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20:00 小夜



 空飛ぶバイクはぎゅんぎゅん飛んで、ずーっと飛んで、見知らぬビルの屋上に着地した。

 こんなのありえない。

 サンタクロースなんか信じてなかったけど、空飛んだ。飛んじゃった。バイクで。

 空飛んじゃうならほんとにサンタなのかなって思うけど、でもこんなのサンタじゃない。


 高くて怖くて寒くてかちかちに固まったわたしの手を、自称サンタはべりっと剥いで、バイクから降りた。

「さっさと降りろ、時間がねえんだよ」

 どうみてもチンピラなんだけど!


「ちょっとは説明して! ねえ、なんでこの印がないとだめなの? なにするの?」

 がたがた震える身体をどうにか動かしてわたしがバイクから降りると、チンピラサンタはバイクに括り付けていたものを取り外して、屋上のコンクリートに置いた。

 わたしより少し小さいくらいで、やっぱり真っ黒の、ほそながーい長方形のケースだった。


「クリスマスプレゼントに触れて干渉することができるのは、クリスマスツリーの根元、こどもの枕元、願いが込められた靴下、それとサンタクロースだけだ。印があるものだけがプレゼントに触れられる」

 ぱちんぱちんと留め金を外して長方形のケースを開く。中には綺麗な木目に埋め込むように、銀色に光るライフルが収まっていた。

「これは知恵の樹の幹から削りだした専用のケースだ。このライフルも、サンタクロースのみが持つことを許されている。人間の目には映ることもない」


 銃っていったら真っ黒いイメージだけど、これは艶を消した銀色の金属と白っぽい木材で出来ている。ケースの木とよく似た色合いをしているから、これも「知恵の樹」とやらと同じなのかな。それから長方形のケースの空いたスペースには溝があって、そこにぎゅっと詰められたものがあった。

 ……すごく、カラフルな。主には赤と白と緑の毛糸で編まれた、ちっちゃな靴下が、ずらっと並んでいる。

「これ、なに」

「クリスマスプレゼント。靴下は保護ケースだ」

 ……なんでわざわざ可愛いミニミニ靴下に入れる必要が?

 しかもプレゼント超ちっちゃい。せいぜい飴がニ、三個しか入ってないんじゃないのってくらいのサイズ。

「迂闊に触るなよ、それは貴重な予備の弾なんだからな」

 意味がわからない。


 納得いかない不満顔のわたしを、黒尽くめの自称サンタなチンピラが冷たい目で見てきた。

「お前はアタマ悪ィな。触れられるモノが限られているということは、それ以外のものは触れられないということだ。窓も壁も関係ない。全て触れず干渉せず、通り抜ける。でなきゃ鍵がかかった家にどうやって人知れずプレゼントを配れると思うんだ?」

「はあ。つまりこれで狙ったお宅にバンバンバンとクリスマスプレゼントをお届けすると。なんてものぐさアイテム。サンタっていったら煙突からでしょ」

「じゃあお前あの高層マンションの壁に張り付いて煙突探して来いよ。出来るもんならな」

 チンピラサンタは向かい側にあるビルを指差した。わーここすっごい高いビルなんだー。って、

「マンションに煙突なんかあるか!」

「あァ? お前自分で何言ってるかわかってねぇようだなあ!」

 ものすごい顔で睨まれた。三白眼怖い。黒い革手袋の腕がこっちに伸びてきて、がっつり頭を掴まれる。

「痛っ、ウソ痛い痛い暴力反対!」

 いたーい片手で頭掴むとか、どういう握力いたたた!

「これ以上無駄口を叩くなら口を縫い合わせるぞ」

「ごーめーんーごめんってばー!」


 必死でじたばた暴れてようやく離してもらえたけど、ケースの中に収まっているライフルを見て途方に暮れそうになった。

「でもこれ無理だよ、銃なんか撃ったことない」

「撃たなくていい、だがお前しか持てないんだ。お前の手のひら越しに俺が持って撃つ」

「わたしは手袋じゃないんだけど!」

「手袋のほうがまだ使える。小うるさい無駄口は叩かないからな」

 一束いくらの軍手以下って言われてる気がする!

「むかつくーっ!」

「いいから早く持て、おら」

 黒い皮手袋が肩に置かれて、ケースのほうへぐいっと押しやる。

 乱暴なんだよチンピラがー!


 しぶしぶケースの側に膝をつき、ライフルに手を伸ばして、持ち上げようとした。

「重いこれー!」

「そりゃ10kg超えてんだから重えだろうよ」

「こんなもんか弱い女子中学生に持たすなよ!」

 わたしの抗議を鼻で笑ってチンピラサンタは煽り立てる。

「グズグズすんな」

 くそーチンピラめ優しくないー!


