静かだったのか。と白灯は思いつつも口には出さない。その代り持っていたカバンから
「ほら、するめ焼くからそんなところにいないでこっち来いよ。」
白灯は卵に言ったつもりだった。だが、出てきたのは
「イカーー!」
ふすまの隙間から白灯を見ていた視線の主たち。
「なんだこいつら?」
白灯は驚いて声を上げる。
「こいつらが化け猫どもだ。」
と銀虎が入って来た。そしてイカを取られる。
イカというかするめの入っていた袋は未開封の三枚入り、それが八人で分けられる。
「化け猫って言っても普通の猫と変わりないんだな。」
「二足歩行と変化ができて喋れる以外はただの猫だ。」
「酷いにゃ!」
銀虎が反論される。
「そうだにゃ!」
「水仕事以外は何でもできるにゃ!」
「もう朝に起こしてやらないにゃ!」
と四匹の化け猫が思い思いの事を言っている。
「お前等はなんて呼べばいいんだ? みんな化け猫じゃ呼びにくい。」
と白灯が聞くと
「ミケですにゃ」
「トラにゃ」
「タマにゃ」
「クロですにゃ」
と見事に見た目そのままの名前であった。
「この名前つけたの父さん?」
「ああ、よくわかったな。」
白灯の隣りに座っている銀虎がするめを食べた指を舐めながら言った。父親のネーミングは見た目そのままである。そのため白灯も危うく猿と呼ばれるところであったと母親から聞いたことがあった。そこにギギがお茶を運んでくる。
「先ほどは失礼しました。」
それを見て白灯は
「ギギの名前は誰が付けたの?」
と聞く。すると
「それもあいつだ。」
彼女が可愛そうに感じた。
「化け猫の時や猫又の時はまた違う名前だったんですが私の戸籍を作るとか言い出された時に勝手に…」
「戸籍?」
その前に化け猫や猫又の頃と言っていたが?
「はい。私は百年生きて化け猫になりまして、二百年目に猫又になりました。ですが数年でなぜが人間の姿から戻らなくなってしまって、だから白灯様に合っていたころはまだ猫でした。」
だから記憶になかったのかと白灯は納得する。
「あ、あのギーギーよく鳴いてた!」
「はい、その猫です!」
ぱっと明るくなった声と顔をする。そこに
「良い雰囲気じゃねえの。これなら結婚の話を進めてもよさそうだな。」
と銀虎がいう。
「それとこれとは話が別だろ、てか、この子⁉」
「そうじゃが、何か問題でもあったか?」
「問題しかないから!」
そんな話をしているところに
「大広間に来てください。」
とセンリの声がした。
「今日は少し遅めの夕飯だな。」
そう言って立ち上がる銀虎について行き廊下へ出る。薄れた記憶にある廊下を進み大広間に着いた。食事はそこでするのだ。なんせ
「人数多い!」
のだから、化猫一門には化け猫が百匹を超え、猫又は五十近くいる。そのほか猫鬼という猫のような鬼がいたりどう見ても日本人形のような子供が二人に、冷気を放っているよくわからない人型の妖怪、そして河童。
「河童がいる……。」
目の前の河童の前にはきゅうり尽くしの夕飯が並んでいた。
「あ、そいつはお前の同級生だから、仲良くしろよ。」
「はあい……。」
同級生…白灯の中でいくつか疑問が出てきた。妖怪が同級生っておかしくないか。そもそも妖怪は学校に通えるのか。しかもこんなきゅうりぱっかり食べているやつを回りは不振に思わないのだろうか。その見た目で何も言われないのか…。
白灯は考えるのを止めた。そして手招きするセンリの元へいき隣りに座る。
夕飯後ギギにより白灯は部屋に案内された。だが河童も一緒である。
「河童は河童で呼ぶべき、でも学校言ってんだろ?」
「俺、河村新童っていうッス。学校以外ではこんな姿だけどちゃんと人間にも化けられるッスよ。」
