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壱-(1)
その通信は深夜、第6層から第3層へもたらされた。第6層都市・六花市警察からの緊急通信である。
赤く光る警告灯を止め、当番だったカイデン・ソウワは、通話ボタンをONにした。
「はいよ」
『六花市警察サツキ区分署ニア・キナリ巡査長です。お忙しいところ失礼いたします』
画面に映る巡査長は、カイデンよりやや年上の二十代後半といったところだ。教育が行き届いているのだろう、年下の彼にへりくだった態度で敬礼する。
相手が嘘やごまかしの一切きかぬ〝稀人〟なのもさることながら、れっきとした自衛宙軍の一幹部である。緊張も無理はない。
カイデンは相手の張り詰めた態度を一蹴するように、大きな造りの顔に、これまた大きな欠伸をひとつ、ぶわりと浮かべた。
「忙しいのがわかってるなら、とっとと用件に入ってくれ」
『はあ……実は……』
「んだよ、トロくせーな。切るぞ」
『実は〝八部〟に緊急で話したいことがあると……言うものがおりまして』
「そんなのはそっちで処理してくれ」
『いえ、あの……聞いて頂いたほうがよろしいかと。今、代わります』
「おい、ちょっと――」
一方的な通信の切り替えに、思わず腰を浮かせたカイデンは、そのまま動きを止めた。個人の通信機なのか、どこからかはすぐには分からない。
荒い息、張り詰めた空気。そして――。
『あなた、八部?』
かすかに震える少女の声。
「ああ」
『じゃあ聞いてください。今から十分後に第5層の建物で爆破が起きます。建物は外壁が白、ライトグリーンの横縞があって、空中の長いスロープで双子の建物と繋がっています。その建物は五葉の中核にあるから、下の階で爆発が起これば大変なことになる。早く……早く、みんなに逃げるように言ってください!』
「おい、ちょっと待て。どうやってそれを知った?」
五葉市の居住区の外観を思い出しながら、カイデンは尋ねた。
『夢を……観たんです』
「ゆめぇ?」
夢で観たくらいでいちいち出動していたら身が保たない。
だがカイデンは、この少女から奇妙なものを感じていた。そして五葉市の中央には、確かに彼女の言うとおりの建物があると記憶が告げる。
カメラがついていないのか、スクリーンに映らない少女の声が苛立つ。
『ああ……もう、時間がないのに! 信じないんですか?』
「悪いけど夢だけじゃな――」
言いながら、カイデンは奇妙な錯覚に襲われた。
少女の声が耳ではなく、直接頭に飛び込んでがなりたてている――そんな感覚。
『分かりませんか? 本当に、起きますよ』
「……つぅ」
その瞬間、カイデンの脳がスパークした。
強い、あまりに激しい何かが、通信電網を伝って一気になだれ込んできたのだ。
立ったままでいられず、カイデンはよろめいて膝をついた。
それでも流れ込み続ける映像――白い箱を置いていく男。旧式のアナログ・タイマー。深夜二時を指している。爆発。崩れる建物。舞い落ちる人々。
「やめ……」
倒れゆくカイデンの指が、通信を切るためのボタンに触れかけ、落ちる。
そのとき。
「――通信、了解した」
冷静な、よく知る男の声がカイデンの脳の騒音を遮った。途端、彼の意識がふっつりと闇に転じる。
『誰?』
「サリュウ・コズミだ。君は?」
『……チヒロ。チヒロ・ハナダ』
「では、チヒロ。少しボリュームを下げてくれないか。君のテレパスにやられて、仲間が一人撃沈している」
『ごめんなさい。気が焦って……』
「すでにチームは現場へ向かった。現場到着予定時刻は25:56だ」
『間に合うんですね?』
疑うような確認に、カイデンから通信を代わった男は、薄い褐色の頬をわずかに緩めた。
「君が正確に場所を特定してくれたおかげで、現場に直行〝できた〟ようだ。すでに爆発物の解体は不可能だが、撤去は間に合うはずだ」
『そう……よかった。すみません、強引に』
