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四-(7)
八部は自衛宙軍の一部隊に属しながら、同時に大幅に自律を認められた、きわめて特殊な機関である。
乗員の監視という役割は転じて一種の諜報機関の役目をも果たし、表立った活動はあまりないものの、通信局や公安局といった軍の他部局や外部機関と協力して、その特異な能力を最大限に活かすことが求められる。
中でも[まほら]の治安維持を担う警察との共同活動は、必然的に大きな比重を占めていた。関係の良し悪しなど言っていられないのが、お互い公僕たる哀しさである。
会議は、コンサートホールか国会かという大きな一室でおこなわれた。マスコミは入らない。
中央前方に雛壇があり、右手に議事進行、書記三名。半円を描いて階段状に席がせり上がり、警察庁警視正以上の幹部二十名ほどがずらりと並ぶ。
各席にマイクとホスト・コンピュータに直結した小型モニターが備わり、念入りなことに雛壇後方のスクリーンにも同時に拡大投影された。
――普通の会議室で机並べたほうが、よっぽど効率的で経済的じゃないのかな。
などと考えながら、チヒロは最前列左翼のサリュウの隣におとなしく座った。
雛壇からもっとも離れた円の終着点には、真っ白な髪の面長の人物が座っている。どうやら彼が長官のようだ。
議事進行に従い、壇上に出たマサズミ・ニビが昨夜の事件の概要説明をはじめた。
「昨夜二十時四十九分、八部本部より、二羽市在住のタイジ・ヤマブキの操縦するエア・プレーンが故障による激突の危険があるため緊急停止させるよう要請が入り、同五十一分二羽市警察本部へ緊急通信により連絡。ヘリコプターによる巡回をおこなったところ、二十一時〇二分、ハイタカ区上空にてエア・プレーンの爆発炎上を確認。当機を操縦しておりましたヤマブキ本人を下方の緑地帯の樹上にて発見、保護しました。同区B棟ビルに損傷はなく、本人の無事も確認されました。以上です」
「では、八部隊長サリュウ・コズミ二等宙佐より説明をお願いします」
サリュウは立ちあがり、その場でマイクを持って話しはじめた。
「当夜二十時四十七分、プリコグニションであるハナダ三等宙士の予知を確認。警察庁本部へ緊急通信を入れましたが、時間的に間に合わないと判断し、こちらで適正に処理をさせていただきました。以上です」
「――なんだね、その説明は!」
垂れた頬の肉をぷるぷる震わせながら、中年の男が怒鳴る。仇敵ハジ警視正だ。
「適正とはどういうことだっ。第一、プリコグニションとはなんだね?!」
「われわれの能力の特異性については何度お話させていただいても御理解いただけないようですので、割愛させていただきました。もうひとつのプリコグニションですが、これは予知という稀人の中でも特異な能力の名称です。先だっての五葉市の爆破事件でもお話をしたかとは存じますが……聞き慣れないものですから、皆様お忘れになったのかもしれませんが」
予知という言葉に会場がざわつく。別の男が居丈高に訊いた。
「なぜそれが予知と分かるのかね?」
「ハナダ三等宙士は予知を夢という形で観ます。ですから、それが予知であるという確証がすぐに得られるわけではありません。ですが現実として可能性があり、調べたらその可能性が強まった――そうであればなんらかの処置をとらざるを得なくなり、結果それは予知であったと言えるわけです」
「結果に頼る予知かね?」
「予知という表現が紛らわしいのはお詫びします。むしろ彼女が感じるのは、予兆といっていいでしょう。風が吹く、水が漏る……そういったなにかが起こるという兆しの、彼女は事故というものを観るわけです」
「では、私がいつ廊下で転ぶ、なんていうのも分かるのかね」
はは、と軽いせせら笑いが起きる。
頭から否定を決め込んでいる彼らの態度に、チヒロははらわたが煮えくり返った。
――隊長はどうして怒らないんだろう。
チヒロが言い返すときに見せる、あの激しさが嘘のようだ。なにを言われても涼しい顔で立っている。
別の上席にいる男が、指を突きつけて命じた。
「君、プリコなんとかという者を連れてきておるんなら、本人に説明させたまえ。君では埒が明かん」
「分かりました」
サリュウはおとなしく席に着くと、代わりにチヒロに立つよう促す。
「くれぐれもお偉方の感情を逆なでするような真似はするなよ」
「は、はい」
あたふたとマイクを持ち、チヒロは椅子から降りた。
「八部訓練生チヒロ・ハナダ三等宙士です。あの――」
「訓練生? まだ正隊員じゃないのか」
野次にも似た声に、座ったまま再度サリュウがマイクを取った。
「予知に関しては問題ないと判断しています」
「訓練生になってどれくらいだね?」
「え……と、三週間です」
その答えに、ざわざわと会場に低い囁きが広がる。チヒロは逃げ出したくなる気持ちを堪えてサリュウを見たが、彼はこちらに目を向けようともしない。