河童の癖にチャラ男だった。決して河童はチャラ男じゃ駄目だというわけではない。だが、現在甲羅を背負って頭には皿がついている。口は口ばしのようにとがっている。
「人間になるとモテモテなんですよ。これでも」
「ギギ一言多いッス!」
と言ってはいるが予想ができない。だが白灯は関係ないことをふと思い出す。
「河童って甲羅があるんだから黒龍会なんじゃないの?」
センリの話ではそうなるはずなのだが
「黒龍会は千年生きないと入れないんス。」
「今いくつ?」
「同い年の十三ッス!」
千年でこいつはちゃんと会に入っても問題ない頭になるのだろうか。と白灯は考える。
離れへの廊下を進み
「はい付きました。ここが白灯様のお部屋になります。」
「ありがとう。後、その白灯様ってやめない?」
「了解ッス、白灯!」
河村がそういうギギが皿に目かって手を振り下ろす。
「何失礼なこと言ってるんですか!」
と河村が目を潤ませているのを横目に
「良いですか白灯様、貴方は次期門長を継ぐお方なのです。そんなお方が気安く人に呼び捨てを許してはいけません。品格に関わります。」
「でも学校でのこともあるし…」
ギギがじりじり寄ってくる。
「わ、解った……」
押し負けた。
「そうでなくては私がこの一門を引き継ぐことになっちゃいますしね。」
「あ、その事なんだけど本当に結婚か跡を継ぐ以外に選択肢無いわけ?」
「有りません。長になりたくなければ私と結婚してください。」
これは逆プロポーズなのではないか。なんて考えては見たが何か違う気がする。
「私はここに拾ってもらった恩が有るので長の座を負かせるかもしれないと言われた時に嬉しい反面罪悪感もありました。ですからお願いします。今すぐというわけではないんです。妖怪にとっての時間は長いです。なのでちゃんと考えて答えを出してほしいんです。」
そういうとギギは河村と戻って行った。
「考えろって言われてもなあ…」
結婚か跡を継ぐかの二択。ギギは良い子だ。多分。だがこの歳で結婚したくないなど女みたいなことも考えつつ跡を継ぐと言うことがどういうことなのかを考える。
和室にフローリングを引きその上に都心の家とほぼ同じ配置で家具が置かれている。衣類も本もすべてそのまま運んだかのように配列されている。
「言い忘れてたッス。お風呂行きやしょう!」
いきなり引き戸を開けていなくなったはずの河村が入って来た。この家の風呂場は大浴場だ。人数が多いせいだろう。しかも男女別れており尚且つ
「猫は猫用が有るんスよ。うらやましいッスよね。」
風呂場に行く途中に猫と書かれたのれんのかかった風呂場があった。
「河童って熱いお湯に入っていいのか?」
素朴な疑問をぶつける。亀を茹でるようなものだと思ったからだ。
「ちゃんと水風呂もぬるま湯もあるッスよ。」
と言いながらのれんをくぐる。だがその先は春の夜とはいえ極寒と言える寒さが広がっていた。
「あ、雪男の後になっちまった…。」
ゆきおとこ、名前は雪男。
「さむっ、ゆきおとこも風呂は入れんのかよ?」
「水風呂に氷が浮くッス…」
震えながら脱衣所に入る。
「お湯出してくるッス!」
河村が近場のシャワーノズルを捻る。
「冷たい!」
何て声が聞えてくるが白灯の興味は雪男にある。
「俺、白灯。よろしく。」
雪男に声をかけると肩が跳ねた。
「山村雪男。ゆきおとこです…」
と、少し根暗っぽい感じを漂わせる雪男。ゆきおとこは雪山に一人でいると言われているから引きこもりなのだろうか。と考えている間に河村が戻ってきた。
「ここに居ても寒いッスから早く行くッスよ。」
何て言われている間に寒気は消え、気が付けば雪男はいなくなっていた。
「あれ、いない。」
「雪男は飯と風呂以外は部屋に籠りっきりッスから、白灯に話しかけられて驚いた様子ッスね。」
