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千夜航路~天つ海翔ける星の宙船~  作者: 藤田 暁己
<其の参> Open-heart――開放
32/134

(11)

 

参-(11)


――あと十二分か。


 時計を見たサリュウは、部屋を飛び出した。制服を着たままうたた寝していたのが幸いした。

 本部には、十四時~二十三時勤務である昼番のメンバーがいる。乱れた髪もそのままに現われたサリュウに、シャモンが驚いて声をあげる。


「あれ、隊長。どうしたんです――」

「席を借りるぞ」


 呼びかけを遮り、サリュウは中段にあるセンター席に歩み寄った。

 機器に強いシャモンは、軍のみならず[まほら]本体のホストコンピュータからデータの出し入れをおこなっている。隊長の形相におののいた三等宙佐が、席を離れた。

 サリュウは立ったまま操作盤の上に右手を置くと、


「みんな離れろ!」


 言うや、テレパスを開放した。

 チヒロが宇宙と評した底知れぬ波動が、コンピュータの電波と共振して、瞬く間にデータを呼び出す。

 三つあるスクリーンのうち、右のモニター席のセカンドフレームに、目にも止まらぬ速さでなにかの図が現われては消えていく。


――なんだ? 軍用機、いや民間の飛行機か……?


 思いながらシャモンがミヲを見るが、彼女も首をひねる。彼がなにをしようとしているかなど、テレパスが強すぎて思考を探るのも困難だ。

 と、画面が止まった。

 黄色の機体に赤のライン。プロペラのついた十九世紀のアンティーク・エア・プレーン。

 登録者名はタイジ・ヤマブキ。二羽市ハイタカ区B棟36在住。


――こいつだ!


