(6)
弐-(6)
マスターキーで姉妹の部屋を開けたサリュウは、古いダブルベッドの上で、泣きじゃくるマナクを抱きしめて座り込むチヒロの姿を見つけた。
入ってきた隊長の姿に気づいて、小さな顔が、はっとこちらを向く。
「……すみません。検査を途中でだめにしてしまって」
どうやら夢遊状態は解けたようだ。涙か薬か、眼の縁が赤い。
引っ越したばかりの部屋は、解かれる前だったと見られる荷物の包みが乱暴にちぎられ、散乱し、なにをしたのか台所は水浸しだ。
固く口元に押し当てられたマナクの手は、真っ赤に腫れて、血が滲んでいる。
――そうか……。
ひとり置き去りにされて不安になったマナクが、泣き声やテレパスで姉を呼んだが反応はない。部屋を出ようにも鍵の開け方がわからず手を傷つけ、姉に対する怒りと不安を物にぶつけた――サイコメトリーなど用いずとも分かる状況だった。
サリュウは静かに、チヒロに問いかけた。
「今までマナクは、君の仕事中、完全にひとりでいたわけではないんだな? 離れていても君は常にマナクに寄り添っていた……テレパスで」
こくり、とチヒロが頷く。
「マナクがテレパスを意識していないというのも嘘だな? 彼女は意図的に君にテレパスを発していた。使い方も、その力が自分にあることも自覚していた。そうだな?」
「違います! マナクは本当に無意識で……」
「無意識と決めるのは君ではない。測定データと医師の診断だ。意図して発していたのだとしたら、さっきのは二級レベルのテレパスだぞ。研究棟内で管理されなければならん」
「すみません。あんなこと……初めてで」
「初めてかどうか分かったもんじゃないな。君は今まで自分の力を隠して、妹の力まで隠してきたんだ。その言葉がどこまで信じられる?」
詰問めいた言葉に、マナクを抱えたままチヒロが泣き出す。姉の心に反応したのか、ひいっとマナクがひきつった泣き声をあげた。
「君はプリコグニション、テレパスにアポートと、あとは何を隠している? さっきのあれは一体なんだ? どういうつもりだ?!」
「さっきの……あれって……?」
「医務局のドアを突き抜けただろう。君はこんな状況でも誤魔化すのかっ!」
次第に激昂するサリュウに、チヒロは泣きながら首を横に振った。
「わ、分かりません。気がついたら、ここにいて――」
「な――」
なにを馬鹿な、と言おうとして、サリュウは口を閉ざした。
朝以上に〝だだ漏れ〟のチヒロの意識は、嘘をついているわけではなかった。
――くそ。レム睡眠状態で未知の力が覚醒しただと……?
冗談ではない。そんなことでは、チヒロの検査は少なく見積もっても一週間はかかる。
しかも、まだ眠っている他の力が発現しないとも限らないのだ。
サリュウは重い、ナラクまで沈みそうなため息をついて、泣いている姉妹の側の通信機から本部のダイナンを呼び出した。
*
サリュウと組んで六年になるダイナンは、姉妹の部屋に入って一声。
「なにがあったの……?」
戸惑いもあらわに声をあげた。
さもありなん、強盗でも侵入したように物が散乱した部屋の中で、薄着姿の少女たちがベッドの上で抱き合い、顔を上気させて泣いている。
そして傍らには、ありえないほど険悪な形相をした八部隊長が立っているのだ。
「説明は後でする。彼女たちの世話を頼む」
短く命じ、サリュウが部屋を出る。
ダイナンは、医務局にいっていたはずの訓練生が、まだ検査用のガウンを着たままということに気づいた。身をひるがえし、外の通路で背の高い男を呼び止める。
「サリュウ、待って。一体どうしたの?」
「面倒なことをさせてすまない。これが済んだら、もう上がっていいから。あとは俺がやる」
「そういう言葉を聞きたいんじゃないの。あの子たちの怯えようは尋常じゃないわ。事情を教えて」
自らに次ぐと言われるテレパシストの言葉に、八部隊長は疲れた様子で、後ろになでつけた黒髪に指を通した。
「検査のためレム睡眠状態になったチヒロが、怯えるマナクのテレパスと共振して暴走した」
「……そう」
「今は落ち着いているが、俺ではどうにもならない。行って、君が慰めてやってくれ」
「分かったわ。……サリュウ」
「うん?」
「あなたは大丈夫なの?」
ダイナンが、気遣うように手を差し伸べる。サリュウはすっと身を引いて、
「君には世話をかける、ダイナン。頼むよ」
かすかに微笑んでそう言い残し、本部へ立ち去った。
行き場のなくなった手で宙を握り、ダイナンが小さく呟く。
「……馬鹿ね」
――見返りなんて求めないのに。
言葉のすべてを口に出すことなく、ダイナンは散らかった訓練生の部屋に戻った。