よくわからない日本語を使う河童だ。
脱衣所から風呂場に入ると河村がすべての蛇口を開けたようでもくもくと蒸気が上がっていた。
「お前、熱いのダメなんじゃないの?」
「雪男の後は別ッス。あいつの後は北極、いや南極ッス…」
変なことは知っているんだな。と思いながら体を洗い、湯船に浸かる。若干温くなっているもののじわじわと未だ冷えていたつま先、手先が温まっていく。別の湯船を見ると水風呂に震えながら河村が入っていた。
「寒そうだな。」
「寒いッス……」
「こっち来れば?」
「そうするッス……」
お風呂を上がり白灯は離れに戻った。
翌朝、六時を知らせる目覚ましに手を伸ばすと先に誰かに切られてしまった。
「起きない。」
「今起きた。」
「起きてない。」
「目つぶってる。」
という二人の声がする。
「白灯様は起きた?」
ギギの声である。
「起きない。」
「起きたけど起きない。」
もぞもぞベッドの上に軽い物が乗ったのが伝わってくる。それに白灯はやっと目を開ける。
「……。」
目の前にあるおかっぱ頭とぱっつん前髪の子供。
「ああ、そうだ。祖父ちゃん家に来たんだった。」
と起き上がると上に乗っていた二人が足元に転がっていく。
「おはようございます白灯様。長が稽古に来るようにとのことです。」
「ああ、そう。」
眠い目を擦りながら剣道着に着替えて道場へ。薄れた記憶も寝ぼけた頭で適当に歩けば道場までついてしまった。
「遅いぞ白灯!」
いつも通りテンションの高い銀虎がいたがその目元には目脂が
「祖父ちゃん顔洗って来たら」
ちなみに白灯はここに来る途中にちゃんと顔は洗ってきた。
「え、ああ、そうだな…」
「それに俺、夜稽古派なんだけど」
「じゃあ、朝は何してんじゃ?」
道場の入り口にある水道で顔を洗ってから銀虎が聞いてくる。
「卵のダイエットがてらの散歩して帰ってきたら朝飯食って、学校行くなり、家の掃除するなりしてるけど」
「爺臭い生活だな。」
「どこが」
ふと、思い出した。卵と言えば
「卵どこ行ったんだ? 寝床に帰って来なかったけど」
白灯の部屋に作られた卵の寝床。卵自体が大きいため中型犬用のベッドをわざわざ探して買って来たものだ。本人の希望によりセンリがクッションに綿を足したぐらいである。そこで以外、夜は寝ていない。昼はいたるところでゴロゴロとしているが
「横丁に行ってくると言ってたなあ。猫又遊女に合いにでも行ってんだろ。」
「なにそれ?」
このなにそれは横丁や猫又遊女両方を指している。
「妖怪横丁じゃ。そこの蝶屋敷に勤めている遊女に猫又遊女って言うのがいてな。うちの一門の者で卵はこっちにいたときはしょっちゅう合いに行ってたんだが、お前の魂のことがあるからな。」
「魂?」
気になる話がどんどん出てくる。
「猫又は魂を九つ持っている。卵の魂の一つをお前の中に移してあるから近くにいつ必要があるんじゃ。卵が死んだらお前も死ぬから気を付けろよ。まあそれもお前が覚醒でもすれば話が別じゃがな。」
「あの夢ってそういうことかよ。それに今度は覚醒ってなんだよ?」
「その辺は時期が来たら話す。朝飯まで時間もある。横丁に行って卵を連れ戻して来い。」
そういうと銀虎はギギを呼ぶ。
「ギギ!」
「はあい!」
名前を呼ばれて一秒も立たずにギギは来た。だがその手には菜箸、姿はエプロンも付けている。
「卵を迎えに白灯と蝶屋敷に行ってきてくれ」
「横丁ですか…」
ギギは急に顔色を曇らす。
「あんな奴ら、ギギなら一ひねりじゃろ。」
「そうですが…」
ギギは渋る。
「…わかった。ギギ以外の者に行かせる。」
「いえ、私が行きます!」
銀虎が方向を替えるとギギはそれに詰め寄り言った。
