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戦火ノウタ  作者: 崎ちよ
4/5

【二〇一二 東西ロシア七日間紛争】 小隊長の戦場

 ~二〇一二年 五月 正化二四年 モスクワ郊外~


 第三混成大隊軽歩中隊第二小隊 伝令 下北一等兵




 ――繰り返すが、モスクワでの任務は我々の命よりも重い。

 中隊長が式典で言ったのは覚えている。

 俺はバカだから、こんなところにくるまで、戦場というものを実感できていなかった。

 ――またいつか、ここに集まろう。

 変だと思う。

 こんな、クソみたいな場所に送り込んどいて、それはねーだろうと。

 それでも逃げずにここにいるのは理由がある。

 俺が軍人になったのは、高校でやってた空手を続けられると聞いたからだった。

 それが、なぜか新兵教育隊で体力が一番だったり、射撃がうまかったりしたもんだから、歩兵職種にまわされた。

 どうせいくなら。

 そんな感覚で、精強精鋭部隊だって聞いた混成大隊の話に食いついた。

 確かに、新兵教育隊と違って、兵隊の意識は高いし、訓練もきついけど充実したものだった。

 九月にモスクワ行きが決まるまでは。

 戦場。

 ロシア帝国とソヴィエト連邦の戦争に、日本帝国も部隊を出す。

 難しいことはよくわからないが、それが日本を守ることになるらしい。

 ドンパチ始める可能性は高いとも言う。

 二十年前に戦争に参加したじいちゃんから、戦争の怖い話はされていた。

 三、四年。

 軍隊で飯食ってから、民間に就職しようと思っていた。

 だから、俺がいる間にそんな戦争なんかあるわけないと思ってたところに、モスクワ行きの話がふって沸いた。

 そんなところ行きたくない。

 じいちゃんの話はひどいもんだったから、俺は逃げることにした。

 で、逃げようと、駐屯地の柵に向かっていたら、小隊長に笑顔で肩を叩かれたってわけだ。

 あの笑顔。

 完全に待ち伏せされていた上に、あの笑顔。

 こりゃ、逆らえねえって思った。

 同時に、この人についていけば、悪いようにならないんじゃねえかって思った。



 小隊長は変な人だ。

 三〇過ぎの下士官上がりの少尉。

 威張るそぶりは全くない。

 泥だらけの訓練じゃ、真っ先に泥につかり、一番最後に体を洗う。

 バカっパナシもできる。

 奥さんと子供の写真を見せびらかすのが趣味みたいな人。

 射撃は当たるし、走れば一番早い。

 酒はがぶ飲みして、すぐ脱ぐのが癖。

 俺らの中隊は軽歩兵補助服とかいう、人型のパワーアシスト式の装甲服を装備している。

 小銃弾は貫通しない、それ以上の弾はぐっさり刺さると聞いている。

 ま、生身で動くよりはましだ。

 とにかく、暑苦しいのはどうにかしてほしい中途半端な機械。

 そんな機械の操縦も小隊長は中隊で一番上手かった。

 ただ、格闘については、俺の方が強かった。

 二本勝負でバコンバコンと連続でぶん殴った。

 試合が終わった後は、いつもの笑顔で俺の頭を撫でて「五メートル以内はお前に任せる」なんて言っていた。

 こんなすげー人に任せるなんて言わせた俺の鼻は高かった。

 あと、この人のサバイバル技術はさすがだった。

 遊撃課程レンジャーの教官をやっていただけはある。

 俺も遊撃課程行きたいですと相談したら、

「バカ野郎、お前は俺とモスクワ行くんだ、そんなのは後にしろ」

「五メートル以内はお前にしか預けられないんだからな」

 そんなことを平気で言うような人だった。

 俺は、小隊長(この人)のそばを離れるわけにはいけない、そう心に決めていた。



 年が明けて。

 予備で出番はねえだろう、なんて噂が流れていたモスクワ。

 国境の方向ではロシア帝国軍がドンパチやっていると聞いていた。

 でも、俺らはそんな空気も感じることなく、日々訓練をしていた。

 そんな時だ。

 急に緊張感がひどくなったのは。

 国境とは逆の方にいきなり敵が沸いて出てきたと聞いた。

 そんなわけで、俺たちは回り込んできた敵の落下傘兵を相手にすることになったそうだ。

 防御って言うんだろうか。

 中隊、その上の大隊や旅団は何本かの抵抗線で敵を遅滞――よーわからんけど、時間稼ぎをすることらしい――することが任務と言っていた。

 時間を稼いだら、国境の方からどーんと味方が来て、横からバッコンぶっ叩くらしい。

 で、俺ら二小隊は警戒。

 警戒って言われてなんのことかって思っていたら。

 要は一番前に出て、敵が来たらちょっかい出して下がる。

 時間稼ぎをすることだった。

 話を聞いたら簡単だった。

 敵が間合いを詰めて来たら、砲迫を誘導して嫌がらせをする。

 もっと近づいたら、鉄砲ぶっ放して威嚇する。

 その足が止まって、こっちを探ろうと展開して動き出したら下がる。

 行進縦隊のまま突っ込んで来たら、あっちゅう間に抜けられるから、それを防ぐことが第一らしい。

 簡単だ。

 そう思っていたが、そんなことはなかった。

 まず、鼓膜が破れるかと思うぐらい、敵の砲弾がぼこぼこ近くに落ちてきた。

「適当に撃ってきてるだけだ、標定されてないから慌てるな、そうあたりはしない」

 なんて小隊長が言うから逃げずに留まっていた。

 そうしているうちに、三キロメートルぐらい先に、砂塵が上がるのが見える。

『極座標射撃、観目方位角三一五〇、観目距離二七〇〇、精密誘導弾くれ』

