(3)
弐-(3)
本部には、昨日と同じように八部のほぼ全員が集まっていた。
息を乱して駆け込んだチヒロに、様々な十四対の視線が集まる。
「お、おはようございます」
「おはよう」
冷静な声が挨拶を返す。フロア中央の椅子に座る男――サリュウだ。
チヒロははねる髪を撫でつけ、眼鏡を正して彼の前に立った。
「すみません、遅くなりました」
サリュウは腕時計をちら、と覗き、赤褐色の髪を顔周りで揃えた男をふり向く。
「揃ったか?」
「カイデンがまだです」
穏やかな声で答え、一番年嵩に見えるその男が軽く目礼した。チヒロも慌てて御辞儀を返す。
そこへ「オイーッス」と下町のおじさんのような挨拶をして、ぼさぼさの金茶の髪を逆立てた大男が入ってきた。
訓練生を見つけ、おう、と手を挙げる。
「飯は食ったか?」
「はい。おはようございます。昨日はお世話になりました」
「お、礼儀正しいねぇ。さすがサリュウ=ジュニアちゃん」
カイデンは、黒いおかっぱを撫でてくしゃくしゃにする。手が大きすぎて、チヒロの頭など余裕で片手で掴めそうだ。椅子に座る男にも、おどけた礼を向ける。
「サリュウ=シニアもお目覚めで」
「カイ。今六時〇一分だ。おまえの遅刻記録更新だな。これ以上増えるなら減俸だ」
「げっ!」
「では、ミーティングに入る」
陽気な男に冷徹な一撃をくらわせ、サリュウは全員に向き直った。
「昨日に引き続き全員召集ということで申し訳ないが、今朝はすぐに終わる。眠いものもいようが、少し我慢してくれ」
目顔でチヒロを示し、
「新しい訓練生のチヒロ・ハナダ三等宙士だ。彼女は通常の課程を経ての入隊ではないが、これより先は規定通りに審査をおこない、滞りなく通過すれば二年後、晴れて八部の一員となるし、実力が伴わなければ振り落とす。それが決定だ」
和風ストレートヘアの女性が挙手する。
「彼女の力のレベルはどれくらいですか?」
「残念ながら、まだ検査が残っている。ただ、現段階でテレパスは準一級レベルとのことだ」
おお、とメンバーからどよめきがあがった。
「まだ検査が残ってるって、他にも力があるってこと?」
「馬鹿。予知があるだろ」
チヒロと年の変わらなさそうな黒髪とブロンドの若者が、こそこそ話す。
「他に質問は?」
サリュウの問いに、昨日話したシャモンが手を挙げた。
「妹さんはどうなったんです?」
「ああ、そうだな。諸事情があって、ハナダ三等宙士と同室を許可した。例外的な措置だが、そのことで彼女を特別視する必要はないので、これまでの訓練生と同様の扱いをみんなに頼みたい。で、そのマナク・トキだが……」
ちらりとチヒロを見て、
「三級レベルの稀人ということが判明したので、研究棟での開発、養成に通ってもらう」
予期していたことだ。チヒロは頷いた。
すでに知っていたミヲとシャモンは、やはりという感じだが、他の者たちにざわざわと動揺が広がる。
「妹も稀人だって」
「遺伝するから、やっぱそうなんじゃない?」
「だけど〝あれ〟で隠せてたの……?」
くすくす、という笑い。
チヒロははっと拳を握り、反論しようと口を開いた、と。
《よせ。感情を抑えろ》
サリュウのテレパスが制止する。
《心の動揺は、そのまま稀人の弱さだ。何を言われても動じない心を作れ》
《……はい》
チヒロは下唇を噛んで、そうテレパスを返した。
だが、なんでも黙って言うことを聞く素直な子ならば、これまで稀人であることを隠し続けているはずもない。
その動きをサリュウが察すると同時に、チヒロは前に一歩進み出た。
「……あの」
ぱたりとおしゃべりを止め、全員が少女に注目する。サリュウもだ。
「一言、言わせてください」
チヒロはひとつ息を吐くと、みんなに向けて深々と頭を下げた。
「昨日は、妹がお騒がせして申し訳ありませんでした。大切なお仕事中なのに大声で騒いだり、シャボン玉を作ったり……本当にご迷惑をおかけしました」
それで、と顔をあげる。