「朝飯までに戻ってこい。」
優しく手を頭に乗せられギギは笑顔で返事を返す。
白灯は道着のまま庭に来ていた。
「ここから行くんですよ。」
とギギはいうもののそこには二本の木が一本になったようなトンネルのようになった大木があるだけである。
「ここって…」
今更妖怪に関して聞くのも面倒臭くなってきたと感じつつギギについてトンネルをくぐる。
トンネルの先は庭ではなく石畳の商店街のようなところであった。
「ここが横丁?」
「はい。妖怪横丁です。蝶屋敷は花町の奥にある遊郭で、うちから三人の猫又遊女がそこに働きに出てるんです。情報係ですね。」
「そうなんだ。」
石畳を進む。商店街のほとんどの店は戸を閉じているため休みなのかつぶれているのか解らない。外を歩いている妖怪もどこか周りを警戒している様に見える。
「ギギ、なんでみんなあんなに暗い顔なんだ。怯えてるみたいな…」
ギギの顔も曇る。
「それがここ最近現世で誘拐するとすぐに大騒ぎになってしまうため妖怪の女性を狙う者がいるんです。」
もう一度当たりを見渡す。確かに通る妖怪は皆男、もしくは獣のようだ。
「また何で誘拐なんかするんだよ。」
「人間に恨みが合ってする者や一方的な妬みからする者は昔からよくいました。ですが最近では人間が取締りを強化して警察などの防衛を図るようになり人間をさらうのが難しくなったんです。そこで妖怪が妖怪をさらうように、女であれば獣でも見境なく…」
女性が狙われていると追うことはギギも標的になるかもしれない。だから始めは断ったのだろうと白灯は考え
「早く卵を連れて帰ろう。」
と早歩きで道を進む。
石畳から土と小石の混ざる道に変わると店の雰囲気が変わってくる。
「あの門をくぐると遊郭です。」
ギギが指を指して教えてくれる。
遊郭に入るとは門番に声をかけ
「ではこちらを着てください。」
とギギには白に黒の模様、白灯には逆に黒に白の模様の入った物を羽織らされる。
「これは?」
「遊女や若い衆の人達と見わけを付けるための羽織です。ここでは遊女や男娼以外の身売りは禁止なので、一門や組、会の長になると刺しゅう入りの物が作れるんですよ。」
「男娼…」
白灯は聞かなかったことにして流す。
蝶屋敷に向かい砂利道を歩いていると次々と妖怪が走ってくる。
「なんだろう…」
「本当、何か…」
焦げ臭い。そう言おうとしたギギが言葉を切る。その視線の先には空が赤く、黒い煙に覆われていた。
「火事!」
「蝶屋敷の方向です!」
ギギが走り出すのを追いかけて白灯も走る。
進むにつれどんどんと焦げ臭い匂いと肉を焦がしたような匂いが増してくる。走ってくる妖怪をかき分け進む、客に遊女、若い衆が波のように押し寄せてくる。それを抜け、やっと現場に着くと
「白灯!」
という卵の声と同時に目の前に黒い物がギリギリの距離を通っていく。
「チっ」
黒い物が通り過ぎたその先にはそれを持っている妖怪、鬼がいた。
「白灯、何しに来た!」
「お前を迎えに来たんだよ!」
と言い合っている傍ら
「何されているんですか!」
ギギが白灯と卵を引っ張る。白灯が立っていたところに金棒が振り落された。それは次に白灯たちに向かって振り上げられた。
白灯は近くにあった木の棒でそれを受け止めるもあっけなく棒は折れてしまう。
「そんなもので受け止めなくていいです。先に逃げてください!」
ギギは白灯を自分の後ろに投げ飛ばすと白煙を上げて姿を隠した。
「こちらです。」
ギギではない女性の声。
「ギギは⁈」
と聞くものの白煙の中、視界が悪く誰に手を引かれているのかもどこに向かっているのかもわからない。だが
「ギャーーー‼」
ギギの声が聞えた。
白灯はその声に足を止める。そして
