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千夜航路~天つ海翔ける星の宙船~  作者: 藤田 暁己
<其の四> Regulation――統制
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(6)

 

四-(6)


 警察庁の呼び出しを受けた隊長と訓練生がいなくなった食堂で、八部メンバーの爆笑が湧いた。フアナがお腹を抱える。


「なにあれ、おっかしー」

「だ、誰か口論じゃなくて掛け合いだって言ってあげれば?」

「もったいないって。隊長の意外な一面が見れて、僕けっこう好きかも」

「本当、意外ですね。本人たちが真剣だから余計に可笑しくて……」


 日頃穏やかなラギでさえ笑みくずして、ヒナトらに同意した。

 ダイナンも笑い涙を指先でぬぐう。


「わたし、なんだか喧嘩の原因が分かる気がするわ。最初はチヒロが反抗的なのかと思ったけど、あれはどっちもどっちね。ほんと小学生の言い合いみたい――ねえ、カイもそう思わない?」

「……あ? 悪ぃ。聞いてなかった」


 転寝をしていたのか、ふわりとライオン頭が揺れる。


「夜朝連番なんて無理するから。もう休めば?」

「ああ、そうすっか」


 カイデンが席を立ったのを機に、ほかの皆も食堂から引きあげはじめた。

 

 

「……なんか、みんなにめちゃめちゃ笑われてる気がします」

「気がする、のではなくて、そうなんだろうな」


 上層階行きの人用シューターに向かう途中で洩れた呟きに、前を歩く男から冷静な指摘が入る。

 [まほら]内の各層間を高速で行き来するシューターは、チューブ状のラインの中に両尖形の楕円の乗物を収めた構造で、乗物とチューブの間は無重力だ。

 乗物はロケットエンジンで発射され、指定の階で逆噴射ストップがかかる。七楽から最上階一心まで約八十秒。三風からであれば二十五秒で着く。

 チヒロは手のひらで、側頭部をとんとんと叩いた。


「抑えてるはずなんですけど、よく聞こえて……」

「あいつらがセーブしていないからだろう。まったく、おまえの頭はタコ足配線だな」

「どういう意味です」

「配線を伸ばして何人とでも繋がれる。俺だったら、気が変になるところだ」


 入口で到着地点のコード番号を入れるサリュウの後ろで、チヒロがぷっと頬を膨らませた。


「どうせ統制が足りないって言いたいんでしょ。いいですよ、もう」

「俺だったら、と言ったんだ。おまえはそうはならない」


 サリュウが、シューターの隔壁を開けて振り向いた。


「おまえはリーディングが強い。今まで長年統制管理していなかったせいか、それを受けても問題ないように脳が上手くコントロールしているんだろう」

「でも隊長も……」

「リーディングに関しては、おまえの方が強力だ。だから読まれる」


 シューターの内部は、かろうじて二名が立てる広さに作られている。チヒロはサリュウに触れて怒られないよう、壁に背中を押しつけるように離れて立った。

 シュ…と点火音がして、シューターが上昇する。


「隊長より強いなんて、変な気分です」

「つけあがるなよ」

「大丈夫です。プライドと身長の高さだけは、絶対に敵いそうにありませんから」

「その態度が、すでにつけあがっているというんだ」


 さほど大きくないサリュウの声が、いつになく近くで反響する。

 チヒロはぎこちなく、壁に後ろ頭をつけた。


「……狭い、ですね」

「カイデンと入るともっと狭いぞ」

「確かに」

「もっとも――あいつは狭いのをいいことに、女を口説くのによく使うが」

「え?」


 きょとんと見上げるチヒロに、ふいに真剣な視線が落ちた。艶のある低声が囁く。


「――二人きり、だな」


 どきん、としたチヒロが言葉を失っていると、サリュウがぷっと吹き出した。ベルと同時に停止したシューターから逃げるように出、八部隊長は壁に手をついて爆笑する。

