迷惑と違い
「それにしても、まさか間に合わないなんてな…。」
「「そうだよねえ。」」
間に合わない?
一瞬なんの話か分からなかったが、今度はすぐに思いついた。
「あ、その情報を持って行った人の事?でも、間に合わなかったってどういうことなの?」
「ああ簡単だよ。そいつが今説明した勘違い話を別の誰かに既に言っちまってたって事。」
「ああ、そういう事。」
だから尊も、もう私を離しておくわけにいかなくなったから話してくれたんだ。
嫌でも関わらないといけなくなったから。
でも、自分としてはそうしたいと思っていたのだから、願ってもないことだと言える。
…『姫』なんて言うおまけさえなかったなら。
「ねえ盾、私が姫とかいう存在として、何かしなくちゃいけない事ってあるの?逆にしちゃいけない事とか。」
「まあなくはないけど、そういうのは俺じゃなくて、尊に聞けよ。」
「そうなの。だったら今はいいや。それより、私は皆と一緒にいていいんでしょ?」
「えっ?ああ、そうだけど。」
盾は、ニコリと笑って答えてくれる。
______でも。
「姫とか色々ついてきちゃったけど、それでも私にとっては皆といてもいいなら安いものかもしれない。って言っても…、盾達は正直、迷惑してるでしょ?こんな事になって。」
別に悪意があったわけじゃない。
ただずっと心の何処かでは、引っかかっていたことだと思う。
だから聞いてみたかった。
…とはいっても、答えはだいたい分かっている。
きっと迷惑してるって言うだろう。
だって、自分ならそう思うだろうから…。
会ったばかりの人と成り行きで、一緒にいることになるなんて嫌だと思う。
そう思ってしまうのは、多分、自分も皆のことを信じきれていないから。
今まで人と関わらずにいた自分にとっては、そう思ってしまうことは当たり前だとも言える。
簡単に信じることは出来ない。
それが自分の当たり前だったのだから。
それに、今日は分からない事、知らない事が、多く起こり過ぎた。
まるで自分の考えが及ばないような気がして怖かったのかもしれない。
知り合ったばかりの人間が、助けてくれたり身を案じてくれる理由が分からなかった。
だからある意味、安心したかった。
迷惑してるって言われることで、ああやっぱり…と思いたかった。
自分の考えはおかしくないって。
「俺は正直、お前がこんな形でも俺らといることになって嬉しいぜ?」
「…えっ?」
盾から返ってきたのは、またしても星の予想を裏切った。
「お前ってなんか面白えし、お前なら一緒にいてもいい。」
またニカっと明るい笑顔を返されて、何も言えなくなってしまう。
「ってか、折角冷たく突き放してたのに、意味なかったよな。」
「別にいいじゃん。」
「僕らもともと星と一緒にいたかったし。」
「ってか、お前ら微妙に星に行かないで欲しいオーラ出してたろ?」
「「出してないよお!」」
「本当はいかないで欲しいけどみたいな言い方してたじゃねえか!」
楽しそうに盾と双子が話しているのを、黙って聞いていた。
「…何でだろう。」
話している三人には聞こえないくらいの、一人の呟き。
「なんでやろなあ。」
「尊…!?」
誰にも聞かれていないと思っていた、独り言にいきなり返答されて、驚く。
尊はニコリと笑って、星の座るソファーに腰を下ろす。
「星ちゃん、まだ俺らのこと信用できへんのやろ?」
話し出した尊の言葉が余りにも、核心をついたもので、益々驚き口があんぐり空いてしまう。
それを尊に指摘されて恥ずかしくなり、俯いたらまた笑われた。
「星ちゃんがそう思うのは、全然おかしなことやない。寧ろ普通なことや。」
