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壱-(10)
稀人を稀人たらしめる超能力の根源は、遺伝子と言われる。〝M遺伝子〟と呼ばれるそれは、脳の働きを飛躍的に活性化させることが知られていた。
M遺伝子は卵母細胞に存在し、それゆえ母から子へと遺伝するが、保有する者すべてが超能力を開花させるという訳でもない。
遺伝子を目覚めさせる起因は環境やホルモン等諸説あり、まだ明確にはされていないが、覚醒を見分ける確実な方法がひとつだけある。
脳波だ。
過去にはα波もしくはθ波が密接な関連をもつとされたこともあったが、それはあくまで覚醒の前段階までであり、完全に超能力が花開くと、脳は〝オーロラ・ウェーヴ〟と呼ばれる目まぐるしい総合活性を見せる。
まさに極光と呼ぶにふさわしい波形は、稀人個人の能力によって様々に形を変える。それを測定するのがサイコスキャナーだ。
先に検査を終えたサリュウが保護者の態で一人待合室で座っていると、アサギ医師がやってきた。手には長い脳波の検査シートを持っている。
「どうだ?」
「マナクはそれほど強くないわ。ただ、これだけはっきり波形が出ているのに見落としていたなんて、医師の怠慢としかいいようがないわね」
美貌の女性医師は、そのきれいな口元に何も纏わせずに、きっぱりと意見した。
サリュウはこの明朗な口調と性格が気に入っている。くすりと笑って問い直す。
「もう一人は?」
「やっぱり気になる?」
意地悪く聞き返す医師の手から、サリュウは無言で検査シートを奪った。
――これは……。
何枚にも及ぶ活動的な波形。だが、そのどれも前頭葉からのα波が跳ね上がり、いたるところで振り切れている。
「驚いたでしょ。あなたそっくり」
「俺は産んでいないぞ」
「脳波に遺伝なんてある? でも、おもしろそうな意見ね」
今度調べてみようかしら、などと言いながら、アサギ医師はサリュウの手からシートを回収した。
「本当、おもしろいくらいあなたと似てるのよ。強さも隠し方もそっくり」
笑顔で、押しなべて平均的な波形を示す別データを見せる。
旧悪を持ち出され、サリュウが呻いた。
「やめてくれ」
「共振してもおかしくないわね。読まれなかった?」
データから眼をあげ、そう聞いた医師は、サリュウの顔つきを見て悟る。
「あら、筒抜けって感じね。無理もないわ」
「もっと抑えるさ」
「それより彼女に抑えさせたほうがいいわよ。保たなくなりそう」
「本当か?」
「稀人のいない世界で育ったせいかしらね。リーディングは常時80%開放」
――俺だったら気が狂うな。
他人の思考に入り込みすぎないよう、常に統制を保ち続けるサリュウは、眉をひそめた。
「これでも徐々に強くなっているみたい。過去のデータと比較すると一目瞭然ね。隠しているのに相対的に波形が大きくなってる」
均等な振り幅をみせる波は、形を変えずとも、年を追うごとに基線のレベルが上がっている。
「なぜこれに気づかなかったのかしらね? 隠す人はそう多くないけど」
と、女医は目の前の男に皮肉な眼差しをくれ、
「もう限界だったかもしれないわね。次回の検査では隠しきれなかったでしょう」
「予知は?」
「プリコグのデータは少ないから、この結果だけをみて彼女がそうだという断定はできないわ。とくに彼女のように夢を観て予知するタイプは、覚醒時と睡眠時に驚くほど波形が変わるの。短時間の検査では無理ね。日を変えて診てみるわ」
「今日では?」
アサギ医師は手にしたデータを胸元に下ろし、正面からサリュウを見た。
「隊長どの。彼女は深夜恐ろしいテロを予知して、ついさっき六花市から警官に連れてこられて、あなたの尋問とここでの検査を済ませたのよ。正常なものなら冷静ではいられないわ。まして、妹と一緒なの。休ませてあげて」
「医師の意見か?」
「忠告よ。彼女には休息が必要だわ。あなたにも――」
言いかけ、アサギ医師はふっと言葉を切った。
「と、言いたいところだけど、そこまでは求めないわ。あの子たちを解放してあげて」
「今日のところは、と答えておきましょうか、先生」
仕事人間の八部隊長は、そう言うと、新たに認知された二人の稀人を迎えるため踵を返した。