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「また来てよ、千秋くん」
玄関口で靴を履く千秋の背中に、悲しそうに直樹は語りかけた。
「また来れるかどうかはわかないけれど、機会があればお邪魔するよ」
「いつでも来て良いからね」
外で走りまわることのできない病弱の直樹には、一緒に遊んでくれる友達は一人もいなかった。
きっと、直樹は千秋を失ってしまうのが怖いのだろう。その気持は穂花にもわからないこともなかった。
「うん。じゃ、おやすみ」
靴を履き終えると、一瞬千秋は振り返り、穂花と直樹に笑顔を向けた。
「ちょっと待って!」
千秋が玄関を開いた瞬間、直樹は矢のように鋭い声を上げた。
「ん?どうしたの?」
千秋は僅かに開いた玄関を閉めて、きょとんとした顔で直樹に体を向ける。
穂花は初めて聞く弟の声調に驚き、思わず二、三歩後退った。
「あ、ごめんなさい。いきなり大きな声出して」
「うん。それは良いんだけど、どうかしたの?」
「えっと、あの、夜遅いから、帰り道は変な人に襲われないように注意したほうが良いよ」
「そうだね。ありがとう。心配してくれて」
「それで、あの、念の為『怪獣電灯』を持って帰ったほうが良いかなと思って」
「カイジュウデントウ?」
「懐中電灯のことだよ。この子、間違った読み方が定着しちゃってるの」
穂花に指摘され、誤りに気付いた直樹は恥ずかしそうに俯いた。
「あぁ、懐中電灯ね。でも大丈夫だよ。お兄ちゃん男だし、喧嘩強いから」
「だけど、だけどこの近くで前にトオリマが出たことがあるんだよ。そいつにお姉ちゃんお腹を刺されて大変だったんだよ」
「大丈夫だって。その通り魔はもう捕まったんだから。ね?穂花」
千秋が自分と同じように通り魔ではなくて、連続強かん魔の『間宮×流』のことを話しているのであれば、確かにその通りだ。その通りなのだが……。
「穂花?そうだろ?」
「え?あ、うん」
穂花は曖昧に頷いた。
「捕まったのは、随分前の話なんでしょう?もうとっくに刑務所から出てるんじゃないの?」
「出てたとしても問題ないよ。そんな奴に負けないように体を鍛えてあるからさ」
「相手が刃物を持っていたらどうするの?殺されちゃうかもしれないよ?」
「心配性なんだな、直樹君は。もっと強くなりなよ。強くなって、お姉ちゃんのことを支えてあげなよ。じゃあね」
千秋は泣きやまない赤子をあやす父親のように優しく、柔らかな笑みを浮かべ、直樹の頭を軽く撫でると、穂花達に背を向け、玄関を開き、不気味なほど暗い闇に呑まれていった。