核心をつかれた次は、悩んでいたことへの的確な答えが。
熟尊はエスパーではないかと思う。
相当相手を見る力が凄いのか、単純に自分が分かりやす過ぎるのか。
「尊ってエスパーみたい。」
そういうと、そうか?と言って笑われた。
「何でこんなに、簡単に自分を受け入れようとするのか分からんのやろ?そして、そうやって疑ってしまう自分が嫌やと思てる。…違うか?」
「…そうだよ。」
何でこんなにも見破られてしまっているのか。
本当に驚いてばかりだ。
盾達は三人で相変わらず、楽しそうに話している。
「私なら、こんな簡単に受け入れられないし、きっと迷惑だって思うよ。」
盾達がいる方を眺めたまま、呟いた言葉にも尊はそうやな、と相槌をくれる。
それさえも、私を悩ませていることを尊は分かっているのだろうか。
「…私の中ではそれが当たり前だと思ってた。」
「俺も、それでええと思うけど?」
尊の言葉が意外で、尊の方を見たが、尊はまっすぐ向いたまま笑っていた。
「簡単に人を信じるなんて簡単に出来ることやない。それは俺らかて同じや。」
「え、でも皆は…。」
「せやなあ、俺も不思議やと思うわ。他の女やったら、絶対簡単に受け入れたりせえへん。てか、出来へんよ。…星ちゃんは、何でなんやろねえ。」
俺にも分からんわ、と言ったので先程の星の呟きに対する返答はこういう意味だったのだなと気付いた。
「尊にも分からない事あるんだね。」
「そりゃあるわ。俺もただの人やからな。」
星の遠回しの嫌味にも、笑って答えてくれた。
つまりエスパーではないという否定が込められているようだ。
「俺だけやないよ。盾も双子も俺よりはましやけど、そんなに簡単に受け入れたりせえへん。それでも何か、星ちゃんなら良いんやないかと思っとったんよ。俺もあいつらも理由は分からへんけどな。」
そう言った尊は笑ったが、何処か悲しそうに見えた。
「…そっか。じゃあ理由は分からないけど、それでも皆は私を受け入れてくれるんだね。なんか嬉しいから、もう色々考えるのはやめとこうかな。」
「星ちゃん…?」
「皆と一緒にいたいって言ったのは私もだし、折角一緒にいられるなら楽しい方がいい気がするもん。」
その表情を見て、話を逸らしたかったのかもしれない。
それに迷いのある一方で、皆がただ受け入れてくれると言うなら、それで良いと思う自分もいたのだ。
くどくど考えてばかりなのは、しょうに合わない。
受け入れてもらえると言うなら、今は口先だけでも"信じる"と思えば、それで良いじゃないか。
尊は星の言葉に、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに変わらない笑顔を向けてくれた。
「せやなあ、今は信じられんのは当たり前や。それを悩む必要はないよ。信じるなんて、一緒にいることでできるようになるもんやから。」
「…うん。そうだね。」
尊は、自分の求める言葉をくれる。
それがとても心地よかった。
人のことなんて分かるわけないのに、分かってもらえた気がした。
「尊、ありがとう。」
素直に嬉しかった。
_____ガタッ。
物音がしてそちらを向くと、健次郎が立ち上がって、何処かへ向かおうとしていた。
「「健ちゃんどこ行くのお?」」
双子が呼びかけたが、それには答えず行ってしまった。
…って言うか、健ちゃんって。
双子の呼び方に思わず苦笑い。
「私って健次郎さんに嫌われてるよね。」
扉の閉まる音を聞いて、はあと溜息をつくと、
「そうか?そうでもねえと思うけど?」
