(2)
壱-(2)
「うえぇ~、気分最悪ぅ」
「あれだけのテレパスを浴びたんだ。脳の血管が灼き切れなかっただけ良かったと思え」
言いながらサリュウは、冷たいアクリル合板の床に座り込むカイデンの前にしゃがんだ。
カイデンは念動力者である。
爆発を通報した少女チヒロの強引な精神感応を受けて、反応したはいいが、受け止めきれずオーバーヒートを起こしてしまったのだ。
その彼が弾き飛ばした意識の一部を、精神感応能力者であるサリュウは自室で察知し、当直である瞬間移動能力者のシャモン・カウジとテレパシストのスーリエ・サアヲ、サイキックのイブキ・コウロに現場急行を指示して、通信室へやってきた。頭脳がそのまま通信機として働く、稀人ならではの俊敏性である。
その通信機に負荷のかかりすぎたカイデンは、鼻梁の上あたりを指で揉みつつ、自分を覗きこむ黒色短髪の男を恨めしげに見やった。
「なんなんだよ、あいつ。どこのどいつだ? いきなりリミッター叩きつけてきやがって……順序をわきまえろっての」
「そのぎりぎりの中で俺に意識を飛ばしたおまえは偉いよ、カイ」
口元に微笑を溜めながら、サリュウはからかうでもなく言う。
カイデンが、ぼさぼさの金茶の髪を照れくさそうにかきあげた。
「だってありゃ、おまえに飛ばさなきゃ俺が死んじまうからさ」
「それが正解だ。――立てるか」
サリュウが右手を差し出す。
少し戸惑った顔をしたカイデンは、その手を借りて重い身を起こすと、そのまま、ぎう、と目の前の男に抱きついた。
「サリュウちゃあんっ。恐かったよぉ~ん」
「おい、それが助けに来てくれた相手に対する態度か。放せ」
瞬時に機嫌を急降下させ、サリュウはあまり身長の変わらない男の後頭部を拳で殴った。ごづ、とリアルに鈍い音がする。
カイデンが体を離し、頭を抱えた。
「あ゛だ~」
「頭の痛みでさっきのショックは消えたろう」
「もーサリュウちゃんてば、鬼畜」
麦藁のすだれ髪の合間から、カイデンが睨む。
「俺の反応を分かってやったのはおまえだ」
「だって、触られるのが嫌いなおまえが手を貸すなんて、てっきり俺に惚れてるのかと」
「馬鹿」
「まあそうなった場合、わが女性陣全員がおまえの敵に回るわけだけど」
稀人の選抜要員である特殊部隊〝八部〟に属する女性全員が自分に惚れていると言い切って憚らないお調子者の言葉に、サリュウは苦笑した。
ほぼ同じ身長ながら横幅は1.5倍ほど違うカイデンが、筋肉の鎧のような上半身を、うん、と伸ばす。
「さっきの相手、誰だ?」
「六花市に住む一般住民だ」
「いっぱぁんっ?」
カイデンは彫りの深い顔をくしゃくしゃにして驚いた。まったくこの男は、顔の造りも声も態度も反応も、何もかもがいちいち大きい。
「ガキか?」
「子どもではないと思う。俺が何者かも知っていたし、少なくともある程度修学した年齢ではあるはずだ。ミヅハに資料を出すよう頼んだから、大体のことは分かると思うが……詳しいことは明日かもな」
もう明日になってしまったが、と思いながら、サリュウは一般人よろしく通信機を使って、本部にいるはずのミヅハ・ワカナヘに連絡を回す。
「ミヅハ、サリュウだ」
『ハイ、サリュウ。ミヅハです』
スクリーンが点灯し、ボブの髪をカールさせた童顔の女性が笑いかける。
「皆は無事だな?」
『荒っぽいことに、みんな興奮してます。こんなこと初めてですから。テレポーテーショニング直後にさらに爆発物をテレポートさせて宇宙空間で爆発させるなんて、始末書ものですね。まあ、いつもの隊長らしくなくて、ちょっと面白かったですけど』
「咄嗟だったから他に思いつかなかった。やっぱり呼び出しが来るかな?」