「待て白灯!」
卵の声を無視して声がした方向に走る。
白煙の切れた先の光景は白灯の今まで人生の中でも事故に勝るとも劣らない光景があった。血を流す若い衆や客の男性。それを踏みつけて歩き回る鬼は肩に何人もの遊女を担いでいる。その中にギギもいた。
「ギギ!」
鬼は気を喪っているのだろう遊女たちを数人担いで帰るところだった。
「お前戻ってきたのか。朝餉にでも入れてやろう!」
ギギを担いだまま鬼は金棒を白灯に向かって振り回す。
「何してる、逃げるぞ!」
「でもギギが!」
「今のお前に何ができる。相手は人間じゃないんじゃぞ!」
「武器になる物も持たずによくやるよ。」
卵との言い合いをしながら金棒を避けていると見知らぬ声が聞えて来た。それに意識が一瞬奪われ、金棒が顔すれすれを通り止まる。
「これ、貸してやんよ。」
どういうと金棒を素手で留めた目の前の人物は白灯に一本の刀を渡した。
「大事に使え、それはこの世に二本とない妖刀よ。」
白灯が刀を受け取るとその人物は金棒を握り潰し、高くジャンプすると姿を消してしまった。数秒、鬼と白灯は沈黙のまま動かずに消えた人物を呆気にとられ見ていた。
「…なめんなよクソガキ!」
どこかのチンピラのような口調に目の前の鬼に視線を戻す。金棒がなくなり素手で白灯を殺しにかかるも空気を切る音で鬼の動きは止まった。
「う、うわああ‼」
鬼が声を上げる。白灯が自分に向かってきた鬼の腕を切り落としたからだ。刀にべったりと血が付く。妖刀を抜いてから白灯の体に異変が起きていることなんて本人は気付いていない。
「ギギは返してもらうぞ!」
遊女を担いでいる他の鬼も白灯目がけ金棒を振りおろすもそれはいとも簡単に粉砕された。まるで軽石を叩きつけたように粉々に、白灯はみぞおちを鞘で突く。
「ぐわっ」
そんな声のような息を漏らして鬼は担いでいた遊女たちを落とす。
「白灯、様?」
ギギが目を覚まし話しかけてきた。
「他のやつらを連れて下がれ」
ギギは先ほどまでの白灯との様子の違いに怯える。
「何をしておるギギ、お前も手伝え!」
卵が口で遊女を加えて鬼のそばから離しているのが目に入る。
「白灯様は?」
「解らん。見知らぬやつがあの刀を渡して以来あの様子じゃ。」
ギギは手を動かしながらも視線は白灯から離さなかった。
白灯は近づいてくる強い気配を感じ取った。目の前の鬼どもとは違う、強く邪念に満ちた気配はどこからともなく現れ、今、鬼たちの後ろについてる。
「うわああ!」
「何を⁉」
といた動転したような声がだんだんと近づいてくる。そして
「なぜ頭が…!」
白灯のメガネの先の視界に入ったのは目の前の鬼を何倍にもしたような大きな鬼だった。
「うちの物が世話になったな。」
そう言いながら軽々と今までの物とは比べものにならない金棒を肩に担ぐ大鬼。
「お前がこいつらの長かよ」
白灯は見上げながら聞く。
「おうよ。だが、こんな小せえガキに負かされてるようなやつは知らねえなあ!」
大鬼は金棒を一振りして腕の切られた者、みぞおちを突かれて吐いた者を振り払い、血と肉の塊に替えた。
白灯はそれに怒りを覚えた。仲間をいとも簡単に殺してしまう人物に
「今日はこれだけにしてやる。今度刃向かうような真似してみろ。その首へし折って骨も残さず食ってやんよ。」
大鬼は仲間の死体を残して歩いてきた方へ戻って行った。
白灯は帰るなり、庭の石の上に正座させられていた。
「何やっとんじゃバカもん!」
近所迷惑と言われるだろう大きな銀虎の声が響く。
「ギギに卵までいながら何仕出かしてんじゃ!」
「申し訳ありません!」
ギギは石に額を擦りつけるほどの土下座をする。
