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23:00 寒月



 前言を撤回しよう。


 ライフルでのプレゼント配達はちっとも楽じゃなかった。ものぐさアイテムなんてとんでもない。

 重いし、寒いし、痛いし、乱暴だし、口は悪いし。


 ひとつのビルの屋上から狙える場所がなくなると、別のビルまで空飛ぶバイクで移動する。

 そうやってプレゼントを配り……というか狙撃して歩いた。

 もう配り始めて何時間経ったのかわかんないけど、さっきまで空になかったものがぴかぴか光を放っているのが見える。

 半分に割ったあんまんみたいな月がビルの谷間から顔を覗かせていた。


 チンピラサンタは黙々とライフルを撃ち続けて、わたしはひたすら装填係。ついでに持つ係。

 手が痛かったけど、文句を言える雰囲気じゃなかった。

 どうみたってチンピラな黒尽くめのサンタは、それでも真剣にプレゼントを配ろうとしているみたいだったから。


 撃つたびに聞こえるりーんって音が心地いいのが、すごく助かった。



「リロードしろ」

 スコープから顔を上げたチンピラサンタが首をごきごき鳴らしながら言う。やっぱり二人羽織狙撃はくたびれるらしい。

 弾切れかあ。


 からっぽになったマガジンを外して、ケースに戻して、新しいマガジンに換える。何回か繰り返したから、最初よりはうまく出来るようになった。

 一度狙撃の体勢に入ると、わたしの仕事はひたすらレバーをがっしょんってやる係になる。クリスタルがりーんって弾けるのは面白いけど、それ以外は暇だ。握られてる手が痛いばっかり。


 しょうがないから暇つぶしに向かいのマンションを眺めてて、ぎょっとする光景を見つけた。

 真っ暗な夜に、明かりがついてカーテンがかかってないと、部屋の中がよく見える。

 その窓のひとつで、小さな子供に拳を振り上げる大人の影があった。

 何度も何度もそれを叩きつけられる子供は、自分の頭を庇うように抱えたまま、人形みたいに無抵抗で、動かない。


 最初はテレビか何かかと思った。だって今まで、クリスマスのごちそうを食べる団欒ばっかり見てたから。

 でも違う。あれ、今、すぐそこで、起こってることだ。フィクションじゃない。


「ねえ、待って! あのこ殴られてる! 殴られてるよ?!」

 慌ててサンタのジャケットをぐいぐい引っぱった。はやくあれに気付いて欲しくて必死で指差した。なのに。

「そうだな。次弾こめろ」

「そうだなって……ねえ助けなきゃ!」

「サンタクロースは人間社会には直接関わらない決まりだ。いいからさっさと弾を装填しろ」

「何それ、あれを無視するの?! クリスマスだよ? 聖夜にあんなこと、酷いよ!」

「クリスマスだからって世界中がおめでたいことばかりなわけねえだろうが。今この瞬間にもどこかで誰かが事故で死んでるし、飢えて苦しんでる奴もいれば笑いながら殺人を犯してる奴だっている。そんなもんどこにでもありふれてんだよ」

「だって、そんな……」

「いいから弾こめろ、銃を構えろ! あの子供を救いたいってんなら尚更だ、早くしろ!」

 怒鳴られて、びくっと身体がふるえてしまった。ライフルを持つ手ががたがたするのは、寒いからだけじゃなくなった。


 どうして。

 ひどいよ。


 殴られていた子は、今度は髪の毛を掴んで引き摺られて、隣の部屋へ放り込まれた。そこは電気がついてなくてよく見えないけれど、ぐちゃぐちゃな布団の白い色がうっすら見える。

 その上にぱったり倒れこんで、身体をボールみたいに丸めて、小さな身体をもっと小さくして、その子は動かなくなった。


 ひどいよ、あんな小さな子が、どうしてあんな目にあわなきゃいけないの。


 サンタがライフルの銃口をあの子のほうへ向ける。

「装填しろ」

 今までのどんな罵声よりも、すごく冷たく聞こえる声。

 震えてうまく動かない手で、レバーを引いて、戻した。


 ──りぃ──ん、


 放たれたクリスマスプレゼントが、子供の枕元に届く。サンタ以外に見えないそれは、ぽんと弾けるように膨らんで、りんごくらいの大きさの箱になった。

 金色のリボンでラッピングされた、クリスマスプレゼント。


 苦しそうに丸まっていた子が身体を起こした拍子に転がって、その手に触れる。

 プレゼントはそのまま、小さな手に吸い込まれるように、消えてしまった。


 ……プレゼント、消えちゃったの?


