2000の想い
ブログカウンター2000HIT(2012/9/8)記念に書き下ろした番外編。私にしては珍しく一人称。語り手は本編キャラではなく修道女見習いその1って感じです。いつか続きを書くかもしれない話。
私は今、重要な人生の一場面を前にしている。
大きなハードカバーの本で顔を隠したまま、すー、はー、と深呼吸を繰り返した。
失敗すると思う。激しい動悸で胸が痛い。
でもそれは挑む前に諦める言い訳にはならない!
今日こそ絶対に言ってみせる!
私は本を閉じ、ドンッと机に置いた。しまった、図書館なのに不自然に大きな音を立ててしまった。
目当ての人物は音に振り向かずに、腕に抱えた本を棚に戻す作業に夢中になっている。
偶然にも図書館に二人きりだなんて、貴重なチャンスである。私は立ち上がった。両手を背中に隠して、あの人に接近する。
「あの――」
声をかけようとして、詰まった。
彼が棚から視線を移し、腕の中に残る最後の一冊の本を確認している。ふいに見えた真剣な横顔に、私はうっかりドキッとした。
呆然と眺めていたら、彼が私の視線に気付いた。
「どうかしました?」
秋風のように清々しい声と爽やかな笑顔を向けられ、私はまた放心しかける。
「?」
彼は背に隠された私の両手に興味を示している。そこで私は我に返った。
「せ、先輩!」
「はい?」
「私、修道女課程で準備期間中の者ですが。あの、勉強会いつも有難うございます」
私は次に名を名乗った。
彼がたまに講師役を引き受ける勉強会に参加してると言っても、何十人中の一人だ。しかも私は際立った美人でもなければ秀才でもなく、発言もあまりしないから記憶に残らなくてもなんら不思議は無い。
彼の琥珀色の瞳が、僅かに見開かれた。
「ああなるほど、覚えているよ。こちらこそ参加してくれてありがとう」
「あ、あああのコレ! お誕生日おめでとうございます! プレゼントです受け取ってください!」
勢いが萎れない内に私は行動に移した。
白い包装紙に包まれた拳ほどの大きさの包みを、ずいっと差し出す。
きっと見苦しく茹で上がっているだろう顔を見られないように、深く頭を下げつつ。
それからしばしの沈黙があった。
先輩はきっとドン引きしてる。何で誕生日知ってやがるんだこの気持ち悪いヤツ――ときっと思っている。
いや、そんなヒドイこと考えるような人じゃない。
私は心の中で一人悶々と会話をしながら時が過ぎるのを待った。
「ありがとう。大事にするよ」
くしゃり、包装紙が音を立てた瞬間、私の手のひらに乗っていた重みが消えた。
私は弾かれたように顔を上げる。
「でも、僕の誕生日なんてよく知ってるね。誰にも教えてないと思うんだけど」
「……不審に思いますか?」
「ううん、驚いてるだけ」
綻んだ優しい笑顔に、私は胸が締め付けられるような感覚を覚える。
好きな人のことは何でも知りたくなるから、本当は情報を求めて教団中を駆け回ったり、名簿を見せて欲しいと管理人に泣き付いたりした訳で。
知らずともその過程は彼になら容易に想像できるはず。
そこに悪意が無かったとはいえ、先輩は私を気味悪がってもいいと思う。そんな素振りを見せないのは私の必死さを見て気持ちを汲んでくれているからだ。
いつも相手の気持ちを思いやる――そう、私はこの人のこういうところに憧れたのだ。
私はもう一度深呼吸した。体中の細胞がそわそわしているような錯覚を覚える。
――言わなきゃ。
逃げ出したい自分を奮い立たせ、私は背筋を伸ばした。
「あの、カイルサィート・デューセ先輩。こんなこといきなり言われても迷惑かと思いますが、その」
一拍置いて、また息を吸い込む。
「お慕い申し上げております!」
勢いで頭を思いっきり下げた。
――言った! ちゃんと言えた!
そしてもうダメだ恥ずかしくて死にそうだ逃げる!
私は先輩の反応を、どういう顔をしているのかすら見れずに、図書館から飛び出した。




