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 連続強かん魔の間宮が捕まった時、幾人かの少女が被害を訴えたが、穂花はできることなら忘れてしまいたいと思っていたので、事件に進んで関わろうとはしなかった。しかし、この時何もしなかったことを、今では穂花は後悔していた。

 穂花自身、間宮が出所したと聞いても―足が不自由になっていると聞いてもいたからなのか―大して気にも止めなかったが、彼の影に怯えて暮らす少女は少なからずいる訳で、自分が名乗り上げていていれば、より厳しい裁きが彼に下されたのではないかと思うと、穂花は遣る瀬無い気持に襲われた。

 穂花とて、自分に犯罪被害者を減らすことも、救うこともできないのは解っていた。しかし、千秋と出会い、触れ合うことで、穂花は自分にも何かできることがある筈だと考えるようにもなり、こう結論を出した。

 ちっぽけな私にできることは、犯罪被害者を少しでも増やさないことだけだ。

 穂花は自身の跡をつけるサングラスの男が、自分以外の少女にもストーカー行為に及んでいるのではないかと睨んだ。

 仮にそうでないにしても、穂花にはサングラスの男が犯罪者予備軍のように見えてならなかった。

 だからこそ、誰かが事件に巻き込まれる前に、自分のような犠牲者を増やさない為にも、穂花はサングラスの男を捕まえて、警察署に連れて行こうとしたのだが……。




 月曜日。その日は雲一つない快晴だった。

 今日こそ必ずサングラスの男の正体を暴いてやると意気込んで、穂花は家を出た。

 この日は平日で、登校日でもあったが、大橋達の機嫌も良く、放課後に苛められることはなかった。

 予想よりも早く帰ることができるようになった穂花は、まず千秋に会いに、二年A組の教室へと向かった。

 二年A組の教室内を覗き込んでみると、真面目に掃除している生徒二人と、箒を振り回し、同級生と戯れる生徒が数人目に入った。が、このクラスの生徒である千秋の姿はどこにも見当たらなかった。

 もう帰ってしまったのだろうか。ことの真偽を確かめる為、仕方なく穂花は出入口付近で箒の柄をバットのように掴み、素振りをしている男子生徒に声をかけた。

「あの、遠山君ってもう帰っちゃった?」

 少年は何を勘違いしたのか、穂花の姿に気付くと、慌てて箒の柄の先を地に付けた。

「え?あ、俺に聞いてるの?」

「そ、そうだけど……」

 他に誰がいるんだと思いながら、穂花は引きつった笑みを浮かべる。彼女が引きつった笑みを浮かべるのは、苦手な男性と話す時くらいだ。そんなことも知らずに、少年は穂花に下心丸出しのだらしない笑顔を向ける。

「あ、あぁ……。遠山ね。遠山なら、授業が終わったら、さっさと教室を出てったけど、もし戻って来たら電話して教えるよ。ちょっと待ってて、ケータイの電話番号渡すから」

「いいよ。どこにいるか遠山君に電話して聞くから」

「いや、でも今日あいつケータイ持って来てないとか言ってたからさ、とりあえず、電話番号教えてよ。後で遠山が戻って来たら困るだろ?」

「うん。でも私も持ってきてないし……」

「とりあえず教えてよ。何か役に立つかもしれないだろ?」

 少年が単に自分と話がしたいと思っているのは表情を見れば明らかだった。

「ごめん。迷惑なんだけど……」

 穂花が露骨に困惑した表情を出して背を向けても、少年は傷ついた様子一つ見せなかった。

―あぁ。行っちゃったよ。

―お前、振られたな。

―振られてねぇだろ。あの子笑顔だったぜ。

―何だよ。お前松下さんのこと知らないのかよ。

―あの子松下って名前なの?へぇ。それで、あの子誰?芸能人?

 廊下を歩いていると、背後の二年A組の教室辺りから、少年達の声がした。

 穂花は不快な気持になって耳を両手で押さえた。

 押さえた両手を耳元から離したのは、階段を下りて、一階の職員室前まで着いた時。

 緑色の公衆電話の受話器を取り、小銭を投入口に入れ、ボタンを押し、千秋の携帯電話に電話を掛ける。三回目の呼び出し音の後、電話は千秋と繋がった。

「もしもし?」

「あ、千秋?今どこにいるの?」

「どこって。誰?」

「誰って、私だよ」

「私って誰?」

 あぁ、そうか。公衆電話から掛けているから、疑い深い千秋は誰と話しているのか確信を持てず、警戒しているんだ。

 穂花は『マ・ツ・シ・タ・ホ・ノ・カだよ』と、聞き取りやすいようにゆっくりと名乗った。

「穂花?君はいつからそんなロボットみたいな話し方になったの?」

「ロボット?失礼だよね、千秋は本当に」

「で?何の用?浮気調査?」

「違うよバカ!」

 穂花は屋内で話していることも忘れて、紅葉を散らして叫んだ。すると、近くで男子生徒数人に説教していた中年教師が眉を吊り上げ、心配そうな面持で話しかけてきた。

「おいおい、どうしたんだ?」

「あ、何でもありません。大声出してごめんなさい」

 穂花は軽く頭を下げた。中年教師はしばらく穂花を訝し気な目で眺めていたが、やがて青いジャージを着た少年達の元へと戻って行った。

「誰と話してるの?」

 中年教師との話が聞こえたらしく、早速千秋が尋ねてきた。

「話したことのない先生。名前もわからない」

「ふぅん。ということは学校から掛けているのかな?」

「そう言う千秋は今どこにいるの?」

「やっぱり浮気調査じゃないか」

「『浮気』って何?私千秋と付き合っている訳ではないでしょう?」

 探りを入れるつもりで穂花は尋ねた。唐突過ぎて千秋が返事に詰まると踏んだが……。

「ま、そうだね」

 千秋は動揺した空気を出すことなく即答した。

「今はもう電車降りて、駅のトイレの中だけど、何か用でもあるの?」

 汚いなと思いながらも、穂花は安堵した。

「じゃあ、今は個室の中ってことだよね?」

「うん。でもすぐに出るよ。今日は大事な仕事があるから」

 千秋の言う仕事とは、要するに売春のことだ。千秋は週三回はお金を貰って大人とセックスしているらしい。

 また千秋は変態おやじを相手にするのだろうか。『仕事』という単語を聞いただけで、穂花は暗い気持になった。

「あぁ、そう。じゃあ、個室に籠っててと言っても、聞いてくれないか」

「残念ながら」

「そっか」

「うん」

「……」

「どうしたの?」

「ううん。何でもない。気をつけて帰ってね」

 穂花は千秋の返事を待たずに、自分だけ言いたいことを言うと、電話を切った。

 できることなら千秋は安全な家の中にいて欲しかった。が、贅沢は言っていられないようだ。

 大きな溜め息を一つ吐き、穂花は憂鬱な気持で下校を開始した。

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