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「聖女ミスリア巡礼紀行」 補足  作者: 甲姫
その他番外編
32/36

三周年記念

12/17/2014で「聖女ミスリア巡礼紀行」が世に公開されて(ブログ立ち上げ)三周年でした。


現在の本編とはちょっと毛色の違う、大したストーリー性もオチも無い、始終ナカヨクしてるだけのお話です。





 急激な気温の低下に襲われた、とある週末の午後。

 聖女レティカに会いに行ってきた後、もう今日はこれといった予定は入っていない。家主と彼の相方である元奴隷の女性は買い出しに出ていて今は不在、ゆえに家の中は静まり返っている。

 ミスリア・ノイラートはベッドの片隅にて丸まっていた。己が発する温もりを少しでも我が身に留めおく為だ。

 イマリナ=タユスでの寒さへの対処法は家屋全体を暖めることよりも自らの体温調整に重きを置いているようだと、ミスリアには感じられた。現在地がリーデンの地下の隠れ家である事実を差し引いても、見た所、どうもこの町では暖炉を取り付けた部屋の方が少ないらしい。

 別にそのこと自体は仕方ないと思うけれども、家でも外でも気温が十分に暖かくないともなれば、どこにも心休まる場所は無い。ベッドの上で毛布に包まっていられるならそれも良いが、一日中そうして身動きを取れずにいては情けない。

(かじかんだ手で家事をこなすのは辛い……)

 そんな家事の中でも炊事は特別だ。火のある台所が一番暖かいので、何かとイマリナの夕飯の支度を手伝うようにしている。とはいえ、今はまだ夕飯の支度には早い時間である。

(お茶でも淹れようかしら)

 ミスリアは意を決してベッドから這い出た。

 そして台所へ向かう途中で廊下の一角に埃が溜まっているのが目に付き、気が付いたら箒を手にしていた。掃除ほど全身を動かす作業なら、いくらか温まることができる。

 やがて掃き終わると、良い運動になった、と思いつつミスリアは満足げに道具を元の場所に戻した。それから鼻唄まじりに台所へ向かう途中――

 突風が吹き抜けた。せっかく温まった身体を凍えさせんとするこの風は、屋外の空気と繋がっているのだと瞬時に理解した。ややあって、扉の閉まる音が聴こえた。

 廊下の闇の中から、黒以外の色彩に乏しい、二十歳ほどの青年が現れた。

「あ、お帰りなさい」

 長身の青年――ミスリアの護衛であり、名をゲズゥ・スディルという――は返事の代わりに小さく頷いた。近場から安く買い取ったのであろう薪をびっしりと詰め込んだサックを、肩から下ろしている。

 その後の行き先は一緒であり、ミスリアが台所に歩を進めると、ゲズゥは静かに後ろについてきた。彼が薪を仕舞っている間にミスリアは竈の火を起こし、水の入ったやかんを設置した。

 一連の動作を終えたら、後は待つだけの時間となった。

 じっと静止しているとまた身体が冷えてくる。ミスリアは半ば無意識に自らを抱き締めて揺すった。

「寒いのか」

 ゲズゥが無機質に問いかけた。あまり着込んでいるように見えないのに、突然の気温の変化をものともしない、平然とした様子だった。筋肉質だから代謝が良いのかな、などとミスリアは推測する。

「は、はい……お湯が沸くまでが……ちょっと……」

 竈とやかんから発せられる熱を求めて、火花が飛びつかないギリギリの距離までに近寄ってしまっている。

「背中から熱が逃げるのを防げばマシになる」

 ゲズゥの助言を耳に入れつつ、ミスリアは火加減を確かめる為に屈んだ。

「ええ、そうですね。毛布を羽織って歩き回るわけにもいきませんけど――」

 再び上体を起こして姿勢を正した、その時。背中が硬くて温かい物に当たった。

 流石に何が起きたのかはすぐにわかった。何故、いつの間に、ゲズゥが背後に回り込んでいたのかは不明だが、ミスリアは直ちに離れてぶつかったことを謝ろうとした。

 しかし両肩を掴まれ、それはかなわなかった。倒れないように支えてくれたのかな、きっとそうだ、と今度はそのように解釈した。ところが数秒過ぎても放される気配は無い。

 意思とは無関係に、心臓が早打ちし始める。

「な――っにを、するんですか」

 ようやく絞り出せた声が狼狽に掠れている。

「これでも、まだ寒いか」

 怪訝そうな声が頭上から降りかかった。

「え……」

 まさかの意図にミスリアは愕然となった。

(寒くない! 寒くはないけど、むしろ熱くなってきたけど!)

 手をあたふたと意味も無く動かしてしまう。離れて欲しいけど離れて欲しくない、落ち着かないのに安心する、と胸の内から沸き起こる矛盾した感情が更なる混乱を招く。

 瞳から涙が零れそうだ。

 どうして泣きそうになっているのか、自分でも気味が悪いくらいにまったくもって理由がわからない。似た状況は前にもあったはずなのに、どうして今になってこんなに気になるのか。居てもたってもいられない――。

 ――フュ~~~!

 笛のように甲高い音が大気を切り裂いた。

 知らぬ間に瞑っていた目を、カッと見開いた。目の前では鋼色のやかんから湯気がもくもくと立ち上がっている。

「あ、ほら! お湯沸きましたよ! さあ! お、お茶にしましょう! ね!」

 慌てて前に飛び出し、やかんを竈の上から退かせた。幸い、肩を掴む力が緩んでいたので簡単に逃れられた。

 そのまま目を合わせずにお茶の支度をせっせと済ませ、二人分の茶と菓子を盆にのせて隣の部屋のテーブルまで運んだ。その間、ゲズゥが元の場所から動いた気配はしなかった。

(そういえばもう寒さなんてどこかに吹き飛んだわ……)

 手ぶらになり、ようやく、ミスリアは躊躇いがちに振り返ってみる。

 ちらりと目の端で黒い青年の姿を捉えると――彼は見る相手に何を考えているのかをわからせない、相変わらずの無表情でゆったりと歩み寄ってきた。

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