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千夜航路~天つ海翔ける星の宙船~  作者: 藤田 暁己
<其の参> Open-heart――開放
23/134

(2)

 

参-(2)


 検査を終えて服を着替えたチヒロが検査室から出てくると、サリュウはおらず、アサギ医師だけが待っていた。


「隊長は……」

「彼には席を外してもらったわ。座って」


 女医が目顔で、自分の前の椅子を示す。戸惑いつつ、おとなしくチヒロは丸椅子に腰掛けた。


「あなたの検査だけど――アポートの話はしたわね」

「はい」

「テレパスも含めて、今どれくらい開放してる?」


 チヒロは、黙って少し考える。

 検査をするのにセーブしては意味がないと思い、今は抑えていない。迂闊に読んでは失礼かと、アサギ医師とも離れぎみだ。


「抑えてる……つもりはないですけど」

「そう?」


 聞き返して医師は、一枚のデータシートを見せた。赤から青色に変化したすべての波が大きく振りきれ、用紙からはみ出している。


「このあいだ、レム睡眠でマナクに応えたときのあなたのデータよ。このレベルなら医局全体が感知できるわ。だけど……今はそうじゃない」


 リーディングをもつ医師はそう断定し、わずかに言葉を切った。


「あなたは、まだ完全に力を開放できていないのね」

「完全に開放する必要があるんですか?」

「そうよ。この前みたいになりたくないでしょ?」


 夢遊状態でテレパスとアポートを振り回したらしいが、チヒロはうっすらとしか記憶にない。正直、思い出したいとも思わない出来事だ。


「抑える訓練だけじゃだめなんですか?」

「抑えるために開放するの。統制するには自分の力を知ること。それが一番基本なのよ」

「隊長も開放できるんですか?」


 抑えている今ですら恐ろしく感じる、あの力を。


「そうよ。だから完璧に統制がとれるの。最近はぐだぐだだけど」

「わたしのせい、ですか」

「まあ、それもあるけど……彼にはいろいろあるから」


 彼女らしからぬ口振りで、ユノは言葉を濁した。


「ところで、チヒロ。あなたのプリコグニションなんだけど」

「はい」

「最初に気がついたのが六年前だそうね。それはご両親の……?」

「……はい」

「話せる?」


 医師の問いにチヒロは黙り、やや置いてゆっくりと話しはじめた。


「昔からリアルな夢を観るな、とは思っていたんです。知らない人の夢を観て、二、三日後その人と会ったりとか、最初は既視感デジャヴのようなものに近い感覚だったんですけど……ある日、工場の事故を夢で観て」


 唇を噛み、チヒロはなにかを堪えるように天井を向いた。


「嫌ならいいのよ」

「いえ。その少し前から、夢を観るとノートに書き留めるようにしていたんです。なので、どんな夢もぐちゃぐちゃに書いてましたから、ほとんどが予知とは関係のない内容で、その夢も子どもの〝不安夢〟のようなものだろうと思っていました。両親が好きでしたから」


 白くなった唇が、かすかに震える。


「でも……実際は違ってた。夢のとおりに火災は起こって、両親は逃げ遅れたたくさんの人たちと一緒に亡くなりました」


 かすかに潤んだ瞳がアサギ医師を見た。


「残念ですけど、鮮明な〝予知〟は、そのときと前回くらいなんです。あとはもう断片で――なにがなんだか」

「見る人が見れば分かるものかもしれないわ。夢のノートはまだつけてる?」

「はい」

「今度見せてもらえる?」


 分かりました、と頷き、チヒロはうつむいて鼻をすすった。少女が落ちつくのを待ち、医師が穏やかに言葉を続ける。


「予知は統制が難しいけれど、訓練が可能だわ。本人の思い通りに観るのは難しくても、訓練で予知の回数と精度があげられることが知られているの。頑張れる?」

「……はい」

「問題は、睡眠時にマナクとつながることね」


 きれいな顔をしかめ、広げていたカルテのファイルを閉じた。


「というより、あなたは常時マナクと繋がっているのね。覚醒時にはそれを意識下に押し込めておけるけれど、睡眠時ではそれが全面に押し出されてしまう――あなた、気づいてた?」

