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桜子様と桜姫  作者: 白羽湊
不良様のお姫様。
6/21

ジュースと意味と困惑

「そう言えば、健次郎君どこに行ったの?」

あれから皆で話していたので、ある程度時間も経ったはずなのだが帰って来ない。

気になって口にしたものの、周りは対して気にもとめていないようで、

「さあな、別に心配する程帰って来てないわけじゃねえし、ほっといて大丈夫だよ。」

「「そうそう。」」

と返され、更に(じゅん)が呆れ顔を見せる。

「それよりお前『健次郎君』はねえだろ。タメなんだからそんなもん要らねえよ。」

「そうだけど…。まだちゃんと話したこともないわけだし、呼び捨てにするには気が引けるんだよね。」

自分の中では、こうして誰かとすぐに話せているだけでも珍しい事なので、難易度の高い問題だと言えた。

全く、自分の今までの生き方は、尽く(ことごとく)今日という日に不自由を与える。

今更過去をどうこうしたい、とまでは思わなかったが。


「そんなに心配するなら、向かいに行ったらええやん。多分もう近くまで来とるやろうし。」

「えっ?いいの?」

(みこと)の提案を思わず聞き返した。

自分もそう言おうとは思ったのだが、危険だからなんだかんだと言われて行かせてもらえないと思ったからだ。

驚いている私に尊はクスリと笑う。

「ああ、ええよ。姫やら何やらで色んな事を規制される思ったんやろ?けど、そないに緊張せんでええから。俺らもできるだけ(あかり)ちゃんに不自由させたり、規制かけるつもりはない。せやからやりたいことは言ってええからね。」

「あ、そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰って、肩の力を抜こうかな。」

分からないことが多いままで、無意識に緊張をしていたであろう気持ちが解れる(ほぐれる)

