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「聖女ミスリア巡礼紀行」 補足  作者: 甲姫
その他番外編
31/36

本編200記事達成記念

27.f. 11/28達成。内容のタイミングにより3/18掲載。


どうぞ本編30と100記事達成記念と併せてお楽しみください。





 暇つぶしに虫を数えていた。

 生ゴミの山の近くの廃屋の傍で、ゴミの周りを飛び回る蜂と蝿の数を十二、十三、十四……ひたすら数えながら待っていた。一人の時でも食べ物を探していろ、と言いつけられたのに、三十分もしない内にリーデンは飽きてしまっていた。

 一人での活動は心細い。何もしないで待っている方が何故か気分が落ち着く。

 ふと耳に届いた物音に、リーデンは顔を上げた。すると待ち人――漆黒の髪と濃い肌色が特徴的な十歳以下の少年――の姿が目に入った。

「にいちゃ、おかえり!」

「ただいま」

 兄は口のみを動かして短い返事を呟いた。

「にいちゃ、おなかすいた」

 早速リーデンは空腹を訴えることに移った。

「知ってる」

 懐から黒い石でできたナイフを取り出し、兄は手に持っていた何かに当てた。

 棒きれが突き刺さった丸い何かだ。リーデンは好奇心に駆られて近寄った。それは、茶色い、ぬちゃっとしたモノに覆われたリンゴっぽい何かに見えた。

 いつもなら「おなかすいた」の後は「かえりたい」と言い出すリーデンだが、今日はリンゴに興味が集中しているせいか忘れている。

 そうでなければ、こんな流れであったはずだ――


「にいちゃ、かえりたい」

「……できない。もどっても、なにもない」

「あるもん! 木も川もたべものもあるもん。おうちはこわれてもたてなおせばいいって、とーちゃがいってたもん」

「リーデン。家は直せても、あそこにはもう、だれもいない」

 そう言う時の兄の目は、いつもどこか暗くて怖かった。

「だれもいないなら、家もいらない」

 するとリーデンは「わかんないよ」と泣き出してしまうのがオチだった。

「いるよ! かえったらみんないるもん!」

 死や滅びという概念をまだ完全に理解できていないリーデンにしてみれば、村に帰りさえすれば何もかもが元通りになるはずだった。あの日に経験した悪夢は、しばらくすれば消えている、と疑いなく思っていた。なのにどれほど駄々をこねても兄は譲らなかった。危ないから帰れない、と毎日のように言い聞かせられた。

「かえりたい……」

 泣き疲れれば、むすっとしたまま座り込む。

 ちょっと先に生まれたというだけなのに、兄は大人たちみたいに物知りだった。いつも静かで、理知的で。この差が何なのか、やはりリーデンには理解できない。二人だけで暮らすようになってからは差がぐんぐん開いていくようだった。

 同じ応答が繰り返されるようになってから実はもう幾月か経っているのだが、リーデンにはそれもわからない――


「ほら」

 ナイフで汚れを切り落とし終えた兄は棒の刺さったリンゴを差し出してきた。

 甘い香りがたまらない。すぐにリーデンは棒を鷲掴みにしてリンゴに噛り付いた。歯にぬちゃっとしたモノがくっ付く感触が気持ち悪いが、その下のリンゴがシャリっとしているのが対照的で面白い。そして初めて味わう濃厚さに震えた。

「おいしい!」

「そうか」

「にいちゃ、なんかコレ、おあじが……」

 言いたいことをどう言えばわからずに、リーデンは口ごもった。

「甘い?」

 兄が助け舟を出した。

「あまいけど、あまいんじゃないよ」

「すっぱいのか」

「すっぱいけど……あまいけど」

「ああ。あまずっぱいんだな」

 両方の味が合わさった状態を呼ぶ言葉を新たに学んだリーデンは、それを復唱した。

「あまずっぱい! のかな。にいちゃもひとくちあげる」

 ずいっと食べかけのリンゴ飴を差し出すと、兄は僅かに仰け反った。

「……いい。甘いのは好きじゃない」

「じゃーぼくがぜんぶたべる」

 ああ、と答えた兄はもしかしたら笑っていたかもしれない。リーデンは齧るのに夢中で気付かない。

 食べられる部分を全て食べ尽くしたリーデンはその時初めて、兄がパンを差し出していることに気付いた。しかしリーデンは遠慮して頭を振った。今はリンゴでお腹一杯だし、お互いに一昨日からほとんど何も食べていないのはちゃんとわかっている。

「のこすから、あとでたべろ」

「うん」

 雨がぽつぽつ降り出したので、二人は小走りになって廃屋の中を目指した。そこには似たような境遇の先客が何人か居る。他の人間から離れた隅に座って、兄弟は当然のように身を寄せる。

「にいちゃ、だいすき」

 顔を覗き上げて無邪気に言う。

「…………知ってる」

 それもまた、よくあるやり取りだった。

 でも黒い右目の瞳の奥には底知れない何かがあるのはなんとなく感じ取っていた。

 リーデンには、まだおなかがすいてかなしいのかな、ぐらいにしか感想が浮かばず、兄が抱える空虚さを知らずにいた。

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