「マナクが母のお腹にいる頃から、ずっとテレパスで話しかけてました。マナクは言葉が遅かったので、その感覚が引きずられているんじゃないかと……」

「あなたたちの力について、ご両親は知ってらしたの?」


 チヒロは困った顔で、丸椅子を体ごと左右に揺らした。


「えー……と。わたしは察しがよかったので、両親と離されるのが嫌で、一生懸命隠してました」

「いつから?」

「さあ、いつでしょう? サイコスキャナーにひっかからないためには平均的な波形を真似ればいいんだと気がついたのが……三才、かな? 両親は普通の人でしたから」


 一才のときはどうだったかな、と独りごちる。


「じゃ、マナクのこともご両親はご存じなかったのね?」

「申し訳ないんですけど、それは家族ぐるみです」


 チヒロが先程以上の困り顔になった。


「成長してもマナクは言葉が遅かったので、伝えにくいと苛立って、テレパスをぶつけてくることがあったんです。わたしがいるときはごまかせましたけど、わたしが学校へ行きはじめるとさすがにバレて――」


 ある日チヒロが学校から帰ると、めずらしく両親が揃って待っていた。

 いつものやわらかな笑顔を封じ込め、父が尋ねる。


『チヒロ。マナクが心で話しているって、知っていたかい?』

『……うん。でも、マナが悪いんじゃないよ』

『分かっているよ。でも、そういう力はね、みんなの役に立てるように本当は政府に言わないといけないんだよ』

『マナ、連れてかれちゃうの?』

『チヒロ、よく聞きなさい。マナクは他のひとに比べて、いろんなことができるのが遅い。どうしてだか覚えているね?』

『脳の発達の病気で……だから、てんかんもあるの』

『そうだ。そして寿命も短いと言われている。私たちはね、マナクの人生はマナク自身に決めさせようと話し合ったんだよ。……マナクはね、私たちと一緒にいたいそうだ』

『チヒロ。マナクが心で話せることを、誰にも言わないで欲しいの』

『母さん……』


 チヒロは、哀しげな、だが愛情のこもった両親の顔を交互に見上げた。


『マナクの力がどうにもならなくなったときには、私たちが通報する。チヒロ、それまで協力してくれるね?』

『――はい、父さん』


 話を聞き終え、アサギ医師は困惑もあらわに頭を振った。


「家族ぐるみの犯罪ってわけね」

「はい。でも幸いなことに、もう父も母もいませんから」

「時効になるには早いわよ」


 チヒロの顔が瞬時に強ばる。


「冗談よ。今の話、聞かなかったことにするわ」

「あ……ありがとうございます」

「だけど、今さらどうしてバラしたの? マナクのこと」

「予知を通報したとき、わたしは隊長に知られちゃいましたから、最初はなんとかマナクだけでも隠そうと思ってました。だけど本人に聞いたら、一緒に来たいと」

「そう」


 アサギ医師は、しばし無言で目の前の少女を見つめた。


「チヒロ」

「はい」

「あなたたちは、すごく仲がいいのね。無意識では二人の境界が見えないくらい。まるで双子のよう。今の関係を必要としているのは、マナクなのかしら? それとも――あなたのほうなのかしら?」

「……」

「保護や依存という関係は、安定して良いように見えるけれど、実際はとても危険なものなの。二人が大人になっていく今、離れることが必要だわ。このままでは共倒れになる。

 チヒロ。どんなに時間がかかってもいい。マナクと離れなさい」

「どうやって……ですか?」

「まずは、テレパスを閉ざすこと」


 暗い顔になるチヒロに、ユノがやさしく笑いかける。


「大丈夫よ。五分、十分……それくらいから始めていけばいいの。コントロールの訓練も同時進行するから、やれるようになるわ。少しずつ覚えていけばいい。ひとりで抱えることはないのよ。一緒に頑張っていきましょう」


 未知への挑戦に混沌とした不安を感じながら、チヒロは、医師の言葉にはい、と頷いた。



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