不良様と不良様
カツカツと他に誰もいない静かな階段を降りてゆく。
只今星は考え中である。
先程の5人組、尊、盾、透に馨、そして健次郎。
彼らのことを怒っているわけでは毛頭ないが、何せ今日一日の大半を過ごすはずだった場所を譲ってしまい、これからの時間をどうやって潰そうかと考えているのである。
これといっていい案が浮かびそうにないのは、星にも分かっているが…。
「どうしようかなあ。」
勿論、時間ができたので授業に出るなんてつもりはこれっぽっちも無い。
それに、新学期の実力試験はつい最近終わったばかりだし、次の試験までも時間がある。
勉強をしようなんていう考えなど、浮かぶわけがない。
焦るほどの悪い成績をとっているため、努力しなければということもないのだから。
結局いい考えは浮かばないまま、気が付けば靴を履き替えている。
まあ、学校にこれ以上いる意味もないので出るのはいいが…。
「どこに行こうかなあ…。」
はああ、と出る溜息。
結局のところ行き先は決まっていないので、何も変わらない。
「でも…まあ、いつものことか。普段何かしてるわけでもないしね。」
自傷気味な笑が漏れる。
何も変わらない。
何も変わっていない。
____何も変えられない。
自分はなかなか成長できない生き物らしい。
熟自分という存在に嫌気が差す。
そんな事を考えながら、ボケーっと歩いていたのが悪かった。
どんっ!
急に何かにぶつかってしまった。
「痛えなあ!どこ見て歩いてんだ!!」
俯いているため、上から降ってくる怒声の主の顔が見えない。
でも、声からして明らかに怒っているし、凄んだ言い方が彼の正体を物語っている。
もしかしなくても不良様で間違いないだろう。
何だか今日は良く不良様に出会ってしまう日だ…。
なんて考えている内に、また怒鳴り声が降ってくる。
「おいっ!お前聞いてんのか!!ぶつかっとて謝りもしねえのか。あ?」
至近距離で捲し立てられて、声が出なくなってしまった。
そしてまた、思考が停止し、体はフリーズ。
よくもまあ、飽きもせずやるなあと自分でも思うわけだが…。
先程と今とでは状況がちがいすぎる。
身の危険さえ感じる緊急事態なのだ。
早く助けを呼ぶなり、全力ダッシュで逃げるなりしなければ自分の身が危ない。
ああ、そうして考えている間にとうとう謝罪のタイミングまで逃してしまっている。
何とも残念なことだ…。
そしてもう一つ気づいたことが…。
自分で思考が停止していると解釈していたが、こうしてあれこれ無駄なことを考えてしまう、なんて言う変なところには思考が働いているらしい。
結局その(ある意味)開花してしまった才能のせいで、謝罪という唯一の光を掴み損ねてしまったのだから皮肉なものだ。
「おい、どうしたんだよ。」
驚いて思わず顔をあげる。
更に悪い知らせがあるよ自分…。
不良様は一人ではなかったみたい。
ますます悪い方へ行きそうな予感がしてならない。
「ああ、こいつがよう、いきなりぶつかって来やがったんだよ!謝りもしねえんだこのクソアマ。」
酷いいわれようだが、仕方ないか。
半分は…、いや半分と言わずお怒りの元の大部分は私だし、更に怒らせる結果になったのも私にせいだ。
つまり、自業自得と言うことだ。
「怒るのも分かるけどよお。そんくらいでイライラしてんじゃねえよ。」
私を挟んで尚且つ、私の頭上で言葉が交わされる。
相変わらず怒っていらっしゃる彼を、もう一人は宥めているらしい。
少しほっとする。
が、それも束の間であった。
宥めていた彼があんなことを言うから…。
「はっ!おっ、おい。お前そいつの制服千里学園のじゃねえか!?」
「はっ、マジかよ!!」
瞬間、彼らの私への目つきがギラリとしたものに変わる。
思わず私も身構える。
「あんた、私立千里学園の生徒だろ?」
先程まで比較的穏やかに相方をなだめていた彼が、私を見やりながら言う。
その目には鋭さがましていた。
「はっ、はい…。」
今更嘘なんてつくのも得策とは言えない。
正直に答えておこう。
相手の意図はわからないが、盾達の時のように案外穏やかに済むかもしれないではないか。
相手の出方を見ることにする。
おかしいなあ_____。
こんな状況で意外にも私は冷静らしい。
頭は変に落ち着いていた。
先程といい、今といい、怖いと感じたのは事実なのだが、そのあとに妙に冷静になってしまっているのは何故だろう?