 サリュウはテレパスを弱めぬまま、スーリエのいる通信室から警察庁本部の直通回路を開いた。


『警察庁です』


 マイクを手に取り、肉声で話しかける。


「八部のサリュウ・コズミだ。ニビ警視を頼む」

『少々お待ちください』


 数秒後、ハスキーな低声が聞こえた。


『ニビだ』

「コズミだ。二羽市警に連絡を取り、至急タイジ・ヤマブキの操縦するエア・プレーンを停止させてくれ。このままでは墜落の危険がある」

『は? 墜落?』


 唐突な話の展開に、ニビ警視が聞き返す。サリュウは逸る気持ちを抑えて、


「そうだ。操縦桿が故障してビルに激突する。連絡をしたいが、通信機が壊れているため不通。早急に市警のロボヘリを飛ばして警告し、回収してくれ」

『二羽市だな。――おい』


 声が途切れ、誰かに命令している物音がする。


――間に合うか……。


 焦るサリュウの耳に、ニビの声が戻る。


『連絡は回した。十分で着くそうだ』

「十分?」


 モニターの時刻は20:51――絶対に間に合わない。

 思わずサリュウは、マイクに向かって怒鳴りつけた。


「20:59にはビルに激突するんだぞ! もういい、おまえには頼まん。こちらで救助する!!」

『おい、コズミ。おまえなんでその情報を――』


 戸惑うニビの声を中途で切り、サリュウは机にマイクを叩きつけた。


「サリュウ、どういうことなの?」


 冷静なミヲの声に、やや気を鎮める。


「チヒロの予知だ。20:59に二羽市のビルの側壁に、エア・プレーンが激突炎上する」

「単独ですか?」


 問いかけるシャモンを、ぎらりとした視線が射た。


「飛行士の人数の問題ではない。ガソリンエンジンを積んだ機体が、百人余が住む高層ビルのど真ん中に突っ込むんだぞ」

「――」


 事態の深刻さに一同が息を呑む。

 しかもここは宇宙艇内。爆発事故は、下手をしたら乗客全員の死に直結するのだ。


「でも、どうやって――俺は、空の上には飛んでいけませんよ?」


 最初の予知のときのようにテレポートで向かうと考えたシャモンが、当惑気味に問う。

 サリュウは沈鬱な表情で腕を組んだ。


「それは無理だ。第一、飛行士ごとエア・プレーンを真空に放り出すほど、俺も冷酷じゃない」

「じゃあ、どうやって……」

「それを今考えているところだ」


 同じ問いを自らに投じながら、サリュウは焦りに散漫する思惟を集中させた。

 夢で観た光景に、なにかヒントが眠っていないのか。


――そうだ……。


 チヒロの予知は、雲にでも乗ったように空中から眺めていた。あの安定した視点が確保できれば、直接テレパスを送って飛行士に警告できるかもしれない。


「シャモン。二羽市ハイタカ区緑地帯周辺ビルの監視カメラに侵入できるか」

「ラジャー」

「スーリエ。シャモンが侵入したら、ジャックした回路から地区の住民に警告を流せ」

『はい』

「ウズメ、イブキ。メインフレームに画像が映ったら、俺のテレパスに乗せて、サイキックで全力でエア・プレーンの速度を落とせ。俺もサポートする」

「分かりました」

「了解です」

「ミヲ。飛行士が脱出したら、ビルに激突する前にエア・プレーンを爆破してくれ」

「いいわ」


 サリュウが指示を出す間に、シャモンの高速の指さばきが監視カメラの映像を探り当てる。


「――出ました」

「よし」


 サリュウはもう一度操作盤に手を置くと、電波に意識を合わせて、コントロールを奪ったビル屋上の監視カメラを操り、上空の機体を探す。

 六分割されたメインフレームに、常夜灯の帯の流れる夜空の断片が、さまざまな角度から映し出された。その光の帯に、明らかに一定方向に動く影がよぎる。


「いたぞ……」


 黄色い小型飛行機は、すでに空中で弧を描いて降下をはじめている。

 サリュウは、一般人に聞こえやすいようにテレパスの加減をしながら、呼びかけた。


《タイジ・ヤマブキ、聞こえるか。私は八部隊長だ》


 飛行士の男が、はっと身じろぐ。


『だっだれだっ?』

《君の飛行機は墜落の危険がある。すみやかにエンジンを切り、脱出しろ》

『な、なんだって?』


 驚いた飛行士が操縦桿を引く。カツ、と妙な音が響いた。


――くそ。


 サリュウは舌打ちをした。

 サイコキネシスでなんとかしたいが、機体が動き続けているうえ、コンピュータ制御された内部構造は複雑すぎて、すぐにどうこうできる状態にない。

 焦る飛行士の声の向こうで、ガタガタと機械をいじり回す気配が〝聴こえる〟。


『おい、なんだよ、これ』

《ヤマブキ、聞こえるか。エンジンを切ってすぐに脱出しろ。今すぐだ》

『なんだよ……おい。おい、誰か助けてくれ!』


 パニックらしい飛行士が、大声でスピーカーに呼びかけている。


「隊長。これ以上止めるのは……無理です」


 苦しげなウズメの声がした。


『わあああっ!』


――だめだ、間に合わんっ!


