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直樹と二人でラーメンを食べて、使った食器を洗い終えると、穂花はすでにシャワーを浴びた後だったので、わざわざ風呂には入らずに、自室で文庫本を読むことにした。本は買ったばかりのミステリー小説だ。好きな作家の作品で、筆者に絶大な信頼を抱いている為、背表紙のあらすじはまだ読んでいない。
ミステリー小説は、いつもなら高揚とした気持で読み進めることができるのだが、今日は波に乗ることができなかった。それも当然のことだろう。穂花は数時間前まで、大橋達から陰湿ないじめを受けていたのだから。
冒頭から数ページ読み進め、車に轢かれて事故死した男が出たところで、穂花は本を閉じた。
どうしても小説に集中することができなかった。
『ほのかぁ。今日暇だよねぇ?』
頭の中で大橋愛美の声がした。明日、また彼女と顔を合わせるのかと思うと、怖くて震えが止まらなくなった。
恐怖心を抑える為に、机の引き出しからカッターナイフを取り出そうとして、机の上に携帯電話がぽつんと置かれていることに気付いた。
千秋……。
穂花は携帯電話を手に取り、半ば衝動的に遠山千秋にメールを送った。
『神様って意地悪だよね』
目に涙を浮かべて、穂花はその短い文章を入力した。
千秋からの着信があったのは、穂花がメールを送信してから約二時間が過ぎた頃のことだった。が、それまで穂花はひたすら声を押し殺して泣いていたので、長いこと待っていたという感覚はまるでなかった。
千秋、やっぱりあなたは私にとって……。
千秋が落ち込んでいる自分に、何か励ましのメッセージを送ってくれたと思った穂花は、千秋から送られてきたメールの内容を見て愕然とした。
『何?もしかして僕のこと言ってるの?』
どうしたらこんなとぼけたメールを送ってくるのだろう。怒りを覚えて穂花はすぐに千秋に返信した。
『千秋の冗談は本当につまらない』
千秋に感情をストレートにぶつけた穂花の顔には笑みがこぼれていたが、本人はそのことに気付いていなかった。