 からかわれているのだと気づいたチヒロが、真っ赤になって怒鳴った。


「隊長っ!」


 くくく、とサリュウの肩が笑いに震える。


「お……おまえも女だったんだな」

「あたりまえですっ。乙女の純情な心をからかわないで下さいよっ!」

「わ、悪かった」


 珍しくサリュウが謝るが、笑いながらなので、まったく謝罪されている気がしない。

 サリュウは笑いをおさめて歩き出し、数歩行ったところでまた立ち止まる。


「お……乙女って、似合わな……」

「隊長っ!!」



 一心は[まほら]の突端に位置する。したがって、宇宙艇の操舵に必要な各機関が大部分を占め、残りの狭いスペースを二分する形で自衛宙軍の本部と警察庁の建物が置かれていた。

 サリュウとチヒロが向かったのは一心の左半身、警察庁の青い建物である。

 警察庁の五十階に停止したシューターを降り、さらにエレベーターを使って上階へ上がる。

 八十三階に着くと、通路に群れる黒い服の男たちが、一斉に二人に視線を突きつけた。黒のダブルの背広に肩章、金ボタンというクラシカルな装いの集団は、時代錯誤を通り越して威圧感がある。

 チヒロは思わず、目の前の広い背中に隠れた。


「馬鹿者。堂々としていろ。舐められるぞ」

「は、はい」


 二等宙佐であるサリュウに全員が軽く頭を下げたり敬礼をするが、その眼は決して好意的ではない。むしろ冷ややかに侮っているようだ。

 慣れているのか、平然と彼らを無視して通路を行くサリュウに、背広の上からカーキ色のコートを羽織った男が声をかけてきた。


「コズミ! どうした、めずらしいな。今日はお供連れか」

「警察庁お望みのプリコグを説明書代わりに連れてきた。チヒロ・ハナダだ。――チヒロ、ニビ警視だ」


 ニビと呼ばれた男は、サリュウとあまり年の違わぬ若い顔に、にっこりと笑いを浮かべて、長身の陰に隠れる低い頭を覗きこんだ。


「お。君が噂のキングコングちゃんか」

「訓練生のチヒロ・ハナダ三等宙士です。よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀するチヒロに、サリュウが教える。


「よく顔を覚えておいてもらえよ。これから必ず世話になる相手だ」

「この隊長は人遣いが荒くってねえ。俺を遣いっぱしりだと思って、何でも頼んでくる」

「手柄はやっているだろう」

「こうやって恩も売るんだぜぇ。ヤな奴だろ?」


 ハスキーな声で、ニビが笑う。張りのある声音は通信で聞くよりも若々しく、表情豊かだ。メッシュを入れているのか、ところどころ明るく見える褐色の髪を短く刈り、目尻の切れ上がった力強い両眼、唇の薄いよく笑う口。

 動作は機敏で、どこかアスリートのような雰囲気が漂う。サリュウよりもやや身長の低い彼は、がっしりした手をチヒロに差し出した。


「マサズミ・ニビだ。よろしく、チビ=コングちゃん」

「はい、こちらこそ」

「期待してるぜ。……じゃ、コズミ。あとでな」


 肩をぽんと叩き、片手を挙げてニビ警視が去る。その姿に放心したような眼差しを送るチヒロに、ぽつりと隊長の声が呼びかけた。


「驚いたか?」

「はい。なんだかとても……強い、ひとでした」


 握手した手に目を落とし、うまく言い表わせないもどかしさを感じながら、チヒロは答えた。

 サリュウのような吸い込まれる力ではない。圧倒的に放たれる波は、カイデンの放射のようでもあり、まったく違うものでもある。


――稀人じゃないのに……。


「彼は一心でも指折りの武道家だ。心身を鍛錬することで、一般人でもあれほどの精神力を身につける。覚えておくことだ」

「はい」


 サリュウの言葉に、チヒロは素直に頷いた。



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