「妹は広汎性発達障害という先天性の病気で、脳の機能に障害があります。ですから感情の統制のとれなさや知的障害、記憶障害、言語障害、てんかんの発作などをもっています。稀人の力もほとんど意識することはありません。知的レベルは三才以上になることはないという医者もいましたが、なんとか言葉も覚えて、今は五~六才まで達しました。
突然大声をあげたり泣いたりしますが、本人にとっては理由のあることで、初めて見た方は大抵びっくりされますが、傍にいるとただ素直に周りの状況や自分の気持ちに反応しているだけなんだということが分かります。
自分の感情に正直で、わがままなときもありますが、心の優しいとてもいい子です。みなさんとは仕事の上でお世話になるかとは思いますが、これもなにかのご縁ですから、どうぞマナクとも友だちになってやってください。お願いします」
一息に言うと、もう一度しっかりと御辞儀をして、チヒロは下がった。ぱらぱら、とまばらな拍手が起きる。
緊張で周りを見れないチヒロの耳に、温度を感じさせない声が聞こえた。
「なかなかめずらしい自己紹介だった」
「自分の話、してないじゃん」
黒髪褐色の肌の女性の指摘に、サリュウが答える。
「それは各自あとで聞いてくれ。他に今聞いておきたい質問はないか?」
みんなを見渡して確認したのち、
「――では、ハナダ三等宙士。君から質問は?」
突然水を向けられ、チヒロは戸惑ったが、少し考えて口を開いた。
「えっと、じゃあ。あの、みなさんの名前をまだ教えていただいてないので……」
「だそうだ」
くるり、と椅子を全員に向け直し、サリュウがかすかに笑う。
「それでは――われわれ流の自己紹介をしようか」
その一声を皮切りに、突如、十数の意識がチヒロになだれ込んできた。
《――はいよ、お嬢さん。シャモン・カウジ三等宙佐だ。なかなか自己紹介、感動したぜぇ》
《カイデン・ソウワ二等宙佐。サリュウに歯向かうなんざ、いい根性してるぜ。まったく》
《ハイ。ミヲ・マソホ二等宙佐よ。元気すぎて心配よ。ドキドキしちゃったわ》
《ラギ・クレナヰ二等宙佐です。活躍、楽しみにしていますよ》
《ダイナン・チグサ三等宙佐よ。サリュウにいじめられても、負けないで》
《彼、まるっきりSだもの。ウズメ・ヒソク一等宙尉よ。いいライバルになるといいわね》
《ウズメの挑発に乗らないで。ヒナト・シロタヘ一等宙尉だ》
《スーリエ・サアヲ二等宙尉よ。みんないい人よ。頑張って》
《カイデンには気をつけてね。あいつったら、ホント女ったらし。マリカ・トノコ二等宙尉よ》
《彼のことはいいでしょ。あ、ミヅハ・ワカナヘ三等宙尉です。仲良くやりましょうね》
《あ……と、キサ・ソヒ二等宙尉。妹さんともお友だちになれたら嬉しい、かな》
《彼、君のこと狙ってるみたいだから気をつけて。イブキ・コウロ三等宙尉だ》
《アスマ・ロクショウ三等宙尉、よろしく! あいつってば、くだらねーことばっか言っててさ……》
《あんたも一緒でしょ。フアナ・ユカリ三等宙尉よ。ひとつ上なの。友だちになれるといいわね》
怒涛となって一気に襲った思考の波が、瞬く間に通り過ぎる。
そして最後に、宇宙の水底を感じさせるテレパスが、目の前の男から響いた。
《自衛宙軍・特殊機動隊第八部隊隊長サリュウ・コズミ二等宙佐だ。わが隊へようこそ――歓迎する》
自衛宙軍の階級は、上からこのようになっています。
(あくまで創作上です)
宙将(ちゅうしょう)→軍各部局の長はだいたいこの地位
宙佐(ちゅうさ):一等・二等・三等→幹部生(佐官)
宙尉(ちゅうい):一等・二等・三等→正隊員はここから(尉官)
准宙尉(じゅんちゅうい)→士官学校を出た訓練生
宙曹(ちゅうそう):一等・二等・三等→士官学校生
宙士(ちゅうし):一等・二等・三等→軍学校生
軍学校は中学、士官学校は高校と就学齢が同じという設定です。
軍学校のみ卒業したものや一般の高卒の子は、宙曹以上になれません。
大卒でやっと士官学校出と同レベルになれるかというところ。
高卒のチヒロは一番下の「三等宙士」からの出発です。
学校の話は、また本編中で小出しにします。