(5)
七-(5)
「――あの!」
三風に下りるシューターへ向かうサリュウに、後ろから声をかけてきた人物がいた。
ふり向くと、目の前を鮮烈なサイバーブルーが流れる。
「君は……」
「あなた、八部の人ですよね?」
「ああ、そうだが」
頷き、サリュウは噂の歌姫もやはり稀人を珍しがるのかと、意外に思った。
少女は、やや離れたところにいるマネージャーらしき茶髪グラサン男を気にしながらも、上目遣いにこちらを見上げた。思ったよりも背が高く、自然とその不可思議な色の目と合う。
「その……わたしも一緒に三風について行っていいですか?」
思わぬ申し出に、反射的にサリュウは渋面を作った。正直、見学者は当分お断りしたい気分だ。
「残念ながら、三風は避暑地でも観光地でもない。他を当たってくれ」
ぴしりと言うと、少女に眼もくれず踵を返す。
すると軽い足音を響かせ、再び少女がサリュウの前に立ちはだかった。祈るように両手を胸の前で組んで、
「お願いです。少しの間でいいから、三風に連れて行ってもらえませんか? 今を逃すとわたし、もう二度と行けないかもしれなくて……」
「なぜ行きたい?」
「逢いたい人がいるんです。その人、三風にいるはずなんです」
「三風は広い。迂闊に連れて行って迷子にでもなったら、俺の責任問題になる。迷惑だ」
「だけどその人、八部の訓練を受けているはずなんです。知りませんか?」
「訓練?」
「はい。こないだ手紙が来てて……」
少女が細身のズボンのポケットから、一通の封書を取り出した。厭な予感をおぼえるサリュウの前で、彼女は手紙を握りしめて告げる。
「チヒロ・ハナダっていうんです」
*
あのお騒がせ訓練生は、災厄という名の星を背負って現われたのだと、サリュウは確信に近い気分でそう思った。
「チヒロとは、養護施設で一緒だったんです」
サリュウと共にシューターに向かうエレベーターに乗り込みながら、嬉しそうに〝輝久夜〟の名で知られる少女が教えた。さすがにそのままでは目立ちすぎるため、腰を過ぎるサイバーブルーの髪の毛は後頭部にまとめあげ、帽子で隠している。
警察庁で彼女に貼りついていたマネージャーの姿はない。どうやら理由をつけて抜け出してきたようだ。
――養護施設では大人の言いくるめ方でも教えていたのか、まったく……。
苦々しく思いつつ、サリュウは尋ねた。
「君の両親も事故で亡くなったのか?」
「母親だけですけど。父は元からいません」
少女の声がわずかに重くなる。その様子に、サリュウはあることを思い出した。
以前ミヲに親のいないことを漏らしたとき、
『最初から親がいないほうが幸せな子も多いのよ。ラッキーだと思えば?』
そう諭されたことがあるが、それに近いのかもしれないと感じたのだ。
「君の名前は?」
「〝輝久夜〟は本名です。フルネームは、カグヤ・ツキシロ」
「俺はサリュウ・コズミだ」
その名前に思い至るものがあったのか、瞳と虹彩の区別のつきにくい虹色の眼を真ん丸にし、カグヤは小さく両手で口元を覆った。
「え……コズミって、あの八部隊長のコズミ宙佐ですかっ!」
「ああ」
「やだ。わたし、八部の人だって聞いて咄嗟に声かけちゃって……隊長さんだなんて思いもしなくて。すみません、失礼しました」
「いや」
「じゃ、チヒロのことはよくご存知なんですか?」
「一応は」
知りたくて知ってるわけではないと言っておきたかったが、そうもいかない。
知り合いらしい少女が、くすくす笑って教える。
「知ってます? チヒロ、すごいんですよ。園長追い出しちゃったんです」
「なに?」
「なでしこ園っていう名前だったんですけど、チヒロとあたしが十四か……十五くらいの時かな。それまでもあんまいいところじゃなかったけど、経営難っていうことで園長が解雇されて、変な親父が出てきたんです。それがとんでもないロリコン野郎で――」
乱暴な表現に、カグヤはあ、とまた口元を押さえた。長身の男を目顔で窺い、怒っていないことを確認して続ける。
「チヒロは昔から人を見る目があったから、みんなに気をつけるように言ってたけど、一人の子がやられて……チヒロは警察に掛け合ったけどだめで、その子は自殺した」
サリュウが一瞬、物言いたげに眉を顰めた。
「口惜しくてなんとかできないかってみんなで相談したけど、恐くてなにも出来なくて。だけどチヒロはあきらめなくて、一人で園長室に忍び込んでヤバいことやってた証拠を見つけて、そいつに言ったんです。園を元の持ち主に返さないと、その証拠を警察に売るって――」
まるで自分の自慢をするように、カグヤは得意げにウォーターオパールの眼を細めた。
「おかげで園は元通り。でもチヒロは恨みを買ったから、自分から園を出て行ったんです。マナク連れて、後見人を自分で探して……アパート見つけて。チヒロとはそれきり会ってないんです」
「同じ六花にいたはずだろう?」
「わたしはすぐに養女に出て六花を離れたから」
言い訳するように、カグヤは言った。
「でもチヒロの勘がよかったのは、稀人だったからなんですね。なんか納得だなあ」
「この間まで隠していたからな」
「それって、犯罪になりますか?」
「微妙なところだが、とりあえず訓練生として俺の監視下に置くことで決着した」
「よかった。だけど、訓練厳しそうですね」
「本人の努力次第だ」
「チヒロは頑張り屋だから、きっと大丈夫です」
カグヤはにっこりとそう言うと、エレベーターの壁に軽く肩をもたせかけた。
横顔を向け、小さく鼻歌を口ずさんでいる。サリュウは気付いた。爆破事件の容疑者シン・カレノから絶え間なく流れてきたメロディーの一節である。
暗闇の中 ひとり眼を開けると
いつまでも 明けない夜
呑み込まれそうで
そんなとき 君が僕に
そっと教えてくれた
終わりの来ない夜はないと そう
――やはり本物は違うものだ。
サリュウは素直に感心した。抑揚も旋律も同じもののはずなのに、妄想から聴いたものとは天と地ほどの開きがある。
エレベーターを下り、シューターから三風に着いてもまだ、カグヤは呟くように歌い続けていた。
彼女のその様子が、なぜかサリュウには、昔の友人との再会を心待ちにしているようには到底見えなかった。
訪れる光 感じられるように
この暗闇はあるのだと きっと
眠らない夜 この心抱いて
明日へ続く 歌を唄おう 光描いて
眠らない夜 今 飛び越えて
はるか君へ 届くように 夢の先まで――
ツキシロ(月白:げっぱく):ごく薄い青色