『八部の仕業だってバレバレですもん。チグサ長官にまた厭味言われると思いますけど、乗り切ってくださいね?』
サリュウは声にならない呻きをあげた。
チグサ長官は[まほら]警察庁のトップである。
軍と警察が反目し合うのは昔からのこととはいえ、船内の犯罪を取り締まる警察の職務に対し、活動形態の違いからときに八部がそれを横からかっさらう形になることもあり、関係はけして友好的とは言い難い。
そもそもJAXA(宇宙開発研究機構)として取り組まれていた宇宙開発事業だが、第三次世界大戦を経て情勢が変わり、国策として創設された自衛軍の一部門〝自衛宙軍〟に組み込まれ、研究者も否応なく階級がつけられて縦社会に従属する羽目になってしまった。
研究者あがりである船長のソイロ宙将はリベラルな人で、〝第八の存在〟である八部の働きに理解を示してくれるが、チグサ長官のように反感をもつ者も多い。
その根底にあるのが未知の能力に対する畏れであるのかどうかは判らないが、けして稀人が歓迎される存在ではないことを、サリュウは身をもって知っていた。
今回も、手柄をあげようとした八部の先走った行為と警察は見るだろう。
あまり表情の変わらないサリュウの顔色を、ミヅハが敏感に察する。
『あら、めずらしい。隊長、落ち込んでるんですか?』
「言い訳のネタが尽きてきたんだ」
『両脇をフアナとアサギ先生に固めてもらって、お色気で攻めてみたらどうです?』
八部のアイドルと名高い女性隊員と妖艶な専属女医の名に、サリュウの口元がほころんだ。
「あの二人に挟まれたら、俺が先に落ちそうだ。やめておくよ」
『え~、メロメロになった隊長が見たかったのにぃ』
「俺の頭は今〝別の〟女性でいっぱいだよ。資料は出たか?」
『ええ。でも、ちょっと問題が』
ミヅハが顔をしかめた。変な顔をしても、彼女は一昔前のかわいらしいイラストの少女のような愛嬌がある。
ミヅハの言葉を予測していたサリュウは尋ねた。
「どこが出なかった。映像か?」
『よく分かりましたね。ピンポ~ン、です。映像がまったくダメ。どういうことですか?』
「向こうがカイデンがぶっ倒れるくらいのテレパスを送ってきた。通信装置のどこかが壊れていないか心配だったんだが……そうか、そっちがやられたか」
『シャモンの意見だと、メモリが壊れたっていうより再生する側の問題らしいです。文字は出るんですけど画像は容量が大きいから、そこがネックみたいで。カイデンは無事なんですか?』
サリュウの後ろで、大柄な男がスクリーンに向かって笑顔で両腕を振る。
「俺は無事よぉ、ミヅハちゃん。ちゃんと今夜君のベッドに忍んでくから、安心してな?」
『あら、カイデン宙佐。脳波に乱れが出て、ジョークが冴えてませんわよ。もう休んだら?』
カイデンのセクハラ発言に慣れているミヅハが、にっこりと切り返す。
「ミヅハぁ。俺に一人寝しろなんて、野暮なこと言うなよな」
『あなたの体格じゃ、ベッドは一人で満員でしょ。
じゃ、隊長。資料はそっちに送っておきます。隊長も朝番なんですから、しっかり休んでくださいね。あと四時間もありませんよ』
「分かった。……あ。ミヅハ、部屋の鍵は三重にかけておけよ」
『平気です。DNAロックをかけてますから。では』
鉄壁の笑顔で二人の男に告げ、童顔の女性はスクリーンから消えた。
カウジ(こうじ 柑子色):橘の実のようなオレンジ
サアヲ(さあお 真青):鮮やかな青
コウロ(黄櫨染):山櫨と蘇芳で染めた黄褐色
ワカナヘ(わかなえ 若苗色):稲の苗のような淡い黄緑色
チグサ(千草色):露草のような明るい青
ソイロ(素色 そしょく):染色していない生地の色(白)
旧仮名遣いはわざとです。あんまり使わないカタカナを使ってみたかった(笑)。
2013/1/22 色追記