「それじゃ、健次郎君迎えに行ってくる_____。」

そう言って立ち上がったのと同時にガチャっと生徒会室のドアが開く音がした。

入ってきたのは健次郎。

「「あっ、健ちゃんお帰り。」」

双子の声にまた返事はせず、こちらへと歩いてきた。

てっきり先程までいたソファーに戻るのだと思っていたので、健次郎が自分の目の前にやってきたのには戸惑った。

「えっと…。健次郎くん?どうかした?」

背が高い為、真上から見下ろされると流石に迫力がある。

見下ろされることで居心地が悪くなり、声をかけてみるがやはり返事はなかった。


____「えっ?!」

思わず間抜けな声が上がる。

何も言わないまま、差し出されたそれ。

健次郎の手の中に握られたそれは『りんごジュース』。

果汁100%の飲み切りタイプ。

あっけに取られていて行動が遅れるが、取り敢えず差し出されたそれを受け取った。

「えっと、ありがとう健次郎君。」

相手の表情は変わらないままだった。

「___う______いい。」

「えっ?」

うまく聞き取れず、聞き返す。

「…健次郎でいい。」

今度は先程よりも大きくなり聞き取れた。

健次郎でいい。

つまり呼び方のことだろう。

自分のことは健次郎と呼んでいいと言ってくれているのだ。

「う、うん!健次郎ありがとう。」

もう一度笑顔でお礼を言う。

健次郎の表情は変わらないままだったが、今度はその変わらない表情が優しくなったように感じた。

お礼に対する返事はない。

けれど今はそれより、健次郎が自分に口を開いてくれたのが嬉しかった。

顔が綻ぶのを抑えながら、手渡されたパックにストローを差し込んだ。


「って、おい!俺らには無しかよ!?」

「まさか星ちゃんにだけ買ってきたん?」

盾も尊も呆れながら、それでいて驚いているようだった。

まあ普通は折角買いに行くなら全員分買ってきてもいいと思うが…。

「「健ちゃん、星だけずるーい。」」

双子も揃って文句を言うが、健次郎は反応を示さない。

「えっと…、皆なんか私だけごめんね?」

一応謝ってみるが、すぐにお前が悪いんじゃねえ、と返された。

「はあ、…そんだけ健次郎も星を気に入ったってことか。」

やれやれと言いたげに呟かれた言葉に、目を丸くする。

「健次郎が私を?」

聞き返しながら、健次郎の方へ視線をやったが自分には、これで気に入られているとは思えなかった。

「ああ、かなり気に入っとるよ。今までに俺らが見たことないくらいにはなあ。」

返事をくれたのは尊だった。

その尊までもそんな事を言うなんて。

「尊も盾もあまり私をからかわないでよ。」

確かに、私にだけジュースを買ってきてくれたが、それだけで気に入られていると思うのは、|些か《

いささか》思い込みが激しいというものだろう。

自分のことを気に入ってるのではなく、単に盾達への嫌がらせの意味とも取れる。

まあ、簡単に自分は気に入られている、なんて言うのは自分が見ても滑稽だ。

きっと盾や尊は、私がそう思い込むのを見て笑うつもりだったのだろう。

「…そうはいかないんだから。」

思わず思っていることが口から漏れてしまった。

「「何の話?」」

不思議そうに聞き返されたが、何でもない、と答えた。

「からかっとるわけやないんやけどなあ。」

隣で尊が何か呟いた気がしたが、聞き取れなかった。






「そう言えばさあ、今更ながら聞きたいことがあるんだけど。」

隣に座る星ちゃんが思い出したように口を開く。

今更聞きたいこと?…何やろか。

俺が口開く前に盾が先に聞き返す。

「何だよ?」

「うん。私が人質になった時、向こうの人が言ってたじゃない?『桜竜の上層部の事を知りたい』って。」

「ああ、言ってたな。」

盾はどうでも良さそうな反応。

ここまで言われれば後は大体想像できる。

星ちゃんが今更聞きたいことが何なのか。

「盾はあの時、『俺が桜竜の幹部だ』って言ってたけど…。桜竜の幹部って何?どれくらいの人がいるの?っていうより、桜竜って何?勿論全然分からないわけじゃないけど、いまいち掴みきれないの。」

かなりの質問攻め。

盾頑張って答えてあげなあかんよ?

そんな事を考えて思わず、口の端が上がる。

盾は頭を掻きながら、説明を始めた。

まあ、いつもみたいに足りんところは後でフォローしてやろう。

「お前もこの地域に住んでるなら、聞いたり見たりしたことねえか?この土地の荒れ具合。」

「…荒れ具合?私には凄く平和な街にしか見えないけど?」

星ちゃんはやっぱり、今まで俺らみたいな奴と関わったことなんてなかったんやななんて改めて感じた。

純粋で綺麗なままなのだと。

「そっか、お前は見たことねえみたいだが、この街はな全国でも指折りの荒れたとこなんだよ。」

「荒れてるっていうけど、別に荒廃してるようには見えないよ?ちゃんと文明は発達してるし…。」

…成る程。

星ちゃんは"荒れてる"の意味をそっちで取るんやね。

そもそも俺らの使う言葉の意味から分かってへんらしい。

あまりの無知さに溜息がでそうだ。

「「星、違うよ?」」

双子もすかさず助太刀する。

「盾が言ってる荒れてるは土地のことだけど、」

「街の発展のことじゃなくて、」

「「人のことだよ?!」」

折角の説明だったが、恐らく星ちゃんにはまだ伝わっとらんやろう。

そう思ってそちらに視線をやれば案の定。

首を傾げて(かしげて)難しそうな顔をしている。

「治安の事って言うたら分かる?」

仕方なく俺もフォローする。

「犯罪なんかが多いってこと?」

せや、と返してやるが星ちゃんはまだキョトン顔。

さてさて、なんて説明しよか。

「こう言ったら分かるんやない?全国にはな俺らみたいな不良や、その上の暴走族、更には暴力団なんかが多く集まった場所がある。…集まったって言うたら語弊があるけど、たまたま近くに出来たのが未だに引き継がれて残り、そこに人が集まって来るってことなんやけど。せやから、盾達の言う荒れてる言うんはそういう意味。…分かるか?」