「あんな映像を視たんじゃ無理もない。ところで――君は一般住民か?」
『住んでいる場所で分けるなら、そう、ですね』
「稀人の登録はしていないのか?」
『ええ。面倒で』
面倒とは、当事者を前にして、なかなか言いにくいことをはっきり言う娘だ。
サリュウは苦笑した。知ってか、通話口の向こうの少女の声が小さくなる。
『ごめんなさい。面倒っていうか……わたし、人を救うのって向いてなくて』
「今日のことは?」
少女のため息が洩れた。
『今回はあんまり酷くて……つい』
今回は、ということは、今までもこのような〝夢〟を観ていたということだ。
マイクの陰で、サリュウは軽く舌打ちする。
――予知は滅多に出ない能力なんだぞ、まったく。
そのうえ発覚が脳波測定による診断ではなく、当の本人からの申告であることは、大仰に言えば[まほら]政府の威信問題でもある。
『ああ、六花のサイコスキャナーの精度が悪いわけじゃないと思います……多分』
「では何のせいだ?」
『わたし、かな。隠してたから』
――随分と簡単に言う。
サリュウは皮肉に思った。
一口に稀人といっても個々の力にばらつきも大きく、新たな稀人の確保は、三風研究棟における重要課題のひとつである。それなのに、いとも簡単に〝隠す〟と言ってのけるとは。
――よほどの自信家か……鈍いのか。
「これまでずっと隠してきたのか?」
『ええ、まあ。……あの、これって尋問ですか?』
「そうだな……」
サリュウは、今すぐ六花に行って尋問にかけるべく少女を連れ出したい気分に駆られた。が、ため息とともに堪える。他からの緊急通信を告げる赤色灯も、さっきから回りっぱなしだ。
『わたし、眠いんですけど。もう切ってもいいですか?』
「だめだ。君の住所と連絡先を教えろ」
『教えろ? 通報者に対して随分な言い方ですね』
「自分の能力を意図的に誤申請していたんだ。君は今や通報者だけでなく、犯罪者でもある」
『……最悪。切ります』
サリュウは一瞬眼を伏せ、意識を通信電波に同調させた。
――いた。
「君を見つけた。今から警官を向かわせる。彼らに従ってくれ」
六花市の安アパート群に程近い、道沿いの公衆電網。
通信機を握る少女が、はっと緊張する。
『八部隊長サリュウ・コズミ二等宙佐。せめて、それ朝にしていただけますか? 本当に疲れてるんです。家族もいますから』
「了解した。では四時間後に――。分かっているとは思うが、君はすでに私の〝監視下〟にある。逃げるなどというくだらないことは考えないでくれ」
『ほんと最悪』
正直な感想に、サリュウは意地の悪い笑顔になった。通話を切ろうとした直前。
『あ、宙佐。そこにしゃがんでるライオン頭の彼に、ごめんなさいって伝えておいてください。――じゃ』
「おい!」
視えるのか、と問いただそうとした時には、その通信は切れていた。
サリュウの力で意識をふさいだカイデンは、椅子と通信機の間で体を折りたたむようにして眠っている。
――まあいい。朝になれば、はっきりするさ。
そう思い、もう一度深い息をついて、サリュウは通信を切った。
登場人物の苗字は色です。
ソウワ(承和):菊の花の黄色。そがいろ。
コズミ(濃墨):濃い墨のようなもっとも黒に近い色。
ハナダ(縹):藍で染めた鮮やかな青。
<参考文献>
・『現代語から古語を引く辞典』三省堂
・『色々な色』光琳社出版 (*現在は『色の名前』角川書店として出版)
・『和の彩りにみる 色の名の物語』淡交社
・『定本 和の色事典』視覚デザイン研究所
<参照Webサイト> ※リンク切れてたらすみません。
・日本の伝統色 和色大辞典-Japanese Traditional Color Names
http://www.colordic.org/w/
・まなざしの工房
日本の伝統色 http://www.studio-mana.com/
・@友禅ネット
キモノの色 http://yuzen.net/index.htm