 ひいひい言いながらやっと持ち上げたのに、ものすっごいしかめっ面で見下ろされた。

「……なんもなってねえな」

「なにがだよ! 知らないよ! 重いよー!」

 このライフル、わたしの身長とたいして長さが変わらない。でかい。重い!

「左手はここ、右手はここ、トリガーに指かけろ。銃口を下にぶつけるなよ」

「そんな、ぽんぽん、言われてもっ、重いっ」

 どうにかこうにか指示通りに、左手をライフルの真ん中あたりに、右手をトリガーのとこのグリップに持っていったけど、おーもーいー!

 腕の筋肉がぷるぷるする!


「そのまましっかり握っとけ」

 黒い皮手袋が上からがばっと伸びてきて、わたしの手のひらを覆う。ぎゅっと。

「いたーい! ちょ、あんた握力どうなってんのおおお」

 チンピラがわたしの手のひら越しにライフルをすくいあげたから、重さはなくなった。でもわたしの手には10kgあるとかいうライフルが乗っかってるわけで、その重みと皮手袋にはさまれて、結局なんか辛い!

「もうやだー」

「阿呆かまだなんもしてねえだろ!」

 上からチンピラの声が降ってくる。なにこの二人羽織みたいな格好。ぐるっと真っ黒ジャケットの腕が周りを囲ってるし、左側には黒いズボンの立てた膝があってなんか狭い、窮屈。

「いいか、右手を一度離すぞ。ちゃんと持て。ストックを肩に当てて支えろ。 ……チビは手が短けえな、ここに手ェ届くか?」

「るっさい届くよ」

「このレバーを上げて引く。やってみろ」

 トリガーよりちょっと上のほうにあるレバー。言われたとおりに上げて、引く……

「、っ硬い……」

「やれ。そしたらマガジンをここに嵌める」

「マガジン……ってどれ?」

「──それ」

 呆れてるみたいだけど銃のことなんか知るわけないじゃん!

 ライフルが入っていたケースを指差されて、そこから銀色の平べったくしたドロップ缶みたいなやつをひっぱりだした。

 えーと……

「ここが上だ」

 真っ黒皮手袋が指し示すとおりに、マガジンの上を、ライフルの、下のほうの溝に嵌める……うーんと。

 こつんこつんと何度かぶつけたけど、どうにかはまった。

「あとはレバーを元に戻す」

「戻す……」

「右手もだ。最初の位置に。今度は弾が入ってるからトリガーには触るなよ。添えるだけだ。あとは俺がやる」


 そう、宣言したチンピラサンタの雰囲気が変わった。

 ぴりっと空気が張り詰めて、さっきまでみたいな軽口を言っちゃいけない気がした。

 ライフルの銃口が高層マンションの窓のひとつに向けられた。

 身体を屈めてスコープを覗くサンタの顔がすぐ近くにある。

 わたしの指の上に真っ黒皮手袋の指が乗って、ゆっくりゆっくり、押さえつけた。


 銃声は、不思議と澄んだ音がした。

 ばーん、の後ろのほうに、鈴みたいな、りーんっていう透明な音が被さって、耳に残る。

「装填しろ。レバーを引け」

 奇麗だった。

 弾がどこに飛んでいって、どうなったとかは全然わかんないけど、すごく、心地いい。


「おい」

 ──どすって後ろから体当たりされた。

 もー、ちょっとくらい余韻に浸らせてよ。

「さっさとしろ、時間ねえんだぞ」

「はいはい」

 言われたとおりに、さっきと同じくレバーを上げて、引く。そしたら、ライフルから透明なクリスタルの結晶みたいなのが零れ落ちた。りーんって音を鳴らしながら。

 結晶はくるくる回りながら弧を描いて、宙でぱっと散る。きらきら、星みたいに、雪みたいに輝いて、空気に溶けた。

「……なにこれ」

「薬莢。役目を終えたものだ。 ……とっとと装填しろ、時間がねえってなんべん言わせる気だ!」

「ええっまだやるの?」

「馬鹿か! あのマンションに何人子供がいると思ってんだ、あれが終わったらあそこと! あそこと! あれもだ!」

 ライフルの銃口をぐるんぐるん振り回して、あっちこっちのビルを指し示す。両手をライフルと一緒に握られてるわたしも強制的に振り回されて手が痛い。

「それが終わったら河岸変えて配んなきゃならねえ、今夜中に終わるかどうかも怪しいんだぞ。急げ!」

 上から怒鳴られて、衝撃をうけた。

「うそおそんなにかかるなんて聞いてないー!」

「最初っから時間がねえって言ってるだろうが! 馬鹿が!」

 がっつんって、後ろから頭突き食らった、いたーい!


 こんなチンピラがサンタとか、絶対おかしい!




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