 サリュウは全部の力を叩きつけるように意識の手を伸ばすと、飛行士の座席ベルトを引きちぎって、体を空中に引きずり出した。瞬間、ミヲの力が飛行機を爆破する。

 サリュウは片方の〝手〟で飛行士を掴んだまま、もう片方の手で、炎上する機体と爆風を抑え込んだ。


――くそ……脳が灼ききれそうだ。


 ふいに、意識が軽くなる。気がつくと、自分の傍らに寄り添う誰かがいた。

 やわらかなテレパスが響く。


《隊長、この場のホールドに集中してください。彼の体をアポートします》

《チヒロ……》

《いきます》


 感じ慣れた少女の力が拡大し、サリュウの手から飛行士の体が消える。


《シャモン、チヒロを支えろ》

《ただちに》


 芝居がかった口調で応え、シャモンの力が風のように走った。初めての遠隔操作に、着地点がぶれかけるチヒロの力をうまく誘導する。

 直後、姿を消した飛行士が下方の緑地帯の樹上に現われた。落下速度ごと移動したそれは重力に引き寄せられ、次々と梢を裂き、枝を叩き折る。


《うっ!》

《くそっ》


 衝撃を受け止めきれず、チヒロとシャモンの力が彼から離れた。

 弾かれたように、二人の意識が本部の肉体に戻る。前後して、機体と飛行士の運動制御に全力を注いでいたウズメとイブキが、長い集中に耐えられずに帰った。


――限界か……。


 遠隔へフルオープンし続ける自分の精神が極限を迎える前に、サリュウは意識を切り離した。

 その直前、強引にビルから逸らした爆発が、斜め上空へ煙を伸ばす。メインフレーム内で、不正占拠したカメラ映像が乱れた。


 永遠にも似た空白の後。

 再び戻った映像では、警察の小型ヘリがようやく姿を見せ、一機は緑地帯に落ちた飛行士の元へ、残る二機は上空を旋回して住民に避難を呼びかけていた。

 木っ端微塵になった飛行機の残骸が、断続的に地面に降り注ぎ、爆発はすでに噴煙を残すばかりとなっている。白くかすむ煙が色濃く立ち込め、ビルの様子を窺うことはできない。

 いつの間にか後ろに立っていたチヒロが、震え声で呟く。


「だいじょうぶ……なんでしょうか」


 しわくちゃの制服、寝乱れた髪の毛。眼鏡もかけていない。

 サリュウは再びマイクを取ると、通話をONにした。


「こちら八部本部。二羽市警、状況はどうだ?」


 ザ、ザー……というノイズ。しばらくのちに、カチッとマイクをとる音が聞こえた。


『ニビだ。ビルは無事だ。飛行士は……』

 またもザ、と乱れ、

『現在収容中。外傷は不明だが、意識は鮮明』


 ほお、となんともいえぬため息がその場に広がる。

 さすがに表情を緩めたサリュウが、ようやく落ち着いた声をマイクに乗せた。


「警視みずからお出張りいただいてすまないな。ニビ」

『礼は、俺の指示に文句も言わずに従った二羽市警の飛行部隊に言え。俺はまだ一心から現場に向かう――ああ、着いた』


 エア・カーからの通信だったのか、バタン、とドアを開け閉めする音が聞こえる。


『あーあ、こりゃ派手にいったな。……おい、コズミ。おまえ、どうしてこのことを知った。テレパスなんて言うなよ、てめえ』

「プリコグが現われた。そのおかげだ」

『ぷりこぐ? 新手のキングコングか?』


 サリュウとは二つ違いの若い警視が、ハスキーな声を裏返らせた。

 八部のメンバーが、小さく吹き出す。


「いや、予知、だよ。夢で爆発を予知した」

『んだよ、それ。予知するんなら、もっと早く教えるようにそいつに言っておいてくれ』

「わかった」

『ハジの親父には、おまえから説明しろよ。俺、そういうの苦手だからな』

「……わかった」

『じゃあ、あとはやっておく。――おい、コズミ。稀人は私生活まで覗くのかってお偉方が問題にする前に、監視カメラは戻しとけよ』

「ああ」

『じゃ』


 通信が切れる。

 サリュウがマイクを置くと同時に、周囲から歓声とささやかな拍手が起こった。サリュウも拍手を合わせると、息をついて髪をかきあげる。


「みんなよくやってくれた。ウズメ、イブキ大丈夫か?」

「はい」

「大丈夫です」


 色白のウズメと、まだ幼さの残る金髪のイブキが、小さく微笑んでうなずいた。サリュウもうなずき返して、


「じゃ、シャモン。スーリエと後片づけを頼む。――ミヲ、後の指示を」

「OK」

「チヒロ、おまえも――」


 よく頑張ったな、とめずらしくサリュウが褒めようとした瞬間。小さい体がふわりと揺れた。


「おいっ!」


 呼びかけたサリュウの目の前で、真っ青な顔をしたチヒロが、その場に崩折れる。

 あっとみんなの悲鳴が上がる中、隊長に腕を掴まれた訓練生が、本日二度目の気を失っていた。




ヤマブキ(山吹色):山吹の花のような明るい赤みの黄

ニビ(鈍色):暗い灰色


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