これで伝わっていることを願うが…。

「成る程。この街が荒れてるっていうのは、その不良さん達が多く集まってるっていう意味なのね。」

どうやら、話は伝わったらしい。

微笑みを返して、盾の方へ視線をやる。

続きを話せ、と促す意味を込めて。

俺と目が合った盾は渋々続きを話し出す。

あの顔は『お前の方が説明上手いのに何でわざわざ俺に言わせるんだ。』と言いたげやな。

でも、俺が思うにここから先は盾の説明でもいけるはず。

そんなに難しい事はないやろうから。

「さっきの説明でこの街のことは分かっただろ?」

「うん。この街がさっきの意味で荒れてるのは分かった。」

盾への星ちゃんの返答からして、やはりモノの呑み込みが遅いわけではないらしい。

単に自分の知らない世界の話で、ついてこれなかっただけで、きちんと説明すれば理解はできる。

理解の早い奴は嫌いやない。

「桜竜ってのは、そんな街にある一つのチーム。まあ、不良のグループみたいなもんだって言えば分かるか?」

星ちゃんは黙って頷いている。

恐らくこの辺りのことは、知らないながらも大方予想できていたんやと思う。

「この街の付近にはそう言ったチームが多くあるんだ。チームの規模や強さの度合いはそれぞれ違うけど、そういうのが周りにいくつもある。」

「へーえ。…あ、ねえ、『派遣争い』って何?盾があの人たちに行ってたでしょ?」

ちゃんと重要なところを覚えていてくれるのは良くもあり、悪くもある。

が、今回の場合は話を進めやすくなるし、良しと言うべきやろか。

「「盾、口軽すぎ。」」

双子がボソッと呟いたのが聞こえた。

まあ確かに、ペラペラと明かし過ぎやとは思う。

別に星ちゃんに話したことはいいが、今回のように簡単に話されていてはそのうちこちらの情報も話してしまいかねない。

出来るだけ多言しないようにするのは、最もだと思う。

まあ盾も普段はその辺弁え(わきまえ)とるんやけど…。

頭に血いのぼってまうと、怒りに任せて怒鳴り出すのがなあ。

呆れ顔の双子へまあまあ、と苦笑いをやると同時に溜息を付かれた。

溜息付きたいんは、俺もやけどな。

「派遣争いってのは今話したこの街に多くあるチーム同士の争いだよ。簡単にいえばな。どのチームもこの街でトップになりたがってる。」

星ちゃんはへーえ、と頷いている。

「じゃあ今の派遣争いのトップはどこなの?」

「えっ?」

盾が答える前に星ちゃんは結論を出したらしかった。

「…あっ、でもすでにトップがいるなら争う必要ないか。ってことは今はまだトップになったチームはないのよね?」

「あっ、ああ、そうだな。そう言うことだよ。まあ、仮に何処かがトップになったとしてもそこが衰弱すれば他がまたしかける。俺らの世界はそれの繰り返しだ。」


星ちゃんは暫くふーん、と何か考えていたみたいやったけど、

「でもさあ、____」

と口を開いた。

今度は何を言うんやろうか。

「その派遣争いをして、トップを目指すことに何か意味があるの?」

それか。

まあ、誰氏も思うわなあ。

「そ、そりゃあ意味は「意味はあらへんよ。」

「えっ?」

星ちゃんは自分で聞いていながら、返ってきた答えに驚いてる。

答えようとしてた盾も、聞いていた双子も俺を見てる。

「間違ったことは言ってへんよ?」

「おいっ!尊、おまえな!!」

盾が喚くが構わない。

「意味、ないのね。てっきり、何かしら意味があるんだと思ってた。」

「残念やったね。意味はないんよ。_____でも、」

「でも?」

「世の中にはやることに意味がない事なんてないと思わへん?」

星ちゃんは頭の上に、はてなマークが浮かんでいる。

他の奴らも同じく。

俺自身も何でこんなデタラメなこと言いよるのか分からん。

「今は意味がなくても、もしかしたらいつか意味を持つかもしれんやろ?」

「う、うん。そうかもね。」

話を聞いてくれている星ちゃんはすごく優しい目をして俺を見ていた。

「それに「やっぱり、さっきの忘れて?」

次は俺の方がえっ?、と話を切ってしまった。

「いきなりどうしたん?」

「なんか聞かなくてもいいこと聞いちゃったな、と思って。」

「「そうかなあ?」」

「僕らも別に星の思うことは」

「間違ってなかったと思うけど?」

俺もそう思うけどなあ。

「おい、星!お前まだ俺らに気でも使ってんじゃねえの?」

そう言う盾は、少し怒った様なかおしとる。

いや、怒ったって言うよりは拗ねた顔か。

「まあ、そりゃあ多少は気も使うよ。気を遣うなって言われる方が無理。____でも、これは別に皆に気を使ったわけじゃないよ?」

んーん?