「じゃあ祖父ちゃんはああのままギギや遊女たちがさらわれても良かったって言うのかよ?」
「そんなことは言っておらん。何故助けを呼ばなかったんだと言っているんだ。酒呑童子につい昨日まで人間と変わらない生活をしていたやつが敵うわけなかろう、生きて帰って来たことすら奇跡じゃ。」
銀虎は腕を組んで溜息を漏らす。
「もういいじゃん。みんな無傷で帰って来たんだからさ。」
その言葉に銀虎の耳が動く。
「無傷と言えば、なぜお前無傷なんじゃ? 鬼相手に半妖のお前が覚醒もせずに勝てるわけなかろう。」
白灯はイラッとするも抑える。すると
「これじゃよ。」
卵がどこからかあの刀を出す。
「龍刀をこいつに渡して行ったやつがおった。これがなければ無理だったじゃろうな。」
卵から龍刀と呼ばれた刀を銀虎が受け取る。
「なるぼどな。じゃがこれが本物かどうかは解らん。しばらく預かるぞ。」
銀虎はそういうと縁側から家に入って行き
「お前らはそこで昼まで反省してろ。朝と昼飯は抜きじゃ!」
白灯はギギと二人残された。卵は銀虎について家に入って行った。
二人はしばらく黙っていたが先に口を開いたのはギギだった。
「助けていただきありがとうございました。白灯様は命の恩人です。」
ギギは座ったままお辞儀をする。
「そんな大層なことはしてないよ。」
「いえ、好きになっちゃいました。」
「そう、ありがとう……ん?」
聞き流してはいけないことを聞いてしまった気がする。白灯は結婚させられる相手を好きではなかったのだろうか、なんて思考は置いておき
「ねえ、龍刀ってなんなの?」
話を替える。
「私も詳しくは知りません。ですが色龍会の長の持ち物です。ほかに龍鏡と龍玉、三種の神器みたいなものがあるそうです。」
「三種の神器って、日本神話かよ。」
白灯は空を見る。するとそこにはカラスと共に人が飛んでいた。
「あ、烏天狗ですね。鬼もですが天狗にも気を付けてくださいね。」
ギギが白灯と同じように空を見ながらいう。
「なんで?」
「天狗は妖怪から独立した存在なんです。鬼もですが、私達の存在するルーツと彼らは異なる存在なんです。」
「異なる存在?」
白灯はギギを見る。
「はい。私達は付喪神を起源とする妖怪が中心です。一部河村君のように得体のしれない生物も混ざっていますが、長く大事にされたり、怨念がこもったりすると道具や生き物に魂や霊魂が宿って妖怪になるんです。それに比べて鬼は地獄の獄卒、天狗は山伏が死後どこにも行けなくなってなる物だと言われています。」
「そうなんだ。」
あまりよくわからないため白灯は受け流した。
それからしばらくして
「怒られたの?」
「何したの?」
と、朝に白灯を起こしに来た日本人形のような女の子がボールを持ってやってきた。
「真子も人子も池の近くでボール遊びはダメよ。」
ギギが注意する。
「しないもん。」
「大丈夫だもん。」
そういうと庭の奥、池から離れたところで毬のようにボールを突いて遊びだした。
「あいつ等も妖怪?」
「はい。赤い着物でおかっぱの子が真子、座敷童子です。で、黒い着物の子が人子、生き人形で、数年前にうちに来た現代妖怪です。」
「現代妖怪って?」
ここに来てから聞くことが増えた。そう感じている白灯であった。
「現代妖怪というのは人面犬や人面魚、口裂け女やがしゃどくろ、トイレの花子さんなどごく最近に妖怪として知名度の出てきた、俗にいうユーマですね。未確認生物。ツチノコとかも入ります。」
よくわからない世界である。
昼と過ぎた頃河村が現れ
「もう部屋に戻っていいそうッス!」
と言われたので石の上を降りる。石の表面がむこうずねに痕を残した。
きゅうり片手に河村は庭を見渡し
「真子と人子は?」
「二人なら庭の奥にいると思いますよ。」