色々考えてみて、思いついた。
もしかしたら、私が今まで"怖い"と感じていたのは、体の肉体的な恐怖心からだったのではないだろうか。
それなら何となく、辻褄が合いそうだ。
誰だって痛み、苦痛なんてものには恐怖を覚えるだろうから…。
普通ならそれと同時に精神的にも恐怖を覚える。
…だが、私はどうやらそれがないらしい。
肉体的な恐怖心。
つまり、身の危険を感じはするものの、精神的には何ら恐怖を感じないらしい。
何だか私って____変だな。
そんなことをひどく落ち着いて考えている私に、彼らが口を開く。
「なあ、お前らの学園と、桜里高校…今日付で合併されたよなあ?」
疑問系で聞きながらも、それは回答を求めているわけではない事くらいは理解できた。
黙って只うなずいておく。
「合併してきた桜里高校ってどんな学校か知ってるか?あそこは俗に言う不良の溜まり場みてえな学校なんだよ。不良が多かったろ?」
多かったと言われても、私自身教室にも行かないのだ。
全くと言っていい程誰かに会った記憶が無い。
唯一会ったのは、盾達だけだ。
目の前の不良様は、さらに続ける。
「あんた、そいつらの中の誰かと関わったか?」
言い回しが分かりづらいが、要するに話したり、何かしらの接触をしたかということだろう。
「ええ、まあ一応。」
それを聞いてどうしたいのか、不良様の考えは分かりかねる。
「まだ余裕で学校あってんだろ?俺らをさあ、そのお友達の所に連れて行ってくれねえ?」
「俺たち、そいつらにちょっと聞きたいことあるんだよ。そいつらのチーム上層のやつの事。…って言ってもわかんねえよな。」
「取り敢えず、今は何かするつもりねえし、引き受けてくれるよな?」
やはり疑問系で聞きながら、私の返答は不要のようだ。
それに"今は"と言った彼の言葉が耳に残っている。
今は何もするつもりはないが、下手に抵抗した場合、もしくは後程は違うとも取れる。
要は自分たちに従えと…。
まあ急ぎの用があったわけでもないし、丁度暇していたのは本当で…。
この場合だからと言って乗っかるのは、決していい判断ではないのだが。
「分かりました。私の知っている不良さんに合わせれば良いんですよね?」
こうなっては仕方が無い。
彼らのところに連れて行こう。
知り合ったばかりの親しいとはいえない人達でも、何だか裏切ってしまったようで罪悪感がなくも無いが、お互い不良同士だ。
引き合わせれば、私は用済みだろうし、さっとお暇させて頂こう。
後は彼らでどうにかするはずだ。
目の前の不良様は私の返事を聞くなり、ポケットから携帯を取り出すと、何処かに電話をかけ始める。
「ああ、俺だ。例の作戦が上手いこといきそうなんだ。お前らもこっちに来い。」
ああ、成る程。
応援?援軍?要するに人手を増やすための電話だったらしい。
そんなに張り切ることなのか…。
苦笑いが浮かびそうになるのを、俯きながら押さえ込んだ。
「悪いけど、あんたにも協力してもらうぜ?」
不良様二人が私の元へ近づいて来る。
後ろへ下がろうとする前に、呆気なく腕を掴まれ捕まった。
「嫌だ。止めてよ!何もしないって言ったじゃない!」
一応叫んでみたが、聞き流される。
両手首をぐっと後ろ手に掴まれ、それを何処から出してきたのか頑丈そうな縄で縛られてしまう。
完全に腕が動かせなくなり、不自由極まりない。
不良様方の手を、身をよじって何とか振り払い、走って逃げようとする。
「____きゃあ!」
が、うまくはいかないもので、簡単に捕らえられてしまった。
そして、私の抵抗の火はいとも簡単に消されてしまう。
_____ピタと私の首筋に触れる、鋭い切っ先。
ナイフが向けられていたからだ。
流石に青ざめそうだ。
不良様の言う"今は"というのはかなり短いんだなあ、なんて下らない事が考えられる分、やはり頭は恐怖に染まることがないのだと改めて感じる。
「手は出さねえって言ってんだろ?何で逃げんだよ。」
私にナイフを向ける彼の顔は_____笑っている。
笑顔なんていいものばかりだと思っていたが、これは凄く恐怖を覚えそうな笑顔だ。
まあ、私は体は別として、頭は嫌になりそうだが、冷静なまま。
「手は出さないなら、何で私は縛られてるの?あなた達が先に約束を破ったのよ。逃げたくなっても仕方ないでしょ?」
何だか今更敬語も出てこない。
やれやれと言い出しそうな表情をしているに違いない。
怒らせるかもとようやく思い、相手を見たが彼らは、
「違いねえ。」
と言って豪快に笑った。
ナイフを向けていた彼は笑が収まると、ナイフを下ろした。
「悪かったよ。急にやっちまって。」
「もう何もしねえから、あんたも大人しくしててくれ。」
そう言って、手は未だ縛られたままではあったが、身体的な恐怖からは開放された。
それから、私と二人の不良様の元には程なくして人が来た。
皆みんな、強面で近づき難い。
「んじゃ、行こうかねえ。」
私にナイフを向けていた彼が、楽しそうに発したのが、出発の合図となり、案内しろと言われた割に私は集団の後方をとぼとぼついて行った。
「あんた桜里の事知ってるの?」
傍にナイフボーイ(区別ができないので勝手に命名)ではない方の彼がきて言う。
「私は合併することも今日既に合併してから知りました。そんな私が、あちらの学校の事知るわけないでしょ。」
たいして興味はないとあえて抑揚のない声で言ったが、彼は気にしないらしく続けた。
「ふーん。俺らが今から聞き出しに行こうとしてる桜里の上層の奴らは、ここらじゃなかなか有名さんなんだよ。」
「そうなんですか。」
「かなり強いって噂でな。組織の構成も硬いもんだから情報が掴めなくてなあ。そんで今日高校の合併だろ?まだ上手いこと統治が行き渡ってないうちに何か掴もうってわけさ。」
聞いてもいないのにペラペラと話しているが、これは良いのだろうか…?