盾から意外な答えが返ってきて盾を見返すが、冗談を言っているわけではないらしい。
でも…。
「それはないと思う。」
思うと言いつつ、何となく確信がある。
だって、私はそもそも健次郎と直接話していない。
口も聞いてもらえないくらい、嫌われていると捉えてもおかしくはないと思う。
「まあ話さねえのは、理由になんねえよ。俺らに対してもいつも殆ど話さねえから。」
あまり話さないことは、理由にならないようだ。
でもまあ、一緒にいることは決まったのだから、これから仲良くなれるのかななんて呑気に考えた。
「「それよりさ___」」
双子が相変わらず声を揃えて、周りに呼びかける。
「「この部屋まだ何もなくて、つまらない!」」
何を言うのかと聞いていれば、なかなか他愛もないことだった。
「確かになあ、サボるのに使うにしても何もねえよな。」
「「ゲーム欲しい。」」
「ああ、それいいな。」
双子の提案に素早く便乗したのは、盾。
と、ここでふとまたしても疑問が生じる。
「そういえば…ここって何処?」
色々話をしていて、すっかり忘れていた。
目覚めた時に聞いておけば良かったな…。
見渡す限り、まず確実に言えることは…野外ではないこと。
当たり前ではあるが、屋根があるし、壁も窓もある。
見渡して見て思ったが、部屋は結構広い。
そしてある程度綺麗に片付いている。
っと言っても、双子達の言うように、部屋の中には必要以上の物は置かれていない。
あるのは、壁際にある棚や、自分達の周りにあるソファーが机を囲むように並べてある。
ついでに言えば、自分達の座るソファーは全て革張りである。
そしてソファーから少し離れたところには大きめのデスク。
その上には少数の書類の束や、ノートパソコンが置かれている。
…と言った感じである。
この部屋を言い表すならそう、会社のお偉いさんの部屋。
もしくは学校の校長室のような。
そんな感じだ。
…………ん?
学校の…校長…室…?
「ねえ、もしかしてここって______」
学校なのかと聞こうとする前に答えが返ってくる。
「ああ、確かここは生徒会室だったか。」
しかも口調は別にどうでも良さそうに。
「生徒会室っても生徒の使う部屋だろ?ここの学園はどこもこんな広いのかよ。」
半分呆れ気味な声。
まあ確かに、私も感じなかったわけじゃないが…。
って!今大事なのはそこじゃなくて、
「なんで私達生徒会室にいるの!?」
そう、そこである。
中の広さには驚いたが、肝心なのはそこ。
「何でって言われてもなあ。」
「「言われてもねえ。」」
三人は顔を見合わせて、きょとんとしている。
星が慌てている意味さえも分かっていないようだ。
「…私達って生徒会でも何でもないでしょ?なのに何でいるの?おかしいよ。」
「お前が屋上出て行ってから、俺らも暇になったし、いつまでも屋上なんかにいたら日焼けしちまうだろ?」
暇になったというのは良いとして、不良様ともあろう人が日焼けを気にするというのはどうなのか…。
「だから校内入って、適当に歩いてた奴にちゃんとふ、つ、う、に『どっか空いてる部屋ねえか』って聞いたんだよ。そしたらここって言われたの。」
普通にというのを強調したのは、星に疑われることを見越してのことか。
そこは触れないでおこう。
それより気になるのは…。
「空いてる部屋ないかって聞いたら、ここだって言われたの?…本当に?」
「本当だよ!」
なあ、と双子に同意を求めて、双子も首を縦に振り頷く。
本当のことらしい。
だとしたら…。
「この学園には生徒会は無いの?」
そういうことになるのではないか?