上手く掴めんなあ。

「意味はないって言われて、意味のないことは無いんじゃないかって言われた時ね、思ったの。」

「「思ったって何を?」」

「もし、本当にトップになる事には意味がなかったとしても、何かに全力でぶつかることにも、何かを掴もうと目指すことにも意味はあるって。それに、____こうして誰かと一緒にいられている時点でちゃんと意味はあるんだって。…そう思った。」

俺らは終始無言やった。

トップになる事に意味がないってことくらい、実際は自分達にだって、分かっとる。

それでもあんな言い方したのは、やっぱり何処かでそれを肯定されたくなかったんやろうな。

でも…星ちゃんはそれを通り越してモノを見とるんやね。

「せやけど星ちゃん、意味はあるって言うけど、それでも俺らのやることは喧嘩やで?自分の拳で人を傷つけることにも…意味があるん?」

…自分でも嫌味な質問だと思う。

曲がりに曲がったこの性格じゃ、星ちゃんが言った事を鵜呑みにはできへん。

堪忍な…。

信じられへんのは、俺も同じっちゅう事か。

「意味はあるんじゃない?」

「何で、そう思う?」

「喧嘩の事は、私にはあまり分からないけど、だれかを守るための喧嘩なら…意味があると思う。相手に手を出されたり、誰かを傷つけられたり、_______それに…仲間を守るための喧嘩なら意味はあるよ。」

何も知らない奴が、生意気なこと言ってごめんね。

そう最後に付けたされた。

「誰かを守るための喧嘩なら、意味はある。…か。」

ほんまに、星ちゃんには敵わへん気がする。

「私、正直言ってどうしてトップをとろうとするのかは分からないし、喧嘩だって良いことだとは思えない。これは変わらないと思う。それと、本心をいえば、本当は皆に喧嘩なんて危ないことはして欲しくない。初めてこんな風に人と関わったからかもしれないけど、なんて言うか…」

そう言った後、星ちゃんの表情が曇った。

「「星?どうかした?」」

双子が互いに顔を見合わせながら、眉を下げる。

「うん。私が桜竜に関わることになって、…姫なんていう弱くて、何もできなくて、弱みにしかならないような立場になったせいで…。_____私のせいでこれから皆が喧嘩に巻き込まれるんだなって…思って。」

「…星ちゃん。」

「皆に喧嘩なんて危ないことはして欲しくないなんて言いながら、私のせいで皆が狙われる。…ごめんなさい。」

そう言った星ちゃんは、微かに震えとるように見えた。

いや、多分勘違いじゃなかったと思う。

でも俺には、どうしてそこまで自分のせいだって、自分を責めるんか分からんかった。

要因はそもそも俺ら桜竜が星ちゃんが関わったせいで。

巻き込まれとるんは星ちゃんの方やって、確かにさっき言った。

それなのに、なして自分のせいなんて言うんやろ?

なして巻き込まれた、自分の方を嘆かんのや?

俺らに喧嘩してほしゅうないって言うんは、まだ分かる。

せやけど、もともと喧嘩ばっかしとる俺らに、今更自分のせいで喧嘩に巻き込んでしまうなんて…普通思わん。

泣いてはおらん。

けど、せやったらなして、そないに震えとるん?

星ちゃんは俺をエスパーなんて言うけど、全然分からへんよ。

「お前さあ、本当に何に気い使ってんだ?最初に言ったろ。巻き込まれたのは星、お前の方だって。一緒にいることだって、迷惑だとか思ってねえっても言ったよな!?なのになんでお前はまだ俺らのこと気にすんだ?!元々喧嘩ばっかしてきてる俺らが今更お前のせいで喧嘩に巻き込まれたなんて、言うはずねえだろうが!もう一度言うけどな星、巻き込まれたのは俺達じゃねえ。お前だ。」

部屋ん中に、盾の声だけが煩いくらいに響いた。

星ちゃんは何かを考え込んでいるのか、下を向いている。

「星…お前は一体何を恐れてんだ?」

恐れとる…か。

そう言われれば、そうかもしれへんな。

俺らにはまだ分からん、部分でやっぱり星ちゃんも何かを抱えとるんよね。

敵わんと思うても、それでも不完全なヒトに違い無いんやから。

星ちゃんから返ってきたのは、やはり答えなんかじゃなかった。

"ごめんなさい"その一言だけ。

その時の声は凄い細くて、弱々しくて、さっきまでとは別人みたいやった。

何かを言うにも、何かをするにも、出会ったばかりで何も知らん。

俺には、どうしてやればいいんか分からん。





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