この不良様は良くも悪くも、裏表のなさそうな人だ。
簡単にペラペラと話してしまっている事も、何だかんだで本当の話なのだと思う。
まあ不良様の世界には無知な私には全然分からない話だったが…。
学園までは蛇行はしていても一本道。
案内など居なくとも簡単に来れるが、問題は学園の中と、私の知り合いまでの案内だろう。
_______「着いたな。それじゃあ、あんたの知り合いさんのとこまで案内よろしくね。」
私達は今千里学園の正門前である。
ナイフボーイの声に返事はせず、頷いた。
さっき出てきたばかりなのにまた戻ってきてしまった。
やれやれと内心肩を落とす。
そしてここにきて思った。
そう言えば、私が盾達に会ったのは屋上だが、盾達はまだそこにいるのだろうか?
移動しているなんてことも充分考えられる…。
とは思うが、今は取り敢えずは自分の身も危険だ。
屋上まで案内しよう。
そこにいなかったなら、その時はその時だ。
なんて悠長に考えていると、
「あれ星、お前まだこんなところにいたのか?」
突然声が聞こえてきた。
この声には聞き覚えがある。
自然と声の主が想像できた。
だって、初対面であったとはいえ、今日学園で唯一話をした人なのだから。
「…盾。」
盾は玄関の方から歩いてくる。
私の呟いたのが聞こえたのだろう。
「あれがお知り合いさん?」
私が頷くと、縛られたままの私の肩を掴んで、前へと歩かされる。
「星、周りの奴ら誰?ダチってわけじゃなさそうだな。」
言いながら盾は歩調はそのままにこちらへと向かって来た。
「ええと、この人達桜里高校の生徒に用があったんだって。私の知ってる桜里高校の生徒の所に案内しろって言われたから。」
「そういうこと。俺ら桜竜の事で知りたい事あるんだよ。だから協力してね、オトモダチ?」
私に続けてナイフボーイが付け足した。
「ふーん。で?桜竜の何が知りたいわけ?」
盾は口調は変わらないまま返す。
「おっ!理解が早くて助かるよ。」
ナイフボーイ達は、盾が予想以上に大人しいことに気を良くしらしい。
周りにいる不良様方も、すっかり自分達が優位に立っていると盾にたいして横柄な態度をとっている。
「お前自身も格好からしてこっちの世界の奴だろ?だったら俺らが聞こうとしてることわかるんじゃない?俺らが知りたいのは、桜竜(おうりゅうも可)の上層部について。」
「そういうこと。」
ナイフボーイの言葉に、もう片方の彼が相槌を打った。
余裕な態度で盾の答えを待っていたようだが、盾から返ってきたのは返答ではなかった。
_____くくくくっ。
突如聞こえてきたのは笑い声。
いや、正確には笑いを抑えようとはしているみたいだが…。
まあ抑えられていない。
そのせいで場の空気がピリピリし出すのが分かった。
全く、不良様方の機嫌というのは、かなり変わりやすいらしい。
まるで山の天気のようだ。
盾の様子を伺う。
周りの不良様方からは明らかに、怒りの色が見え始めていますが…。
気にしないんですね。
頭がついてきません…盾。
取り敢えずは考えるのを止めて、笑っている張本人を見守った。
「おい!何笑ってやがる!!」
不良様が怒鳴るが盾は笑ばかり。
どこまでも余裕な態度を崩さない。
「逆に聞くけど、お前らって桜竜の事どこまで知ってんの?」
そういう盾の口調は何処かバカにしているように聞こえる。
まあ実際そうなのか、不良様方もそう感じたらしい。
どんどん怒りのボルテージが上がっている。
「何だいきなり!」
「いや、別に。ただ、お前ら桜竜の事調べに来ておいて、上層部について聞いてきてるが、勿論そいつらの素姓くらい分かってんだろ?」
盾の問いかけに、周りが一瞬固まったのが分かった。
ああ、要するに知らないらしい。
答えを聞かずとも分かる。
盾もそれが分かっているのだろう。
また声を抑えて笑っている。
「上層部の奴らの顔位は知ってんのかって聞いてるんだけど?…ってかまあ、その反応からして知らねえんだな。」
「おい!黙って聞いてりゃ、いい気になるんじゃねえ!!」
ナイフボーイが怒鳴るが盾は平然と余裕な態度を崩さない。
「お前らのチームって小せえチームなんだろ?派遣争いにも手え出せねえような。…まあだったら知らなくても仕方ねえか。」
盾の言い方は明らかな挑発だが…。
それに簡単に乗ってしまう不良様方。
単純過ぎやしないか?
