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参-(6)
《――出て行け!!》
防御レベルを上げて聞こえなかったはずのチヒロのテレパスが、その高い精神障壁を超えて脳裏に届く。サリュウは、かすかに呻いて額に手を当てた。
昼番のミヲやラギたちも同様になにかを察知したらしく、きょろきょろと空中を見回す。
そこへ通信が入り、最前列左のモニター席に座るマリカが取った。
「はい、八部本部です」
『医局のユノ・アサギよ。サリュウを頼むわ』
「――隊長、ドクターからです」
ふり向いて告げるマリカに、サリュウがイヤホンをつけた。かすかに頷く。
「分かった。すぐに行く」
「なに、チヒロなの?」
立ち上がる彼に、隊長席のまさに右腕の補佐席にいるミヲが尋ねた。つき合いの長い彼女が、彫像のような褐色の頬に浮かんだ微妙な表情を見逃すはずもない。
「チヒロが瞑想室でセンザイ導師を廃人にしかけた」
「あーら、やるわね」
なぜかミヲが愉しげな口振りになる。中段のセンター席に座るラギが、信じられないという顔で頭を振った。
「あの導師を廃人にしかけるとは……」
「イェーイ! イイ気味」
歓声をあげ、マリカが諸手を挙げる。右モニター席のウズメが大きく頷いた。
「わたしも同感です。あの生臭坊主たち、開放っていうよりほぼ強姦ですもん」
「確かにあまりいい気分のするものではありませんが」
乱暴な表現に苦笑しつも、ラギが同意する。ミヲも眉根を寄せて、
「あたしもよ。最悪だった。思い出したくもないわ」
「あれでほとんどの稀人の人格が歪みますよね、絶対」
研究棟の人間には決して聞かせられない会話に、サリュウは苦笑した。おおっぴらには言えないが、彼も導師たちには思うところがないでもない。
「みんな、ここで言うのは構わんが、くれぐれもドクターの前では悟られるなよ」
「はーい、わかってまーす」
異句同音に全員が口をそろえる。
「じゃ、ミヲ、ラギ。後は頼む」
「分かったわ」
「気をつけて」
頷くとサリュウは、本部を出、足早に医務局に向かった。
*
医務局では他の導師も顔を見せ、深刻な顔で医師たちと話をしている。
そもそも導師は絶対博愛主義で知られる[ニルヤ教]の聖職者であり、船内作業員の心理カウンセラー的要素として乗員したもので、地球上にあっては、稀人というより修行により霊験を得た僧のような存在である。
生まれながらに超能力をもつ稀人とは、根源的に立場も目的意識も違うのだ。
[まほら]内での稀人の増加にともない、彼らを養育担当に充てたことが間違いだとは思わないが、高圧的な彼らの指導が繊細な稀人の精神の発達を阻害していることは明らかだった。
サリュウも導師を毛嫌いしていたが、その前に別の方法で力の全開放を掴んでいたので、すべてを閉ざし、徹底的に彼らを立ち入らせなかった。十二才にして、すでに導師全員をはるかに凌駕するテレパスを駆使していたのである。
さすがに彼らを廃人にすることはなかったが、
――あの時しておくんだったかな。
などと、らしくもなく好戦的に思いつつ、サリュウは久しぶりに見るハゲ頭たちに、にっこりと挨拶した。
「お久しぶりです、クチバ導師、キャラ導師」
「これは……吾子サリュウ。息災でなによりです」
ぱっと見には皆同じに見える鬱金色のローブ、禿頭の彼らは、両手を合わせてサリュウに頭を下げた。
「そちらさまも全くお変わりありませんようで」
慇懃無礼にサリュウが挨拶を返していると、アサギ医師が呼んだ。
「サリュウ!」
「ユノ。センザイ導師は?」
「無事よ。意識はすぐに戻ったわ。精密検査はまだだけど……」
「さすがにしぶといな」
思わず口にしてしまった正直な感想に、医師の顔色が変わる。
「サリュウ! そんなこと軽々しくここで口にしないで。無事だったから良かったものの、彼になにかあったら、あなたの責任問題になるのよ」
「悪かったよ。……で、チヒロは?」
「まだ瞑想室にいるわ」
女医は、やや声の調子を落とした。
「ショックを受けてたから帰らせたかったんだけど、本人が残るって……」
「本人が?」
「というより、導師たちのせいね。こういう子は研究棟から出すべきではないと言いはじめて……失制者だと」
失制者とは、文字通り制御を失った者――稀人の力を持ちながら、人格がふさわしくないと烙印を押された者のことで、力の行使と研究棟の一定区内より他の生活を禁じられる。簡単にいうと幽閉。もっというと独房生活だ。
まれに改善が認められ、緩やかな措置に移行することもあるというが、基本的に一度下った烙印は消すことはできない。生涯背負う業となる。
本来訓練生は軍の管理下に属するが、育成途中の稀人に関しては導師に決定権があり、軍が口を出せる範疇にない。
さすがにサリュウも事態を悟った。
「統制は完璧じゃないが、あいつは力を制御できないわけじゃない」
「それはあなたの意見よ。導師たちがもう一度複数で開放を試みても従わない場合、彼らの意見が通されるわ」
「複数だと?」
あの導師たちに囲まれ、無理矢理心をこじあけられて、パニックを起こさないものなどいるものか。チヒロが再び拒否をすることは目に見えている。
即座にサリュウは告げた。
「俺がやる」
「サリュウ……」
アサギ医師が眼を丸くして、続ける言葉を失った。
「ユノ。本部にカイデンを呼び出して、俺の代わりをするように言ってくれ」
「サリュウ、あなたがそこまでしなきゃならない相手なの?」
腕を組み、いぶかるように尋ねる。
「なにをむきになっているの? あなたらしくもない」
「俺は昔から、あのハゲじじい集団が嫌いなんだよ」
「それは知っているけど、でも……」
「それに、大事なプリコグニションを研究棟に閉じ込めさせるわけにはいかないからな」
きっぱりと言い切ると、サリュウは瞑想室へ向かった。
クチバ(朽葉色):くすんだ黄みの赤
キャラ(伽羅色):伽羅で染めたうすい黄赤