 思いつめた表情のその子は立ち上がると、窓ガラスをスライドさせて、遥か下方に視線を落とした。はらはらした。もしかしたら窓枠を飛び越えてしまうんじゃないかと思って。


(きれい)

 だいぶ距離があるのに、なぜかそう唇が動くのがみえた。


 なんのことだろう。

 その視線を追いかけた先、マンションの門からエントランスに続く途中にある植え込みに、イルミネーションで飾られたツリーがあった。あの子はそれを眺めていたんだ。

 それから、弱々しく、ほんのりと笑みを浮かべる。にじむ涙を指先でぬぐって、ちかちかと瞬く光をじっとみつめた。

 悲しげではあるけれど、そこにあったのは美しいものを目にした小さな喜びと満足だった。さっきまでの悲壮な影はもうみえない。



「──次、装填しろ」

 チンピラサンタは淡々と命令してくる。言われるままに手を動かしながら、願いまじりの疑問を口にした。

「ねえ、プレゼント、あの子のとこにちゃんと届いたの?」

 そうじゃないなら、わたしがやってることは、意味がない。

「届いた。いずれ開く時がくるだろう」

 きっぱりした返事に、半信半疑だけど、ほっとした。

「そう……なら、いい」



 それからは暢気に喋る気になれなくて、わたしが黙ったらとことん会話が無くなってしまった。

 サンタはひたすらノルマをこなす狙撃マシーン、わたしは手動装填マシーン。


 ぎゅっと強く握られてる手がほんとに痛い。

 寒さでかじかんで震える指がいうことをきいてくれなくて、弾倉交換の時にプレゼントが詰まったマガジンを落としてしまった。

「あっ」

 わたしは間抜けな声を洩らすことしかできなかったけど、サンタは違った。

 すぐさま黒の革手袋をはめた手が伸びて、プレゼントを受け止めようとした。


 でも、サンタクロースしか触れないプレゼントはその手のひらをすり抜けて、水に落ちる小石みたいに、下のコンクリートの中へ吸い込まれていった。

「……ねえ。落っことしたプレゼントはどうなるの? 今、なにもかも──あんたの手どころか、ビルもすり抜けて落ちてったよね」

「星へ還る。もともとはそこから分けてもらったものだ」

 受け止められたはずなのに空振りした手が握られて、皮手袋がぎゅっと鳴る。

「星から…地球から?」

「そんなもんだ」

「貴重だって、いってたよね。ごめん」

「いいさ、そのために予備がある」

「うん……」

 また馬鹿とか阿呆とか言われると思ったのに。

 なんか、チンピラサンタがチンピラじゃなくなってて、変な気分。

 目をしぱしぱさせながらそんなことを考えた。

 うー眠い。今何時だろう……

 ずっと同じ姿勢だから身体がぎしぎしするし、ちょっとした目覚ましをしようとライフルをケースに置いて、おもいきり伸びをする。


 身体をそらした拍子にちょっとふらついて、おっとっとって、足を置いた、かかとの下に、何もなかった。

「あ」

 唐突に訪れる死の瞬間って、すっごく自分が間抜けに思えるんだなあ。

 ゆっくりゆっくり、超スローモーションに、自分の髪が、服の裾が、身体に感じる重力が、ふわっと上がる。

 いやいや違う、これは上がってるんじゃなくて、落ち始めたの、自分が。こういう思考もすっごく間抜け。

 ああこのビル高いから、死ぬだろうなあ。痛くないといいんだけど。


 チンピラサンタが、今まで見たこともないような驚愕に両眼を見開いて、刺さりそうなくらい強いまなざしでこっちに向かって手を伸ばしてきた。

 その切羽詰った真剣な顔で、本当にヤバい状況なんだって理解したとたんに、ぎゅっと心臓が縮まる。


 ──いやだ、


 自分からも手を伸ばそうとしたけど、水の中にいるみたいに身体が重い。ちっともいうことをきかない。


 たすけて──!


 ぐるんぐるん視界がまわった。

 がつっとぶつかるような音、ぎゅうっと革が擦れる音、苦しいくらいの圧迫で呼吸につっかえて、手首が折れそうな痛みに呻いてから、全身に伝わってくる暖かさに気が付いた。

 自分の心臓がすごい早さでどくどくいってるのがわかる。でもそれとは別の、もっとおっきくて、間隔がゆっくりで、力強い音が、もうひとつ。耳元に聞こえる。

「っぶねーな……」


 低い声がびりびりっと振動になって、ほっぺたに響いてきた。ふーっていうサンタの長い溜息と一緒に、わたしの身体がちょっと沈む。

 わたし、サンタの上に乗っかってる。

 落ちそうだったところを引き上げられて、反動でバランスを崩したサンタもろとも、コンクリートの上に転がった、みたいだった。


 今更ながら怖くなって、手足がぶるぶるふるえてきた。

 こわ、怖、怖かった、怖かった怖かったこわかった──!

 腰が抜けて身体がさっぱり動かない。

 ついでに一言も喋れない。


 ぶるぶるマシーンと化したわたしを上に乗っけて、チンピラサンタはしばらく寝っ転がったままだった。

 そうしてぼそっと呟く。

「──疲れたな。休憩するか」


 時間が無いって言ってたくせに。

 ミスばっかりのわたしを見かねたのかもしれない。

「なんか好きなもん奢ってやるぞ」


「……じゃあ、肉まん、食べたい」

 どうにか搾り出した自分の声は、笑っちゃうくらい、ぶるぶるしていた。




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