私の周りの状況はころころ変わり過ぎてついて行くのに必死だが…。
まあ簡単にまとめるなら、盾の形成逆転と言ったところか。
「うるせえ!!黙れ!」
「それにチームが小せえ上に、こっちも小せえんだな。」
喚くのもスルーして盾はそう言って、自分の頭をコンコンと指差す。
その瞬間周りの不良様方が、我先にと盾に殴りかかろうとした。
が、それを盾の大声が制した。
「いいさ!お前らの足りねえ頭にも分かるように教えてやる!!_______桜竜上層部の素姓をな!!」
盾の迫力に周りの不良様方も動きを止める。
静まり返った場に、盾の静かで何処かドスの効いた声が妙に響いた。
「俺、桜竜の幹部。」
その瞬間、先ほどまでの荒々しさが完全に消え去り、場の空気が凍りつく。
人の息の音すら聞こえない程の、静寂が流れた。
私はただ某然と眺めるだけ。
盾は一人楽しそうに笑っている。
それはそれは楽しそうに。
まあ当然だろう。
桜竜の上層部について聞いていたはずが、実は目の前にいた人がその上層部様だったのだから。
驚くのも無理はないと思う…。
だが、少々問題が。
お願いだからその睨みを効かせているつもりが実は目が潤んでいるのや、まさに空いた口が塞がらない状態で固まっているのはやめて頂きたい。
固まっているところ大変申し訳なく、不謹慎だと思うが…。
思わず笑ってしまいそうだ。
早急にその顔をどうにかして欲しい。
不良様方は未だ固まっている。
盾も笑っていたが、一通り笑うとまた口を開く。
「ああ笑った。そんなことも知らずにのこのこやって来やがったお前らが可笑しくて、最初はちょっと脅して済ますつもりだった、が…」
そこで言ったん言葉を切った。
その瞬間、今までに見たことのないほど睨みを効かせた盾。
空気はいつまでも凍りついたまま、誰も動かない。
いや、動けない。
それ程までに今の盾は"不良"であった。
きっとこれが不良様というものなのだろうと感じる。
「思ったが…そうもいかなくなった。」
痛いほどの沈黙の中、盾は一人続ける。
「俺らの世界に関係ねえ奴まで…星まで巻き込んでんじゃねえ!!!_________」
再び張り上げられた大声に空気が震える。
私も気迫に押されて、思わず一歩後ずさってしまった。
それ程までに今の盾の放つオーラは物凄い。
それに比べて…。
私の周りにいらっしゃる不良様方ときたら、完全に戦意消失。
盾に見せていた余裕も、喚いていた勢いも、今は完全に消えてしまっている。
何とも哀れなものだ…。
思わず同情してしまう程に、一人と複数の力の差があり過ぎるのを私でも感じた。
「てめえら、無知なままのこのこ来たくらいだ。覚悟くれえはあってきてんだろうな!」
大声を出すのと同時に、盾はこちら側の一人に掴みかかっていた。
それからは、何と言うか…軽い眩暈を感じた。
次々に相手を殴り倒していく。
一人で暴れまわる盾は、見た目のワイルドさもあってか、まさに獣のようである。
半数程を倒すのはあっという間だった。
が、その光景を唖然と見つめていた私は背後からの人影に気が付かなかった______。
第三話投稿致します( ´ ▽ ` )ノ
ここ最近はいい感じに書き進められているかなと感じホッとしていますo(^▽^)o
今回は少し不良様の世界に踏み込めたでしょうか?
前回の第二話では見た目不良でも、
言動としては星と話しているだけでしたからね( ̄▽ ̄)
…今回は個人的に盾の余裕な態度を崩さない感じがすごい好きですね☆
↑自画自賛!?www
今後はますますストーリーとしての展開も進んで行くので、
引き続きよろしくお願いしますヾ(@⌒ー⌒@)ノ