 そう無線機越しに小隊長が冷静な声で砲迫射撃を要求していた。

 何度か小隊長から教えてもらったが、要求の仕方は俺には難しくてよくわからなかった。

 とりあえず、観目方位角ってのは、敵と自分の方角で円を三六〇分割したものじゃなくもっと精密に六四〇〇分割した単位で言うらしい。

 俺はそこんところの計算式が難しくて覚えるのを諦めていた。

 小隊長がレーザー照射器を当てて精密誘導している。

 向こうの方で砲弾がさく裂するのがわかる。

 その瞬間、人っぽいものが砂煙に包まれたのが見えた。

 あっけない。

 やったんだろうか。

「小隊長、前じゃなくて横です。距離一〇〇〇以内に敵装甲車!」

 誰かがそう叫んだ。

「下がるぞ」

 間髪を入れず小隊長は企図を示した。

「下北、お前も先に下がれ」

 俺は小隊長伝令としてべったりくっついて世話をすることが任務だって言われていた。

「小隊長といっしょにいます」

 即答した。

「バカ野郎、違うんだ、いいんだ、早く下がれ」

 今までにない必死な剣幕だった。

「小隊長も下がりましょう」

中隊長(オヤジ)が言ってただろう『私は最後に下がる』って」

 笑顔。

「じゃあ、小隊長の俺が小隊のケツ持たなくてどーすんだってことだよ」

 俺も必死に食いついたから小隊長も諦めたというか、それどころじゃなくなったというのが本当だろう。

 小隊の三個分隊のうち、二個分隊が下がった。

 残りは一番前に出ている一個分隊。

 味方の砲弾も目の前五〇〇メートルぐらいのところに激しく落ちだして、そのたびに軽歩兵補助服の中といっても、内臓まで響く音に頭がグラグラ揺れた。

「下北、いい度胸している、よし、下がるぞ」

 たぶん残りの分隊も下がったんだろう、それで小隊長がそんなことを言った時だった。

 パン、カン。

 パン、カン。

 シュシュシュッ、パパパパン。

 シュって聞こえたらやばい。

 じいちゃんがそう言っていたのを思い出す。 

 ガン。

 車にひかれたらこんな感じなんだろうか。

 一瞬にして頭が真っ暗になる。

 ――。

 ――。

 衝撃で背中が痛かった。

「だ……じょうぶ、あたま、かすった……」

 小隊長の声。

 生身の小隊長が俺の軽歩のハッチを開け、俺の顔を叩いていた。

 俺はぼやける風景の中で、立ち上がり、振り返る。

 軽歩の頭の一部がえぐられたような傷があった。

「くたばっている暇はねえ、さ、俺らも逃げるぞ」

 小隊長がニヤっとして俺の頭を小突く。

 ピュー。

「砲弾!」

 小隊長が叫んだ。

 俺は突き飛ばされ、軽歩座席に腰を打ちつけた。

 



「通じねえ」

 俺は無線機の口の部分を投げ捨てようとしたが、踏みとどまった。

 そんなことをしたら小隊長に怒られる。

 今は眠っててもらっているが、起きた時になんて言われるかわからない。

「もうしょうがないですよ、暗いし、まったりするしかないですね」

 小隊長の返事はない。

 疲れているんだろう。

 本当によく眠っている。

 ま、夜だから眠たくもなるだろう。

「あーあ、俺もいっしょに逃げてたら、今頃こんな森の中にいなくて済むのに」

 あんたが俺をかわいがるもんだから見捨てることがついていっちゃったんですよ。

 そう文句を言いたかった。

 でも、言わなかった。

 この人のことだ、寝てるふりをしているのかもしれない。

 油断も隙もない人なのだ。

 しょうがない、俺も少し眠ろう。

 一応、四周は罠線しかけて敵が来たら警報がなるようにはしている。

 夜が明けたら、小隊長の残りの部分を探さないといけないし……。

 それにしても、と思う。

 あの中隊長があんなことを言わなければ、小隊長もこんなに疲れることはなかったのに。

 格好つけて、どうするんだって。

 あーあ。

 はやくシャワー浴びたい。

 川でもいい。

 あの砲弾で怪我して血だらけになってるから、早く洗い流したい。

 俺はごそごそと自分の荷物から、携行食を取り出す。

「小隊長、腹減ってないですか? 先食べますよ、小隊長の分も残ってますから、先食べたって言って怒らないで下さいよ」

 微かに見えるのはトマト煮込みの文字。

 暗くて中身はわからないが、トマト煮込みだとわかった。

 本当に暗いと味もよくわからん。

 俺はトマト煮込みをイメージして食べることにしてみた。

 赤いスープ。

「オ、オ……ゲホッ」

 おう吐した。

 飛び散る内臓ようなものを連想したからだ。

「アホかって」

 俺は草むらに散乱させてしまった吐きだしてしまったそれを見る。

「小隊長のがまた見つけにくくなっちまったじゃねえか、ほんと俺はアホだ」

 そんなことを口走っていた。

 しょうがない。

 完全に敵中に孤立した俺たち。

 小隊長はぐっすり寝てるし。

 中隊長は見捨てないって言ってたけど、こんなところに探しにくることなんてできるはずねえし。

 ああ。

 早く小隊長とあの場所に帰りてえ。

 俺はトマト煮込みの残りを胃袋に流し込んだ。

 今度は吐かなかった。

 これ以上、小隊長を汚すわけにはいかない。

39歳バツイチ子持ちだが、まわりの女に煽られる。


主人公で中隊長の野中少佐の部隊で起こったことの下北一等兵目線のお話しになります。

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