顎髭をきれいな逆三角に整えた、別の黒服が尋ねた。
「そのプリコグとかいう能力に目覚めたのは、いつかね?」
「――お言葉ですが、ハトバ警視監。その質問はマナー違反です。稀人として認定された以上、それ以前について聞くことは慎んでいただきたい」
ハトバと呼ばれた男が、サリュウに冷笑を向ける。
「予知の信用性に疑問を呈してはいけないかね?」
「では、そのようにご質問ください。もちろん今回の事件に関する予知に関して、ということでよろしいですね? こちらの訓練生は、まだ説明に慣れておりません。どうかご質問は分かりやすい形でお願い申し上げます」
慇懃だが反論を許さない口調に、ハトバは苦々しく、ああと頷いた。
サリュウが無言で促す。チヒロはこほんと咳ばらいをして、マイクに話した。
「えー……と、まず内容からお話しますと、今回の予知はすごくリアルな夢でした。ビルの谷間にある緑地帯の空の上を、黄色地に赤のラインの入ったプロペラ機が飛んでおり、操縦士は一人です。その人は仲間と交信した後、一回転してビルの屋上に降下しようとします。その後――」
広い室内にうわんうわんと自分の声が反響して、チヒロはだんだん自分が何を話しているか分からなくなってきた。
「突然操縦桿が壊れ、通信機も使えなくなり、その人はパニックのままビルの壁に飛行機ごと突っ込んで炎上しました。夢はそこまでです。わたしはすぐに隊長に連絡をとり、その飛行機が二羽市在住の方の持ち物であるということが判明しましたので、予知と考えました」
「君が実際予知を視たとして、本当に事故は起こり得たのかね? 八部が手を出さなくとも、その事故は〝起きなかった〟という可能性はないのかね?」
チヒロは唇を噛んだ。つまりそれは、もっと言えば八部が事故を拡大させたともとれる意見だ。
感じの悪いことに、その意見に、ここにいる多くの人たちが賛同しているらしい。
――この人たちに、隊長やみんなの働きを見せてあげられればいいのに。
為す術も分からず、マイクを握りしめて立ち尽くすチヒロの耳に、ハスキーな声が聞こえた。
「えー、今のご質問ですが、事件当時の様子は偶然にもB棟ビルと向かいのD棟ビルの監視カメラが映像を捉えておりまして、八部の救助の模様と合わせ、それ以前に当該機が故障、操縦不能になる様子が記録されております」
「その映像を持ってこなかったのかね、ニビ警視?」
「申し訳ありません。損傷機体を含め、まだ現場の解析が完了しておりません。終わり次第お見せできるかと思います」
そう言って、ニビは再び席に座った。
救いの主の出現にチヒロがほっとしたのも束の間、先程のハトバ警視監が低く鼻を鳴らす。
「だが、予知というのはどうもねえ。予知をするんならこんな事件ではなく、例の失踪事件やその犯人を視てほしいもんだがね」
「力不足で……すみません」
謝るチヒロの言葉尻を攫うように、サリュウが口を挟む。
「予知を魔法や占いのようなものと勘違いしないでいただきたい。あくまでも起こり得る近未来の可能性を示す――それが予知です。便利屋ではありません」
「しかし起こってしまえば、これを予知したと後でいくらでも言えることだろう。先に視たという証明はどうするのかね?」
その発言に、サリュウの頬にうっすらと不思議な微笑がよぎった。
チヒロを言い負かしたときのような、意地の悪い笑顔だ。チヒロを見て、
「ハナダ三等宙士、皆様に君の予知をお観せして差しあげたまえ」
「え……」
《レベルを30%に上げて、おまえが視たものを全員に送れ。タコ足配線のおまえならできる》
《あんまりいい励ましじゃないですけど》
《文句を言うな。くれぐれも相手は一般人だ。脳は灼ききるなよ》
本当は灼ききることを望んでいそうなテレパスに、チヒロはマイクの外れでため息をついた。
――もう、やっぱり人をダシにするんだから。
思いつつも、チヒロは意識を集中させ、ほんのわずか精神障壁を下げた。
ふっと、この場にいる全員の意識が飛び込む。繋がった瞬間、チヒロは夢で観た光景を意識の中に再生した。
空を翔けるプロペラ型のエア・プレーン。操縦桿が壊れる音。降下する機体とパニックになる飛行士。急速に迫る銀色の壁――爆発。
弾かれたように、黒服たちが一斉に立ちあがって叫んだ。
「うわっ!」
「なんだ今のは……」
「映画を観ているようだったぞ」
「実写か……?!」
様々な驚きが満ちる会議室に、マイクから冷静なサリュウの声が流れる。
「今観ていただいたのが、今回の事件の予知です。現在、皆様は現実に起こった光景をご存じないのですから、後日事件の映像を御覧いただき、予知との違いを実感していただけることでしょう。……他にご質問は?」
その問いかけに、答える声は誰一人としてなかった。
「では、以上でわれわれは失礼いたします」
ハトバ(鳩羽色):灰みがかった青紫