空いている部屋を聞いて、ここだと言われたなら、この部屋は使っていないと言える。
それは、つまり生徒会がないと言っているようなものだ。
「そんなの俺らが知るわけねえだろ。普通はお前が知ってるべき事だろうが。」
盾はやれやれと言いたげな顔だ。
まあ、言っていることはご尤もなので言い返せない。
「私はクラスにも行かないんだし、生徒会の有無なんて分からないよ。」
自分の通う学園でありながら、情けない話ではある。
「良いじゃん別に。生徒会があろうが無かろうが、」
「この部屋は使っていいって言われたんだし。」
「「それよりさあ!」」
それよりって…。
さっき聞いたばかりの台詞だと思うのは、多分気のせい。
双子にとってはどうでもいい事だったのだろう。
既にこの部屋の事など、どうでもいいらしかった。
「星はさあ、桜竜の姫とか言われて僕らといることになって、」
「僕らのことを知りたいと思わないの?」
揃って首を傾げる姿はとても可愛げがある。
思わず微笑んでしまった。
「あっ、星今僕らのこと可愛いとか思ったでしょ?!」
「これでも僕達不良なのに!」
微笑んだことでばれてしまう。
ぶうぶう言っているのがまた可愛い、というのは心の中にしまっておく。
「はは、ごめんごめん。___んー、そうだなあ。知りたいなとは思うよ?でも、今すぐに全てを知りたいとは思わない。」
「「あんまり知りたくない?」」
「そうじゃないよ。私、皆と今日出会ったばかりで、いきなり桜竜の姫になって、そんな私が不良様の世界のこととか、桜竜っていうチーム?のこととか聞かされたところで分からないよ。何も知らない奴は、何も知らない奴なりにゆっくり知っていくしね。それに、_____」
「「それに?」」
「皆が不良様だっていうのは分かってるし、いい人だっていうことも分かってるの。分からないことがあるからって怖くないよ?皆と一緒にいたいっていう我儘も叶えてもらったから、我儘は言わないよ。」
言い切ると、聞いていた双子は少し驚いた顔をした。
「「やっぱり星って面白ーい!」」
「何のことですか…。」
急に二人で向き合ってくすくす笑ったと思ったら、いきなりそんなことを言われ思わず突っ込む。
今の自分の発言の何処に、面白いと言う要素があったのか疑問だ。
「それとね、___」
二人はまだ笑っているので、そのまま続けることにする。
「分からない事は多いけど、分かってることもあるんだよ?」
「「分かってること?」」
双子は笑うのをやめて、星の方を見た。
本当にそっくりで、動く動作まで同じ。
本当に仲がいいのだと分かる。
でも、それだけじゃない。
「透と馨は双子だから本当によく似ているけど、全然違うよね?」
「「えっ…?」」
普段から大きな目をパチクリさせている。
「星、それどういう意味だよ?」
側にいた盾と尊も星の方を見た。
「えっと、そのままの意味だよ?見かけはすごく良く似てるけど、中身は違うって。まあ双子って言っても、それぞれ別の生命体なんだし当然と言えば当然なんだけどね。」
「星、僕達が違うて言うけど、」
「何が違うの?」
そう訪ねてくる双子は、面白そうにしていて、どこか真剣な顔つきをしている。
また思わず笑ってしまう。
「今のも凄く違いが現れてると思うけど?」
「「えっ?」」
「二人が別々に話す時、最初に口を開くのは透よね?それに続けるのが馨。」
目の前の二人は、フリーズしてますが…。
大丈夫だろうか。
「だから見てて思ってたの。やっぱり違うんだなって。…単楽的で飽きっぽいのは多分透の方。楽しいと真っ先に寄って来るし、つまらないと直ぐに気が散るタイプ。」
合ってるかな?、と透の方へ尋ねると、
「うん。合ってる」
と、嬉しそうな返事が返ってきた。
良かった。
自分の人を見る目も、腐ってはいなかったようだ。
今度は馨の方を見て言う。
「馨もそういう面があると思うけど、どちらかというとそれは、透の方に合わせてるからだと思うよ。…馨の方は凄く優しくて、人の気持ちが分かってあげられる人だと思う。話す時にハモるのは馨が透に合わせてるからでしょ?じゃなかったらいくら双子でも、あんなに綺麗に何回も同じこと言えないよ。馨が透の考えてることを分かってあげてるからできることよね。」
馨は何も言わずにいたが、暫くして静かに頷いた。
「お前凄えな!あいつらのこと、ちゃんと分かってやれてる奴あんまいねえから。」
「星ちゃん、この短時間でそこまで見とったん?えらい見る目がいいんやね。」
盾も、尊が感心したように言う。
「何も凄いことないよ。私はただいつも見かけで人を判断したくないなって思ってるから。似てても違うのは当たり前だと思うしね。」
ちゃんと当たってて良かったあ、とほっとする。
双子の方へ視線を戻すと、ニコニコ笑う二つの顔とぶつかった。
「「僕達、姫になったのが星で良かった!」」
満面の笑みでそう言われ、心が暖かくなるのを感じた。