河村はそれを聞くと庭園内の小川に足を付けてわざわざそこを通って奥に進んでいった。
「変なやつ。」
そう言いながら家に入った。
四月に入ってしばらくセンリに呼ばれた。
「これが怪石中学の制服よ。サイズは前の学校のより少し大きめに作っといたから」
「ありがとう。」
そう言って受けえ取ると部屋に持ち帰った。前の学校ではブレザーだったが今回は学ランであった。
「そう言えば学校いつからだろう。」
白灯は戻ってきたばかりの部屋を出て家の中をうろつく。うろつくといっても河村を捜しているのだ。だが、どこにもいない。
「あら」
その声に振り向くと派手な着物を着た猫がいた。身長は白灯より少し高い。
「この前はどうもありがとうございました。」
と猫は深々と頭を下げた。白灯は猫又遊女の事を思い出す。
「あんたが猫又遊女?」
「そうです。猫夜と呼ばれていますがどうぞ夜とお呼びください。」
「そう、夜ね。河村…河童見なかった?」
自分よりもこの家に詳しいだろうと聞く。
「ああ、彼でしたらお庭の池におりましたよ。亀と甲羅干ししてました。あのままお皿まで干上がりそうでしたが、それでは」
と言って行ってしまった。
河童は皿が乾いたり、割れたりすると相当なダメージを受けるらしい。河村本人から聞いたことだ。にも拘らず自分で皿を乾かして何をしているのだろうか、と白灯は庭に出た。
庭園内には小川が一本、池が五か所、木と岩のような石が無数に存在している。白灯はまず今自分のいるところから一番近い三ノ池に向かう。だがそこには池にボールと落としてしまった真子と人子がいた。
「あ」
「あ」
二人が白灯に気付くと指をさして取ってくれと目で訴える。
「ギギに池の近くで遊ぶなって言われてたろ。」
と、言いながらも白灯は濡れないように裾をまくりあげ池に入る。だが、その波でボールはさらに流される。
やっとつかむことができたときにはもう胸下まで濡れていた。見た目以上に深かった。
「はい」
「ありがとう。」
「もう気を付ける。」
そう言って池から離れたところで遊び始めた二人。
白灯はこのまま家の中を歩くわけにもいかず離れの手前まで庭を歩くことにした。すると
「何でびしょ濡れなんスか?」
四ノ池にぷかぷかと背中に亀を乗せ浮いている河村に声をかけられた。
「お前、服乾かすついでにその皿も乾かしてやろうか。」
「何怒ってんスか⁉」
河村は池から顔だけを出して縁から離れる。
「怒ってねえよ。それより学校っていつからなの?」
「ああ、明日ッスよ。」
「ふざけんな!」
顔面に思いっきり水をかけてやったが河童にダメージを負わせることはなかった。
白灯は服を乾かすのも面倒臭くなり河村に着替えを取ってきてもらい、庭を歩いて風呂場に向かった。
河村曰く、河童の特性として水から上がった時に水滴が落ちることはないらしい。便利過ぎて逆にむかついた白灯であった。
夕飯となり大広間へ行くとなぜか真子と人子が走ってきた。
「お迎え」
「明日から」
「忘れないでね。」
「学校終わったらすぐだよ。」
そう言われたところで意味が解らす視線でギギを呼ぶ。
「ああ、中学校のすぐ隣なんですよ。保育園が、だから送り迎えお願いします。」
白灯はこっちに来て面倒なことが増えたように感じていた。
そして食事か始まり
「そうだ。ギギとの結婚は急がんでいいが一先ず婚約ってことにはしておくからな。」
「はい。」
ギギは明るく返事をするも
「俺はその話承諾してない!」
「問答無用、酒呑童子に喧嘩吹っかけたやつがなに言取るんじゃ!」
「それとこれとは関係ないだろ!」
「だまらっしゃい!」
銀虎の隣で何事もないようにイカリングを食べる卵にいらだちを憶える。